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第794話
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火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける 第807話
部屋には再び静寂が戻り、時計の刻む音だけが何かのカウントダウンをしているように響いていた。日差しがゆっくりと移動し、明暗の境目の線は徐々に礼央の膝にまで伸びた。しかし、それでも彼の瞳の奥に潜む闇を照らすことはできなかった。麗蘭はわかっていた。自分には彼を説得できない、と。礼央は、真衣たち親子のために道を整えると決めた日から、すでに自分の生死を度外視していた。彼の世界には「自分」は存在せず、「真衣たち」だけがあった。麗蘭は立ち上がり、机の上の診察記録を手に取り、軽く言った。「修司さんの来週の手術は、私が直接見届けるわ」礼央は振り向かず、ただ軽く「うん」とだけ返した。麗蘭はドアを開けて外に出た。ドアを閉める瞬間、麗蘭は部屋からかすかなため息が聞こえたような気がした。それはまるで羽根のように心に落ち、ほんの少し押しつけただけで、突き刺さるような痛みを生んだ。彼女は廊下に立ち、窓の外の空を見つめた。雲が低く垂れこめ、今にも雨が降りそうだった。彼女はふと礼央がさっき言った言葉を思い出した――恋愛はまるで放物線のようなもので、結婚が頂点で、その後は下り坂だ、と。それなら、真衣と礼央は、最初から頂点のない放物線を描く運命にあったのだろうか？ずっと下り続け、やがて果てしない深淵に落ちるまで。麗蘭には答えがわからなかった。彼女がわかっているのは、礼央の時間がもう多く残されていないということだけだった。そして真衣は、永遠に気づかないかもしれない――深く憎んでいた男が、自分の命を使って、彼女のために光へ続く道を作っていたことを。-翌朝早く。真衣が目を覚ますと、部屋には礼央の姿はもうなかった。彼女は無意識に指先を丸めた。昨夜寝る前、彼の左腕の包帯から少し血が滲んでいるのを確かに見た――携帯画面にある「礼央」の名前に視線を落とし、指先を長く宙に浮かせてからようやく通話ボタンを押した。呼出音が三度鳴った時、ようやく電話がつながり、彼の声は普段より低く、病院の中の特有の冷たい反響を伴っていた。「起きた？」「どこにいるの？」真衣はできるだけ平静な声を心がけた。「腕の傷の薬は替えなくていいの？」一瞬の沈黙の後に、淡々とした説明が返ってきた。「病院にいる。総士と麗蘭と、修司さんの臓器移植の話をしている」真衣は携
火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける 第806話
あの時、麗蘭は気づくべきだった。礼央はとっくに自分の生死を顧みなくなっているのだ、と。「あなたは何度も自分の命を絶とうとした」麗蘭の声は少し嗄れていた。礼央の診察記録にびっしりと書き込まれた文字を思い出しながら――不眠、幻聴、自傷傾向、どの項目も麗蘭の心を突き刺さった。「でも、どうしても寺原さんたちのことが気がかりなんでしょ？」礼央は答えず、窓の外を見つめた。「彼女はあなたに感謝しないかもしれないよ」麗蘭の声が彼の乱れかけた思考を静かにひき戻した。「あなたが彼女のためにあれこれ整えても、彼女の目には、あなたの勝手な支配にしか見えないわ」「彼女は、あなたに人生を縛られたことを恨むでしょうね」礼央は俯き、視線を自分の手の甲に落とした。そこには浅い傷痕があった。去年、手首を刃物で切ろうとした時のものだ。彼はそっとその傷跡を撫でながら、風のように軽い声で言った。「俺はもう何も望まない」真衣が自分を許すことも、自分の苦しみを理解することも、最初から期待していなかった。ただ彼女が平穏無事で、生計に困らず、病気や苦しみに苛まれない人生を送れればそれでいいんだ――たとえその人生に、自分の居場所がなくても。麗蘭は彼の様子を見て、怒りと苦しみが入り混じった声で聞いた。「これはあなたが言う愛なの？」彼女はずっと、愛とは二人で共に歩み、二人で支え合うものだと思っていた。だが、礼央の愛はまるで自己犠牲の一人芝居だった。すべての苦しみは自分が飲み込み、すべての善意は相手に捧げる。それに対して「ありがとう」の一言すら望まず、憎まれる覚悟さえしているのだ。礼央は突然鼻で笑った。その笑い声には自嘲の色と疲労が滲んでいた。礼央は目を上げ、麗蘭を見つめた。その瞳には世の理を知り尽くした淡い諦めが宿っていた。「多くの人にとって、愛というものはまるで放物線のようなものだ」彼は少し間を置き、机を軽く叩く指先で見えない曲線を描きながら続けた。「出会いが始点で、ときめきが次第に上昇し、結婚が頂点になる」「でも、一度その頂点を過ぎてしまえば、あとは下り坂だ。日々の生活の些事が熱を冷まし、口論や冷戦が感情をすり減らし、最後には何もかもがめちゃくちゃになる」麗蘭は黙り込んだ。彼女は認めざるを得なかった。礼央の言う通りだった。現実
