LOGIN最終討伐地点から二十分程歩いて来たが、まだ彼らが拠点としている町までは遠い。討伐ギルドに登録している者としてはまだまだ駆け出しの彼らでは、パーティー全員分の馬や馬車を借りる余裕はなく、移動手段は徒歩一択である。幸いにして此処ガイストの大半は広大な森な為少々薄暗くて視界に多少の難はあるが、割と平坦な土地が続く地域なので足場は悪くないのが救いだ。
途中途中で湧水を水袋に汲んだり、木々に実る果実などを摘みながら歩いていると、暇つぶしで始めた雑談の中でそれぞれの名前の話題になっていった。自慢気に、いかに自分がその名に相応しいかを語っていく。三人共とても気に入っている名前みたいだったので、少女が「皆さん素敵な名前ですもんね」と素直な気持ちで褒めると、スカルとキングが少女の首回りに腕を回して豪快な笑い声をあげた。素面のはずなのにまるで酔っ払いのような絡み方である。
「わかってんじゃねぇか!」
「新天地での名前ってぇのは、大事なもんだもんなぁ」 「あぁ、もちろんお前も良い名前だぞ」あははは!と再び三人は笑ったが、少女は今までに一度も名前を訊かれておらず、『お前』や『アイツ』『コイツ』以外では呼ばれてもいない。だがその事にすら気が付いていない三人に対しても、少女はただただ優しく笑顔を返すだけだった。
◇ 更に五分程帰路を進んだ頃。何かが唸っているような、変な音が遠くから聞こえ始めた。風の音にも似ており、始めは四人共『気のせいだろう』と考えていた。町まで随分と近づいて来たし、この辺はもう魔物の生息地域からは外れ始めているからだ。目を凝らせば拠点にしている町の外輪が見え、周囲に広がる農地や農民達だって確認出来るような場所だ、何も危険は無い。……無い、はずだと思いながらも、彼らの歩く速度は次第に上がっていく。
そんな三人に追いつこうと少女も必死に歩いてはいるが、小柄な彼女では走っているに近い状態だ。修道女にも似た白い服は裾に向かう程細くなっていくテーパードスカートに近いシルエットになっている為、これ以上早く移動するのは厳しいかもしれない。
『グルルルル…… ッ』
斜め後ろ方向にある木々の隙間で、二つ並びに何かがギラリと光った。獣めいた唸り声は既にもうかなり近く、ロイヤルが慌てて大きな盾を構える。彼の背後に隠れたスカルは弓を、キングは剣を手に取ったが、二人ともガタガタと震えていた。
「お、おいおい!いづ、いつの間に近くまで来たんだ?」
どうやらまだ側に居るのは一体だけのようだが、いつ後続の者達が追いついてもおかしくはなく、遠くから迫って来る気配も多い。
「コ、コボルトじゃねぇか!何だってこんな場所まで⁉︎」
二足歩行の出来る大型犬の様な姿を目視で確認し、ロイヤルが叫び声を上げた。小型のコボルトであれば危険はなく、彼らを町から迎えに来た仲間である可能性もあったのだが、どう見てもコレは違う。大きな牙を剥き出しにし、飢えた獣のような瞳をギラつかせている大型のコボルトは四人を完全に敵と見做している。
『奴隷共ヲ、ヨクモ…… 』
四人の耳に埋め込んである翻訳石が淡く光り、コボルトの小さな呟きを勝手に翻訳する。最初は、何の話だ?と彼らが首を傾げたが、すぐに先程討伐してきたゴブリンの事だと思い至った。
「おぉ、おおい、なんてミスしやがったんだよ、お前ら!」
「いやいや!その辺を普通に歩いていた奴らを倒したんだぞ?奴隷かどうかなんて、わかるはずないだろ!」 「奴隷だ言うなら、首輪か焼印でもしとけって!」小声で文句を言い、お互いに小突き合う。そんな彼らの側で、少女はこの状況をどうするつもりなのだろうかと困惑するばかりだ。
「に、逃げよう…… 」
ぽつりと誰かが言った。三人のうちの誰かはわからなかったが、「そうだ、他の奴らが来る前に…… 」とロイヤルが賛同する。
近くに居るコボルトは幸いまだ一匹だ。町は目視出来ているから全力で走れば助かるかもしれない。だが、ただ四人で走っただけではいずれは追いつかれて、下手をすれば全員おしまいだ。此処から町まで走り続けるには盾役であるキングと前衛職であるロイヤルでは装備が重い。アーチャーであるスカルは比較的身軽だとはいえ、コボルトの走る速度と比べると、人間である彼では高が知れている。
だが、誰かがコボルトの気を引き続けたのなら…… ?
