LOGIN三日前。
オレは疲れ切って町を歩いていた。
何故かというと、二桁目の会社の面接を終えたから。
在学中に就職先が見つからなかったので、なけなしの金で買ったスーツで、中途採用の会社に履歴書を送りまくっていた。
そのうちの一社の面接を終えて、家に帰る途中だったのだ。
緊張して話していたので、喉が渇いてきて、持ち歩いている水筒に口をつけて……一滴もないのに気付いた。
何で面接が終わって帰るのにここまで喉が渇くんだろう。
とはいえ、貧乏暮らしの俺に、自販機でミネラルウォーターを買うという選択肢はない。コンビニ? そんな魔の住む場所、行ったことない。
どっか水飲むところないかな。トイレでもあれば洗面所で飲めるんだが。
きょろきょろと見回して、何か黒いものに気付いた。
黒スーツと黒サングラスの……おじいさん?
白い髪に白いひげ、赤い服を着ていれば痩せ気味のサンタクロースにも見えるおじいさんが、ぐったりと道端で座り込んでいた。
どうしたんだろう。何か病気?
おじいさんの姿が、高一の時亡くなったおじさんに重なって、俺は慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
おじいさんはゆっくりとこっちを見上げて……サングラスしていても分かるほど、驚いた顔をした。
「……何か用か?」
「あ、いえ、具合でも悪いのかなって」
ヘルプマークはないけれど、具合が悪そうだったら救急車を呼ばないと。未だガラケーを使っているけど緊急連絡には問題はないはずだ。
「……すまんな、ちょっと疲れただけだ」
「具合が悪いなら救急車を呼びますよ」
「大丈夫だ……喉が渇いただけだ。この年になると、それだけでも具合が悪くなる」
「ちょっと待っててください」
俺は魔窟に飛び込んだ。
魔窟と呼ぶコンビニには色々なものがお高い値段で売られていたけど、俺は真っ直ぐに行って冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出すとレジに行く。
百円。
う~ん、高い。
家の水道水ならもっと安いのに。
だけどまさか喉が渇いているならそこらのトイレの水でも飲めなんて言えない。俺だったらどんな水でも飲むけど、あのおじいさんが飲んでお腹でも壊したらどうする。
五十円玉と十円玉をさらえて差し出して、全力でおじいさんの所へ戻った。
「……?」
ぐったりと座り込んでいたおじいさん。サングラスで表情がよくわからないが、多分お疲れなんだろう。
「水です」
俺はミネラルウォーターを渡した。
「買ってきてくれたのか?」
ミネラルウォーターと俺を交互に見て、おじいさんは言った。
「自分だって金がないだろうに……」
「え」
何で俺が貧乏だって分かったんだ? 俺、貧乏くささが肌に染みついてる?
「いや、いや、そうじゃない」
おじいさんは手を振った。
「この六月に求職中ってことは、どうしても就職しなければならない理由がある。そして働かなければならない理由は、金がないということだろう」
「……当たりです」
「すまんな、君の素性をどうこう言うつもりはなかった」
おじいさんは頭を下げる。
「ありがたくいただくよ」
おじいさんは両手で水を受け取ると、ペットボトルの蓋を開いて口に当てた。
ごくっ、ごくっと、御老体には厳しいんじゃないかって思うくらい一気飲みする。
ペットボトルが空になって、おじいさんは頭を下げる。
「本当にありがとう。助かった」
「よかった」
「そんな若いのに、わざわざこんなじいさんに親切にしてくれて感謝する」
「いえ、当然のことをしたまでで」
「あんたたちがやったんじゃないって、本気で言ってんの?」「うん」 俺は頷く。 俺はやってない。やったのは端末だもん。 と、頭の中で言い訳しながらも、俺はそれを表情に出さないでいた。「嘘つき」「嘘つきと来たかあ」「いいことがあった、と納得すればいいだろうに」 レーヴェが呆れたように言う。「あたしたちは納得いかない所は納得いくまで詰める性質なの」 ああなるほどねえ。「だから、ハーフリングを代表して、あたしがあんたたちについてく」「へ?」 真剣な顔でミクンは、ハーフリングたちはこっちを見ていた。「ついてきて、どうすんの?」