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第277話

作者: 雲間探
翌日。

玲奈が朝食を終えて二階に上がると、茜は智昭とビデオ通話をしていた。

彼女が戻ってきたのを見て、茜は顔を上げて叫んだ。「ママ!」

「うん」

玲奈は軽く返事をし、パソコンを開いた。

電話の向こうで、智昭が尋ねた。「今日は何か予定がある?」

茜はベッドにうつ伏せになりながら、嬉しそうに言った。「映画が見たいの。お昼にママと映画に行くんだ!」

玲奈は昨日まとめた資料に集中して目を通していた。

少しして、茜がスマホを持って近づいてきた。「ママ、パパがスマホ渡してって」

玲奈は一瞬止まり、スマホを受け取って画面をちらりと見た。智昭とは通話したくなかったため、スマホを机に置き、カメラを天井に向けて尋ねた。「何の用?」

智昭は言った。「この間、茜ちゃんのこと頼りっぱなしで悪かったな」

玲奈は返事をせず、視線をパソコンから外さないまま、昨日抜けていた構想をキーボードで入力しながら訊いた。「他に何かある?」

「いや、もうない」そう言って、智昭は続けた。「あけましておめでとう」

「うん」と玲奈はそれだけ返すと、通話を切って茜にスマホを返した。

昼が近づく頃、玲奈が茜を連れて出かけようとしたとき、彼女のスマホが鳴った。

礼二からだった。

彼女は少し笑いながら電話に出ると、礼二は声を潜めて言った。「ちくしょう、またあの二人に会ったぞ」

玲奈は一瞬止まり、彼が誰のことを言っているのかすぐに察した。

彼女がまだ何も言っていないうちに、礼二は智昭と優里に気づかれ、彼らもこちらを見てきた。

「……」

彼は言った。「向こうから来る。切るぞ」

玲奈は淡々と答えた。「うん」

電話を切るや否や、智昭と優里は礼二の前に現れた。

「湊さん、どちらへ?」

礼二は答えず、引きつった笑みを浮かべながら言った。「藤田さん、大森さん、私たちはそこまで親しくないので、今度会っても無視してくれて結構です」

優里は笑って言った。「湊さんって、ほんとにユーモアがある方ですね」

礼二は口元を歪めたが、言葉を発する前に、優里が足元のスーツケースに気づいて尋ねてきた。「湊さんも海外旅行ですか?」

礼二は冷たく笑って言った。「すみませんが、あなたとは親しくないので、お答えできません」

そう言うと、優里と智昭がまた話しかける前に、彼は荷物を引きずってVIPラウンジを出て行った
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