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14.謎の商人と、公爵夫人クレアについて

Penulis: 杵島 灯
last update Terakhir Diperbarui: 2025-09-14 16:47:34

 帳簿に目を走らせるうち、マリッサには気づいたことがあった。

 ある一人の男性の名で多額の寄付がおさめられている。それも毎月だ。

 その名は孤児院や治療院のほか、暮らしに困った民が頼る救済院なども含め、あらゆる場所に書かれていた。

「この方はどなた? ずいぶん裕福なようだけれど」

 マリッサが問いかけると、役人は帳簿を覗き込み、首をひねる。

「存じません」

「有名な方ではないの?」

「はい。少なくともこのような名の貴族はいらっしゃいません。もしかすると富裕な商人ではないでしょうか。羽振りが良くなったので寄付を始めたのでしょう」

「そういうもの?」

 半信半疑でマリッサが言うと、役人はどこか「やれやれ」と言いたげな態度になる。

「もちろんですとも。寄付は徳に繋がり、名声を上げることに繋がるのですから。殿下のお生まれになった国でもそうだったのではありませんか?」

 役人は諭すように答えた。その言いかたには“異国から来た王太子妃”の“見識のなさ”にウンザリしている様子が感じられる。文化の違いなどは考慮に無いようだ。

 仕方なくマリッサは、役人に問うのを諦めることにした。

(でも……徳を積むためだけに、ここまで多額の寄付をするものかしら。しかも毎月なんて……)

 訝しむマリッサだったが、この人物が誰かという答えはいくら帳簿をめくっても得ることができなかった。

 もし本当にこの人物の出自を調べたければ戸籍を見るしかないだろうが、それはただの詮索好きな気持ちから生じるものであって、慈善事業の状態調査からは外れる。今のところこの“商人かもしれない人物”に関してこれ以上は調べるべきではないだろう。

 そう思いながら年単位で帳簿をさかのぼっているうち、マリッサはもう一つ気になる名前を見つけた。

(クレア?)

 例の男性ほどではないにせよ彼女の寄付も毎月かなりの額になっていた。ただし八年ほど前から寄付は止まっているようだ。

 どうしたのだろうと思いながらマリッサは帳簿を役人に差し出す。

「この方のことは知っている?」

 マリッサが指先でその名をなぞると、役人は面倒くさそうに帳簿を覗き込む。次の瞬間、驚いたように目を見開いた彼の態度は一変した。

「もちろんですとも。その方は――クレア様は現在、公爵夫人でいらっしゃいますよ」

 どこか誇らしげなその声を聞いて、マリッサは息を呑む。

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