その事に気が付いた途端、三人の視線が少女の方へ集まった。血走った瞳を大きく見開き、それを一身に受けて少女がごくりと息を呑む。彼らのうちの誰かが発した『逃げよう』の一言が聞こえていなかった少女は『今から戦闘が始まるのか』と思い、杖を掴んで身構えた。だが、彼らに体をドンッと強く押されたせいで、次の瞬間、彼女の小さな体はコボルトの居る方へ勢いよく倒れ込んでしまった。
「俺達が助けを連れて来るから、お前はコイツの相手をしてろ!」
慌てて体を起こし、「——で、でも」と震える声で少女は呟いたが、三人の叫び声に消されていく。
「獣人だろ?俺達よりは頑丈だし、何よりもヒーラーだ。回復をし続ければ勝算はある!」
「町は近い。助けを呼んで来るまでの辛抱だ。もしどっかを食われても、すぐに治療し続ければ死にはしない!」ロイヤル、スカルの順にそう叫び、彼女の言葉の続きを聞こうとする者は誰もいない。
「こうしてやりゃぁ、もっと早く走れるだろ⁉︎」と言い、キングは腰に装備していた短剣を手に取ると、少女が着ている服のスカート部分をざっくりと切り裂いた。編み上げブーツを履いた脚が丸見えになり、その様子を伺っていたコボルトが笑い声をあげる。魔物と敵対している人間達が仲間割れする様子は、下手な芝居を見ているよりも楽しいみたいだ。
「せ、せめて盾役のキングさんだけでも…… 」
『残って欲しい』と続けようとした言葉は、「——んだと⁉︎お前は、俺に犠牲になれって言うのか!」と怒りに満ちた目を向けられ、かき消された。『三人の為に犠牲になれ』と少女に言っておきながら、『盾役の役目を果たしてくれ』という真っ当な懇願は聞けないらしい。
「助けを呼びに行く人数は多い方が良い、わかるだろう?」
「三人の誰かが町まで行ければ生存率も上がる!——な?」ロイヤルに続き、スカルもふざけた言い分を口にする。彼らの意志は固いと悟った少女は口元をきゅっと食いしばり、地面の小石を一個握って、その場ですくっと立ち上がった。
「……わかりました」
真っ青な顔に笑みを浮かべ、力無く頷く。声は震えているし強がるみたいに握った拳には上手く力が入らない。背中や額は冷や汗で冷たく、頭の中は無計画のまま引き受けたせいで真っ白な状態だ。
「無事に…… 逃げ切って、下さいね」
三人に向かってそう言うと、少女は握っていた小石をコボルトの方へ力一杯投げた。異世界から
『——ガハッ!』と苦しそうな声を上げ、コボルトが顎を仰け反らせる。
「……」
四人が黙ったまま様子を伺っていると、ゆっくりと体勢を持ち直したコボルトがキッと悪意に満ちた瞳を少女に向けた。小石の当たった額からはダバダバと血が流れ出ていて相当深い傷であると遠目でも見て取れる。
『テェメェェェェッ!』
凄まじい咆哮を上げ、コボルトが少女の居た場所に顔を向ける。だが、自分の方へ気を引く事に成功したと悟った少女はとっくに町とは反対の方向へと走り出しており、その姿はもう遥か遠く、随分と小さくなっていた。そのせいでコボルトの怒りが最高潮に達する。絶対にアレを殺す!と躍起になり、キング、ロイヤル、スカルの三人にも抱いていた怒りはすっかり薄れていた。
地を蹴り、怒りに満ちた叫び声をあげながらコボルトが少女を追って走り出した。それを合図にするみたいに、三人も町の方へ一目散に駆けて行く。
だが、三人が倒れ込むみたいになりながら走り出してから数秒後。彼らの姿は、足元に出来ていた彼ら自身の影の中に音も無く吸い込まれるように消えていった。まるで突然闇夜の中にごくんっと呑み込まれたみたいに。
…… それ以降、彼ら三人の姿を見た者は、一人もいない。
