LOGIN彼は、夜通し彼女の看病をし、彼女を脅した波多野家に、裏で手を打ち問題を解決した。なのに彼女は、彼が危険な場所へ向かったとも知らず、彼の気持ちを疑い、誤解し、連絡がないことに失望していた。込み上げる後悔と混乱で、麗蘭の目から涙がこぼれ落ちた。時正を失うわけにはいかない。自分の気持ちがわからないまま、彼に謝罪をしないまま、彼の気持ちを聞き出せないまま、彼の身に何かあってはならない。間もなく、アシスタントから連絡があった。「麗蘭先生、調べました。時正さんは今、国境付近の港町――臨済市にいるそうです。情報によると、辺り一帯が現在封鎖され、一般人の立ち入りは禁じられています」臨済市。麗蘭はその地名を頭に刻み込んだ。「最速の列車か、航空券の手配を頼める?」「麗蘭先生、それはできません!」アシスタントは慌てた。「あの地域は危険すぎます。現在封鎖中で、近づくことさえできません」「構わない」麗蘭は言った。「彼がそこにいるなら、私は行く。中に入れなくても、彼の近くにいたいの」彼女は遠く離れた場所で、ただ見ているわけにはいかないのだ。少しでも、彼の近くにいたい。少なくとも彼に知らせたい。自分がただ、彼に守られているだけの人間ではないのだと。今度は、麗蘭が時正を探しに行く番だ。アシスタントはため息をついた。「わかりました。すぐに車を手配します。何かあればすぐに電話してください」「ありがとう」麗蘭は電話を切った。-臨済市、国境付近。目的地まで、十数時間かかる。先に進むにつれ、検問所がますます増え、明らかに異様な雰囲気を醸し出していた。空は次第に暗くなり、ヘッドライトが前方の狭い道を照らし出していた。麗蘭は、道中眠らず、食事も摂らず、ただ少し水を口にしただけだった。頭の中は、時正でいっぱいだった。写真の中の彼、病院で付き添ってくれた彼、薬を飲ませてくれた彼、両親の前で頭を下げていた彼……どの姿も、彼女の心に刻み込まれている。麗蘭はついに、時正に対して抱いている感情をはっきりと悟った。彼女は彼が好きで、彼を気にかけている。どうしても、忘れられないということを。それは、記憶を失っても消え去ることのない、いわば本能だった。もし彼が無事に戻って来られたら、もう二度と突き放したり、
麗蘭は身体が硬直し、一歩も動けなかった。時正は、決して彼女を避けていたわけではなかった。彼は国境へ向かっていたのだ。国境付近は、想像を絶する危険が潜んでいる場所だと聞いたことがある。胸に込み上げていた感情が、一瞬のうちに恐怖へと変わった。国境。越境での任務。行方を隠す。情報の封鎖。誰も近づけさせない。それらの言葉が、麗蘭に告げていた――時正は、危険な状況に身を置いている。なのに自分は、彼から連絡がないというだけで、あれこれ妄想し、自己否定し、自暴自棄に陥りかけていた。麗蘭、なんて馬鹿なの。胸に鋭い痛みが走り、溜まっていた悔しさが一気に吹き飛んでいった。今は、体裁や他人の目を気にしている時ではない。頭の中にはただ一つの思いしかなかった。時正を見つける。何があっても、彼を見つけてみせる。麗蘭は振り返り、話をしている二人の若者に歩み寄った。「今の話は、確かなの?彼は国境に向かったのね?都市の名前はわかる?どの辺り?」二人は驚き、慌てて首を振った。「俺たちは、何も知りません。何も言っていません……」「聞こえたわ」麗蘭は落ち着いた声で言った。「お願い、彼の行き先を教えて」「無理です。絶対に口外するなと言われているので」二人は青ざめた顔で、後ずさりした。麗蘭は二人を見て、これ以上尋ねても何も聞き出せないと悟った。時正が命令した以上、簡単に情報を得ることはできないだろう。だが、彼女だってそう簡単には諦めない。麗蘭は、ラウンジバーを離れ、携帯を取り出した。記憶を失って以来、頼れる人物はそう多くなかったが、一人だけ心当たりがあった。彼女のアシスタントだ。アシスタントは長年彼女に仕えており、人脈はさほど広いわけではないが、意図的に隠された行方ぐらいなら突き止められるはずだ。電話はすぐに繋がった。「麗蘭先生、今日は定期検診へ行く予定では?何かあったんですか?声の調子が、いつもと違うような」「私は大丈夫」麗蘭はできるだけ落ち着いた声で言った。「今からすぐ、時正さんがいる場所を調べてほしいの。具体的な場所が知りたい」アシスタントは驚いて言った。「時正さんの?彼の……情報は完全に遮断されていて、部外者の近づけない場所に行ったと聞きましたが」「ええ」麗蘭は唇を噛んだ。「
