LOGIN暑さも本格的になってきた7月。新葉高校は予選を無事に勝ち抜け、2位で関東ブロックの代表に選ばれた。
全国大会になると、レベルがいちだんと高くなる。初戦の中部ブロックとの試合に何とか勝利した俺たちは、ついにグランドファイナルと呼ばれる決勝戦へとコマを進めた。
ゼロ・グラウンドは4つの国が争うゲームということもあり、今年から決勝は4チームで行われるらしい。参加する高校は去年とほぼ同じ。京都の犬桜高校、仙台の白雲高校、東京の新葉高校、そして前回大会で優勝した強豪・横浜の龍鳳高校。
関東ブロックの代表を決める決勝戦でも、俺たちは龍鳳高校に負けた。だが、まったく届かない実力差でもなかった。全員で力を合わせれば何とかなりそうな――そんな手応えを感じていた。
「あとは、作戦だよなぁ~……」
部室のミーティングスペース。萩原先輩が宙を仰ぎながら言った。
「初動が大事になってくるよな。他の3チームはどう動いてくると思う?」
玲先輩が全員を見回して聞いたので、俺は控えめに手を挙げる。
「龍鳳高校は間違いなく、新葉を最初に狙ってきます」
「ほう。いおりん、その心は?」
「小神野先輩がいるからです」
龍鳳高校は5人が全員、俺みたいなタイプのプレーヤーだ。戦略ストラテジーには強いが、逆に小神野先輩ほどFPSの上手いプレーヤーはいない。おそらく、撃ち合いになったときに不利になるプレーヤーを早めに潰しに来るはずだった。
「犬桜高校と白雲高校はどう出るかな?」
「わかりませんが……仮に龍鳳と一緒になって俺たちを潰したところで、あの2校だけで龍鳳と互角にやり合えるかどうかは、微妙なところだと思います。それなら、俺たちと協力して先に龍鳳高校を落とした方がまだ勝ち目がある……」
「俺たちとしても、まず龍鳳高校を倒さないと、後がキツイもんな……」
「ですね」
「色んなパターンを想定して、どう対応するか考えておく必要がありそうだな」
「俺、覚えられるかなぁ……」
律先輩が不安げな声をあげる。萩原先輩が肩を叩いて、励ましていた。
「みんなで少しずつやっていこう。そのための準備期間なんだから」
決勝戦は8月末、夏休みが終わる間際の週末。俺たちは起こり得る展開をノートに書き出しては、ひとつずつシミュレーションをして、作戦を立てていった。
日々の練習が決勝を想定したものに変わり、日が経つごとに緊張感も高まっていく。
試合を数日後に控えた夜――。
いつものように先輩の部屋で練習していた俺たちは、身体を軽く動かすために外に出た。その日は夜になっても蒸し暑くて……。エアコンの効いた部屋から出たことをすぐに後悔したけれど、気持ちを落ち着かせるためにも、何かゲーム以外のことをしたかった。
先輩も同じような感じらしく、足は自然と、少し離れたところにある広い公園へと向かう。心なしか小さく感じるアスレチックで遊び、ブランコに乗った。
「試合、もうすぐだな」
「……もうすぐですね」
グランドファイナルは3日間に渡って行われ、俺たちの試合は3日目の最終日だ。その日はゼログラと、笹原部長や野田の出るバトルソウルの試合が行われる。どちらも全国大会を勝ち抜き、ファイナルとセミファイナルまでの切符をつかんでいた。
「先輩にとっては、これが高校最後の大会かぁ」
「……そうだな」
「そういえば、プロチームの話ってまとまったんですか?」
大会の期間中、先輩は家でもメールでやりとりをしたり、たまにどこかに出かけたりしていたっけ。
「まとまった。ちょうど大会の日に発表されるらしい」
「学校はどうするんですか?」
「あと半年くらいだし、何とか卒業できればいいなーとは思ってるよ」
大会が終わっても、学校では会えるらしい。
そう思うと、どこかほっとする。
「先輩の家で一緒に生活するのも、これで終わりかと思うと寂しいです」
「親は心配してないの」
「合宿みたいなものだって言ってあるんで。あ、でも兄からはたまに連絡来ます」
「兄?」
「そう、ふたりもいるんですよ」
俺はスマホに入っていた写真を先輩に見せた。男3兄弟で、俺は末っ子。歳が離れているせいもあってか、そこそこ可愛がられている……気がする。
先輩は写真を見て、ふっと小さく笑った。
「3人、みんな顔が良い」
「……だめですよ」
「何がだよ」
心外だとでも言いたげに口をとがらせる先輩に、今度は俺の方が笑った。
「先輩は兄弟とかいないんですか」
