เข้าสู่ระบบ今日の午後はヴィンセントとの茶会が予定された日だったが、婚約が白紙に戻ったので特にすることがない。茶会が中止されたことは婚約解消の通達とともに、ヴィンセントにも伝わっているだろう。
「クズ男の望みどおりになったのはちょっとムカつくけど、清々したわ! もう関係ないし、せいぜいフローラと仲良くすればいいのよ。セレーネとしてはまだ十八歳だし、しばらく独身を謳歌しよう」
午後からはゆっくり休めと言われたセレーネだが、昼食の後執務室へ籠ることにした。落ち着いて考え事をするには適した場所だからだ。
「とりあえず整理しよう。『エステルの戴冠』でフローラがエステルの名を授かったのは十四歳だったわね」
フローラに神託がおりたのは、水害に遭った地方へ慰問に訪れた際のことだった。
水害によって破壊された家屋や傷ついた人々を目の当たりにしたフローラは、涙を流しながら一心に女神エステルに祈ったのだ。「どうか一刻も早く復興に向かい、傷ついた人々が癒されますように」と。 するとフローラの周りが金色の光に包まれ、女神エステルの声が聞こえる。 「わたくしの愛し子よ。貴女にエステルの名と力を授けましょう」 直後金色の光がフローラの体内に収束されたかと思うと、辺り一体が眩い光に包まれた。 光が収まった後、水害で破壊された家屋は元通りの姿を取り戻し、人々の傷は癒える。 奇跡の御業を目にした人々はフローラを崇めた。 百年ぶりの「女神の愛し子」が現れたと……。「確かセレーネの代理としてフローラが慰問に赴いたのよね。でも二年前に水害が起こった地方はなかった。いまだにフローラがエステルの名を授かっていないのは、きっかけがないと考えていいのかしら?」
もう一つ気がかりなことは先ほどの国王の言葉だ。フローラには王位継承権がないという。だが、女神の愛し子としてフローラがエステルの名を授かったとすれば、国王も王位継承権を与えずにはいられないのではないか?
「いろいろ謎だらけよね。作者が裏設定を作っていたのかしら?」
無意識に執務机から離れ、ウロウロと歩き回っていたセレーネはふと姿見の前で立ち止まる。
「それにしても、セレーネってすごい美人よね。いやあ実に魅力的だわ」
ヒロインということでフローラも可愛いが、美人度はセレーネの方が上だ。前世の自分は地味顔でこれといった特徴はなかった。化粧を施しても十人並といったところだ。
「何をなさっているのですか?」
鏡に映った自分の後ろにいつの間にかローラントが立っている。
「ロ、ロロロ、ローラント!」
慌てて振り向くと、ローラントはものすごく呆れた顔をしている。しかし、すぐに思案しているようなそぶりをしたかと思うと、片側の口の端を上げて意地悪そうな顔つきに変わった。
「まさか、ご自分の容姿に見惚れていたのですか? 確かに殿下は美しいですが、公の場では控えられた方がよろしいのでは?」
いえいえ。貴方の方が美人ですという突っ込みは心の中だけにとどめ、セレーネは言い訳をする。
「違うわよ! 少し身だしなみを整えていただけよ。私はナルシストではないわ!」
正確には見惚れていたかもしれないが、あくまでセレーネの容姿を客観的に見ていただけだ。必死に言い訳をするセレーネにローラントは堪えきれずぷっと吹き出す。
「冗談です。殿下があまりにも姿見を食い入るようにご覧になっていたので」
「よくもからかってくれたわね。覚えていなさい。ところで午後からは休みのはずよ。何か急な用事でもあるのかしら?」
ひとしきり笑ったローラントだが、急に真面目な顔になると、何やら逡巡している。口を開くのをためらっているようだ。いつもずけずけと物を言うローラントにしては珍しい。
「貴方らしくないわね。何か言いたいことがあるのであれば、はっきり言いなさい」
「……それでは、ノルクシュタット公爵令息との婚約を白紙に戻されたと陛下からお聞きしましたが、誠でしょうか?」
「ああ。そのこと? 本当よ」
おそらくヴィンセントを慕っていたことはローラントも知っている。前世の記憶が戻る前は仕事の話の他にヴィンセントの話ばかりしていたのだ。
婚約を白紙に戻したと国王から聞いたローラントは、心配してセレーネの様子を見にきてくれたのだろう。 (もう、ローラントにまで気を使わせて何をやっているのよ。セレーネ。って私か)記憶を取り戻してから何度目か分からない突っ込みをする。
