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百合な親友と共に双子を育てる離婚妻。元夫とのすれ違い愛には裏があった
百合な親友と共に双子を育てる離婚妻。元夫とのすれ違い愛には裏があった
Author: 道中ヘルベチカ

第1章:夢の終わり*遥花

last update Last Updated: 2025-08-27 17:17:45

【2015年2月】

朝の光がカーテンの隙間から差し込み、温かな腕に抱かれる夢を溶かした。目を覚ますと、頬に残る甘い感触が消え、冷たい天井だけがそこにある。胸が締め付けられるように痛んだ。

隣の枕は、いつものように空っぽだ。夫の大道寺悠真だいどうじ ゆうま――ステアリンググループの御曹司であり、あの冷たい瞳の持ち主は、もう一ヶ月もこの東京・港区に構える屋敷に帰っていない。広い寝室に、私の吐息だけが響く。

二年前、悠真との結婚を「愛の始まり」だと思った。ルミナスコーポレーションの経営者である養父母に育てられ、ビジネスの駒として厳しく躾けられた私にとって、この婚姻は初めて「本当の家族」をくれる希望だった。

でも、それは悪夢の始まりだった。「お前は借り物の娘だ」「恩を返せ」。養父母の声が今も耳に残り、企業間の冷たい取引の記憶が時折よぎる。私の愛だけは、借り物なんかではない、私自身のものだと思っていた。そう思いたかったのに。

再び夢の中へ戻りたいという欲望に駆られる。“好きだよ、愛してる”と、甘い声で囁きながらベッドの中で深く私を抱きしめてくれた悠真。そんな彼とはもう、夢の中でしか会えない。

そもそも結婚当初の彼も、実際にそんな風だったろうか。もはや過去を美化しすぎた妄想か、ただの夢かとも思えてくる。

ふと、お腹をさする。何やら違和感があった。最後に「あれ」がきたのはいつだったろう。季節やストレスなどの影響によって時期がズレることもあるが、心当たりがないこともなかった。

悠真が酔った勢いで私を抱いたのは、まさに最後に彼が家に帰ってきた一ヶ月前だ。まるで性処理道具のように扱われ、私の心は打ちひしがれた。当然、避妊もなかった。

「夫婦だろ。何を気にしてやがる」

アルコール臭い息を吐きながら悠真は言った。わかっている。ステアリンググループという大きな組織の跡取りの妻として、子を為すことは私の義務だ。また、時には夫のストレスの捌け口になることだって妻の使命。

それでも、彼の腕の中で愛を感じたかった。大切な夫婦の営みに、そうした心の安らぎを望むのは悪なのだろうか。許されないのは、私が所詮“借り物”の存在に過ぎないからなのか。

気怠さを振り払いながら、近くの産婦人科の予約を確認する。予感が的中したとしたらどうしよう。わからない。ただ、先のことなど思案する余裕はなかった。

午前中の予約はすでに混み合っていて、取れたのは夕方の時間帯だ。それまでの間、ずっとこの不安を抱えて過ごすことになる。朝の冷たい光の先に、何も見いだせずにいた。

「双子です。おめでとう、遥花はるかさん」

微笑む医師の言葉に、ただぼうっとしていた。まずは予感が的中したことに驚かずにはいられなかった。ましてや、双子? 一度に二つの命を、この身に宿すことになるなんて。

「言葉にならないといった様子ですね。まぁ無理もありません。不安もあるでしょうし」

しかし医師は、すぐ真剣な顔になって言葉を続けた。

「ただ……余計に不安を煽るようで大変心苦しいのですが、医師としてお伝えしなければならないこともあります。あなたの体をお調べしたところ、子宮頸管無力症しきゅうけいかんむりょくしょうが確認されました」

「“シキュウケイカンムリョクショウ”?」

聴き慣れない言葉に、眉を潜めてしまう。あまり良くない言葉であることだけはすぐに察した。

「いわゆる、ハイリスク妊娠です。子宮頸部、つまり赤ちゃんの部屋を閉じる管の力が弱く、しかも双子という負担もあって、早産の危険が高いんです。感情的なストレスは絶対に避けてください。母子ともに命に関わります」

“命に関わる”――その言葉が、頭に重く響く。双子を宿したお腹に手を当て、息を飲んだ。悠真に伝えなきゃと、一瞬、胸が熱くなった。でも、それで彼が帰ってくるだろうか。知ったとして、またあの無関心な目で私を見るだけではないだろうか。

タクシーの中で、医師の「ストレスは絶対に避けて」という言葉を反芻した。そんな簡単なことが私には果てしない試練だった。子宮の弱さが、まるで私の人生を象徴しているようで苦しかった。

屋敷に戻ると、ドライバーが車を磨いているのが見えた。今日は悠真に付きっきりの予定だったはずだ。ということは、彼が帰ってきたのだろう。それ自体珍しいのに、まだ日も暮れない時間帯でなんて。

