LOGINピッとカードキーをかざして外に出ると、わたしは少し散歩をすることにした。本当に、外の空気は気持ちいい。外に出て少し歩くのも、悪くない。「んー……。気持ちいい」大きなマンションの近くには、大きな公園もあり、連日たくさんの親子連れが遊んでいたり、ピクニックしたりしている。そんな姿を見ながら散歩をするのは、楽しい。自分たちの赤ちゃんが産まれた時も、この公園近く、歩いて十分位の距離に大きな病院もある。 そこは最先端のシステムを取り入れて治療をする、大きな大学病院だ。 何でもアメリカで最高峰と言われる大学病院出身の凄腕の先生がいるらしい。その先生が藍と同級生らしく、学生時代は仲が良かったのだと、本人から直接聞いた。そんなすごい同級生を持つ藍って、一体何者なのだろうか……。本当に藍はすごい人と知り合いなんだよね。確か高校時代の同級生に、あの人気モデルのカンナがいたと言っていたし。しかも同じクラスだったとか。まあ……高城ホールディングスという大きな会社を引っ張っていく、未来の社長と言うことではあるけど。わたしにとって藍は夫であり、お腹の子の父親でもある。だけどわたしたちは、旗から見たら全く釣り合っているようには見えない。むしろ、生まれも育ちも真逆だし、正反対の生き方をしていたはずだし。そんなわたしたちが上手くいくのかなんて、分からない。だけどわたしたちは、お互い夫婦としてこれから先理解し合って、助け合っていかなければならない。「……はあ」ため息なんて付いたら幸せは逃げていくなんて言うけど……。ため息をつきたくなることもあるんだよね。検診に行く度に、子供が少しずつだけど、お腹の中で育っていることを実感していく。 嬉しい反面、まだ不安のほうが大きい。だけど弱音なんて吐いていられない。わたしは、母親になるんだから……。赤ちゃんだって、こんなお母さん、きっとイヤだろうな……。 わたしはお母さんになるんだから、頑張らないと。そんなことを考えながら、三十分くらいの散歩を終えて帰宅したわたしはマンションに入るため、カードキーをかざす。ロックが解除されると中に入り、エレベーターに乗り最上階へと登る。「高城さん、おはようございます」「あ、おはようございます。毎朝、ご苦労様です」「いいえ」 エレベーターを降りて清掃係のおばさんと少しは挨拶を交
「……はあ」最近、毎日こんな感じなんだよね……。朝から抱きつかれて、愛してると言われる。そして仕事から帰ってくると、いつもお腹の赤ちゃんに話しかけている。それも嬉しそうに、話しかけているのだ。「結婚して、良かったのかな……」もうよく分からない。 結婚してから初めて一緒に暮らしているけど、藍の考えていることはよく分からない。ただ毎日、ちゃんと愛の言葉をくれる。ちゃんと言葉にしてくれる。それだけは、ちゃんと感じる。「……あなたの父親は、よくわからない人だよ」藍はとにかく、わたしに優しくする。そしてわたしを甘やかしてくる。「はあ……」あんなに拒否しようとしてたのに、結局そのプロポーズを受け入れてしまったし……。左手の薬指に嵌めているその結婚指輪を眺めながら、わたしは色んなことを思っていた。藍と結婚したすぐ後、妊娠してるのに働くのは身体に負担がかかるからと、カフェの仕事は藍に言われて辞めることになった。本当はもう少し働いていたかったけど、藍が心配するので言うことを聞いた。それからはこうして、家の周りでゆったりと過ごしている。 幸いつわりはあまりなく、いつも通りに過ごしていることの方が多い。まあ家にいるのも、退屈に感じるのだけど……。「朝ご飯でも、食べようかな……」冷蔵庫からカットしてあるフルーツとヨーグルト、はちみつを取り出す。「いただきます」 フルーツにヨーグルトとはちみつをかけて、食べ始める。 いつも結婚する前は朝ご飯は和食などを食べたけれど、藍は朝ご飯にいつもフルーツやヨーグルトを食べているらしく、結婚してからはわたしもそれに合わせるようになっていた。この家の冷蔵庫には、いつもフルーツがたくさんストックしてある。特に藍はフルーツの中でもオレンジとドラゴンフルーツとかが好きみたいで、いつも冷蔵庫にそれが入っている。「ごちそうさまでした」朝ご飯のフルーツを食べ終えたわたしは、食器をシンクに片付けて散歩しようと外に出た。「んん……。良い天気、だな」結婚して間もなく、藍の父親である高城明人がわたしたちの新居を用意してくれた。 しかも最高級マンションの最上階だ。最上階とはいえ、なかなか下に降りるまで大変だと思っていたけど、一階の出入り口まではわずか一分という早さで降りることが出来る。このマンションは元々、高城ホールディ