火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける 第805話
礼央の喉仏がわずかに動き、指先は無意識にそばの衣服を握りしめていた。目の奥に渦巻く感情は、押し込められた波のように静まり、数秒の沈黙のあと、かすかにかすれた声が漏れた。「とても愛しているよ」真衣の瞳は一瞬で縮まり、彼女の指先は無意識に丸まり、息さえも一瞬止まった。彼女は礼央の、まだ複雑な感情が渦巻いている目を見つめ、喉の奥に何かが詰まったような感覚を覚えた。真衣は、礼央からこのような返答が得られるとは思っていなかった。彼の口から最も率直な返事を聞くことになった。彼はそう言い終えると、目を伏せ、彼女の視線を避けた。声の調子はさらに重くなり、まるで彼女に打ち明けるように、いや、それ以上に自分自身を分析するかのように言った。「だが、お前を愛する資格は俺にはないんだ」真衣は彼を見て、「もしあなたの全ての計画が失敗して、私と千咲が亡くなったとしても、あなたはそれでもなお意地を張って私に真相を教えようとしないの？」と聞いた？礼央はわずかに目を細める。「あなたはいつもそう聞いてくるけど、あなたが聞いていることはすべて事実とは限らないわ」真衣はわざと声を震わせ、胸の内をさらに締め付け、「だからもう一度やり直す機会を与えても、あなたはまた同じ選択をするんだろうね」と言った。礼央は彼女を見つめ、瞳は沈んでいた。彼はしばらくの間、黙っていた。ついに、彼は重い口を開いた。「真衣、俺には選択肢がないんだ」真衣はふと心の重荷が軽くなるのを感じ、目を閉じた。そして、向きを変えてその場から立ち去った。礼央は彼女が去っていく後ろ姿を見つめ、瞳の奥に深い感情を宿していた。次の瞬間。麗蘭がドアを押し開けると、礼央が線状の影の中に座っているのが目に入った。指先に挟んだタバコは燃え尽き、灰が黒いスラックスの上にぽとぽと落ちる。しかし彼は、まるで気づいていないかのようだ。物音を聞いて、礼央はゆっくりと目を上げた。長年消えない青黒さが瞳の奥にあり、その視線は、まるで霧越しに麗蘭を見ているかのように鈍く重かった。麗蘭は手に持っていた診察記録を机の上に置いた。プラスチックの表紙が木製の机にぶつかって軽い音を立て、部屋中に広がっていた静寂を破った。「あなたは多くの決断をしてきたわね」麗蘭はそばの椅子を引き寄せて座り、彼の前に広げられた
火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける 第804話
礼央は怪我をしたばかりで、しっかり休養を取るべきだったが、それでも休むことなく仕事をし続けていた。物音を聞いて、礼央は顔を上げ、彼女が手に持っているマグカップに視線を落とした。その瞳の色が一層深くなった。真衣は黙ってコーヒーを彼の手元に置き、振り返らずに対面の椅子を引いて座った。書斎には一時沈黙が訪れ、紙をめくる音だけが静かに響いていた。礼央はペンを置き、視線を彼女の顔に向けた。喉仏が軽く動き、彼は微かに嗄れた声で言った。「これで……少しは恨みが薄れたかな？」真衣は唇の端を引きつらせ、指先で無意識に椅子の表面の木目を撫でながら言った。「恨みとは言えないね」彼女は一瞬ためらい、視線を上げて彼を見つめる。「時が経っても、起こったこと自体は消えないわ」彼女の視線はとても穏やかだったが、無視できない重みを帯びていた。「あの時のことについては、あなたにはあなたの事情や考えがあったのはわかっているわ。でも、どんなことでも、私と相談して、一緒に力を合わせて乗り越えようと思ったことはなかったの？あなたは一人で全てを背負い込んで、私に何の説明もしなかったじゃないの」礼央は目を伏せ、長いまつ毛が目の下に淡い影を落とした。「お前は……何の悩みもなく過ごしていると思っていたんだ」彼の声はとても静かだった。「お前は宇宙開発の研究をこよなく愛していた。目も輝いていたし、そこがお前の属する場所、お前が手に入れるべき世界だったんだ。結婚がお前の人生と愛するものを妨げるべきじゃないんだ」真衣の喉が急に詰まり、鼻先が酸っぱくなり、目頭が一瞬で熱くなった。彼女は顔を背け、手で目頭を押さえながら、かすかに震える声で言った。「でも、私は……本当にあなたを愛していたのよ」彼のために、自分は喜んで料理を作り、彼が忙しい時には静かに待ち、彼のために文句を言うのを我慢していたのを厭わなかった。彼と関わった日々は、些細で平凡なものであっても、自分はそれを喜んで受け入れていた。しかし、あいにく多くの誤解が、目に見えない壁のように、自分と礼央をますます遠ざけていった。誤解というものは、本来そこまで長く続くものではない。五年、六年と引き延ばされたのは、最後には礼央の意図があったからにほかならない。彼は冷たく自分を突き放しながら、陰では自分と千咲のために道を
