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第3話

Author: 大黒天の娘
写真が送られてから十分も経たないうちに、拓海から電話がかかってくる。「優、誤解しないでくれ。母が勝手に手配したことだ。年長者だし、顔を立てなくて……」

私は遮る。「ええ、わかってる。他に用は?」

「怒ってないのか?」

可笑しそうに聞き返す。「何に怒るの?」

沈黙が流れる。

しばらくして彼は言う。「今週の土曜は母さんの誕生日だ。迎えに行く」

拒まれるのを恐れるように、電話を切る。

土曜日、拓海は早々に慧の家に迎えに来る。

車が止まると、若菜が助手席から身を乗り出す。「優さん、早く乗って!ずっと待ってたのよ」

言葉の端々に、すでに女主人のような態度が見える。

以前の私なら、彼女を引きずり下ろし、ヒステリックに拓海に選択を迫っただろう。

だが今回は、軽く頷くと後部座席のドアを開けて乗り込む。

拓海がハンドルを握る手に力が入り、ルームミラーで私を見る。

私は礼儀的に微笑むと、すぐに慧とメッセージのやり取りを始める。

立花家に着くと、用意した誕生日プレゼントを渡す。「お母さん、お誕生日おめでとう」

そう言って席に着き、静かに食事をする。

拓海と若菜が私の両側に座り、楽しそうに談笑している。

私は立ち上がる。「席を替わろう。話しやすいように」

一同が凍りつく。

数ヶ月前まで、私は若菜が拓海の隣に座ろうとしただけで大騒ぎし、「愛人」と呼ばわりしていたのだから。

誰もが、私がこんなにも冷静に提案するとは思っていない。

若菜は狂喜して私の元の席に移動するが、拓海は私を鋭く睨む。

トイレに立った後、席に戻ると和やかな雰囲気が広がっている。

若菜の声が聞こえる。「おばさん、あなたの誕生日なのに、どうして私にプレゼントを?」

振り向くと、拓海の母がブレスレットを若菜の手首にはめようとしている。

拓海は止めようとしない。

周囲の表情が微妙に曇る。

あれは立花家の嫁に代々伝わる家宝だと皆知っている。

私が拓海と結婚した時、彼の母は満足していなかった。私がふさわしくないと思ったのだ。

子供ができなかったことで、さらに評価は下がり、ブレスレットが渡されなかった。

去年の誕生日にも、彼女は若菜にこれを渡そうとした。

私は承知せず、受け取ろうとする若菜に手を出した。

もみ合ううちに二人とも花壇に転落し、拓海は迷わず若菜を助け、私を罵倒した。

「ただのブレスレットだろ?十分与えてやったのに、なぜ若菜と争う?甘やかしすぎたのか?新しいのを買ってやればいいだろ」

私は風邪で熱を出し、二日間苦しんだ。

拓海は言った。「自業自得だ。わがままからこうなる」

だが今、私は誰とも争わない。

バッグを手に取り、礼儀正しく挨拶して帰る。

家に戻ると、拓海がすぐ後にやって来る。顔は険しい。

「お前はいったい加減ってものを考えてるの?数日家を空けた上に、今日は皆の前でそんな態度か?」

私が黙っていると、彼はネクタイを引きちぎりながら冷笑する。

「まだ拗ねてるのか?だったら離婚だ」

これは拓海が三度目の離婚の提案だ。

一度目は、私が彼の上司の酒を断った時。彼に顔を立てなかった。

挽回のため上司と再会し、私は胃出血で倒れ、点滴を受けながら許しを乞うた。

二度目は、若菜が贈ったパズルを誤って壊した時。

激怒した彼に、私は泣きながら跪き、二度と繰り返さないと誓った。

しかし今、私は彼を見つめ、言う。

「ええ、そうしよう」

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