みんな私のことを「抜け目のない女だ」と噂している。 お腹の子どもを利用して、近藤家の夫人の座を勝ち取ったのだから。 それなのに、近藤智也の初恋の相手が海外から帰ってきた。 智也は心ここにあらずで、家にも帰らなくなった。 好奇心旺盛な人たちは私にこう言う。 「近藤夫人、もっと旦那さんのことを気にしたほうがいいですよ」 彼らはみんな私が転げ落ちる瞬間を待っている。 家柄も背景もない私が泥沼に落ち、誰からも踏みにじられる日を。 でも、私はまるで何も聞こえないかのように振る舞い、 智也の心がだんだん離れていくのを黙って見ていた。 魚を与えるよりも、釣り方を教えるべきだと私は思う。 私が欲しいのはいつだって後者、「釣り方」だから。
View More娘が日に日に成長するにつれ、智也はますます疑い深くなっていった。道ですれ違った男性が少しでも私に近づこうものなら、智也はすぐに嫉妬して怒るのだ。 優花がワイングラスを持ってきて、ニヤリと笑った。 「旦那さん、毎日チェックしてくるなんて、ほんと嫉妬深い恨みを抱く夫そのものよね」 私は彼女からグラスを受け取り、軽く笑いながら答えた。 「まあ、もうすぐ恨みを抱く夫じゃなくなるけど」 優花は驚いたように身を乗り出し、興味津々で聞いてきた。 「ついに離婚の準備が整ったの?」 私は軽く頷いた。 情勢は安定し、財産分割も明確になり、今が離婚には最適のタイミングだった。 スマホが何度も鳴った。画面を見ると、智也からのメッセージが何通も届いていた。「今どこにいる?」という内容ばかりだ。 私はそれを無視して、スマホの電源を切った。 優花は眉を上げて言った。 「じゃあ今日はお祝いしよう!雪乃さんが独身に戻るのを祝してね!」 彼女が手を叩くと、モデルのようなイケメンたちが次々と部屋に入ってきた。 周りは歓声を上げ、イケメンの一人が顔を赤く染めながら、ワインを口に含んで私に飲ませようとしてきた。私はその仕草を微笑みながら拒むことなく受け入れた。 智也がその場に現れたのは、まさにその瞬間だった。 彼の目は怒りに燃え、近くにいたモデルの襟を掴んで怒鳴った。 「この野郎!俺の妻を誘惑しやがって!」 この光景、どこかで見たことがある。そうだ、立場が逆転しているだけで、昔の私と智也だ。 周囲の人々が慌てて二人を引き離した。 私は肩をすくめ、無関心そうに言った。 「まあ、見られちゃったなら仕方ないわね」 「智也、私たち離婚しましょう」 その言葉は智也の心臓を抉ったようだった。彼は一瞬動きを止め、ぎこちなく振り返ると、大股で部屋を出て行こうとした。 「俺は何も見ていない。何も見ていないから!」 私はため息をつき、周りの人々に退席を促した後、智也を椅子に座らせた。 彼は息を詰まらせるほど泣き、全身を震わせながら懇願した。 「雪乃、本当に何も見てないんだ。お願いだから離婚なんて言わないでくれ」 「これからは君がどんな遊びをしていても、俺は何も知
「ダメだ!絶対に認めない!」 近藤母は怒りに震え、手元にあった壺を床に叩きつけた。それは、私たちの結婚の際に私が彼女に贈ったものだった。 今ではこの結婚と同じく、壊れ散ってしまった。 彼女は震える指で私を指差し、声を荒げた。 「残りの株をこの女に渡すなんて、絶対にあり得ない!」 智也が成人したとき、近藤母は彼にいくらかの株を譲った。 その後、結婚すると、智也はその株の半分を私に譲渡してくれた。 今、智也は私を守るように前に立ち、私がその場を去らないように必死だった。 「母さん、雪乃は俺の妻だよ。俺たちは家族だ。株を渡したところで、結局は家のものだろ?」 「それに、今回は俺が悪かったんだ。償いとして渡すのに何が問題なんだよ?」 近藤母は怒りのあまり言葉を詰まらせた。 「こ、この親不孝者が......」 母子の言い争いは激しくなるばかりで、雰囲気はますます険悪になっていく。 私は少し下がり、涙ぐんだ声で言った。 「お母さんが私を信じていないのは、十分わかっています......」 智也は私が泣いている姿を見て慌て、私の涙を拭いながら近藤母に訴えた。 「母さん、お願いだよ。雪乃に株を譲ってくれないかな」 近藤母は堪えきれず、箒を手にして智也の背中を叩いた。 「この親不孝者!私を怒り死にさせる気か!」 しばらく様子を見ていた私は、静かにお茶を置いて口を開いた。 「お母さんが私を信じられないお気持ちは理解できます」 そして解決策を提案した。 「お互い歩み寄る形として、その株を子どもの名義にしてはどうでしょうか」 近藤母はじっと黙り込み、一言も発しなかった。 「私が株を欲しいのは、ただ安心と保証が欲しいだけで、他意はありません」 彼女の目を真っ直ぐに見据えて続けた。 「結局、株が集中していれば、会社の混乱を整理するのも私にはやりやすいのです」 私は微笑みながら付け加えた。 「そうですよね、お母さん?」 近藤母は雪乃ベッドの中で眠る子どもをちらりと見て、最終的に渋々ながら了承した。 不安要素がなくなった私は、すぐに会社に戻り仕事に取り掛かった。 まず記者会見を開き、問題の写真が偽物であることを明確に