「そう……なのですか。その、殿下はそれでよろしかったのですか?」
「いいのよ。あんなクズ男。結婚前に本性が分かって良かったわ」
セレーネは元婚約者をすでに名前では呼ばずに、クズ男呼びしている。
「は? クズ男ですか?」
「そう。クズのような男だからクズ男よ」
思わずローラントと顔を見合わせて笑い出す。久しぶりに心の底から笑った気がする。思えばヴィンセントと一緒にいても、セレーネが一方的に話すだけだった。恋は盲目とはよく言ったもので、その時のセレーネは楽しんでいたのだろう。だが心から楽しかったかと聞かれれば、そうだとは言えない。今こうしてローラントと笑っている方がずっと楽しいからだ。
「午後からの予定はなくなったし、お茶に付き合いなさい。ローラント」
「私でよろしければ、喜んでお付き合いします」
その日の午後はローラントとお茶を飲みながら、楽しい時間を過ごしたセレーネだった。
リンドベルム王国はまもなく建国祭の時期となる。今年はちょうど三百年目となるため、外国から賓客を迎え盛大に開催される予定だ。 セレーネは王太女として国王とともに賓客をもてなす役目を負っている。それだけでも重責だが、本来は王妃の仕事である晩餐会の仕切りも任されているのだ。王妃であるセレーネの母は故人で、フローラの母である側妃も故人なので、必然的にセレーネの仕事となった。おかげでここのところ忙しい毎日を送っている。「さすがに働きづめではありませんか? 少しは休憩なさってください、殿下」とローラントに半ば無理やり執務室を追い出されたセレーネは、王宮のはずれにある植物園で休憩をとっていた。「今日中に晩餐会に出す食事の段取りを終わらせたいと思っていたのに」 セレーネは植物園に設置されているベンチに座って植物を眺めながら、ブツブツと文句を言っている。とはいえ、朝早くから夜遅くまで執務をこなしているセレーネに、補佐官であるローラントもまた同じように長時間働かせていることになるのかと思い直す。「とんだブラック企業よね。一日の労働時間や有給休暇とか取り決めがあればいいのに……」 前世でセレーネが勤めていた会社は限りなくブラックに近いグレー企業だった。万年人手不足のわりに定時帰りを推奨していたのだが、仕事が終わらないうちは帰れない。完全週休二日制だが仕事が終わらないので、休日は自宅にパソコンを持ち帰り、在宅勤務をする。実に悪循環な職場だった。「もしかして、私過労死したんじゃない?」 いまだに前世の死の瞬間は思い出せない。もしかしてまだ生きていて、長い夢を見ているだけだろうかと考えたこともある。だが、この世界は妙にリアルだ。実際生きている感覚しかない。「あら? お姉様じゃない」 考え事に没頭をしていたら、聞き覚えのあるというか聞きたくない声が響く。声がした方へ顔を向けると、フローラとヴィンセントが腕を組んで歩いてくる。(あまり会いたくないヤツらに会っちゃったわ。休憩する場所を間違えたかな?) 無視するわけにもいかないので、セレーネは立ち上がると、毅然と背筋を
今日の午後はヴィンセントとの茶会が予定された日だったが、婚約が白紙に戻ったので特にすることがない。茶会が中止されたことは婚約解消の通達とともに、ヴィンセントにも伝わっているだろう。「クズ男の望みどおりになったのはちょっとムカつくけど、清々したわ! もう関係ないし、せいぜいフローラと仲良くすればいいのよ。セレーネとしてはまだ十八歳だし、しばらく独身を謳歌しよう」 午後からはゆっくり休めと言われたセレーネだが、昼食の後執務室へ籠ることにした。落ち着いて考え事をするには適した場所だからだ。「とりあえず整理しよう。『エステルの戴冠』でフローラがエステルの名を授かったのは十四歳だったわね」 フローラに神託がおりたのは、水害に遭った地方へ慰問に訪れた際のことだった。 水害によって破壊された家屋や傷ついた人々を目の当たりにしたフローラは、涙を流しながら一心に女神エステルに祈ったのだ。「どうか一刻も早く復興に向かい、傷ついた人々が癒されますように」と。 するとフローラの周りが金色の光に包まれ、女神エステルの声が聞こえる。「わたくしの愛し子よ。貴女にエステルの名と力を授けましょう」 直後金色の光がフローラの体内に収束されたかと思うと、辺り一体が眩い光に包まれた。 光が収まった後、水害で破壊された家屋は元通りの姿を取り戻し、人々の傷は癒える。 