この世に、こんな幸福があるなんて初めて知った。
見慣れた自分の部屋。見慣れたベッド。 その上で、シーツから上体を起こした私のとなりには、朝比奈 漣(あさひな れん)――ずっと想い焦がれてきた人が、静かに眠っている。 清潔感のある短い黒髪。シャープな輪郭。 形の整った眉、その下に並ぶ長いまつげ。 思わず指でなぞりたくなる高い鼻。少し薄い唇。 モデルのように整った顔なのに、私にはあまりにも見慣れた、大切な人の顔だ。 けれど今、その輪郭さえも情事の余韻で淡く霞んでいて、まるで夢のなかのように思える。 ――これは本当に現実? 確かめたくて、私は彼の前髪へそっと手を伸ばす。 さらさらとした感触が指先をくすぐり、懐かしさが胸に広がった。 最後に彼の髪に触れたのは、いつだったろう。 毛先を遊ぶように撫で、手を離すと、ぱらぱらと髪が額にこぼれた。 仕事で多忙なせいか、彼はまったく起きる気配を見せない。 「医師になってから、隙あらば熟睡できるようになった」と笑っていたのを思い出す。 ――お疲れさま。 労わりの気持ちで、額にそっと唇を触れさせる。 こんなことができるのは、私たちの距離が、かつてないほど近づいたから。 ――私、本当に好きな人と結ばれたんだ。 よろこびと同時に、心の奥にわずかな戸惑いが忍び込む。 この恋は報われることなく、終わるはずだった。「異性としては見られない」と何度も拒絶されたし、たとえ結ばれたとしても周囲が私たちの関係を許さない。
それでも神様のいたずらか、最初で最後の奇跡を与えてくれたのだ。 夜が明けるまで――それが、私たちの約束。 髪に触れられるのも、キスできるのも、あと少し。 ずっと大好きだった人を、これから忘れなければならないなんて、あまりにも残酷だ。 「漣くん」夜明け前の静けさに、彼の名を呼ぶ。
普段とは違う呼び方で、ひとりの男性として。
夢が覚める前に、どうしても呼びたかった。 「漣くん……好きだよ。大好き」 伝えても叶わないと知っている想いは、胸を締めつけるだけだ。 たとえ嫌われても、この気持ちは変わらない。 母よりも父よりも、ずっとそばで私を見てくれたこの人を、私は嫌いになれない。 好きな人の温もりを知ってしまったら、忘れるなんて不可能だ。 それでも距離を置こうとするなら、この家を出て行くしかない。 そう覚悟したとき―― 「ん……」 彼が小さく呻き、ゆっくりとまぶたを開いた。アーモンドのような形の二重の目が、真っ直ぐに私を見る。
「……瑞希?」 名前を呼ばれるだけで、胸の奥が震える。私も笑みを作って応えた。
「ぐっすり寝てたね……お兄ちゃん」 夢の時間はおしまい。もう、きょうだいにもどらなきゃ。 たった一晩でもこの人を独占できた奇跡に、感謝するべきなんだろうけど。 兄がこの部屋を出て行くとき、私は絶対に泣いてしまうだろう。 この奇跡のはじまりは、二週間前のこと――「……え、でも」 反射的に声を漏らす。 なんと答えていいかわからなくて言い淀み、手にしていたバッグをそっと置いた。 そして漣くんのとなりに戻り、腰をかける。 両親が私たちの関係をどう受け止めるのか――との話題が出たのは、お互いの想いを確かめ合ったあの日だけ。以降は避けてきた。 もちろん、いつかは向き合わなければならない試練だとわかっている。 でも、いざ行動に移そうとすると、やはり不安が頭を擡げた。「わかるよ。反対されるかもしれないし、傷つくこともあるかもしれない。でも時間が経つたびに思うんだ。これから先も瑞希と一緒に生きていくなら、避けて通れない」 真剣な瞳で告げる漣くん。 その言葉が正しいと、私もわかっている。だけど――「……もし、『別れなさい』って言われたら、別れるの?」 心の奥に潜んでいた恐怖が、思わず言葉になってしまった。 なにか行動を起こすことで、この幸せを手放さなければならなくなるのがつらい。 私は、たとえ両親に反対されてもこの愛を貫きたい。 でも、ひょっとすると漣くんは違うのかもしれない。 確かめたくて、震える声で問うた。膝に置いた手が小刻みに揺れている。「そうできるなら、最初から瑞希と付き合ったりしない」 返ってきたのは、揺るぎない想いを込めた力強い言葉だった。「――長期戦覚悟で、わかってもらうしかないよ。瑞希も同じ気持ちだろ?」 私は強くうなずいた。「お父さんとお母さん……大切なふたりには、漣くんのこと、ちゃんと認めてほしい」 実の親のように育ててくれた、心から大好きな両親。 だからこそ、きちんと筋を通したい。 もしかすると、ふたりにとっては恩を仇で返すような告白になるのかもしれない。
