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第8話

Penulis: クレヨンおじさん
車はついに藤原家の別荘、その冷たく無機質な鉄製の門の前で止まった。

夜の闇に沈む藤原家の屋敷は、沈黙する巨獣のように蹲り、不穏な気配を漂わせている。

晴美はボディーガードに「案内される」形で車から降ろされ、ほぼ強制的にリビングへと通された。

リビングは明るい灯りに包まれていたが、人の気配はなく、暖炉の炎が虚ろに揺らめき、わずかな温もりを放つだけだった。

「小山さん、若様がお部屋でお待ちです」

執事らしき男が無表情のまま淡々と告げた。

晴美の胸が一瞬で重く沈んだ。

部屋へ行く?これは絶対にいい兆しじゃない。

彼女は二階の広々とした寝室へと案内された。冷たく硬質な雰囲気――まさにこの家の主人を思わせる空間だった。

彼女がようやく立ち止まった瞬間、背後で扉が閉まり、鍵のかかる音がはっきりと響いた。ほどなくして、扉が再び開き、藤原悠斗が中へ入ってきた。

深い色合いのベルベットの寝室着を纏った彼は、胸元をわずかに緩めていた。その視線には観察めいた戯れが滲み、晴美に向けられたとき、彼女はまるで商品の値踏みでもされているかのような感覚に襲われた。

「修二がよくも吹っ切れたな!本当にお前をここへ送ってくるとは」

悠斗はゆっくりと歩み寄りながら、声には一切感情の色が見えなかった。

晴美は警戒して下がったが、背は壁に押し付けられた。もう逃げられない。

「何をそんなに怯えている?」悠斗は軽く笑い、手を伸ばして彼女の頬に触れようとした。

「もうすぐ結婚するというのに、まだそんなに恥ずかしがるのか?俺の存在には慣れてもらわないとな……」

その指先が頬に触れようとした瞬間、晴美は鋭く顔をそむけ、氷のような声で言った。「触らないで!」

「ふっ」

悠斗は彼女の拒絶にむしろ興味をそそられたらしく、さらに一歩踏み込み、腕を彼女の耳元の壁に突っ張った。わずかな空間に彼女を閉じ込め、吐息が耳の縁をかすめた。「ここでは、お前のイヤだなんて、通らないよ」

濃厚な男の匂いと圧迫感に、晴美は胃がむかむかとざわめくのを感じた。

彼女は、修二もこんな風に自分を腕の中に閉じ込めるのが好きだったことを思い出した。でも彼の息遣いは清冽で、安心感を与えるものだった。

彼は鼻先で彼女の頰をこすり、恥じらって赤く染まったその頬を見て、笑いながら言っていたのだ。

「晴美、俺の晴美、なんて可愛いんだ」

今、この彼女を他人の寝床に送り込んだのも、まさにその修二だ。彼女は一瞬目を閉じ、再び見開いた時には、もはやその男への未練は瞳の底に微塵もなかった。

悠斗が無理やり唇を奪おうと頭を下げた刹那、晴美の目には鋭い色が走った。

夕食の席から密かに隠し持っていたナイフを、ずっと握りしめていた掌から繰り出し、一瞬にして悠斗の頸動脈へと押し当てた!