玄関のドアを開ければ、悠真の革靴と赤いハイヒール。床にステアリンググループの封筒が落ち、角が握り潰されている。誰のハイヒール? 何の封筒? 足が凍りつくが、意を決して足を進める。するとリビングの扉のガラス越しに、中にいる人物が見えた。

悠真がソファに座り、誰かを優しく抱きしめている。相手は女性――佐野百合子さのゆりこだ。ステアリンググループの関連企業に勤め、社交の場や公開イベントなど、私が夫人として出席するような場でもやたらと悠真に近づいていた社員の一人だった。

心臓が砕けるように痛い。お腹にチクッと痛みが走り、子宮頸管の弱さを思い出し、慌てて息を整える。幸か不幸か、中の二人はまだ私の存在に気づいていない様子だ。

百合子は悠真の胸に顔を埋め、涙ながらに震える声で訴えていた。扉を閉めていても聞こえる、特徴的な、甘えた高音ボイスで。「遥花さんが……先月の新年会で、私に冷たい視線を投げてきたの。私が悠真さんのそばにいることが、あの人には我慢できないみたい」

嘘だ。冷たい視線なんて投げた覚えはない。確かに百合子は新年会で何度も悠真に近づき、彼の腕に触れながら、親密そうに笑っていた。私が夫人であることを知って、わざと牽制してくるように。

私は“女性社員にも慕われる夫に対し、理解ある寛大な妻”を演じて、努めてニコニコしていただけだ。その作り笑いに「冷たい視線」を感じたと言うならそうかもしれない。ただ、先に挑発してきたのはそちらだろう。私を悪者に仕立てようとしている――胸がざわつく。

扉の前で、踏み込むべきか否かを躊躇していると、悠真と百合子の顔が徐々に近づきつつあった。あわやキスしそうな距離の二人を目の前に、辛抱できず、扉を開けた。

「遥花……!」

私の姿を見た悠真の声は鋭い。気まずい場面を見られて狼狽したようだが、それを覆い隠すような怒りの感情を剥き出しにし、百合子を離さずこちらを睨みつけてくる。「佐野君に冷たくしたそうじゃないか。彼女は大事な社員だ! 傷つけるようなことをするな!」

言葉が喉に詰まる。言いたいことは山ほどあるのに――なぜ妻の私より、百合子の言葉を信じるの? “大事な社員”じゃなくて、もう“愛人”なんじゃないの? そんなぶつけたい言葉たちが、百合子の涙と悠真の怒りによって崩されていく。どうせ言っても無意味だ。所詮私は、親同士の政治で結ばれた、書類上の妻でしかないのだから。

私はただ、静かにリビングを後にした。私の方こそ涙をこぼしたかった。でも、まだこぼすわけにはいかない。お腹の痛みが、私が本当に守るべきものが何かを思い出させる。

自室に戻り、机の引き出しから一枚の紙を取り出した。震える指でペンを握り、自分の名前を書き込んだ。悠真を愛していた。心のどこかで、今も愛している。性処理の道具のように抱かれた夜だって、私の中に溢れた彼に、愛しい気持ちを抱けたのは確かだ。それが結実し、双子の命として宿った今、悦びだって感じている。

でも、この家に私の居場所はない。私の唯一の悦びを――この双子の命を守る。そのために、この悪夢を終わらせると決めた。もう、弱い自分に負けない。

自室のドアが乱暴に開いたのは、数時間後、日もとっぷり暮れてからだ。悠真の目にはなお、怒りと、どこか怯えたような光が宿っている。百合子との情事を楽しんでいたような様子はない。

「佐野君には帰ってもらったよ……彼女はたまたま、仕事の書類をうちに届けにきてくれただけなんだ……それがたまたま、あんな話になってしまって……」

何も尋ねていないのにペラペラ喋る。ずいぶん「たまたま」が続くことだなと思いつつ、私は黙って彼に背を向け、荷造りを続けた。

「また、“プチ家出”か?」

「違うわ」

さすがに言葉を返す。惜しいけれど、違う。

「狙いは何だ、遥花?」狼狽えた様子ながらも、彼は質問を続ける。声は低く、抑えきれぬ激情を帯びていた。「今度はどんな芝居で俺を縛るつもりだ?」

背後から悠真が近づき、腕を掴んだ。その力は強く、まるで私を壊すかのようだった。「やめて!」叫んだが、彼の手は緩まない。勢いに任せ、彼が私をベッドに押し倒そうとしたその瞬間――。

「離婚しましょう」

私の声が静かな部屋に響く。狼狽え、手を離す悠真。私はすぐ机に向かい、数時間前に名前を書き込んだ書類を取ると、震える手でそれを――離婚届を突き出した。

紙が彼の胸に触れ、静かな部屋にカサッと音が響く。悠真は虚ろな目でこちらを見ている。私は涙で潤む瞳に、揺るぎない決意を宿して彼をにらんだ。これこそが、最後の賭けだった。

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