ぱちっと目を開けると、すぐ目の前に漣くんの優しげな瞳があった。「っ……ごめん、寝ちゃってた」「いや。寝顔、かわいかったから飽きなかったよ」 微笑みながら言う漣くん。 どうやら衣服を着てひと休みしたあと、ほんの短い間眠ってしまっていたらしい。「そ、そういう……恥ずかしいこと言うんだ、漣くんって」 顔が熱くなって、慌てて横を向いてしまう。 妹だったころは、こんな甘い台詞を告げられるなんて一度もなかった。 うれしいけど、どうしていいのかわからない。調子が狂ってしまう。「そうだね。思ってることは、ちゃんと伝えたいほうかも」「……さすが、モテるはずだよ」 さらりと受け入れてしまうところも、漣くんらしい。 照れ隠しや言い訳をしない、真っ直ぐなその姿勢に、心から尊敬してしまう。 こんな人に真っ直ぐ「好きだ」と伝えられたら、どんな女子だって夢中になってしまうに違いない。 私は納得と尊敬をこめて小さくうなずきながら、枕元のスマホを手に取った。 画面に表示された時刻におどろく。 ――もう十七時半。 お昼過ぎに来たはずなのに、どうしてこんなに時間が経つのが早いのだろう。「そろそろ帰らなきゃ。夕飯までには帰るって言っちゃったんだ」 小さく嘆息しながら告げる。 本当は泊まっていきたい。明日は漣くんも休みだと言っていたし、時間を気にせず過ごせたらどんなに幸せだろう。 でも、いくら仲のいい『きょうだい』でも、異性である以上、泊まりがけはさすがに不自然だ。「そうか。残念だけど、仕方がないな」 漣くんも同じ気持ちなのだろう。無理に引き留めたりはせず、少し寂しそうにしながらもうなずいてくれた。「……もっといろいろ話したかったな」
彼がそう宣言したあと、両手を私の腰に移動させ、しっかりと抱え込むような体勢になった。 漣くんのこめかみに伝った汗が、ぽたりと私の肩へと落ちる。 熱い滴が触れただけで、心臓が跳ねる。「あぁ……んんぅっ、はぁあっ……!」 その瞬間、律動の間隔がさらに短くなる。 下肢から全身へと駆け上がるめくるめく悦び。 刻まれる激しいリズムに翻弄され、もうそれ以外は何も考えられなかった。 気持ちいい。気持ちいい。それしかない。 ――だめ、こんなの……我慢できない……!「あぁ、漣くんっ――漣くんっ……やぁあっ……っ、~~~っ……!!」 大好きな彼の名を必死に呼び続ける。 絶頂感がせり上がり、腰が意思に反してびくびくと跳ねた。「ナカ、収縮してる……ちゃんとイけたね。でも、もう少し付き合って」「っ?」 それで抽送が止むと思っていたのに―― 意味を理解したのは、漣くんがつながったまま私のお尻を抱え上げ、自分の脚の上に跨らせたときだった。 抱き合いながら向き合う体勢。羞恥と興奮が一気に押し寄せる。「この体勢だと、いっぱいキスできるね」「んんっ……ふぅ、はぁあっ、んんっ……!」 達したばかりの身体を容赦なく突き上げられ、その合間に唇を塞がれる。 口の中も、お腹の奥も、彼に支配されている――そう思うだけでどうしようもなく情欲が募った。「ふ、ぁ……あぁ、漣くんっ……」 苦しくて、呼吸さえ上手くできない。 それに気づいた漣くんが唇を解放し、熱
