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【第6話】《回想◇現在》半年前の出来事(セリン・談)

last update Last Updated: 2025-11-21 13:25:00

 あの日も始まりはいつも通りだった。日の出と同時に親に起こされ、食事を摂り、家族総出で畑仕事に取り組む。高い山の上にある僕らの村では大きな畑は作れないので何処も段々畑になっている。そんな畑を分担して手入れし、羊などの面倒を見たりもしているうちに昼になり、夜になったらまた皆でゆっくり休む。そんなルーティンが今日も繰り返されて一日が終わるはずだったのに——

 突如出現した一体の『魔族』のせいで、全てが一瞬のうちに塵と化した。

 我ら『竜人族』の住む村は始祖となる『竜』に守られていると巷では言われているが、アレは嘘だ。ただ単に『魔族』には単独で飛行能力がある者がこれまでにはいなかった事と、そもそも竜人族だけでも『魔物』くらいまでならばその腕っぷしと屈強さで充分対応出来ていたと言うだけの話なのだ。

 だがあの日現れた魔族は突然変異種か何かだったのか、単独での飛行能力を有していた。

 子供並みに小さな体に蝙蝠の様な翼を持ち、空から急に、しかも奴は一方的に竜人族を惨殺していった。青かった空は同時発生した火災による黒煙で闇夜のように染まり、動物の鳴き声や風音くらいしか流れぬ村には僕の家族や親戚、隣人達などの怒号や悲鳴などが響き渡った。先祖代々直しながら暮らしていた家は残らず焼け落ち、崩れ去り、瞬く間に小さな村が焼け野原になっていく。

 魔族の到来は、もはや天災だ。

 必死に抗うが無駄に終わり、高山地域では他に逃げられもせず、攻撃される理由も何もかもわからぬまま僕らの全てが『無』と化していく。……家族からの指示と誘導で崖の隙間奥に隠れていた僕だけが生き残ったという結末を知ったのは、魔族の出現から三日後の事だった。

 風音以外には何も音が無くなり、強大な存在の気配も消えた事を確認し、のっそりとした動きで崖の隙間から這い出て······に戻っても……もう、何も生きてはいなかった。焼け焦げた塊としてだけ点々と残っているだけだ。近づいても元は誰だったのかもわからない。そっと触れれば崩れ落ち、強い風の中へと消えていってしまった。

 現実味の無い景色だった。

 そのせいで涙も出ない。

 ただ茫然と、知らない景色の前で立ち尽くして、虚無感に支配されたまま一日が流れ去っていった。

 四日目。

 僕は墓を掘り始めた。灰となり、塵となり、風にその身が消え去っていこうとも、家族と同族達の弔いをしたかったのだ。『最年少者だった』という理由だけで生かされた僕に出来るせめてもの恩返しとして。

 掘って、掬いあげた灰や焼け焦げた遺品らしき物を埋めて、また別の穴を掘って。正直どれが誰の墓かもわからないし、中には誰も入っていないに等しい。それでも必死になって二百三十五人分の墓を作り終えた頃にはもう、自分がどのくらいの期間、気絶するようにその場で眠り、水分なんかは雨水を啜って、食事も取らずに墓を掘り続けていたのかもわからなくなっていた。

(いっそ、このまま僕も塵になって消えてしまえばいいのに……)

 そう思うたび、僕を崖の隙間に押し込んだ長子の手の温かさが背中に蘇ってきて、『——生きて』と言われている気がしてしまう。

『……生きなきゃ、生きないと……』

 久しぶりに出した声はしゃがれていた。喉が痛むし、ふと見た手も足も真っ黒でボロボロだ。

 同族達の意思に従い、この先も生きていくのなら、このまま此処に居るわけにはいかないと考えて僕はその足で山を降りた。体力の落ちた体では五日も掛かり、村から一番近い町である『スノート』に到着したのは更に二日後の事だった。ボロボロの状態になっている竜人族の子供が町の入り口付近で盛大に倒れた事ですぐに警備隊が駆け付け、昏睡状態に陥っていた僕が彼らに事情を話せるようになる頃には、更に一週間が経過していた。

 飛行タイプの魔族の出現という報告を受け、すぐに竜人族の村だった場所には調査隊が派遣されたそうだ。王都にも情報がいったそうだからきっと討伐隊も結成されただろう。

 ……この手で奴を討伐出来ない事が悔しくて堪らない。『僕が子供でなければ……』と強く思うが、子供だった事で『唯一』となった事を考えると複雑な気持ちになった。

 体が動く様になるとすぐに仕事を紹介された。世界樹信仰の根強いこの地域では聖女信仰者達による教会が無く、孤児院といった児童の保護施設を有する程の余裕も町には無い為、孤児であろうと働く必要があるのだ。