『……ぁ、ぇ……』 何が起きたのか理解が追いつかず、呆然と固まっているルスに向かい、いかにもな魔法使いっぽいローブに身を包んだ、吊り目が特徴的な少年は構う事なく話を続ける。『初めまして。ボクの名前は“ルートラ”。“輪廻の輪”に引き込まれた貴女を探し出し、やっと悲願のお迎えに……ゴホッ!——し、失礼、失礼。知らん事を口にして警戒されたらマズイから「勧誘に来た」って言えって言われていたんだったな……。勧誘に!勧誘に来たんだ!』 大声になったり小声になったり、また大声で叫んだりと。一人芝居みたいな事をしながら、ルートラと名乗った少年は空中に浮いたままルスに話した。『かん、ゆー……』 そんな言葉をルスが知るはずがなく、何それ?と思っていそうな声色で小さく呟くと、ルートラは何度もうんうんと頷き返した。『そうだよ。貴女が、こんな世界から逃げたい、消えたい、全てを捨てたいと願うのをずっと待っていたんだ』 『……』 爽やかな笑顔をルスへ向けたが、彼女は処理落ちしたみたいにリアンの手を握ったまま黙ってしまった。『いやー。この世界に産まれていた事まではすぐに突き止めていたんだけどね、初代魔塔主の不祥事のせいで異世界への転移魔法陣は禁忌魔法として封印されていたし、仕方なくそれを引っ張り起こしたり、各国の王族供から魔法の使用許可をもぎ取ったりするのとかで苦労しっぱなしでさぁ。いざ使ってみようとしたら“害悪にしかならない不要な存在”しか召喚対象に出来ないっていう制約が魔法陣に根強く紐付けされていたから、それをどうにか“不要な存在の周囲の者も召喚対象者として含む”ってとこまで条件を緩めたり、発動の為にはアホみたいに莫大な量の魔力が必要だったものを異世界のモノを代償として捧げる事で補える様に術式を書き換えたりするので、これまためちゃくちゃ時間かかっちゃって。それ以外にも受け入れ準備をしたり、だけど貴女だけでは目立つから他の移住者も大量に用意したり——ってあぁ!混乱するから言うなって言われてるのにっ!』 己の口の軽さに気が付いて慌てて両手で口を塞ぐが時遅く。だが、ルートラがちらりとルスを見たものの、彼女はやっぱり固まったままで、全く話を理解
ボロボロのアパートの一室。 二人きりになった部屋の中でリアンの寝息だけが微かに聞こえる。まだ相当小さいから、きっとルスの時と同じく、生まれて間もない状態で此処へ連れて来られたのだろう。 ルスはひとまず絵本を床に置くと、背伸びをしてダイニングテーブルの上に置かれたタオルの塊の状態を確認した。ぐっすりと眠っているリアンの姿が見えたが、こちらもやっぱり顔が真っ黒に塗りつぶされていて、どんな顔をしているのかも全くわからない。覚えていたくなかったのか、そもそも人の顔を上手く認識出来なかったのか。 もしくは、母親の面影があるであろう自分達の顔を忘れ去ってしまいたい気持ちの表れの様な気もする。 手を伸ばし、おっかなびっくりとした仕草で自分の方へ引っ張り、ルスが小さなリアンを細腕に抱えた。赤ん坊なんか触るのはこれが初めてだ。ベビーカーで寝ている赤子や親に抱えられている子なら窓越しに見た事はあっても、この部屋から一度も出た事のないルスでは赤ん坊の抱え方など知るはずもなく、ただテキトウに抱えているせいでリアンの頭が仰け反っている。『……やわい』 ボソッと呟き、ルスはリアンを抱えたまま絵本を置いた場所に戻って行った。 硬い床にリアンを寝かせて、ルスもすぐ隣にぺたんと座る。布団に寝かせた方がいいという発想すらも今の彼女の中には無いみたいだが、小さい弟の側には居てやった方がいいとは考えたのだろう。 母から受け取った絵本を手に取り、ルスが表紙をじっと見つめる。子供の目を引きそうな絵がクレヨンで描かれているが、タイトルはない。日々生きるのだけで精一杯で、この部屋にはボタンを押せば音の鳴る板状の機械一つしかルスくらいの年齢の子供が遊べそうな物はないからか、ただ表紙を見つめたまま開こうともしない。絵本を開いて読むという発想自体無いのかもしれない。 しばらく経ち、やっとルスが絵本を開いた。『——むかしむかし。とある……の、とある……では、ニ、ンゲンとマモ、マモ、ノ?……がいつもケンカをしていまし……た?』 ボソ、ボソッと、今にも消えてしまいそうな声でルスが絵本を読み始めた。 真っ黒なクレヨンで描かれた魔物