「いない。ひとりっ子」
「じゃあ、両親と3人?」
「そう、今の部屋でひとり暮らしするまではな」
初めて聞く話だった。一緒に生活し始めてから3か月近くが経つのに、先輩のことはまだ知らないことが多いんだな、と思う。
改めて考えてみると、不思議な縁だ。ゲームの中で出会って、進学した高校で思いがけず再会した。何故か同じチームでプレーすることになって、今は同じ部屋で生活してる。
ブランコを漕ぐ横顔を見つめていると、先輩が「痛っ!」と声をあげて指を押さえた。
「だ、大丈夫ですか……!?」
「あ、うん……何か刺さっただけ」
見ると、小さなトゲのようなものだった。そっと引き抜くと、赤く丸い跡が残る。
「痛みますか?」
「ちょっとだけ」
「じゃあ……そこの水道で洗ってから、これでも貼ってください」
俺はそう言って、ポケットから絆創膏を取り出した。
先輩は何かに気づいたらしく、頬のあたりを赤く染めている。
「……なんで、こんなの持ち歩いてんだよ」
「お守りですよ」
それは以前、先輩にもらったものだ。
入部したとたんに殴られて、その翌日に机の上に置かれていた絆創膏。
どこに使っていいのかわからなかったので、とりあえず持ち歩いていた。
傷口を洗った先輩の指に、俺は絆創膏をそっと巻く。
「大事にしてくださいよ、指」
うなずく先輩に満足していると、背中から「……ありがとう」という声が聞こえてきて。
(先輩にお礼を言われんのも、初めてかも)
くすぐったい気持ちになりながら「どういたしまして」と答えると、先輩は俺の手を引いて「帰ろ」と言ってきて――。
俺はこの3か月のことを振り返りながら、先輩とふたりで月が照らす夜道を歩いた。
その日は律の店に集まった後、みんなでご飯に行って夜まで遊んだ。別れるときに、チャットのグループをひとつ作った。『新葉高校eスポーツ部』。次に全員で集まれる日がいつになるかはわからないけれど……「またみんなでゲームでもやろう!」という話になった。久々に楽しい集まりだったな、と思う。律と家に帰る途中。ずっとくだらない話ばかりしていたけれど、ふと小神野と神谷――あのふたりの話になって。「久々に会ったけどさ、ぜんぜん変わってなかったね! オカピ先輩といおりん。居酒屋でもずっとケンカしててさぁ……」「あれは、過去一でくだらない争いだったな」前の試合、スナイパーを使って弾を外した神谷に「なんで当てられなかったんだ?」と小神野が素朴な疑問をぶつけたのが始まりだった。次第に言い合いがエスカレートしていった結果、ついにふたりはシュウマイにからしをつけるかどうかでケンカしていた。もう、何でもいいんだろ、それ……。「お酒飲んでたってのもあるかもしれないけどさぁ、まじで笑ったよね」「面白かったな。あれで一緒に住んでるっていうんだから、不思議っていうか」「あれ……玲は気づいてなかった? ふたりの指に、お揃いのリングがあったの」「へっ?」自分の理解の及ばない話に、俺は宇宙空間にいる猫みたいになっていたんだと思う。律が俺の顔を指差して、腹を抱える。「薬指だったから、きっとそういう意味なんじゃないかな」「そういう意味って……えっ、お前まじで言ってる?」「うん。前に一度、配信でも事故ってたからさぁ。指輪つけたままにしちゃって、噂流れてたから知ってはいたんだけど」「まじか……俺、あのふたりが、いちばん仲悪いと思ってたわ……」「不思議だよねぇ。言い合いばっかりしてるくせに、いつも一緒にいるっていうか」律の言葉に、俺はあのふたりのことをもう一度よく思い出してみる。いつからだろう、と思ったが……さっぱりわからなかった。たしかに、ふたりで一緒にいることは多か
「めっっっっちゃびっくりしたね!! まさかオカピ先輩といおりんが野良でやってるとは思わなかった」「だな。サブアカウントはソロでやってて、昨日はたまたまふたりだった、とか……偶然が過ぎるよな」「久々にみんなでできて、楽しかったよねぇ~」俺の部屋。律がジュースを片手に興奮気味に話している。「今度、うちのバイト先にもおいでよってふたりに話してたんだ」「バイト先って……例のeスポーツカフェ?」「そうそう! 店長も現役の選手が来るのは歓迎だって。ふたりが来てくれるなら、イベントでもやりたいよねって話してて」律は大学に通いながら、大学近くにあるeスポーツカフェでずっとアルバイトをしている。