なるほど。その「任務」の中で、心動かされ、感情を揺さぶられていたのは自分だけだったのだ。そして時正は、彼女がようやく振り返った途端、音もなく身を引いた。麗蘭は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。切ない思いが胸に込み上げ、息苦しく感じるほどだった。これ以上、時正の行方を問い詰めたり、彼に会おうとするのはやめよう。麗蘭は向きを変え、外へ向かって歩いた。彼女は背筋を伸ばし、店を後にした。本当は、歩くたび、心が張り裂けそうに痛かった。外の冷たい風が、彼女の全身を包み込んだ。麗蘭は顔を上げ、灰色の空を見上げた。どれほど大切でも、手の届かないものがある。戻りたくても、彼が同じ場所にいるとは限らない。二人は、深い絆で繋がっていると思っていた。しかし、それはどうやら、自分の勘違いだったらしい。時正にとっては、彼女の気持ちなど取るに足らないものなのだろう。ラウンジバーでの話し声。麗蘭の耳には、彼らの囁き声が、まだ離れずに残っていた。「ただの任務さ。時正さんは、護衛の対象としか見ていない。琴美さんの件が片付いて、もう傍にいる必要がなくなったんだろ」耳から離れないその言葉が、彼女の心に突き刺さったままだった。微かな期待を抱いていた――彼は忙しくて、携帯を見る暇がないのかもしれないと。しかし、店内にいた多くの者たちが、そう囁いていた。二人の間にあったのは、単なる任務と、それに付随する責任だけ。麗蘭は、鞄をぎゅっと握りしめた。昨日の夜中、彼女は時正に会って話したいとメッセージを送った。今日、彼を訪ねたが、そこにあったのは、「ここにはいない」、「面会できない」、「ただの任務だ」という言葉だけだった。麗蘭の目に、涙が込み上げた。彼女は言い聞かせた、これでいいのだと。もうこれ以上、彼を探さない。勝手な思い込みをしてはいけない。時正はきっと、もう彼女と関わりたくなくて、返事をしないのだろう。任務が完了して彼が去るのなら、自分も目を覚まさなければならない。麗蘭は、タクシーを拾おうと、大通りに向かって歩き始めた。その時、少し離れた場所から、二人の若者の話し声が聞こえた。「時正さん、大丈夫かな。こっちに戻ったばかりで、また国境の方へ向かうなんてさ」「仕方ないよ。か
まさに、常套句だった。礼儀正しい言葉を並べているが、実際は門前払いしているのだ。麗蘭は拳を握りしめ、その場に立ち尽くした。彼女は信じなかった。どんなに忙しくても、忽然と姿を消すはずがない。それに、ここに来る途中、彼の車が停まっているのを目にした。時正はここにいる。ただ、彼女に会いたくないだけなのだ。そう思うと、麗蘭の胸にじんわりとした痛みが広がった。彼女はその場に立ち、落ち着いた表情で店内を見渡した。店内にいる客や従業員たちが、こちらを見ている。うつむきがちに視線を向ける者もいれば、あからさまに、観察するように見る者もいた。店内にいる多くの者が、彼女を知っていた。もしくは、「麗蘭」という名を知っていた。彼らにとって彼女は、時正が長年守り、一定の距離を置いていた令嬢なのだ。また、波多野家や琴美と複雑な関係にある。彼らの囁き声が、はっきりと聞こえた。「あれが、麗蘭さん?何でまた、こんなところに?」「さあ?珍しいこともあるもんだ。気位が高くて、時正さんを何度も追い出したことがあるって聞いていたけど?」「もしかして、琴美さんに嫉妬してるとか?でも、琴美さんは刑務所の中だし、もう彼女を脅かすような存在でもないだろ?」「きっと、時正さんに愛想つかされて、焦ってるんだよ。今まで散々、冷たい態度を取ってたらしいから。