火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける 第803話
礼央が守りたいのは、真衣と千咲だけだった。萌寧は偽りの「脅威」で礼央の注意を逸らそうとしたが、彼はあえて惑わされたふりをし、彼女の計画が完璧だと信じ込ませた。そうすることで、陰で緻密な罠を張り、真の危険を一つずつ排除できたのだ。真衣の胸は、何かに強く打たれたように震えた。込み上げる酸っぱさと感動が入り混じり、目元が一気に熱くなった。これだけのことを礼央はしてくれていたのね。彼はずっと彼なりのやり方で自分たちを守ってくれていたのに、自分は何も知らず、長い間誤解さえしていた。「礼央……」彼女の声は詰まり、何かを言おうとしたが、言葉が喉元で渋滞するように出てこなかった。しかし、すでに起きてしまったことを、どう受け入れればいいのだろう？許すこともできず、かといって責めることもできない。礼央は彼女の赤くなった目を見て胸が締め付けられ、無意識に涙を拭おうと手を伸ばしかけたが、途中で急に止め、ゆっくりと手を下ろした。その仕草が真衣の目に映り、また胸が苦しくなった。「過去のことはもう仕方ない」礼央の声は少し嗄れていた。「今、俺の手にも負えない事態が起きている。しばらくは……我慢するしかないのかもしれない」彼が指すのはう闇に潜む黒幕だ――最近新たな動きを見せ始めた敵だ。これまで以上に警戒する必要がある。真衣と千咲を自分のそばに置くのが現時点で最善の策だと礼央は思った。危険な目に晒すことにはなるが、外部で敵の格好の標的になるよりはましだった。真衣は頷いた。「わかってる。私たちは怖くないわ」その時、階段からかすかな足音が聞こえ、ウサギのぬいぐるみを抱えた千咲が踊り場に立って、リビングにいる二人を不安そうに見つめていた。昼寝から目覚め、一階の話し声に気付いてこっそり降りてきたのだった。両親に見つめられた千咲は照れたように俯き、小さな声で言った。「ママ、喉渇いた」真衣はすぐに立ち上がり、歩み寄って彼女の手を取った。「ママと一緒に水を飲みに行こう」礼央のそばを通り過ぎるとき、千咲は少し躊躇し、澄んだ瞳で彼を見上げながら小声で聞いた。「パパもお水飲む？」礼央の胸が何かでそっと突かれたように、温かく、くすぐったい感覚が胸の奥で広がった。真衣にそっくりな千咲の顔を見つめ、その瞳に浮かぶ控えめな期待感を感じながら、彼は喉仏を動
火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける 第802話
礼央は何もかも知っていた。しかし、彼は知らないふりをするしかなかった。彼女たち親子に無関心なふりをし、彼女たちと完全に縁を切りたいふりをする……自分が一度も愛したことがないかのようにふるまうしかなかった。そうするしか、彼女たちを潜む危険から遠ざけ、彼女たちを無事に生き延びさせられるのだ。昼食を終え、家政婦が食器を片付けている間、リビングには真衣と礼央だけが残った。微妙な静けさが空気に漂い、窓の外から時折聞こえる鳥の鳴き声だけが響いていた。真衣は礼央の膝の上に置かれた手を見つめた。あの手はかつてとても安定していて、ペンを握って署名する時も力強い筆跡を残し、ハンドルを握る時も落ち着き払っており、彼女が病気の時にはその手で薬を飲ませたり布団をかけたりして、安心感を与えてくれたものだった。しかし今、その手はお箸さえもろくに握れなくなっていた。彼女は突然、離婚届に署名した日の情景を思い出した。彼が同じように震える手で離婚届に名前を書いた時、インクは滲んでいた。当時は彼が逆上しているのだと思い、悔しがっているのだと思い、離婚を切り出した彼女への怒りだと思った。しかし今、思えば……「あなたの手は」真衣の声が沈黙を破った。かすかに震えが混じっていた。「あの時、離婚届に署名した時も……」礼央は彼女を救おうとして、負傷したのだ。礼央の体がかすかに硬直した。彼は真衣を見上げ、複雑な表情を浮かべ、しばらく沈黙してからゆっくりとうなずいた。真衣は深く息を吸い、激しく揺れる感情を抑えながら、彼をしっかりと見つめた。「つまり、あなたは私が離婚するつもりだったことを最初から知っていて、わざとあんな言葉で私を怒らせようとしたのね？」礼央は彼女の視線を避けなかった。疲れと安堵が混じった眼差しで、静かに答えた。「そうだ」彼は少し間を置き、低くかすれた声で続けた。「お前が愛しているのは延佳だと思っていたからだ。お前が俺に嫁いだ初日から、俺はずっとそう思っていた。その後……いろんなことがあって、そうではないと気づいたんだ。でもその時には、もう遅かった」彼の視線は遠くを見つめ、思い出に浸っているようだった。「間違いを間違いのままにしておこうと思った。お前が俺を愛さない限り、お前が俺から離れられるなら、どうなってもいい、と。少なくとも……お前は生きてい
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