カフェが併設されたeスポーツ施設とのことで、ゲーム用のPCがたくさんあり、初めての人でも気軽にオンラインゲームを体験できるらしい。俺もいつも話を聞くだけで、行ったことはなかったから……あのふたりが来るなら顔を出してみてもいいかもしれない、とそう思った。「ふたりとも、いつ来れそうなの?」「来週の日曜日!」「そっか……。じゃ、俺も行こうかな」「まじ!!? 玲も来てくれるの嬉しいんだけど」「そんなに喜ぶことかよ」「ずっと誘ってたのに、来てくれなかったじゃん!!! 当日は萩っちも来るし、笹原部長も来るってさ」「部長も来んの!!?」「彼女ができたから、連れて一緒に来るらしい」「あいつ、彼女できたの!!?」自分でもちょっと思ったけれど、律に「驚くところ、そこ?」と大笑いされた。あの規律にうるさ……厳しい笹原と恋愛なんて、いちばん縁遠いものだと思ってたのに。真面目な性格ではあったから、部内のことに胃を痛めているイメージしかない。「当日、楽しみだね!」そう言って笑う律に、俺は小さくうなずいた。◇◆◇◆◇◆◇大学とインターン先の会社と家、三か所をぐるぐる回っていると翌週の日曜はあっという間にやってきて――。秋晴れ
友達が有名人っていうのは、何だかこう、不思議な感じがする。高校にいるときは、ゲームこそ上手いけれど、ただの部活の仲間って感じで。そいつらを、各種メディアやネットニュースで見る日が来るなんて思ってもみなかった。夏の残暑も落ち着いてきた頃。大学で就活の情報をまとめて家に帰ると、弟・律のにぎやかな声に迎えられた。「ねぇ、玲~!! カシラゲームズ、アジアカップ3位だって!!! もう速報見た?」「まだ。……って、お前もう帰ってたんだ?」「うん。今日はバイト早上がり~。配信見損ねちゃったからさぁー、アーカイブまだ残ってるかな?」「さぁ……どうだろうな?」律は、子どもの頃からゲームで遊ぶのが大好きだ。どちらかというと自分でプレーするのが好きで、誰かのプレーを見るのが好きなタイプではなかったけれど……高校時代の仲間がプロの世界に入ってからは、配信で試合を見たり、チームの情報をこまめに追ったりしているようだった。たまに、小神野や神谷の配信を見に行っては、コメントを残したりしているとか。「あ、そういえば萩っちから連絡来てたよ。『週末、たまにみんなでゼログラやんない?』って」「俊、あいつ今何してんの?」「さぁ……大学とバイトじゃない? 個別塾の先生やってるって言ってたけど」「就職どうすんだろ?」「聞いてみたらいいじゃん」大学4年の今、ありきたりな悩みだけれど、俺は就職先に頭を悩ませていて……。インターンでお世話になっている会社はあるけれど、そこに就職するか、別のところに行くか……。色んな人に話を聞いた上で、今後の進路を決めようと思っていた。「みんなでゼログラやるのさぁ、土曜の夜とかでいい?」律はスマホを片手に、棚からポテトチップスを取り出している。「いいけど」「新マップやってみよ! って話になってんだよねー」楽しげに言うこいつは、高校の頃からちっとも変わってない。悩みもなさそうだし、明るくて、常に人生楽しそうって感じ。…
配信のことで伊織に嫉妬されたあの日は――結局、チームの練習が始まるまでめちゃくちゃにされた。練習が終わった後。ふたりで短い配信をした俺たちは、一緒に住んでることをみんなの前で明らかにした。俺はファンの子たちから『だと思った』『デレデレしてるね』なんて、とんでもなくからかわれることになったけど……俺たちはカシラゲームズの同居組と名づけられ、新たに一定のファンを獲得した。そのうち、俺たちのやりとりは色んな意味で注目を集めるようになって――。久々にチーム5人で練習配信をしたときには、何だか懐かしい気持ちになった。「伊織。工業団地攻めるのに挟み撃ちにするから、給水塔の上に場所取って」「……は? サイレンなのに?」「サイレンでもヴァイパーでも給水塔の上が強いのは一緒だから」「ていうか、アップデート入ってからは向かいの建物の方が強くね?」「おー。やるなら、後で表出な」「望むところ」「いや、その議論は今いらんて……」「始まったよ、同居組の『どっちのポジションが強いかバトル』」防衛隊のノヴァ、ゼノふたりが呆れたように呟いている。コメント欄を見ると『またプロレスかw』と視聴者たちが盛り上がっていた。ハルさんがスナイパーで敵をひとり撃破して、「あとは頼んだっ!」