愛想つかされて寂しくなって、今になって追いかけてきたんだろうよ」彼らの言葉が、針のように胸に突き刺さった。麗蘭は背筋を伸ばし、無表情のまま、その場に立ち尽くしていた。他人の目や言葉を気にしない覚悟は、できているつもりだった。しかし、彼らの言葉は、麗蘭が最も後ろめたく、不安に感じる部分を正確に突いていた。囁き声は、まだ続いていた。「時正さんは、彼女のことが好きなのかな?これだけ長い間、彼女を守っているんだし」「そんなわけないだろ。ただの任務さ。金で雇われて、護衛していただけだよ」「ああ、ただの保護の対象さ。好きなら、とっくに一緒になってるよ」「彼女が時正さんに惚れてるのは、一目瞭然だけどな。残念だけど、時正さんは何とも思ってない」「今や任務もほぼ終わって、琴美さんの件も片付いたし、構う必要もなくなったんだろ」『任務』その言葉を聞いて、麗蘭の胸は締
麗蘭は、緊張した面持ちで、振動する携帯を手に取った。彼女は、震える手で画面をスワイプした。連絡は、時正からのものではなかった。ただのシステム通知だった。メール画面には、彼女が昨夜送った文章だけが表示されていた。メールは既読にもなっていなかった。この瞬間、大きな失望感が潮のように押し寄せた。彼が返信しないことを、予想していなかったわけではない。しかし、実際にそうなると、胸がズキズキと痛んだ。数日前まで、時正は彼女の傍を離れず、熱を出した時には、付きっきりで看病してくれていた。彼女が気付き、振り向いた途端、姿を消し、連絡すら取れなくなってしまうなんて。腑に落ちない。あまりにも不自然だ。彼に何かあったのだろうか?それとも……本当にもう、彼女に会いたくないだけなのだろうか?麗蘭はベッドに座り、携帯を握りしめた。彼女は決して、人にしつこく付き纏うような性格ではない。しかし、どうしても納得がいかない。彼に会って、確かめなければ。彼の口から、直接聞かなければ――なぜ返事をしてくれないの?今、どこにいるの?あなたは私を、どう思っているの?これらのことをはっきりさせなければ、ずっと落ち着かないままだ。麗蘭は深く息を吸い、決意した。これ以上、ただ待っているのは嫌だ。ただ携帯を握りしめて、時間を無駄にしたくない。彼を探そう。時正の居場所は、見当がついていた。会社でも、別荘でもない、彼が頻繁に足を運ぶその場所を、麗蘭は覚えていた。記憶を失った後、麗蘭はそこが彼の縄張りなのだと、直感的に感じていた。麗蘭は、簡単に身支度を整えた。誰にも告げず、タクシーに乗り、運転手に住所を伝えた。運転手は、何か言いたげな表情を浮かべたが、結局黙って車を発進させた。その一帯は、彼女が普段住んでいる場所とはまったく別世界だった。狭い道路に小さな店が立ち並び、人を寄せ付けない雰囲気が漂っていた。行き交う人は皆、うつむいて歩き、時折、警戒するような視線を麗蘭に向けた。ここは時正の縄張りだ。その場所の存在は、話には聞いていたが、実際に足を踏み入れたのは初めてだった。麗蘭は、ラウンジバーの入り口に立つと、ゆっくりと深呼吸し、ドアを開けた。薄暗い店内にBGMが鳴り響き、空気には微か
定期検診で病院向かう途中、麗蘭はずっと携帯を手に握りしめていた。彼女はメール画面を何度も開き、画面は点いたり消えたりを繰り返していた。返信も、着信もない。本当に彼は、まるでこの世から消えてしまったかのようだった。診察室に着く頃には、麗蘭は全身の力が抜けたように、ぐったりとしていた。彼女を見て、鳴海が眉をひそめて言った。「顔色が優れないね?気分もよくないみたいだ」鳴海は心配そうに言った。「昨日のシンポジウムは、なかなか収穫があっただろう?気晴らしになったと思っていたんだが」麗蘭はゆっくりと腰を下ろし、かすれた声で言った。「ええ、シンポジウムでは……確かに収穫がありました」「じゃあ、他に何かあったんだね?」鳴海はすぐに気づいた。麗蘭はうつむいて、しばらくの間沈黙した。静かな診察室の中に漂う消毒液の匂いに、彼女は不思議と安心感を覚えた。少し落ち着いた後、麗蘭は心の内を話す覚悟を決めた。