会社の業務がすべて整い、出産予定日も間近に迫っていることを確認した後、私は週刊誌に写真をリークした。 秘書が慌てた様子で部屋に駆け込んできたのは、私が重要書類を整理している最中だった。 彼女は困ったように口を開きかけては閉じ、どう話せばいいか迷っている様子だった。 「横山社長、ご主人と別の女性に関する、少し問題のある写真が週刊誌にリークされたようです」 私の表情を伺いながら慎重に続ける。 「ただ、相手がこちらに貸しを作るつもりなのか、まだ写真は公表されていません」 なるほど、失策だったわ。週刊誌が近藤家と繋がっているなんてね。 「ああ、その写真ね。止めなくていいわ。それ、私がリークしたの」 私は荷物を整え空港に向かった。空港に着く頃には、写真はすでにネット上で大騒ぎになっていた。 近藤家の広報部は大混乱。 SNSは炎上し、私のスマホは智也からの電話で鳴りっぱなしだった。 太郎からも「どこにいるんだ」とメッセージが届いた。 私は携帯のSIMカードを取り出し、それを真っ二つに折ってゴミ箱に捨てると、何も振り返らず飛行機に乗り込んだ。 夜中に陣痛が来たが、事前に準備を整えていた私は、すべてが計画通りに進んだ。 お金があるって本当に便利だわ。痛みらしい痛みもほとんど感じることなく、私は無事に娘を出産した。 私が出産したその夜、智也は高速道路で車を飛ばし、「妻と子どもを探すんだ」と錯乱状態になっていたらしい。 近藤家の株価は急落。 定年退職していた近藤母は、会社の混乱を収拾するため、再び現場に戻る羽目になった。 しかし、会社の社員はすでに私が大幅に入れ替えており、全員私の信頼する部下ばかりだった。 近藤母は会社を掌握できず、何度も病院に運ばれた。 最終的に、会社の危機を救えるのは私しかいないと悟った彼女は、私の過去や出自を非難するのをやめ、自分の息子を怒鳴りつけた。 「あんたが死ぬ気で雪乃と結婚するって言ったんでしょう!なのに今度は他の女と浮気なんて、何考えてるのよ!」 智也はぼんやりとした目で、街中を隅々まで探し回った。 優花が私に感想を聞いてきた。 私は気持ちよさそうに眠る娘の頭を撫でながら、ただ二言返した。 「いい感じ」
ぼんやりしている間に、太郎と智也が、なんと殴り合いを始めていた。 太郎の顔は怒りで紅潮し、いきなり智也の顔面にパンチを食らわせた。 「お前さ、雪乃にこんな仕打ちして恥ずかしくないのかよ?!」 智也は不意を突かれて倒れかけたが、すぐに体勢を立て直し、反撃に出た。 「俺と雪乃のことに、お前みたいな外野が口を挟むな!お前が雪乃を狙ってるの、バレてないと思ってるのか?!」 二人は取っ組み合いになり、周囲の若者たちは面白がって騒ぎ立てた。 しかし、智也の口から血が滲み出すと、ようやく周りも事の重大さに気付き、慌てて止めに入った。 私は静かに扉をノックしたが、中の喧騒にかき消されて誰にも聞こえない。 部屋の中は大混乱。私は眉をひそめ、少し驚いた声を作って言った。 「ねえ、どうしたの?あなたたち」 たった一言で、まるで雷に打たれたようにその場が静まり返った。 全員が私を呆然と見つめている。 誰かが最初に「奥さんだ!」と叫び、ようやく場の空気が動き出した。 私は肩をすくめ、視線をその後ろに立っていた桜に向けた。 「もしかして、邪魔しちゃったかしら?」 智也は目を見開き、慌てて私の手を取ろうとした。 動揺した様子で、こう言った。 「なんでもないよ。ただの仲間同士のじゃれ合いさ」 「......いつ来たの?急にここに来るなんて、一言言ってくれたらよかったのに」 私は少し拗ねたように呟いた。 「ちゃんとメッセージ送ったじゃない。あなた、何してたの?全然返事してくれなかったけど」 何をしてたかって?もちろん、桜とイチャイチャしてたに決まってる。 智也はほっと息をつき、私の手を握ったままその場を離れようとした。 だが、私は動かずに立ち止まり、視線を人ごみの中に隠れる桜に向けた。 「ねえ、この女の子、誰?私、会ったことないけど?」 智也の手は冷たくなり、少し震えているように感じた。 その場にいた誰かが慌てて桜の手を引きながら言った。 「奥さん、この子は僕の新しい彼女なんです。ちょっと......まあ、大したことない子なので、紹介する必要もないかと思って」 「そうなの?でも、なんで私の服を着てるの?」 「そ、それは.....