 屈強自慢の竜人族ではあるが、子供なので力仕事はまだ任せては貰えない。鋭い爪を有するという手先の構造的に器用な作業は得意ではないので職人への弟子入りも出来ず、結局『町案内』の仕事を斡旋された。スノートは隣国との経由地点でもあるので町案内には案外需要があるのだ。

 幸い記憶力は良かったので仕事自体は適任だったと思う。でも子供に案内を頼む者は少なく、出来高制でもあるので収入はスズメの涙だ。同時に紹介してもらった賃貸の部屋は『子供だから』という理由で結局貸してはもらえず、困り果てて紹介者の元に行くと、『今は王都に行っていてしばらく戻らない。君の件の詳細は知らない』と追い返され、僕はすぐに路上生活者になってしまった。

 現在のスノートを治める辺境伯は真っ当で真面目な人らしい。だけど前任者の残した負債や闇があまりにも根深いらしく、僕のような者にまで目を配りきれていないのは仕方のない事だった。

       ◇

「——とまぁ、それから半年間ずっと、そのままの生活です」

 すっかり冷めたお茶の水面を見ながら淡々と話した。口にすると泣き出してしまうかと思っていたのだが、案外平気なもんだなと驚いてしまう。だからって悲しくないわけじゃない。全然割り切れてもいないし、過去の出来事として消化出来てもいないんだと痛感した。

「そっか。……じゃあ、私達はお互い独りなんだね」

 レオノーラさんが発した言葉は実にあっさりとしたものだった。『大変だったね』とも『苦労したんだね』と言うでもない。別にそう言って欲しかったわけでもないが、予想外だったせいか「……それだけですか?」とつい言ってしまった。

「んー……。だって、私じゃセリンの過去の痛みや経験は、同時に体験した訳じゃないから一生わかってあげる事なんか出来ないし、失う苦しみとかもちゃんと理解してはあげられないからね。それに……最初から何も持っていなかった者から、形だけの共感や同情なんか欲しくはないでしょう?」

 申し訳なさそうな顔で言われ、「まぁ、確かにそうですね」と返す。同情なんかされたってその後の反応に困るだけだ。下手な慰めだって欲しくはない。日々生きていくだけで精一杯で、そんなもんに価値なんか見出せる余裕なんかないからか、レオノーラさんの言葉がストンと腑に落ちた。

「でも私は、屋根のある寝床と温かいご飯なら分けてあげられるよ」

「正直、それが一番ありがたいです」

 本心だった。いくら種族特性で体は丈夫だとはいっても、日々寒空の下で眠る生活は正直キツイ。駆け出しの冒険者みたいにテントでも買えればまた違うのだろうが、そんな余裕なんか無いし、いつかあの時の『紹介者』が町に戻ったからって状況の改善は見込めないだろうから。

「セリンは、文字は読めるの?」

「まぁ、一通り」

「すごいなぁ。私はほとんど無理。簡単な単語は何とか覚えたけど、聞き耳を立てての独学だから本当に読み方が合っているのかも不明だし、運良く拾った本を開いても挿絵が無いとサッパリだし。だからさ、このまま此処に住んじゃわない?そして文字を教えて欲しいの!私の先生になって!あ、弟子と師匠とかでもいいかもね」

「『師匠』だなんて……僕はただの子供ですよ?」

「子供……あ、そっか、『子供』になればいいんだよ!それなら一緒に暮らすには十分な理由だよね」

「そ、そんな簡単に……。第一、レオノーラさんが誰かと結婚したくなったらどうするんですか?絶対に、僕の存在が足枷になりますよ?」

「せいぜい自分はまだニ、三十代くらいだろうと思ってたのに、実際には五、六十代っぽかったのに、今更結婚なんか考えたりしないよぉ。こんな場所に住んでいると出会いもないしね。でも……正直な所、『家族』には憧れがある」と言い、レオノーラさんが何度も頷く。

「だから私達、親子になろう?ね?」

 きゅっと僕の手を両手で握り、ずずいっと距離を詰められる。……圧が凄い。そしてその手の温かさは家族達から貰った体温を思い出させた。きっと、そのせいだろう。僕が「……しょうがないですねぇ、いいですよ」と安易に返してしまったのは。

「ふふっ。今日からよろしくね!」

 そう言って向けてくれたレオノーラさんの笑顔を、僕は一生忘れないと思う。

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