突然、ガチャッという音と共に玄関扉が開き、ルスが慌てて顔を上げた。一瞬、ルスは祖母が帰って来たのかと思ったのだが、『ただいまー』と言う声と共に現れたのはルスの母親である“澤口あかね”の姿だった。腕にはタオルに包まれた物を抱えており、すぐ後ろには派手な格好をした男も立っている。 母親が帰って来た。 だが、その事を喜んでいる様子はルスには無い。今は居ないからいいが、祖母が居る時にあかねが来ると、その後数日間は祖母が泣き崩れて家の中が海底に沈んだみたいにどんよりとするからだろう。『あれ?母さんは?』 キョロキョロと室内を見渡しながら、無遠慮に室内へ上がり込む。腕に抱えていたタオルの塊は近くにあったダイニングテーブルの上にドンっと置いた。『ねぇちょっと!母さんは居ないの?』 ルスの存在に気が付いたあかねが問い掛けると、彼女は首を横に振った。『…… ふーん。まいっかぁ、アンタが居るし、そのうち帰って来るでしょ』 楽観的な言葉を口にして、あかねはいつもの様にすぐさま帰ろうと玄関の方へ足を向けた。『ソイツ、何歳くらいなんだ?』と言って、同行していた男がルスを指差す。自分では正確な年齢を把握していないルスが黙ったままでいると、あかねは『産んでから随分経ったし、多分十五、六くらいじゃないの?』とあまりにもテキトウ過ぎる言葉を返した。『いやいや、流石にねぇって!』 冗談であると受け止めた男は豪快に笑ったが、何が楽しいのかわからないルスの表情は硬いままだ。そんなルスの顔をじっと見て、あかねはニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。『でもそうねぇ、そろそろこの子にも働いてもらおうかしら』『は?このチビが?』 『産んでやったんだもん、恩義は返すものでしょ。それにさぁ、幼女趣味の奴っていくらでもお金出すじゃん?こう見えても十八歳です、合法ですよって言えばいくらでも喰いついて来るって』 『ばっか!十八は無理あり過ぎだろ!』 腹を抱えて、再び男が笑った。『親が十八って言えば十八なのぉ』 あかねが子供みたいに不貞腐れた顔をしたが、全く可愛くない。むしろ気持ち悪いとさえ思う。『初物なら高く売れそうじゃない?んでぇその後は日に二、三人は客取らせてさ。そうねぇ、口止め料も含めて請求したら、数週間で新作の鞄も余裕で買えそ!ヤダァ、めっちゃいい考えじゃん!』 頬を赤く染め
…… 先程。契約印に魔力を馴染ませる行為が、とうとう終わってしまった。(終わって、しまった……。——クソッ!) ルスとの出逢いから、かれこれ一ヶ月。そもそも、本来ならば早々に終わる行為を引き延ばしに引き延ばしてきたんだ、流石にもう限界だった。さっさと契約印を定着させて完全に同調し、ルスを産んだ女をとっとと始末してしまうというのも魅力的な案ではあったのだが、それ以上に目の前の欲には勝てなかった。「大丈夫か?水でも持って来ようか」 カーテンの隙間から月明かりが差し込む部屋のベッドでぐったりしているルスに声を掛ける。だが返ってくるのは虚な視線と雑な呼吸音ばかりだ。真っ白なシーツは彼女の愛液でぐっしょりと濡れ汚れ、力の入らぬ手脚はビクビクと小刻みに震えている。何度も何度も達したせいでルスの意識はほぼ無い。だけど水分くらいは摂らせておいた方がいいだろうと考え、僕は冷えた水の入ったコップをどこかから適当に拝借すると、それを口に含んで口移しでルスに飲ませた。「んっ……ふっ、んくっ」 貪るみたいにルスが水を飲み込んでいく。口を離した時には意識をしっかり取り戻せたのか、掠れ声で「ありがと」と呟いた。口の端から垂れている水を指先で拭うと、「んっ」と甘い声がルスからこぼれ出る。そんな声を聞くだけで胸の奥がちょっとくすぐったくなった。「疲れただろう?……あとはもう、寝ておけ」 もう全てが終わったのだとは、どうしても言えなかった。言ってしまえば、この行為をもう出来なくなる。僕の手の中で、馬鹿みたいにぐだぐだになっていくルスの姿をもう見られなくなるのだと思うと、『完了した』の一言がどうにも出てこない。絶望に打ちひしがれて泣き叫ぶ過去の契約者達の姿を思い出すよりもずっと、今さっきまで僕に見せてくれていた快楽で崩れるルスの表情の方がよっぽど心が高揚するせいだ。毎夜下っ腹の重たさに耐えるのは拷問を受けているような気分にはなるが、ルスの体を好きに弄る時間に楽しみを見出してしまっている事はどうしたって否定出来ない。困った事に、この感情はルスの望みなどではなく、自分自身から湧き出てくるものである事も自覚出来ている。何らかのまやかしや媚薬に支配でもされない限り、初心なルスが自分から望むはずがないからだ。この感情はきっと、今までの、肉欲とは無念な少年少女の肉体とは違って、酸いも甘いも知り尽