「大切な人がいるんです」小さな声だったが、はっきりと聞こえた。「彼はずっと、私の傍にいてくれました。私が追い払っても、冷たい態度を取っても、彼は私の傍を離れずにいてくれた。私が病気になった時も。事故に遭った時も、彼は真っ先に駆け付けてくれました。一人で川辺に行った時も、彼は遠くから、私のことを見守ってくれていました」そこまで言って、麗蘭は言葉を詰まらせた。今まで自分が彼にしてきたことを思い出すと、胸が締め付けられるように痛んだ。「今までは、彼が私の傍にいるのは、単に彼が両親からそうするように命令されているからだと思っていたんです。私は彼に借りを作りたくなくて、関わりたくなくて、彼を遠ざけてきました。でも、昨日初めて……そうじゃないのかもしれないと気づいたんです。彼と話がしたくて。彼の気持ちが知りたくて。誤解を解きたいと思ったんです」彼女は少し間を置き、震える声で続けた。「でも彼、いなくなったんです。どこにもいなくて。メールを送ったけど、返事が来なくて。電話にも、出ないんです。一晩中待ったけど、連絡がないままで」医師は口を挟まず、静かに耳を傾けていた。麗蘭は顔を上げ、独り言のように言った。「彼は今までずっと……傍にいたのに。どうして、いなくなってしまったの?」診察室は静寂
沙夜は皮肉たっぷりに口元を歪めた。「誰?あの図々しい女のこと?」安浩はアシスタントに視線を向けた。「彼女とはアポイントを取ってないはずだが。予約は入ってたのか?」アシスタントは唇をかすかに引き結びながら答えた。「昨日、ご報告しました。クラウドウェイの高瀬社長が技術協力について面会を希望していると」真衣にとって、その名前は聞き慣れたものだった。高瀬グループ傘下で、航空宇宙分野を担当している会社だ。礼央は普段は本社にいて、クラウドウェイに顔を出すことはほとんどない。安浩もそのときになって、たしかにそんな予定があったとようやく思い出した。彼が何か言う前に、向こうから賑やかな笑
菜摘はもともと真衣に対して不満を抱いていた。今となっては、さらに理不尽な言葉を浴びせてくるようになっていた。「家に用事があるなら、片付けてから出てくればいい。ここで恥を晒して足を引っ張らないで」その時、チームメンバーの石岡咲喜(いしおか さき)が口を挟んだ。「もういい、会議室でミーティングだわ」一度会社に入ってチームの一員になった以上、どれだけ排斥しようが意味はない。入社したという事実は変わらないのだ。菜摘は冷ややかに鼻で笑い、踵を返して会議室へと歩いていった。咲喜は真衣を見て、少し気の毒に思いながら声をかけた。「菜摘はああいう性格なんだ。優秀でプライドも高いから、あな
礼央は無表情のまま真衣に目を向けたが、その眼差しの奥にはどこか可笑しさを含んでいるようだった。きっと礼央自身も、こんな茶番を続けることに嫌気が差しているのだろう。だが、真衣はそんな礼央の態度など気にも留めなかった。すっと立ち上がり、千咲の手を取って、その場を後にする。事前に手配しておいたタクシーがすでに待っていた。礼央と同じ車で帰るなんて、真衣にとっては屈辱以外の何物でもなかった。「ママ、どうしちゃったの?そんなに怒っていて……」翔太はきょとんとした顔で、去っていく真衣の背中を見つめながら首を傾げた。礼央は何も答えず、淡々と視線を逸らしただけだった。「パパ、放課後に萌寧
「君は間違っている」礼央は言った。「俺と君は、同じ種類の人間ではない」礼央が求めてきたものは、名誉や地位、権力などではなかった。彼が望んだのは、真衣と千咲の無事と、かつて埋もれていた真実、そして高瀬グループが正しい道を歩み続けることだけだった。宗一郎の表情が険しくなった。「つまり、私の申し出を断るということか?」「ああ」礼央はきっぱりと言った。「君と手を組むことはない」宗一郎は礼央の言った言葉の真偽を探るように、彼の顔をじっと見つめた。やがて、彼は口角を吊り上げ、冷笑して言った。「そうか、それはいい選択だ」「さすがは高瀬社長、やはりガッツのある男だ」宗一郎は小銭







