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8.

Penulis: 酔夫人
last update Terakhir Diperbarui: 2025-12-18 11:00:00

浮上するような感覚に押されて目を開けると、華乃がいた。

「華乃……」

「大丈夫か? 菊乃井様から倒れたと連絡を受けて来たんだ」

……しまった。

いまの華乃は華乃じゃない。

化粧もしていないし、ウィッグもとって髪も短いし、なによりもスーツ姿なのに……私の馬鹿。

花岡はなおか乃蒼のあ、それが華乃の本名。

華乃はトランスジェンダーで、女性でいられるときは華乃という名前になる。そう、華乃はトランスジェンダーであることを隠している。

自分が偏見と差別に苦しみたくないという思いもあるようだけど、私が見るにお母さんを悩ませたくないという思いが強いように思える。

今でこそ「トランスジェンダー」と言われるが一昔前は「性同一性障害」と呼ばれた。「障害」という言葉はどうしても差別的見方を避けられない。

そういう私も華乃のことは受け入れられたけれど他の人はどうかなって自信はないから、上の世代はもっとそういう思いが強いだろう。

だからだろう、華乃は外では徹底的に『乃蒼』として振る舞っている。

二年ほど前に出会ったパートナーの佳孝よしたか君も同性愛者であることは周囲に知られたくない派だから、私から見て二人は運命的に出会ったいいパートナーだと思う。

二人は同棲しているけれど知らない人が見れば仲のいい男性の二人暮らしにしか見えない。都内は家賃が高くそうじゃない男の人たちのルームシェアもあるから悪目立ちもしない。

見映えの良い二人だから腐女子のアンテナには引っかかるかもしれないけれど、事情を知っている私でさえ外で見る二人は完璧に友人なので腐女子の妄想の域内で収まっているだろう。

表では男性として振る舞う華乃がトランスジェンダーだと知ったのは偶然だった。

見た目超絶イケメンの華乃は大学の女生徒に大変人気で、尾行されて家を突き止められ、宅配便の配送員を装った女生徒に突撃自宅訪問を受けてしまった。

華乃は表向きは男性として完璧に振舞っているが、そのストレスを発散させるかのように華乃の部屋はとても女性的で可愛らしく、当時もそうだった。

それを見た彼女の反応は「乙男オトメン、意外」「ギャップが可愛い」ですんでいたのに、そこからどう噂が改悪され、もしかしたらトランスジェンダーであることが暴露されるかもしれないという恐怖心が華乃を突き動かし――。

「これ、同棲している彼女の趣味」

そう言って、丁度帰宅したところだった私をその騒ぎに巻き込んだ。

完全に巻き込まれただけなのに、「彼と別れて!」という修羅場に発展し、彼女が華乃を平手打ちしたことで騒ぎは沈静化した。

「一体なんなの?」

当然私は説明を求め、華乃は最初はのらりくらりと誤魔化そうとしたが、かまをかけてトランスジェンダーかと問えばあっさりと白状した。

かまをかけるにあたりトランスジェンダーを選択したのは、華乃は私に会うたびに羨まし気な視線を向けていたから。この頃の私は一人暮らしで自由を満喫しており、それまでのストレスを発散するかのようにお洒落に夢中だった。

疲れているところを騒ぎに巻き込まれて苛立っていたこともあるけれど、あのときの華乃には言いたくないことを言わせてしまって悪いことをしてしまったと反省し、後日謝罪した。

「気にしないで、なんとなくだけど君は大丈夫な気がするし」

もちろん、その大丈夫は性的にどうではなく、私が華乃の秘密を誰にも話すことはないという点の信用。

「だって君、大学ではボッチだし」

……信用、なのかしら?

その後、男の先輩が私の部屋に入ってきそうなところを華乃が助けてくれたりして、そんなこんながあって私たちは互いが互いの盾になるべくルームシェアすることにした。

「……“かの”?」

昔を思い出していたら不意に蓮司様の声がした。

華乃の後ろを見るとそこには蓮司様がいらっしゃって、その後ろには朋美様と和美様もいらっしゃって、やっとここがリビングのソファだと気づいた。

『ごめん』と目で謝ると、『大丈夫』というように華乃は笑ってくれた……ごめん。

「“かの”とは私のことです。花岡乃蒼の花と乃の字から“かの”、私の愛称です」

「愛称……随分と親しいんだな」

「プライベートでは友人ですから。彼女と私は大学時代からの付き合いで、その縁もあって彼女にはうちの会社にきてもらったんです。彼女が家事のエキスパートであることは知っていましたし」

蓮司様の探るような追及を華乃はにこにこと笑いながらいなした。

「さて、彼女も目を覚ましたので私は彼女を病院に連れていきます。菊乃井様、本日は東国がご迷惑をおかけして大変申しわけありませんでした」

「いいえ、ここ一ヶ月美香さんには無理をさせてしまったから」

「本人がやると決めて引き受けたこと、ミスは東国の責任です」

華乃の言う通りだ。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「謝罪を受け入れるわ。だから病院にいって頂戴」

病院……だめだわ。華乃のこの顔は行かなければ納得してくれない顔だわ。

 *

 

「それで、倒れたことに心当たりは?」

和美様たちに見送られ、建物も見えなくなったところで華乃の尋問が始まった。

「疲れ、かな」

「嘘を言わないの」

「嘘じゃないわよ」

私の言葉に華乃は黙ったけれど、ハンドルを人差し指でトントン叩くその仕草は言いたいことがある印。

「あのさ……妊娠、してるんじゃない?」

「……っ!」

ピンポイントの追及に思わず表情を作り損ねて、固まった表情から華乃には伝わってしまった。こうなると誤魔化しようはない、でも――。

「どうして……」

そう思ったの?

あの夜のことを、私は華乃にも話していない。

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