あれから二日後。 討伐ギルド内にある掲示板に一枚の案内が張り出された。通常の討伐依頼が書かれた紙よりも大きく、とても目立っている。書かれている文言は『討伐ギルド主催・初心者向け討伐講座』とある。完全予約制である事、講師は討伐ギルドの受付嬢が日替わりで受け持つ事、ヒーラーが同行してくれる旨などの記載もあった。注意事項として一番下に、『補助要員が同行してくれますが従者ではありません。横柄な態度、命令などは厳禁です。充分お気を付け下さい』と書かれており、それがどう考えても自分の事だと察したスキアは、貼られているポスターの前ですんっと冷めた顔になっている。(……いやいや。こんなん、絶対に誰も来ないだろ) スキアはそう思ったが、興味深そうにチラチラとポスターを気にしている者が既に何人も居る。一緒にポスターを見上げていたルスがその事に気が付き、隣に居るスキアの袖をくっと引っ張って、「邪魔になっているから座ろっか」と声を掛けた。 ルスとスキアが近くの椅子に座ると、すすっと討伐ギルドの受付嬢であるミント、アスティナ、クレアの三人が近づいて来た。「実はですね、ずっと前からこういった講座をやって欲しいとの要望があったんです、はい。異世界からの移住者達は皆さん適切な教育期間を経てから色々な職種につきますが、過去に戦闘経験の無い人達も『せっかく異世界に来たんだから、過去とは違う事がやりたい』などといった理由で討伐ギルドに登録しに来る人達も結構多いんですよ、えぇ。でもそういった人達は、移住した事で得た戦闘スキルや戦闘知識がどんなにあろうとも、頭デッカチなだけの未経験者であるという理由でなかなかパーティーには入れていません、はい」 ミントがボソボソと小さな声で説明してくれた。彼女の話を真面目に聞いていたルスは初耳だったらしく、そうなのか!と驚き顔になっている。「そうなんですよねぇ。結局ぅ、一人でコツコツと薬師ギルドで薬草集めから始めたり、報酬として得られた回復薬を片手に、一人だったり、運が良ければ同期の移住メンバーと共に苦労してゴブリン討伐から始めるパターンばかりなんですよぉ。移住者の教育係であった魔法使いさん達のおかげで冒険の知識はいっぱい頭の中に入っていても、どうしたって経験が無いと色々苦労も多いので、討伐に行く為の知識を教える講座の必要性は移住受け入れの初期の段階から言
翌朝。 リアンを保育所に預けた後、すぐにルスとスキアは今日も討伐ギルドに訪れた。臨時休業により出鼻を挫かれてしまった日もあったが、あれ以降、最近はそれなりに、『回復役はいりませんか?』とルスは緊張しながらも別のパーティーに声を掛けたりした自身の売り込みを図った。だけど細々とした努力は実らず、全て断られてしまった。『今回の討伐はゴブリンだし、俺達はもう回復薬を買っちゃったから大丈夫だよ。だから他に声を掛けてみてくれないか?』 『ごめん!他の子にもう頼んじゃったから』 ——などと言われては逃げられる。 そんな事が何度も続き、結局はポツンといつも通りギルド内の隅っこで誘われ待ちをするに落ち着いてしまった。 元々受け身で、気質のせいか育ちのせいか積極的な性格でもなく、その上ここまで避けられてしまう要因もイマイチピンときていない中でのこれは、ルスのチキンハートを抉るには充分だったみたいで、『ワタシが悪いんだ。また何かやってしまったんだ』と勝手に自分を追い込んでいる。 そんな彼女の隣に終始寄り添ってるスキアだが、内心『別に働かなくても、(いくらでも掠め取れるから)金はある!』