「離して!」晴美の声は極度の緊張でかすかに震えていたが、その眼差しは驚くほど鋭く、揺るぎなかった。

「さもないと、本当に切ってしまうかもしれないわよ!」

悠斗の動きがぴたりと止まった。首筋に微かな痛みと冷たさを感じたが、怯えるどころか、瞳の奥に一瞬、純粋な驚きが浮かび、やがてさらに深い興味へと変わっていった。

彼はゆっくりと体を起こすと、低く笑いを漏らし、両手を上げて降参のポーズを見せた。

「わかった、わかった、もう動かないよ」

彼は二歩ほど後ずさりしながらも、視線はなおも晴美の蒼ざめた顔に釘づけになっている。その声音には、どこか感嘆の色が混じる。

「さすが修二に幼い頃から育てられた女だ。気性の激しさは折り紙付きだな」

晴美は刃を握りしめ、指先が白くなるほど力を込めていた。気を抜くことなど到底できない。

だが、悠斗の次の言葉が、彼女の動きを一瞬止めさせた。

「実は、お前を逃がしてやってもいいんだぞ」

彼は、天気の話でもするように、ゆっくりと言った。

晴美は眉をひそめ、まったく信じようとしない。

「そんな目で見るなよ」悠斗は両手を軽く広げてみせた。

「俺は女に無理強いする趣味はない。それに、修二が逆上する姿を眺める方が、お前をものにするよりずっと面白い」

彼はベッドの縁に腰を下ろし、気だるそうに話を続けた。

「よし、こうしよう。お前は俺の芝居に付き合い、あいつに電話をかけて苛立たせてみろ。修二の理性が吹っ飛ぶ声をこの耳に聞かせてくれれば、藤原家の誰もお前の行く手を阻まないと保証する」

晴美の心臓は激しく脈打ち、彼女は扉の方へと視線を向けた。そこには、ぼんやりとボディーガードの影が見える。

力ずくで突破するだけでは、勝ち目はない。明日の午後、施設での約束がふと脳裏をよぎった……

晴美は歯を食いしばった。

「……わかったわ」

悠斗は満足げに笑みを浮かべ、自分のスマホを差し出した。そこにはすでに修二の番号が発信されていた。

悠斗は満足そうに微笑むと、自分のスマホを彼女に手渡した。画面には既に修二への発信画面が表示されている。

晴美はそれを受け取り、耳に当てた。胸が張り裂けそうに鼓動する。

何を話せばよいのかわからない。しかし、コール音が切り替わった瞬間、その不安は消えた。

受話器から聞こえてきたのは、今この瞬間、彼女が最も聞きたくない甘ったるい女の声だった。

「もしもし?修二は今シャワー中よ。何か用事なら、私が伝えておくわ」

それは雨子の声だった。

その声には隠しようもない親密さがにじみ、まるで氷の刃のように、晴美の胸の奥にわずかに残っていた希望と甘い幻想を一瞬で貫き通した。

修二は彼女を謝罪の意味でよこしておいて、自分は婚約者と夜を共にしているのか?

晴美は喉の奥に鉄臭い味が込み上げ、目の前が次々と暗転していくのを感じた。胸の内に言葉がことごとく詰まり、一言も声にならなかった。

その瞬間、悠斗は彼女の手からスマホを乱暴に奪い取り、即座に通話を切った。

真っ白に血の気を失い、今にも崩れ落ちそうな晴美の顔を見つめながら、悠斗は口元をわずかに吊り上げた。まるで、悪戯が成功した子供のように。

「もういい、行っていい」

晴美ははっと我に返った。悠斗の行動も、この出来事そのものも、どこか不気味に噛み合わない違和感を放っていたが、それでも逃げ出したいという衝動がすべてを押し流した。

彼女はもう迷わない。身を翻し、扉を開け放つと、ずらりと並んだボディーガードたちの視線を背に、よろめきながら藤原家の別荘を飛び出し、濃く沈む夜の闇に紛れ込んだ。

晴美は必死に走った。振り返る余裕もなく、誰も追ってこないと確信できるまで走り続け、ようやく一台のタクシーを止めた。

車に乗り込むなり、彼女は幼いころから育った施設の住所を、息を切らしながら告げた。

予定より早く到着した晴美は、闇に包まれた荒れ果てた施設を目の当たりにし、緊張と期待で胸の鼓動を激しく高鳴らせた。

時が一秒、また一秒と過ぎていく。その一瞬一瞬が、まるで永遠にも思えるほど長く感じられた。

ついに、暁の光がまぶしく差し込み、黒いセダンが彼女の目の前に静かに停まった。

ドアが開き、上品で洗練された服装の、晴美とどこか似た面差しの女性が車から降り立った。

女性は明るい陽射しの中に立ち、そっと彼女の冷えきった身体を抱きしめた。

その瞬間、晴美の瞳に長い間こらえてきた涙が、今にもあふれ出しそうになった。
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