「わかんない」「わかんないって」「あたしたちは納得するまで何処までも突き詰めんの」「突き詰まったらどうすんの」「もしあんたたちが何かしたんだとしたら、お返しをしなきゃなんない。良いことでも悪いことでも。あたしたちは義理堅いんだ」「俺たち何もしてないんだけどな」「それに、礼をし忘れてたし」「礼?」「泥魔獣から助けてくれた礼と、お腹いっぱいの礼」「礼を言われるようなことじゃないけど」「あんたたちにはね。でも、あたしにとっては、一生をかけて礼をしなければならないことだった」 ミクンは一歩前に出た。「あんたたちはお人好しでお節介で助けられるものを見捨てられない。そう言う人間は利用されやすい。だから、あたしが見てあげる」「見るって」「ハーフリングは動物や昆虫の意図を見抜ける。それは、人間でも同じなんだ。悪意か、敵意か、善意か、好意か。一発で分かる。見抜いてあげる、あんたたちに近付く連中、みんな」 そこでやっと気付いた。ミクンがサックを担いでいることを。「ついてくんの?」「ついてく」「危ないよ?」「逃げ足は速いから」「まあ、速かろうな」 サーラは小声で呟いた。「結構あちこち行くよ」「風の吹くまま旅をするなんて、洒落てるじゃん」 ミクンは、そこで表情を変えた。 ニカッと言う笑顔。「あんたたちがダメって言っても、あたしは勝手についてくよ」「どうするシンゴ」 レーヴェは首を竦めた。「多分、全力で移動してもついてくるぞ」 ヤガリも溜め息交じりだ。「ハーフリングに尾行されたら、地獄の底までついてくると言うからな」「そうなの?」 うんうん、とレーヴェとヤガリが頷く。「でも
草原が確実に【再生】したのを確認して、俺たちは歩き出した。「とりあえず、これでこの草原は大丈夫かな」「大丈夫だろう」 サーラが頷いた。「あれだけの範囲を【再生】すれば、ハーフリングは暮らしていける」 サーラが神子になって信仰心が激上りしたから、かなりの範囲を【再生】できるようになっている。「コトラ、ありがと」「ぅな」 昨日の昼過ぎ、ミクンと別れてから、俺はコトラにミクンの後を追わせた。 コトラは夕方過ぎに戻ってきて、俺たちをハーフリングの住む草原まで案内してくれた。 俺の旅は【再生】の為の旅。ハーフリングの住む草原が滅びかけているのであれば、助けるのが筋ってもの。 だけど生神とバレるわけにはいかないから、ミクンに言うわけにもいかないしついて行くわけにもいかなかった。だから、一番尾行が得意そうなコトラに頼んで後をつけてもらったのだ。 そして、腐った大地に踏み入って、誰もいないのを確認して、【再生】した。 遠くで興奮したようなハーフリングの声が聞こえる。 よかった。 少しは人のためになれただろうか。「さ、アムリアを目指そう」 俺たちは歩き出す。 街道へ戻り、東へ向かった。 草原の方から、土と草の匂いを含んだ風が吹いてくる。「しゅう?」 ブランが何かに反応した。「どうした、ブラン」 ヤガリが聞く。 スキル【索敵】に引っかからないってことは敵じゃあない。そもそも敵だったらブランやコトラが真っ先に気付くはずだしサーラも警戒した様子を見せない……と言うかサーラが警戒するような敵だったら蒼海の天剣を抜かなきゃならんだろうけど。「しゅう」「ついてきているそうだぞ」「ついてきて?」 ヤガリはくいっと親指で背後を指した。 振り向くと、そこにはハーフリングの集団がいた。「あ、ミクン」「覚えててくれたんだ」 ミクンはほっとした顔をして、次に疑問と警戒とがまぜこぜになったように表情を変えた。「あんたら……何なの?」「何なのって」「寝て、起きたら、草原が、復活してた」 後ろにいる十五人程度のハーフリングたちが、一斉に頷く。「一昨日と同じ昨日、昨日と同じ今日だったらこんなことになってるはずがない」「昨日と今日が違うって?」「ハーフリングのみんなに聞いた」 ミクンはじっとこっちを見ている。こっちの一挙動すらも見逃さ