くちゅり、と粘着質な音を立てながら、漣くんの熱い切っ先が秘裂に触れる。 ゆっくりと体重をかけられると、少しずつ私のなかへ呑み込まれていった。「ん、んぁっ……」「つらい?」「大丈夫……痛くはないから、そのまま……」 前回から少し時間が空いていたせいか、苦痛ではないけれど、確かな圧迫感に身体がびくびく震える。「無理だけはするなよ。今日はとにかく、瑞希を気持ちよくしてあげたい」 耳元でそうささやいた漣くんが、左の耳朶にちゅっと吸い付く。「あぁ、んんっ……!」 耳輪を舌でなぞられるたび、ぞくぞくと快感が駆け上がる。 さらに軽く歯を立てられると、また違った愉悦が背筋を走った。「気持ちいい? ……ほら、もっと溢れてきた」「ん……気持ちいいっ……」 眩暈がしそうな快楽に翻弄されながら、私は素直に答えていた。「正直で偉いな」 褒めるような声音でそう言うと、漣くんがご褒美と言わんばかりに唇を重ねてきた。 口腔内を這い回る舌が、私を淫らな気持ちに染め上げていく。「ふ、ぅっ……んくっ……んんっ…」 ――掻き混ぜられて気持ちいい。もっと欲しい。 そんな願望を抱いた矢先、彼は唇を離して私の瞳を覗き込む。「かわいい……そのとろんとした目、堪らない……」「あっ!」 興奮に掠れた声を洩らしたあと、漣くんがゆるやかな律動を始めた。「んんっ、ぁあ――」 大きな質量が前後に動くたび、粘膜同士が擦れ合って、お腹の奥から痺れるような悦びが弾ける。「っ、はぁっ&
漣くんが避妊具を装着している間、どうにも落ち着かなかった。 ベッドに横並びで座りながら、私はそわそわと意味のないことをしてしまう。 兄の部屋の天井の四隅や、シーリングライトの形なんて普段気にも留めないものを、やけに真剣に観察していた。「瑞希、どうした?」「な、なんでもないっ」 不思議そうに顔を覗き込んでくる漣くん。 私は慌ててぶんぶんと首を横に振り、視線を逸らした。「……うそが下手だな。いかにも『目のやり場に困ってます』って顔してる」「っ、ごめん……まだ、その……慣れなくて」 図星を突かれて、顔を背けながら小さく謝る。 漣くんは私のことを、やっぱりなんでもお見通しだ。「そういうところも、かわいい」 ぽつりと呟くと、彼は私を抱き寄せた。 熱を帯びた胸に顔を埋めると、ドキドキがさらに加速する。 意外と筋肉質な腕が私の背中を包み、首筋にキスがひとつ落ちた。「――愛おしくてたまらない。瑞希が俺の腕の中にいてくれるのが、本当にうれしい」「私も……漣くんとこうして一緒にいられて、すごく幸せ」 少し前の私は、こんな未来が来るなんて想像できなかった。 奇跡でも起きない限り、望めないと思っていた。 でも――その奇跡は起きた。 大好きな人の温もりが、その証拠として今ここにある。「……ずっと謝らなきゃって思ってた。初めて瑞希を抱いた、あの夜のこと」「……?」 幸福感に浸っていると、不意に神妙な口調で切り出され、私はほんの少し身を離して彼の瞳を見つめた。「瑞希が初めてだってわかってたのに、ちゃんと『好きだ』って伝えられなくて……中途半
漣くんは私の頬に軽くキスを落とすと、そのまま足元へとずり下がった。 そして、私の両脚をそっと開き、その間に身体を割り込ませる。「な、なにするのっ……?」「いいから」「あっ、やぁ――!」 まさか、と思った次の瞬間。 漣くんが私の脚の間に顔を埋め、まだ絶頂の余韻で蜜を吐き続けている入り口に舌を這わせてきた。「だっ、だめだってば、漣くんっ……! そんなところ、汚いっ……!」「そんなことない。瑞希の身体に、汚い場所なんてないよ」「で、でもっ……あぁっ……!」 指で触れられるよりも鋭く、直接的な刺激。 粘膜の上を舐め上げられるたび、羞恥と快感が入り交じって全身を駆け抜ける。 ――顔から火が噴き出そうなほど恥ずかしい。 それなのに、どうしようもなく気持ちいい……!「んぁ、やぁ……漣くん、だめぇっ……!」「どうして? 気持ちよくないの?」「そういうんじゃ……っ、なく、てっ……!」 ざらついた舌先が秘芽を嬲るたび、えも言われぬ悦楽がほとばしる。 必死に足をばたつかせようとするけれど、彼にがっちりと押さえ込まれて身動きが取れない。 強制的に快楽を与え続けられる状況に、抗う術はなかった。「だめ、漣くん、本当にだめっ……! また、おかしくなっちゃう、ぁああっ……!」「何度でもおかしくなっていいよ。どんな瑞希も、大好きだから」「あぁっ、やぁ――っ……!」 濡れそぼった入り口に呼気がかかるだけでも、今の私には十分な刺