と俺たちに向けて発信する。「伊織っ!! さっさとドローン出せって!!!」「出したからもう!!! 車の陰にひとりいるんだよっ!!!」「それ、今殺ったから!!!」「え、倒したの俺じゃない?? 悠馬より俺の方が強いし」「お前、本気で言ってんのそれ」「仕事は早いんだけど、うるさいんだわ……まじで……」ハルさんが呆れたように言って、敵の消えたフラッグのエリアに乗り込んでくる。配信を見ている人たちも『うるさい』『本当にそれw』と便乗していた。同じチームでプレーするようになって、そろそろ1年が経つ。こうしてプロの世界でプレーするようになっても、俺たちが仲間になると賑やかなのは
伊織と同じ部屋に住むことになった。特に、何か大きなきっかけがあったわけじゃない。話を切り出されたのは、ある日突然って感じだった。「前にした約束って、憶えてる?」「そろそろ……一緒に住まない?」ちょうど、カシラゲームズに移籍して半年が経った頃だった。そう言われた俺がどれだけ嬉しかったかなんて……伊織には絶対にわからないだろう。高校のとき。合鍵を断ったあいつが言い放った言葉を、俺はずっと忘れられずにいた。『先輩より多くの賞金稼いで……先輩を俺の家に住まわせるので』。稼ぐ賞金の額で伊織に負けるつもりなんて、さらさらない。だけど、「いつかそうなったら嬉しいな」という気持ちだけは持ち続けていて――。『一緒に俺の家に住んでよ』なんて言われた日には心臓が止まるかと思ったし、その日の夜は嬉しすぎて一睡もできなかった。我ながら単純だとは思う。それでも、俺にとっては心の底から嬉しい出来事だった。好きな奴と四六時中、一緒にいることができる――。そのふわふわとした幸せは、新居に移ってからもずっと続いているようで。ゼログラのワールドチャンピオンシリーズ、ZGWSプロリーグ予選が春に始まり、昨日の夜はその振り返り配信を個人でしていた。雑談も交えて話していたとき、視聴者のひとりが急に変なことを書き込んできた。●引っ越してからyuma、ずっと何か嬉しそうだよねそんなコメントが目に留まったけれど、普通にスルーしようと思っていた。それなのに――。●それな●機嫌がいい気がする●すぐ怒んなくなったよね●幸せそう●何かいいことでもあった?●口元ゆるんでるぞみんなその話題に触れたかったらしく……何故か盛り上がるコメント欄。「べつに……そんなことないけど」否定したにもかかわらず、流れるコメントは止まることがなくて――。●ひとり暮らし?
「うわっ……これ、PCの配線やばすぎね?」「2台分だもんなぁ。繋ぐだけならいいけど……掃除できんのかな、これ」「って、なんかインターホン鳴ってない?」「鳴ってる! ソファー届いたかも」引っ越しは、世界大会の予選が終わった5月の連休にした。その日は朝から慌ただしくて……午前中から悠馬の荷物の運び込み、午後からは俺の荷物と家具が届くようなスケジュールだ。「悠馬、ソファーってここでいい?」「もうちょい手前~」業者の人にお礼を言って、設置までしてもらう。まだ何もないリビングだけど、テーブルとソファーが揃えば何だかそれっぽくなるから不思議だった。「こうやって見ると、テレビも欲しくなるかも」「でっかい画面でゲームやるのも楽しそうだよなー。映画とか観るのもいいし」「悠馬も映画とか観るんだ」「そりゃあ、見るよ。アニメも観るし」「ちょっと意外かも。一緒にいるとき、観てたこととかなかったから」「たしかに、伊織といるときは話したり、ゲームしてたりすることの方が多かったかも……」「じゃあ、新しいの買ったら、一緒に観る?」「いいね。注文しよ」ネットで良さそうなテレビとテレビ台を見つけた悠馬が、さっそくスマホで情報を送ってくる。新居の入居にかかる費用と引っ越しの費用、家具の購入にかかった費用……。銀行の預金残高を思い浮かべつつ、ざっと計算しようとしたけれど――途中から具合が悪くなってきたので、やめることにした。(使った分は、また頑張って稼げばいいわけだし……)そう言い聞かせて、ゲーム部屋の作業に戻る。部屋に入ると、悠馬が待っていて「こっちこっち」と手で招かれた。PCの電源がついていて、配信で使うカメラがオンになっている。「配信用の画面、今のところこんな感じなんだけど……。ドアとドアノブが映ると、家がバレる気がしない?」「うわっ、たしかにそうかも……!」盲点だった。