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第276話

Author: 雲間探
玲奈は思わず手を伸ばし、彼女をしっかりと抱きとめた。転びそうになるのを防ぐためだった。

けれど、飛び込んできた彼女の体から、再び優里の香水の匂いが鼻先をかすめた。

玲奈は彼女のリュックを受け取ってソファに置き、彼女がベッドに駆け出そうとしたところで腕をつかみ、尋ねた。「お風呂、入った?」

「入ったよ」

入浴後だというのにまだ香りが残っているのなら、優里と同居しているか、さっき智昭と優里が一緒に送り届けたということになる。

単に中まで送ってこなかっただけだ。

玲奈は淡々と言った。「服、汚れてるから着替えて」

茜はたしかにお風呂に入ったあと走り回って少し汗をかいた気がすると思い出した。

彼女はこくりと頷き、素直に自分でバスルームへ向かい、着替えを始めた。

玲奈はその間も自分の資料の整理を続けていた。

しばらくして茜が着替えを終えて戻ってくると、リュックからウサギ型の小さな提灯を取り出して、嬉しそうに玲奈に見せた。「ママ、見て、提灯!」

玲奈はちらりと見て、少し間を置いてから訊ねた。「それって——」

「パパが買ってくれたの!かわいいでしょ、きれいでしょ?!」

「……うん」

茜はそのまま駆けていき、玲奈の部屋の明かりをぱちんと消した。そして、提灯の灯りを点けると、わくわくした様子で彼女の方を振り返った。「電気消したら、もっときれいに見えるでしょ?!」

「……うん、きれいね」玲奈は頷いてから問いかけた。「そんなに気に入ったの?」

「うん、大好き!」そう言うと、もう一つの提灯を取り出し、「パパが二つくれたから、一つはママにあげる。ママ、一緒に持って外にお散歩行こうよ」

玲奈は言った。「ママはもうお風呂入っちゃったから、明日にしようね」さらに続けて、優しく言い添えた。「あなたも着替えたばかりでしょ?汚しちゃったらもったいないよ」

茜のはしゃいだ気持ちは、玲奈の一言で少し冷まされたようだった。

興奮と喜びに満ちていた気分は、少ししぼんでしまった。「うん……」

とはいえ、彼女が玲奈に会うのは、実に一ヶ月ぶりのことだった。

玲奈があまり提灯に興味を示さない様子を見て、彼女はそれ以上しつこく見せびらかすことをやめた。そっと提灯を置くと、そのまま駆け寄ってきて玲奈に抱きついた。「ママ……」

玲奈は手元の本を閉じて言った。「うん、どうしたの?」

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