奇跡の御業を目にした人々はフローラを崇めた。 百年ぶりの「女神の愛し子」が現れたと……。「確かセレーネの代理としてフローラが慰問に赴いたのよね。でも二年前に水害が起こった地方はなかった。いまだにフローラがエステルの名を授かっていないのは、きっかけがないと考えていいのかしら?」 もう一つ気がかりなことは先ほどの国王の言葉だ。フローラには王位継承権がないという。だが、女神の愛し子としてフローラがエステルの名を授かったとすれば、国王も王位継承権を与えずにはいられないのではないか?「いろいろ謎だらけよね。作者が裏設定を作っていたのかしら?」 無意識に執務机から離れ、ウロウロ
朝議の後、国王の執務室に入室すると、書類に目を通している国王の姿のみがセレーネの視界に映る。国王補佐官の姿はなく、人払いされているようだ。 あらかじめローラントに託したメッセージカードに大切な話をしたいので、人払いをしてほしいとお願いしておいたからだろう。用意周到な国王に感謝する。 セレーネがカーテシーをして挨拶をすると、国王は立ちあがって迎えてくれた。「セレーネ。倒れたと聞いたが大丈夫なのか?」 国王から開口一番に気遣いの言葉をかけられたので、セレーネは苦笑する。随分と心配をかけていたようだ。 セレーネが倒れたことは王宮内で箝口令が敷かれたはずだが、人の口に戸は立てられない。朝議の間にセレーネが現れた途端、貴族たちが一斉にセレーネに注目し、室内がざわめいた。一国の王太女が倒れたのだ。重病ではないかと勘繰りたくもなるだろう。 騒ぎを静めたのはもちろん国王だ。何事もなかったかのように朝議の開始を宣言した。「ご心配をおかけいたしました、お父様。このとおり元気ですわ」 微笑みかけると国王はほっと息を吐き、相好を崩す。普段は厳しい輝きを宿しているアースアイの瞳が優しさを帯びる。アースアイというのは青、緑、茶色などの色が混ざり合い、「海と大地」を表しているかのような複雑な色合いを持つ瞳のことだ。 セレーネは国王と同じアースアイを持っている。リンドベルム王家のみに受け継がれる色だ。この瞳を父である国王から受け継いだおかげで王女だということが判明した。加えて髪の色も国王と同じ黄金色なのだ。顔立ちは母に似ているらしいが、セレーネが生まれた時に亡くなったので真偽は定かではない。「そうか。元気であれば良い」 公の場では威厳のある国王だが、二人だけの時は普通に父親の顔をしている。「お忙しいところ、お時間を作っていただきありがとうございます」「構わない。それで大切な話というのは何だ?」 一応、言いたいことは頭の中でまとめてきたセレーネだが、果たして国王はヴィンセントとの婚約破棄を了承してくれるだろうかと不安になる。 不安を振り払うよう
セレーネは次期女王として国政に関わる仕事をしている。王女として王宮に迎えられてから、国王は常にセレーネをそばに置き、自分の仕事を見せてきた。帝王学を国王自ら叩き込んだというわけだ。 十六歳で後継者として指名され、王太女となってからは国王の仕事を一部担っている。「セレーネ殿下!」 いつものように執務机で仕事をしているセレーネを見るなり、血相を変えたローラントが叫ぶ。「あら、ローラント。おはよう」 ローラントはセレーネの補佐官だ。王太女として執務室を与えられた際に国王が付けてくれた補佐官である。なかなか優秀で頼りになる男だ。 普段は冷静なのだが、ノックもせずに執務室へ飛び込んできたということは、おおかたセレーネ付きの侍女から仕事をしていることを聞いて、慌てて駆け付けたといったところだろう。「おはようではありません! なぜ仕事をしているのですか? 昨日倒れたばかりだというのに!」 今朝、侍女から聞いた話によると、セレーネは四阿近くの回廊で倒れていたところを発見されたそうだ。 すぐに宮廷付きの医師が呼ばれ、セレーネの容態を診察したのだが、身体に異常はなく、貧血で倒れたのだろうということだった。「どこも異常はないから大丈夫よ」 雷に打たれたわりには医師も異常がないというのだから、大丈夫だろう。 どうやらセレーネが雷に打たれたところは誰も目撃していなかったらしく、敢えて倒れていた理由は黙っておくことにした。それに雷に打たれたけれど無傷でしたと言っても、誰も信じないだろうと考えてのことだ。「そうではなくて……はあ。もういいです。どうせ何を申し上げても、頑固な貴女は言う事を聞かないでしょうから」 ローラントは諦めの表情を浮かべ、ひとつため息を吐く。セレーネが一度こうと決めたことは頑なに貫こうとすることを知っているからだ。 彼とはセレーネ付きの補佐官となってから二年の付き合いだ。おかげでセレーネの人となりは理解してくれている。「ため息を吐くと幸せが逃げるわよ」「誰のせいだと思っているのですか? とにか
