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玉封師
玉封師
مؤلف: 鷹槻れん

1.六畳一間の朝と、玉封じの鬼①

مؤلف: 鷹槻れん
last update تاريخ النشر: 2026-04-30 05:45:34

―序―

 存外簡単に手折れた事に、女は呆けた様子で手元を眺める。

 先程までからすが鳴くような、猫が鳴くような、何とも五月蝿うるさい音が聞こえていたはずなのに、今は嘘のようにしん……と静まり返っている。

 二月二日にみんなですえた、へその灸が効かなかったのは何故だろう?

 毎月一日には必ず服用していた朔日丸さくにちがんなる薬もいかさまだった……。

 出来てしまってから試したけれど、鬼灯ほおずきも効きゃしなかったし……。

 水銀は……怖くて飲めなかったねぇ……。

 でもさ、大丈夫……。

 ほら、この通り証拠は隠滅出来たじゃないか……。

 空にはおぼろに霞んだ下弦の月。

 冬の立ち枯れた木々の伸ばす枝が、人間の骨ばった手の如き影を広げて頼りない月光をさえぎる。

 そんな、闇に融け掛けた空間の中で、女がにぃ……とわらう、その赤い口元だけが妙にはっきりと浮かび上がった。

 昼の明かりのもとで見たならば、さぞかし妖艶な笑みであっただろう。

 美しい女であるが故に、そのどこか狂気に満ちた表情が一層不気味に見える。

 白い襦袢じゅばんをどす黒いあけに染めて月を見上げる女の手には、今まさに生み落とされたばかりの赤子が握られていた。

 片手を女に持たれ、人形のようにゆらゆらと揺れるその乳飲み子は、首をあらぬ方向にだらりと折れ曲がらせて、虚ろな面差しでおんなを見上げる。

 赤子の腹には、まだ臍の緒がぶら下がっていた。

“遊びをせんとやうまれけむ

 たわぶれせんとやむまれけん

 遊ぶ子供の声聞けば

 我が身さへこそゆるがるれ”

 女はそう呟きながら、カラカラとわらう。

 ひとしきり哂ってから、思い出したように、今、己の手でくびり殺したばかりの赤子を愛しそうに抱きしめる。そうしてそのまま闇の中をふらりふらりと彷徨さまよい始めた――。

 遊ブ子供ノ声聞ケバ

 我ガ身サヘコソユルガルレ――。

***

 六畳一間のおんぼろアパートに射し恵む清々しい朝日。

 カーテンの隙間を縫うように、一条の光が部屋を分断している。

 こたつの上の包みを照らした陽光は、そのまま突き当たりの壁に貼り付けられた沢山の写真へと伸びゆく。

 飾られているのは、今にもそこから被写体の笑いさんざめく声が聞こえてきそうな、そんな写真ばかり。

 驚いた事にそれらのどれにも幼児達にほぼ同化した雰囲気で短髪の男が一人。砂場遊びの場面にも、滑り台ではしゃぐ構図にも。時には幼子達同様泥まみれになっていたり、または画面のほんの隅っこの方で彼らを見守る、穏やかな笑みを湛えた保護者だったり。

帝太郎ていたろう、俺が茶碗洗ってる間にカーテン開けとけって言わなかったか?」

 朝の光を目一杯室内に取り入れながら、長身の男が問いかける。

「……ごめん。忘れてた……」

 彼には帝太郎から返ってくる言葉が予め分かっていたのか、それ以上は追及せず、代わりに小さく溜め息をひとつ。

 それから窓を背に振り返ると、ふと目を細めてこたつの上を見遣る。

「……ところでお前、弁当忘れてねぇか?」

「あ」

 丁度靴を履いたところで投げかけられた声に、いけない、いけないと繰り返しながら四つん這いで畳の上を移動する帝太郎。

 スーツにネクタイというフォーマルスタイルなのに、スラックスの膝の部分が擦れて光ってしまうとか、そういう事には全く頓着しないタイプらしい。

 玄関先には黒のロングコートが無造作に投げ出されていた。丈の長いそれを羽織る前だったのは幸いだったかも知れない。

 どうやら壁の写真に写っている人物は帝太郎のようだ。

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