大樹海や無窮山脈、ビガスが復興したと聞かされて、もしかしたらこの最悪な生活が終わるかも、と思っても、動けなかった。 でも……。「一応、あっちの方が復興してるってことは、仲間内に伝えた方がいいかなあ……」 そうすれば、旅に出る仲間がいるかも知れない。 そうして、あたしはここに取り残されて……。 …………。 ダメだ、ダメだ。 こんなクソみたいな考え方じゃ!「明日、あいつらのことをみんなに言わないと……」 ボロボロの寝藁に、あたしは包まった。 そう言えばあいつらはもっといいもの持ってたな……毛布って言うんだっけ? 柔らかくて軽くて暖かい、寝るときに包まったら気持ちいいだろうなあ……。 そのまま眠りに落ち……。 ふっとあたしは目を覚ました。 何だか違和感を覚えて。 違和感……ううん、違う。 何か、いい予感。 寝藁が何だか心を落ち着かせるいい香りになっている。 あたしは飛び起きた。 腐って柔らかくなっていた床が、固くあたしを受け止める。「な……に……?」 ボロボロのランタンに火を入れようとして、感触が違うのを感じる。 ざらざらの錆の感触じゃない。つるりとして固い……。 燃え残りの薪のわずかな光を頼りにランタンに火を入れて、あたしは知った。 丘の中腹、穴を掘って作った家の中に。 全てが力が漲っていたんだ! 壁も、天井も、床も。 ぼろぼろに荒れ果てていた、ここで死ぬと定めた家が、力に漲ってたんだ! 不意に、あいつの言っていた言葉が蘇る。(森エルフの大樹海とか、ドワーフの無窮山脈とか、ヒューマンのビガスとか) もしかしてっ?! あたしはピッカピカのランタンを持って外に飛び出た。 そこには。 気持ちのいい風が流れていた。 生まれて初めてだ。風を気持ちいいって感じたのは。 そして、生命に満ち溢れた香り。 何だろう、この、ちょっとツンとする、でも幸せな香りは。 ランタンの光に照らし出されたのは、今まで見たことない色の草。しかも地面にへたってるんじゃなくて、ピンと立っている。 そんな草が、ずっと、ずっと続いていた。「ちょ……エラン、カシム、ヨロズ、アマネ!」 あたしは大急ぎで仲間たちの家を梯子して走った。「え? なんだよ」「てかなんでお前そんな元気?」「ちょ、いいから、外出て、もうすぐ陽が昇るから!」
少女はパンを食べ終わり、水を飲み干し、干し肉を食べて、幸せそうに腹を撫でてた。「こーゆーの、お腹いっぱい、て言うの? 美味しかった!」 お腹に手を当てて、嬉しそうに言う。最初は誤解されたけど、助けてよかった。「これからどうするんだ?」「しょーがないよ。働けるわけでなし、一生に一回でもお腹いっぱいって思えた思い出を持って、この先もここで生きてくよ」 少女は立ち上がった。「あんた、名前は?」「俺はシンゴ。エルフがレーヴェで、ドワーフがヤガリ。そっちの商品って勘違いしたのがサーラで、コトラと、ブラン」「そっか」 指についた油をペロッと舐めて、少女は頷いた。「あたしはハーフリングのミクン! シンゴ、生まれて初めてのお腹いっぱい、ありがと!」 言うと少女は街道の腐った森に走っていった。「コトラ」 俺が小さい声で言うと、「ぅな」と俺の言いたいことを察したコトラが足音を消して走っていった。 あたしは一人で腐り草原まで戻った。 微かにあちこちに緑と呼ばれる色は見える。だけど、ばあさんが言うには、本当の草原の緑はもっと鮮やかで泣きたくなるくらいにきれいな緑だったって。 多分、あたしはそれを見られない。 世界が滅びの道を歩んでいるのだと、皆が言う。 神サマが見捨てたんだって。 あたしは神サマなんてものを信じちゃいない。だって、もし本当にそんなものがいるのなら、ばあさんが言ってた泣きたくなるくらいきれいな緑をここまで救いようのない姿に変えるわけがない。いたとしても、最悪の性格してるだろ。 でも。 街道で出会ったあの妙な一団を思い出した。 ヒューマン二人にドワーフにエルフ、そして不思議なロバと灰色虎。 あいつらが灰色虎の正体に気付いてるのかどうかは分からないけど、あの虎やロバが一緒にいるんだから、決して悪い連中じゃないんだろう。 虎やロバからは、人間たちを大事に思う気持ちが伝わってきた。生き物も食べられるものなら何でも食べてきた人間を、あそこまで信じているんだし、あたしの勘も決して悪い連中じゃなかったと告げている。 この草原から抜け出す方法は、あった。 それをあたしは、自分で潰した。 シンゴとかいうあいつらと一緒に行動させてもらう。 全然違う種族で旅してる連中、あんな美味しいパンもどきや真似水を平気な顔して分けてくれるお人好し、動