ヴィンセントと初めて顔合わせをしたのは、セレーネの十六歳の誕生日だった。サラサラの金髪に青空のような空色の瞳。端正な顔立ちを持つ同じ年のヴィンセントに、セレーネは一目で心を奪われた。 リンドベルムの国王は男子に恵まれず、王女が二人いるのだが、将来は嫡子であるセレーネが女王になる。女王には王配が必要だ。そこで選ばれたのが、ノルクシュタット公爵家の次男であるヴィンセントだった。「顔がいいだけで、とんだクズ男だわ。男を見る目がないわね、セレーネ。って私か」 雷に打たれたはずだが、気がつけば自室のベッドで横になっていた。四阿で倒れていたセレーネを誰かが運んでくれたのだろうか? 雷の電圧はおよそ一億ボルトだ。人間に直撃した場合の致死率はおよそ九十パーセントで、まず助からない。助かったとしても火傷をしたり、身体が深刻な損傷を負ったりするはずだ。「それにしてもよく助かったものよね。しかも全くダメージがなさそうだし。誰かが心肺蘇生でもしてくれたのかしら? 時々、雷に打たれても無傷だった人がいたって話を聞くけど、まさか自分が経験することになるとは思わなかったわ」 他人事のようにひとりごちると、身体を起こす。問題なく身体を動かせるし、痛むところはない。もちろん火傷もしていない。 ふと窓際に目をやると、カーテンの隙間から月の光が差している。つまり今は夜なのだと予想がつく。「とりあえず、状況整理をしよう。ここは『エステルの戴冠』の世界よね? そして私はセレーネに転生したということでいいのかしら?」 転生前のセレーネは、日本という国で会社員をしている普通の三十代の女性だった。『エステルの戴冠』というのは好きだった小説のことだ。「セレーネは好きなキャラだけど、このままだとまずいわ。だって悪役王女だもの」『エステルの戴冠』のあらすじはざっとこんな感じだ。 主人公はリンドベルム王国の第二王女フローラ。ピンクブロンドの髪に青い瞳の彼女は可憐な容姿をしている。側妃の娘なのだが、誰からも愛されているという設定だ。 リンドベルム王国は女神エステルに守護されている国で、稀
雷に打たれたようなではなく、文字どおり雷に打たれたショックで、恐ろしいほどたくさんの記憶が一気にセレーネの脳内に流れ込んできた。「あれ? ここって『エステルの戴冠』の世界じゃない?」 そんな言葉を呟いた後、セレーネは気を失った。 セレーネが気を失う少し前に時間は遡る。「……ヴィンセント。これはいったい……どういうことなの?」 婚約者であるヴィンセントのもとに訪れたセレーネは衝撃を受けた。なぜなら彼はセレーネの異母妹であるフローラを膝の上に乗せ、「愛しているよ、フローラ」と囁いていたからだ。「セレーネ殿下!?」 ヴィンセントは慌ててフローラを膝の上から降ろそうとしたが、フローラがそれを止める。そして、堂々とヴィンセントの胸に頭を預けて甘えるような仕草をすると、にやりと口端をあげた。「お姉様、こういうことですの。ヴィンセントとの婚約を破棄してくださらない?」 婚約者の裏切りを目の当たりにしたセレーネは、震える体を両腕で抱きしめきっと二人を睨む。「いつから……いつからなの? 貴方たちはいつの間にこんな仲に……」 絞り出すように問いかけるセレーネにフローラは嘲るような笑みを向ける。「いつから? 幼い頃からずっとですわ。ヴィンセントは元々わたくしの婚約者になるはずでしたの。突然正妃の娘である貴女が現れなければね」 セレーネはリンドベルム王国の第一王女で正妃の娘である。対してフローラは側妃の娘で第二王女だ。しかし正妃の娘でありながら、セレーネは十四歳まで市井で育った。「卑しい市井の育ちのくせに、正妃の娘というだけでヴィンセントの婚約者の座は貴女に盗られてしまった」 理由ありではあるのだが、王女でありながら市井で育ったセレーネをフローラはことある事に見下していた。 セレーネが十六歳の時にヴィンセントとの婚約が結ばれた後、セレーネに対するフローラの当たりはさらにきつくなったのである。