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第4話

Author: カノン
豪が様子を見に行こうとした時、スマホが鳴った。

画面には「千佳」の文字が光っている。受話器からは、彼女の甘えるような声が聞こえてきた。「豪、頭が痛いの」

豪はトレイの上のブレスレットに再び目をやった。指先をきゅっと丸めると、結局は背を向けて看護師の後について行ってしまった。

夜になり、雨が降り始めた。

古傷がずきずきと痛む。私は布団にくるまって、止まらない震えに耐えていた。

昔は、雨の夜になると、いつも豪が私を腕の中にすっぽりと包み込んでくれた。彼の温かい体温が、私の体の芯から冷えを追い払ってくれたのに。

そして、愛おしそうに囁くのだ。「美希、この傷は俺のためについたんだ。だから、これからの雨の夜は、俺がずっとそばにいるよ」と。

今、豪はその約束を破った。

スマホが震えた。千佳からのメッセージだった。

【美希、彼の家には年増の女がいるの。恩返しのために置いてやってるんだって。ムカついたから、罰としてどしゃ降りの雨の中でずっと待たせてるところ!】

添付された動画には、豪が土砂降りの雨の中、傘もささずに立っている姿が映っていた。高級なスーツはずぶ濡れで体にぴったりと張りつき、痩せた体のラインを浮かび上がらせている。

時折光る稲妻が、彼の青白く、それでいて頑なな表情を照らし出していた。

動画に映る見慣れた顔を見ているうちに、ふと笑いがこみ上げてきた。でも、笑いながら、涙がぼろぼろとこぼれ落ちてくるのだった。

恩返し?

恩返しだというのなら、どうして私を外の世界へ送り出してくれなかったの?それなのに、愛という名の籠に閉じ込めて、私の翼を無理やり折ったりしたの?

スマホには、夕方に豪から届いたメッセージがまだ残っていた。【美希、今夜は海外との会議があるから、待たずに先に寝ててくれ】

笑わせる。彼の言っていた海外との会議って、結局は他の女のご機嫌取りだったわけね。

苦しくて、ぎゅっと目を閉じる。涙が枕カバーをじっとりと濡らしていった。

翌朝、目が覚めると、寝室のドアがそっと開かれた。

部屋着姿の豪が入ってきた。その目は真っ赤に充血している。

彼はベッドのそばまで来ると、包帯だらけの私の手をそっと握った。「美希、誰に傷つけられたんだ?また伊藤が何かしたのか?あいつにはちゃんと……」

言いかけて、うっかり口を滑らせるところだったと気づいたのだろう。豪は私の額にキスを落とすと、こう言った。「美希、あとで気晴らしに乗馬クラブへ行こう。

君を傷つけたのが誰であれ、俺が必ず仇をとってやる」

私は静かに口を開いた。「大丈夫、自分のことは自分で何とかするから」

それから豪は、とことん優しかった。抱きかかえて洗面所まで連れて行ってくれたり、朝食を一口ずつ食べさせてくれたり。傷には一番効く薬を塗ってくれた。

私は魂の抜けた人形のように、ただされるがままになっていた。彼の首筋にある赤い痕を、無表情で見つめながら。

竹内家の乗馬クラブは、ゴルフ場に隣接している。

着いて早々、遠くに白い人影が見えた。ゴルフウェアのミニスカート姿の千佳だ。彼女は男性客の隣に立ち、不満そうな顔で愛想笑いを浮かべている。

豪は足を止めると、私の方をちらりと見て、何でもないような口ぶりで言った。

「あれは会社が新しく雇った秘書だ。うちの支援契約を利用していて、今年卒業したばかりなんだ」

私はふっと笑って言った。「様子を見に行かなくていいの?」

豪は、まるで誓いを立てるかのように真剣な顔つきで、私をじっと見つめて言った。「美希、俺の妻は君だけだ。他のやつらは、ただの他人だ」

私はもう何も言わなかった。手綱を強く握りしめ、ひらりと馬に飛び乗ると、そのまま反対方向へと駆けだした。

豪も馬を並べてついてきたけど、その視線はゴルフ場の方に吸い寄せられていた。彼は上の空で、心ここにあらずといった様子だ。

例の男性客の手が千佳の腰に回されそうになった、その時だった。豪は、急に手綱をぐいっと引き締めて馬を止めた。

「美希、すまん。取引先への電話を一本忘れていたのを思い出した。代わりにスタッフを呼んでおくから」

私はフンと鼻で笑うと、馬に鞭を入れて走り出した。

木々が茂る隠れた場所まで馬を進めると、どこからか女性の甘えたような声が微かに聞こえてきた。

続いて、笑いを含んだ男の低い声がした。「なぁ、あいつに君のどこを触られたんだ?言ってみろ。俺が全部きれいにしてやるから」

「だめ……そこは、やめて……」

恥じらうような女の声が、まるで鋭い針のように私の鼓膜に突き刺さった。

私は馬を止め、まばらな木の葉の隙間からそっと覗き込んだ。

二つの体が絡み合っている。千佳と、豪だった。

怒り、吐き気、絶望……胸の中で様々な感情が渦巻いたが、最後にはすべてが冷たい無感情へと変わっていった。

その場を離れようと馬の向きを変えた、その時だった。乗っていた馬が何かに驚いたのか、突然、制御不能なほどに暴れ出したのだ。

私は必死で手綱を握りしめて馬を落ち着かせようとした。しかし、他の馬たちもそれに驚き、あっという間に場は混乱に陥った。

スタッフたちが慌てふためいて駆け寄ってきたが、誰も迂闊に近づけずにいる。

私がなんとか馬をなだめようとした、その瞬間、バチンという音と共に手綱が切れてしまった。

すさまじい勢いで、私の体は馬から振り落とされ、地面に強く叩きつけられた。

意識が完全に闇に落ちる直前、血の気を失った豪の顔が見えた。そして、魂が引き裂かれるような悲痛な叫びで、「美希!」と私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

けれど、彼の腕の中では、怯えた様子の千佳が、ずっと固く抱きしめられていた……
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