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第5話 愛が終わるとき

Author: Aica
last update publish date: 2026-04-02 06:58:51

目を覚ました瞬間、強い戸惑いに包まれ、次いで記憶が断片的に一気に押し寄せてくる。

気付けば無意識のうちに私は下腹部をかばっており、鈍い痛みが走った。

そのとき、そばにいた一弥さんの姉の真琴さんが私が目を覚ましたことに気付き、慌てて駆け寄る。

真琴さんは私の手をぎゅっと握り締め、声を震わせながら言った。

「よかった……やっと目を覚ましたのね。お医者さんが言ってたの。急激な精神的ショックと、長期間の心身の抑圧が原因で、切迫流産の状態だって。今は安静が必要よ。……ねぇ、どうして妊娠していること私に言ってくれなかったの?」

「どうして、私は病院にいるの? どうして真琴さんがここにいるの?」

私はただ今の状況に戸惑い混乱する。

すると、真琴さんが少し悲しそうな顔をしながら説明する。

私が倒れたとき、違う病室にいた一弥さんと綾乃も助ける声に気付いたらしいが、綾乃が同じ瞬間「お腹が痛い」と言い出し一弥さんは綾乃を優先することを選んだ。

そして私の対応は電話で真琴さんに任せただけだったと──。

いくら期待しても返ってこない救われることないその現実。

地獄に突き落とされたという言葉では言い表せない深い哀しみによって心が完全に死んでしまった私は、むしろ自嘲するように、ふっと笑ってしまう。

──ほらね。やっぱりこうなる。

二択を迫られても、あなたは私を選ばない。

「彼にとって私はこんな状況になっても、なんの価値も無いのね……」

夫婦である以上、極限の状況になれば、彼は私を選んでくれるだろうと、どこかで期待してしまっていた。

だけどそんなの私の身勝手なくだらない妄想でしかなかったのだ。

「何言ってるの!? そんなわけないでしょ!  価値がないのは杏華ちゃんの魅力をわかっていない一弥の方よ! 本当に情けない! 大丈夫よ。私が必ず杏華ちゃんとお腹の子を大切にするようしっかり言い聞かせるから!」

「いいんです! 私なら大丈夫です。私たちのことは私たちで解決します。それから……私が妊娠していることは、どうかしばらく彼には言わないで。ちゃんと、私から話す時間をつくるから」

それは決して守ることのない彼に伝えるつもりもない真琴さんの興奮を落ち着かせるために放った言葉。

そう。もう私の離婚への決意は、もう盤石のごとく固まっているのだから。

そして私は真琴さんに、あるお願いをした。

体調を整えたくて何か口にしたいから近くにあるお店でお粥を一杯買ってきてほしいと。

真琴さんは快く引き受け買いに行ってくれ、その姿を確認したあと、すぐに身なりを整え自分の荷物を手にし今のうちにこっそり退院しようと病室を出た。

するとすぐ隣の部屋から聞き覚えのある甘え声に、私は思わず足を止めてしまう。

「一弥お兄ちゃん……。お姉ちゃん、大丈夫かな……?」

「変なことを考えるな。今は休むことが一番だ。医者も言っていただろう。情緒が不安定になったことによる胃腸の痙攣だって。まずは綾乃の体を整えよう」

「……うん。でも、目を閉じると、さっきのお姉ちゃんの姿が浮かんできて……怖いの。一弥お兄ちゃん、行かないで。ここにいてくれる……?」

もうこれ以上、そんな二人の会話を聞いていられなくて、私は彼が答える前に、そっとその場をあとにした……。

ぬくもりのなくなった家に戻ると、私はためらうことなく離婚届に署名をし、彼との想い出が詰まったこの家から、自分の荷物だけを素早くまとめた。

家を出る前、一弥さんに最後のメッセージを送信し、彼と関連するすべての連絡先を削除、ブロックする。

そして最後に、結婚指輪を指から外す。

指の根本には、白く残った輪の痕があり、それはまだ癒えていない傷跡のようだった。

指輪は離婚届の上に落ち、かすかに「カン」と音を立てる。

──それは、私の愛が終わったことを告げる残響だった。

その瞬間綺麗さっぱり未練も断ち切り、ドアを閉めスーツケースを引きずりながら夜の闇へと歩き出した。

そのとき見上げた夜空は、月も星も何も見えない真っ暗闇で、まるで私の心を表しているようだった。

いつか光を見つけられるのかも何もわからないまま、私はその暗闇の中へと飲み込まれていった──。

* * *

【一弥side】

「ちょっと一弥! 杏華さん知らない!?」

綾乃に病室で付き添っていると、いきなり姉さんが慌てふためきながら飛び込んでくる。

「はっ? 隣にいるんじゃないのか」

「頼まれたお粥を買いに行ってる間に、病室が空っぽになってるの! 電話も繋がらない! どうしよう」

「お姉ちゃん、多分ちょっと気分が優れなくて、一人で静かになりたいんじゃないかな?

前も機嫌が悪い時は、誰にも会わずに部屋から出てこなかったり、話しかけても何も答えてくれないことがよくあったし、やっぱり彼女は……自分の考えや気性を大事にする人だからね」

「あいつは大人だ。分別はある。姉さん、そんなに心配しなくていいよ」

姉の必要以上の焦りと動揺が気になるも、俺はそれを大して重要なことだとは思っていなかった。

「分別!? 一弥、あなた心があるの!? 杏華ちゃんは──妊娠してるのよ! さっきあんなことがあって、心身ともに限界なんだから! 彼女はあなたの妻でしょ!? なのにあなたはここで別の女の心配ばかりして! 妊娠した彼女にどこへ行けっていうの!?」

その瞬間、俺は一瞬耳を疑い震撼した。

「なに!? 妊娠……? 杏華が……?」

俺はその真実を知り、杏華が倒れた時に見た血の痕を瞬間的に思い出し、一気に顔が青ざめた──。

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Comments (1)
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吉川秀子
続きがたのしみです。
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