「藍、お昼ご飯なににする?」「もう昼ごはんの話か?」「……確かに」その後はラブコメ映画を見続けた。その間ずっと藍に抱きしめ続けられていたけど、不思議とイヤではなかった。「透子の髪、サラサラで触り心地いいな」「そう?」「ああ。透子の髪、すごいキレイだしサラサラ」冗談っぽく「キレイなのは髪だけなの?」と聞くと、藍は「いや、透子は全部がキレイだ」とわたしの髪にもキスをする。「透子、愛してる」「はいはい」愛していると言ってくれるのは、正直嬉しいかも。「透子、もう一回キスしたい」「はっ? 自惚れないで。しないから」「そんなこと言うなよ、ケチだな」「……ねえ、くっつかないで。ウザイんだけど」そんな藍が時折可愛く見える時があるけど、やっぱり俺様で意地が悪い。「透子のシャンプーのニオイ、いいニオイだな」「……藍だって、同じシャンプー使ってるじゃない」藍の髪の毛だって、わたしと同じシャンプーのニオイがする。「透子のシャンプー使い心地いいよな」 「だって高いシャンプーだもん」わたしは藍にそう答えると、藍はわたしの髪の毛にキスを落とす。* * *「さあ透子、一緒に寝ようか」その日の夜、ベッドに潜りわたしのそばにやってきた藍は、嬉しそうにそう言ってきた。「いいよ。先に寝て」そう言ったけど、藍は「いいから、一緒に寝よう」と言って聞かなかった。「……はあ。分かったよ」何度言っても聞かなそうだったので、諦めて寝ることにした。「透子の肌はすべすべだな」なんてわたしを抱きしめながら、藍はそう言ってきた。「なに?いきなり」「透子の肌、触り心地いいんだよな。マシュマロみたいでさ」そんなことを言われると、なんだか恥ずかしくなる。「もう、そんなこと言うのやめて……」「だって事実だし。透子の肌、マシュマロみたいで可愛い」 恥ずかしげもなくそんなことを言ってくる藍に、ちょっと戸惑うけど……。「おやすみ、透子」と微笑む藍に、わたしも「おやすみなさい」と返事をした。寝る前に藍からおやすみのキスをもらう。そして次の日朝、目が覚めるとそこに藍はいなかった。ベッドから起き上がりリビングに行くと、藍はのんびりとコーヒーを飲みながら、なにやら書類に目を通していた。「藍……?」「透子、おはよう」藍は朝から、爽やかな笑顔を向けてくる。「
なのにそれに影響され、藍に突然ちゅっとキスされた。「なんで今、キスするのよ……」「なんでって、したかったから」そう問いかけてもいつも、そう答えられる。「……もう、すぐそうやって言うんだから」でも最近、それも慣れてしまったせいか、イヤな感じにはならなくなった。 「透子、俺の膝に乗っていいぞ」「はあ?イヤよ……! あ、ちょっと……!!」拒否したのに無理やり抱っこされ、藍の膝に乗せられてしまう。「ちょっと、降ろしてよ……」「ダメだ。こうしないと、君たちを抱きしめられないだろ?」「……え?」 君たち……。藍は確かに今そう言った。 確かにそう言われると、そうなのだけど……。たちってことは、お腹の中の赤ちゃんも、ってことだよね……。だけどもう、拒否は出来ないから諦めることにした。「……仕方ないな」「なんだ、意外と素直じゃん」「あ、ちなみにさっきのは冗談だから。ホラーのヤツ」「はっ? あれ冗談だったのかよ」「うん」藍の苦手なことを一つ知れたことが嬉しいと内心思いつつも、藍はわたしを後ろから抱きしめながら幸せそうな表情をしていた。そんな表情を見たら、拒むなんて出来ない気がした。「ここにいるんだよな……俺たちの赤ちゃんが」 お腹に手を回し撫でるように触れてきた藍は、そう語りかける。「……そうだよ。赤ちゃん、いるよ」わたしだってまだ、あまり実感なんてない。 だけどこれから少しずつ大きくなるそのお腹を見たら、わたしだって更に実感する。藍の子供が、ちゃんとここいることを。そしてわたしたちが、これから【家族】になっていくことを……。「夢みたいだ……。でも今、俺すげえ幸せだわ」藍がそんなことを言うなんて、思ってもなかった……。わたしと結婚して幸せだって、言ってくれるんだ。「早く会いたいな。俺たちの子供に」「……そうだね。会いたいね」わたしも最近、その気持ちが芽生え始めてきた。この子に早く会いたい。……早く、この手で抱きしめたい。「俺たちの子供、きっとすげえ可愛いだろうな」そう言われたらわたしも、そう思う。だってわたしたちの子供だよ?可愛くない訳がない。それにきっと、わたしは子育てを通して母親としてもっと強くなるはず……。藍はきっと、いい父親になるだろうな……となんとなく感じる。「……可愛くない訳、ないでしょ」「そ