手元の仕事を終えてスマホを手に取ると、彼はすでに一人で内心の独り芝居を終えていたようだった。 「......分かったよ、俺が悪かったってことにする」 「なあ、なんで返事しないんだ?泣いてるんじゃないよな?」 「......めんどくせえな、泣くなよ。もう、俺があいつを殴りに行ってやるから」 「もしかして、子どものせいで離婚しないのか?」 「だったら、俺がその子の父親代わりになってやるよ」 それでも私が返信しないと、向こうはますます苛立ったようだ。 「離婚するの?しないの?」 「ハハ、しないならそれでいいよ。別に気にしてないし」 画面越しでも、彼が気にしているのがありありと伝わってくる。 私はゆっくりと文字を打ち込んだ。 「パーティー、もう終わった?」 数分間「入力中」の表示が続き、ようやく返事が返ってきた。 諦めたような一言だった。 「いや、まだだ」 「今から行く」 「何しに来るんだよ?」 「夫を迎えに行くの」 このメッセージを送った瞬間、太郎がどんな顔をしているか、簡単に想像がついた。 私はバッグを手に取り、パーティー会場へ向かった。 離婚できない理由があるとはいえ、私の頭の上で好き勝手されるのを許すつもりはない。 最近、面倒な報告書や書類がやたら増えたのも、間違いなく近藤母の仕業だろう。 智也、あなたの母が会社で私に嫌がらせを仕掛けるなら、私が楽しく過ごせない分、あなたも楽にはさせないわ。 会場の遠くからでも、入り口に立つ人影が見えた。 太郎は仕立ての良いスーツを着こなし、彫りの深い顔立ちとすらりとした体格で、手鏡を片手に髪を整えていた。 ......ナルシストめ。 私は少し足を止めてメッセージを送った。 「ここで何してるの?」 彼は意味深な笑みを浮かべ、私に歩み寄り、バッグを持とうとした。 以前の彼の言動を思い出し、私は一歩後ろへ下がった。 「もしかして私を待ってたの?」 少し真剣な声で彼を見上げ、言った。 「太郎、私、結婚してるのよ」 「まさかまだ私に未練があるんじゃ......」 彼は先に背を向け、冷たく言い捨てた。 「自意識過剰だな」 私はその
家に帰ると、時刻はすでに深夜だった。 リビングの電気は明るくついていて、智也がソファで寝ていた。 鍵を開ける音で彼は目を覚ました。 「雪乃、今日仕事の後どこ行ってたんだ?会社に迎えに行ったけどいなくて、秘書に聞いても分からないって言われた」 そう言いながら、私にキスをしようと近づいてきた。 私はスマホを取り出すふりをして、さりげなく避けた。 「あ、言い忘れてたけど、今日は優花の家に行ってたの」 智也は眉を少しひそめ、不満そうな顔をした。 「友達付き合いに口出しする気はないけど、優花ってバーやってるだろ?怪しい人間と付き合いが多そうだし、あまり関わってほしくないんだ」 「暇なら、他の奥様たちと付き合ったらどう?」 もっともらしいことを言ってるけど、彼の友達にもろくでもない人間はたくさんいるはず。 お坊ちゃま育ちの彼は、人を自然とランク付けして見る癖がある。そんな上から目線がふとした言葉に滲み出ている。 私は彼の首に腕を回し、顔を近づけて軽く鼻で匂いを嗅ぐふりをした。 智也は驚いて私を支え、転ばないように慌てて腕を回してきた。 優花の言うことは正しかった。 智也は私を愛している。ほんの少し誘えば、すぐに桜を捨てて私に泣いて謝るだろう。 智也は桜に初恋の幻想を抱いている。未練や少しの好意があるのかもしれない。 でも、裏切りは裏切りだ。 どれだけ些細でも、一瞬でも心が揺らぐのは、立派な裏切り。 嘘はどんなに取り繕っても嘘に変わりない。 もし私が何も持っていない人間だったら、今の裕福な生活を失うのが怖くて、黙って耐えていただろう。 でも、今の私は違う。私は全てを支配する力を持っている。 智也は笑いながら言った。 「なんだよ、犬みたいに嗅ぎ回って。何してるんだ?」 私は口角を上げて笑った。 「他の女の匂いがしないか確認してるの」 彼の腕が一瞬硬直するのが分かった。 智也は真面目な顔で言った。 「ちょっと、冗談でもそんなこと言うなよ。俺が......」 「冗談よ。そんなに真剣にならないで」 前回、私が軽く探りを入れてからというもの、智也は私に前よりも優しくなり、一日中私に気を使うようになった。 そ
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