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Author: 雪野 みゆ
last update publish date: 2026-03-08 06:00:31

 朝議の後、国王の執務室に入室すると、書類に目を通している国王の姿のみがセレーネの視界に映る。国王補佐官の姿はなく、人払いされているようだ。

 あらかじめローラントに託したメッセージカードに大切な話をしたいので、人払いをしてほしいとお願いしておいたからだろう。用意周到な国王に感謝する。

 セレーネがカーテシーをして挨拶をすると、国王は立ちあがって迎えてくれた。

「セレーネ。倒れたと聞いたが大丈夫なのか?」

 国王から開口一番に気遣いの言葉をかけられたので、セレーネは苦笑する。随分と心配をかけていたようだ。

 セレーネが倒れたことは王宮内で箝口令かんこうれいが敷かれたはずだが、人の口に戸は立てられない。朝議の間にセレーネが現れた途端、貴族たちが一斉にセレーネに注目し、室内がざわめいた。一国の王太女が倒れたのだ。重病ではないかと勘繰りたくもなるだろう。

 騒ぎを静めたのはもちろん国王だ。何事もなかったかのように朝議の開始を宣言した。

「ご心配をおかけいたしました、お父様。このとおり元気ですわ」

 微笑みかけると国王はほっと息を吐き、相好を崩す。普段は厳しい輝きを宿しているアースアイの瞳が優しさを帯びる。アースアイというのは青、緑、茶色などの色が混ざり合い、「海と大地」を表しているかのような複雑な色合いを持つ瞳のことだ。

 セレーネは国王と同じアースアイを持っている。リンドベルム王家のみに受け継がれる色だ。この瞳を父である国王から受け継いだおかげで王女だということが判明した。加えて髪の色も国王と同じ黄金色なのだ。顔立ちは母に似ているらしいが、セレーネが生まれた時に亡くなったので真偽は定かではない。

「そうか。元気であれば良い」

 公の場では威厳のある国王だが、二人だけの時は普通に父親の顔をしている。

「お忙しいところ、お時間を作っていただきありがとうございます」

「構わない。それで大切な話というのは何だ?」

 一応、言いたいことは頭の中でまとめてきたセレーネだが、果たして国王はヴィンセントとの婚約破棄を了承してくれるだろうかと不安になる。

   不安を振り払うように深呼吸をした後、おもむろに言葉を紡ぐ。

「ノルクシュタット公爵令息との婚約を破棄したいのです」

「ほお。それは何故だ? 其方はヴィンセントを好いているのではないのか?」

 国王の瞳がすうと細まる。明らかにいぶかしんでいるようだ。

 セレーネは周りの目からも分かりやすいほどにヴィンセントのことが好きだとアピールしていた。当然国王にもセレーネがヴィンセントを慕っていることはバレている。

(何やっているのよ、セレーネ! って私か。ああ。過去の自分をぶん殴ってやりたい!)

 心の中で拳を握りしめ、ジタバタと暴れまわっているセレーネだが、表情には出さない。十四歳から急ピッチで叩き込まれた王女としての振る舞いは伊達ではないのだ。

 ヴィンセントとは結婚したくないと簡単に言い訳ができればいいのだが、そもそも王侯貴族の婚約はそんな簡単な理由で破棄することができない。ましてや賢王と名高い父を説得するには不十分だ。

 ここは包み隠さず真実を語ったほうが賢明だとセレーネは判断した。最初からしっかり説明すれば、国王はきっと分かってくれるはずだ。

「実は……」

 意を決して昨日のことを詳細に語り出す。ただし、四阿で雷に打たれたこととショックで前世の記憶を思い出したことは内緒だ。

 ひととおり語り終えたセレーネはふうと息を吐いた。肩の荷が下りた気分だ。

 国王はセレーネが語っている間、黙って話を聞いていた。時折目を覗き込むように見つめられているのが気にはなったが……。

 目の前に座っている国王を一瞥いちべつすると、姿勢を崩さず黙って腕を組んだまま何やら考え込んでいるように見える。

 フローラのこともセレーネ同様に国王は大切に思っているはずだ。側妃の子供とはいえ血のつながった娘で、しかもセレーネよりも家族として長く過ごしている。異母姉を裏切っていたなどとは、到底信じられないのかもしれない。

「……やはり……信じられませんよね?」

 沈黙に耐えられず、恐る恐るセレーネが問うと、国王は目線を上げまっすぐにセレーネを見る。

「いや。信じるぞ」

「そうですよね。信じられな……えっ?」

 国王がふっと不敵に笑むので、セレーネは思わず肩をびくりと震わせる。

「知っているか? セレーネ。アースアイは嘘を吐くと茶色の部分が濃くなるのだ」

「……知りません」

 本当に知らなかった。何せ自分の顔は鏡でしか見たことがない。嘘を吐く時にアースアイの色が変わるなど初耳だった。どうりで話をしている間、時折国王がセレーネの目をじっと見つめていると思っていたのだ。

「フローラとヴィンセントが幼い時から仲が良いことは知っていた。こうなることは予想できたことだが、余の判断ミスだな」

 王家としては、ノルクシュタット公爵家と縁を結びたい意図があるのかもしれないと考えたセレーネは、こう切り出してみる。

「ノルクシュタット公爵家と縁を結ぶのが最適なのでしたら、私が王位継承権を放棄してフローラを次期女王にするという手も……」

「それはできぬ」

 セレーネの言葉を途中で遮り、国王はきっぱりと否定する。

「何故ですか? フローラは王位継承権第二位のはずです」

 リンドベルム王国は嫡子以外の子供は王位継承権を持てないという法律はない。ただ生まれた順に限らず、嫡子が王位継承権の上位になるだけだ。

 セレーネが王位継承権を放棄すれば、フローラが次期女王ということになる。現国王の子供は王女が二人だけなのだから……。

「……フローラには王位継承権がない」

 セレーネは国王の言葉に驚きつつも疑問を覚える。

「えっ! そんなはずは……。我が国の法律では嫡子がない場合、庶子でも後継者となれるのでは? 王族も例外ではないはずですが……」

 リンドベルム王国の初代国王が庶子だったことからできた法律だ。建国から三百年経つが、現在まで変わっていないはずなのだが……。

 それに『エステルの戴冠』ではそんな設定はない。しかも国王が退位した後、フローラは女王に即位していた。

「そのとおりだ。だが……いや。フローラのことについてはいずれ折を見て話そう。ひとまずヴィンセントと其方の婚約は白紙に戻すこととする」

 妙に歯切れの悪い言い方に違和感を覚えるセレーネだが、これ以上問い詰めても国王は何も話してはくれないだろう。いずれ話してくれるということだし、気にはなるがフローラの話はここまでにした方が良さそうだ。

「私のことを信じていただき感謝いたします、お父様。まもなく午後の執務の時間ですね。これでお暇させていただきます」

 椅子から立ち上がり、カーテシーをする。

「今日はヴィンセントとの茶会の日であったが、婚約を白紙に戻した以上はその必要はあるまい。午後からはゆっくり過ごすと良い」

 返事はせずににっこりと微笑み、国王の執務室を後にする。

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