「透子、無理しちゃダメだ。俺がやる」藍と結婚して、早一ヶ月が過ぎた。「大丈夫だって。藍は心配しすぎなのよ」最近は洗濯物を干す時にカゴを持っているだけで、そう言われてしまう。構わず洗濯物を干していると、藍が「俺がやるから」と強引に割り込んできた。「ちょっと、割り込んでこないでよ」なんて押し返すけど、藍はなんとなく楽しんでいるようにも見えた。「いいから、いいから。俺に任せておけって」「ちょっと……! もう、邪魔なんだけど!」なんて言いながら洗濯物を干していると、藍がニヤニヤしながらわたしの下着を見つめていた。「へえ透子はこういうのが好きなのか」「え?」 なんて言いながらわたしを見ていた。「ちょっと!見ないで、触らないで……!」藍の手から下着を奪い返し、そのまま干し竿にかけた。「何を照れてるんだ?」「照れてないし……!」藍はいつも、そうやってからかってきたりする。「透子は恥ずかしがりやなんだな」「はあ?違うからっ……!」何が恥ずかしがりやよ!本当に藍ってば……。「不思議だな。本当に透子のこと、毎日愛してると思うよ」「なにそれ……。気持ち悪い」「ひでぇ……。お前は夫に向かってそんなこと言うのか」と言われながらわたしのそばを彷徨《うろつ》く藍に、わたしは「もう、うざい……!あっち行って!」と追い払った。「残念だけど、それは出来ないな」「なんでよ、アンタがいると邪魔なのよ」と呆れながら言うと、藍は「今日はずっと、こうやって透子のそばにいたいから」と言われてしまう。だけどそんなことを言われたら、何も言い返すことも出来なくなり、ひたすら洗濯物を無言で干した。「藍、洗濯物、干し終わったけど?」「ありがとう透子。 さ、こっちに来てくれ」と言われて洗濯物カゴを藍が持った。「え、なに? なんなの?」「いいから。のんびりと映画でも観よう」そう言われてソファに座らされる。「え、ちょっと……」映画でも観ようって……。わたしまだ、なんにも言ってないんだけど……。「透子、どの映画が観たい?」「え、どのって言われても……」いきなりそんなことを言われても……困るんだけど。「ほら、見てみろ。色々あるぞ?」藍がリモコンを操作しながらわたしに言うから、冗談で「じゃあ、ホラー系とかがいい」と言うと、藍は「はっ!?」と驚いた顔を見
「……夕月園の元若女将、藤野透子と申します。この度ご縁があり、藍さんと結婚する運びとなりました。……それと今わたしのお腹の中には、新しい命が宿っています。藍さんとの子供です」 それから数日後、わたしは高城藍の父親である高城明人の元に挨拶に来ていた。高城明人、正直に言うともうこの人と二度と会うことはないと思っていたのに……。 また会うことになるなんて……なんて皮肉なのだろうか。この人は夕月園を奪って、わたしたちを引きずり下ろした張本人だ。まさに憎むべき相手のはずなのに、まさかこの男の息子と結婚することになるとは、夢にも思ってなかっただろうな……。「ほう……。君とはどこかで会ったような気がしていたが……まさか夕月園の元若女将だったとは、驚いたよ」 そんなわたしの姿を見て、高城明人はそう言ってきた。「……はい。 あの時以来、ですね。高城社長」買収された時に初めて会った時、以来だ。「藍からこの前、結婚したい人がいるから紹介したいと聞いてはいたが……まさかその女性が、君だったとはね……。これは驚いたな」「……わたしもまさか、あなたとこうして再会することになるとは、思ってもいませんでした」わたしはそう言って、改めて「藤野透子です。よろしくお願い致します、高城明人さん」と挨拶をした。「透子さんと言ったかな。 息子のこと、よろしく頼んだよ」「……こちらこそ。末永く、よろしくお願い致します」わたしはこの人たちと【家族】としてこれから、接していくことになるんだ……。そしてわたしは彼の子供を産んで、高城ホールディングスの跡取りを残すことになるかもしれないんだ。産まれてくる子が男の子だったら、その子は跡取りになる。「こんなろくでなくしの息子だが、支えてやってくれ。 一応高城ホールディングスの跡取りなんでね、藍は」「……はい。もちろんです」高城ホールディングスに嫁いだわたしは、これからきっと、波乱の人生を送ることになるだろう……。高城ホールディングスの嫁として、そして母親としての道を辿っていく。「まあ孫の顔が見れるのは、楽しみだな」「……ご期待に添えられるように頑張って参ります故、どうぞ優しく見守ってくださると嬉しいです」 「ならそうしよう。 しかしまさか、藍が若女将である君を口説いていたとはね……。本当にろくでなくしの息子ですまなかった