のスタンスのままなので、ルスの営業行為に一切助力はしてくれなかった。なのに声掛けの際には彼女の隣に付き添う。無表情のままルスの後ろに立ち、無言の圧が強く、『むしろ、返ってそれがよくないのでは?』と討伐ギルドの受付嬢達は彼女らの様子を遠目で見ながら思ったが、夫婦間の事なので口出しはしなかった。…… お誘いを待ったまま昼が来て、持参していたスキア作のお弁当を食べ終えた二人は食後のお茶を飲んでいる。引き続き誰かからの誘いを待って、ぼぉとしていると、ルスとスキアの前に受付嬢の三人が現れた。「お疲れ様でーす!お待たせいたしましたぁ!こちら、お約束のお金になりまーす」 二人が陣取っていた丸テーブルの上に、アスティナがドンッと重たそうな袋を置いた。反射的にスキアがこっそり闇を介して中身を確認すると、袋には五十枚もの金貨が入っていた。「この袋の中には報酬の件で不正を働いていた別パーティーから回収出来た分と、ギルドがその不正を見逃してしまっていた事に対するお詫び金を合わせた額、〆て五十ゴールドが入っています。どのパーティーからいくら回収したかといった詳しい内訳を書いた用紙も入れてありますので、すぐ
ルスが話していた装備品を売る店は討伐ギルドから程近く、同じ並びにある。近隣には他にも彫金ギルドや武器・防具などを作成するギルドもある為、討伐任務や護衛などを仕事にしている者達でそれなりに賑わってはいるが、夕方から開店する飲み屋も多いので目抜通りよりは人が少なく、すぐに辿り着く事が出来た。「いらっしゃいませー」 扉を開けて二人が店内に入ると、後衛職向け装備を中心とした完成品がずらりと並んでいた。 僕が持っている六年前の知識では、服や装備品はデザイン帳の中から気に入った物を選んでからオーダーメイドで注文するか、金の無い者達は布だけ買って来て自分で縫うのが当たり前だったのだが、今では大雑把
キッチンは料理をしたり洗い物をしたりする空間だ。それ以外の使い道なんてワタシは知らないのだが、どうやらスキアは違うらしい。彼の口から出てきた『キッチンプレイ』という単語を聞いて、最初はてっきりおままごとに使うキッチンセットとかの話をし始めたのかと思ったのだが、呆れた様な視線を向けられたので流石に間違っている事に何となく気が付いた。それと同時に着ていた服のエプロン以外の一切を瞬時に消されてしまったので、それは確信に変わった。 普段は垂れ目がちなのに妙に色っぽい雰囲気のある瞳が、今は据わっているような気がする。ぎゅっと容赦なく抱き締めてくる腕の力はやけに強くって骨から少し軋む様な音がしたが、
「ところで、二人で料理をしたりはしないのか?」 もぐもぐと、一口サイズにちぎったパンを食べつつシュバルツが訊いてくる。「料理は僕の担当だ。ルスに任せると……その、節約メニューになるからな」 調味料の必要性すらピンときていないレベルだ、調理を任せる気になど到底なれない。ルスも一応は“知識”としてちゃんとした料理の手順くらいは知っているみたいだが、知っている『だけ』では作れないので、今後も僕が作る事になるだろう。(久しぶりの食事だ、ちゃんと美味しい物を食べたいしな)「じゃあさ、今度手が空いている時で良いんだ、ボクに料理を教えてはくれないか?嫁達にばかり任せては、夫として失格だからな」
「はぁぁぁぁぁぁ⁉︎」 店内どころか、外にまで聞こえそうな声をマリアンヌがあげた。彼自身がこの店や周辺一体のオーナーでもなければ通報モノの大声だ。“男”丸出しの低い声だったからか、彼を“彼女”だと認識していたルスがかなり驚き、僕の履いているスラックスの太腿部分をぎゅっと掴んでくる。その甘えがちょっと嬉しいなと思っている自分に喝を入れつつ、「その夫です」と宣言して僕は軽く手を挙げてみた。「最初から『誰だ?コイツ』とは思ってはいたけど、ま、ま、まさか、一番有り得ないだろうと思った答えだったなんて…… 」 愛どころか恋すら理解していなさそうな(実際問題、マジで理解していないのだが)くらいに幼