「物理的?」 サーラは楽しそうに笑う。いや事実言ってるだけなんだけど。「ていうか北や西で復興してるって、一体どこのこと?」「森エルフの大樹海とか、ドワーフの無窮山脈とか、ヒューマンのビガスとか」「え? マジ? 何それ正気? 大樹海に無窮山脈が復興したって聞いたことないんですけど?」「本当だよ。俺たちそっちから来たんだから」「じゃあこのパンもどきってビガスで作られたもの?」「一応」 ビガスで【再生】したパンだからビガス産で間違いはない。「マジ? 北とか西とか行ったらこんな美味いもん食べれて飲めてそんなキレイな服着れるってわけ?」「ああ」「うわマジか。マジなのか」 そして俺たちに視線を走らせる。「そうだよねえ、エルフとドワーフとヒューマンに、おまけにプラスしてロバや猫が一緒に、美味しいものもって旅してるなんて、そんな異常事態でもない限り無理だよねえ」 異常事態……いや異常事態だけど……復興も異常事態っちゃあ異常事態だなあ……。「でもでも、あたしら働くような場所じゃないしなあ」「働けないの?」 う~んと少女は天を仰いだ。「あんた、ハーフリングに会ったことないの?」「うん。これが初めて」「ふーん?」 少女は疑い深げに俺を見ていたが、軽く肩を竦めて息を吐いた。「一飯の恩義があるから答えたげる。あたしらハーフリングは見ての通り、小さい。ドワーフみたいな筋力がない。エルフみたいな魔法がない。ヒューマンの万能さもない。そんな連中と一緒に働けるわけないっしょ。畑や森、鉱山なんかで働くことができないから、あたしらは草原で生きるしかないの。あたしのばあさんはアムリアにいて鍵師をしていて、あたしの父さんから鍵師の技も教わったけど、今の世の中、鍵師が生きてける場所なんてない。分かる? あたしらは草原で生きるっきゃないんだよ。例えその草原が腐り落ちたとしてもね」「そうかあ」「その草原にはまだハーフリングがいるのか?」 レーヴェの言葉に、少女は首を竦めた。「いるけどガンガン減少中だよ。草原の果物もほとんどなくなってるし、住める丘もイカレてきてるし」「だよ、なあ」「だから何家族とかは生きてける草原を探しに旅だってったけど、それっきり。残ってる一族は草原と心中するつもりだよ」「……そっか」「おまえはどうしたいんだ?」「あたし?」 ヤガ
差し出されたパンを持ったハーフリングの少女は、目を丸くした。「柔らかい……」「ん?」「なにこれ、こんな柔かいパンがあるわけないじゃん!」「じゃあ、これは何なの」「それはパンみたいでパンじゃない……パンもどきみたいな……」 俺は思わず吹き出してしまった。「パンもどき!」 しばらく笑いの発作が収まらなくて困った。 少女が気を悪くしているのは分かるんだけど、パンもどきがツボって笑いが止められん。パンもどき! ひー、ひー、と腹筋が痛くなって、やっと笑いを収めると、俺は涙を拭って言った。「焼き立てのパンはこんなもんだよ」「う、嘘よっ」「まあとにかく食べてごらんよ。パンもどき」 コトラとブランにも促され、少女は恐る恐るパンに噛みついた。 ふかっ。「……おいしい」「おいしい?」「なにこれ、このパンもどき、何なのよっ」 何よ、何なのよ、と繰り返しながら少女はパンを食べる。「水もあるけど、飲む?」「この味を消したくない」「この水なら大丈夫だ」 ヤガリが保証付きで渡した水袋を口に含んで。「……何これ、何これ、真似水?」 真似水! ヤバい、またツボった。「……何がそんなにおかしいのよ!」 あ、いけない、怒らせた。 俺は慌てて頭を下げて詫びる。「何でこんな美味しいもの持って歩いてんの? あんたたち商人? でも商人なら普通街道通らないよね? なんで? あんたらなんでこんなとこにいんの?」 急に食いついてきたなこの子。「アムリア国を目指してるんだ」「アムリアぁ?」 少女は目を丸くした。「何で? なんであんな滅んだ国行くの? てかアムリアは滅んだって知らないの? もう王族も貴族も逃げ出してボロボロの国に行って何すんの?」「人はいるんだろ?」「そりゃあいるよ。元々人がたっくさんいたところだって言うからね。でも、金ってヤツに意味がなくなったから、食糧も資源もない。もう動けない人間しかいない場所だよ、あそこは」「そう言うところに行くために旅をしてるんだ」「物好きの極みじゃない? 人がボロボロのとこ行って何楽しいの? ボロボロの人がいるのを見るのが楽しいの?」「そーいう特殊な性癖はない」「じゃあなんで? なんでアムリアに行くの?」「北や西の方に、復興している場所があるんでね。そこで働いてくれる人がいないか探しに来た







