Share

私が死んだ日、夫は初恋を手にかけた
私が死んだ日、夫は初恋を手にかけた
Author: 桜吹雪

第1話

Author: 桜吹雪
オークションで、和哉の『最愛』シリーズの最終作――『再会』に、なんと2億4千万という破格の値がついた。

淡い紫を基調にした油彩画だった。

満天の星空の下、白いドレスをまとった少女が静かに佇んでいる。その背後には、夢のようなバイオレットの花畑が広がっている。

少女の瞳は星のように澄み、どこまでも純粋で、見る者の胸を掴むような儚さを湛えていた。

和哉は繊細な筆致とロマンチックな色彩で、夢のような美しい光景を描き出している。

絵の中の少女は、生命力に満ち、息を呑むほど美しく、誰もが心の奥に思い描く「忘れられないあの人」そのもの。

絵を見た人たちは、口々に言った。

――この絵のモデルは、きっと愛さんだと。

そして、和哉は絵の隅に、愛情のこもった言葉を残していた。

――「最愛の愛ちゃんへ」。

落札を告げるハンマーが鳴り響く。

『最愛シリーズ・再会』を競り落としたのは、外国人のコレクターだった。

インタビューに応じた彼は、カメラに向かって、祝福の言葉を口にした。

「立花さんと奥さんの愛にとても感動しました。私は『最愛』シリーズが大好きです。2人がいつまでも仲良く、ずっと幸せでありますように!」

会場は、大きな拍手に包まれた。

画面に映る、どこか憂いを帯びた和哉は、真っ白なシャツに身を包み、ほんの少し口元を緩めている。向けられる祝福も、称賛も、素直に受け止めていた。

オークションのライブ配信には、私たちの愛を称えるコメントが次々と流れていく。

【和哉さんが注目されるようになったのって、愛さんに支えてもらえたからなんだって!愛さん、まさに「夫を成功させた妻」って感じ!】

【大学卒業後、和哉さんは就職せずにずっと創作に専念してたんだよね。愛さんが働いて生活を支えてたからこそ、今の和哉さんがあるんだと思う!】

【下手な恋愛小説より感動するんだけど!こんな夫婦、現実にいるんだ】

【和哉さん、人気俳優と並んでも顔が全然負けてない。愛さんも綺麗だし、仕事ができるし、この2人は推すしかない!】

スマホには、途切れることなくメッセージが届いていた。

【愛さん、おめでとう!長年の苦労が報われたね!】

【愛さんのこと、嫉妬しちゃうくらい羨ましいよ!】

【愛、今日は結婚記念日でしょ?和哉さんが絵を出したのって、愛へのサプライズなんじゃないの?ロマンチックすぎる!】

【愛、大学時代に3年も和哉さんを追いかけてたよね?結婚してからもう7年が経ったし、今じゃ2人は、すっかりみんなが憧れる夫婦になったよ。幸せになって本当によかった!】

【愛さん、和哉さんって本当優しい!和哉さんの友達にいい人がいたら、紹介してね!】

私はソファに身を預けたまま、1つ、また1つと届く祝福のメッセージに目を通していた。

そして、そっとお腹に手を添える。口元には、静かな笑みが浮かんでいた。

今日は、私たちの結婚7周年の記念日。

和哉は、私のために描いた『最愛』シリーズの最終作――『再会』を、オークションに出した。

私は手作りのケーキを用意し、テーブルにはキャンドルを灯した。和哉が帰ってきたら、一緒に結婚記念日を祝うつもりだった。

そして今夜こそ、自分の口から伝えたい。

――子どもができた、と。

けれど、和哉は帰ってこなかった。

オークションが終わってから、まるでこの世から消えてしまったかのようで、電話をしても出なかったし、メッセージを送っても既読がつかなかった。

和哉がどこへ行ったのか、誰も知らない。

壁時計の針だけが、カチ、カチ、と無情に時を刻んでいく。

そして、日付が変わった。深夜零時を過ぎても、和哉は帰って来なかった。

胸の奥に灯っていた期待が、少しずつ冷えていく。

結婚7周年の記念日、和哉は私を置き去りにした。

これまでの7年間、和哉はずっと私に冷たかった。けれど、私をモデルに絵を描いているときだけ、その瞳には、燃えるような熱が宿った。

私の目元に口づけて、何度も何度も名前を呼ぶのだ。

「愛ちゃん、愛ちゃん……」と。

低く、甘く、どこか人を惑わせるような声。

私はずっと、それを愛情の証だと思っていた。

和哉はもともと感情を表に出さない人だから、その想いを、何より大切な絵に託しているのだと、思いたかった。

今日のオークションでも、和哉は展示台の前に立ち、自分の作品に込めた想いを、いつもの涼やかで、どこか情熱を秘めた声で語っていた。

けれど――その話を聞いているうちに、私は気づいてしまった。和哉が語る思い出と、私が覚えている思い出が、まるで噛み合っていない。

それでも私は、ずっと自分に言い聞かせてきた。

和哉は芸術家だ。だから、現実の出来事をそのまま描くのではなく、少し美しく、少しロマンチックに脚色しているだけなのだ、と。

そうやって、私は自分を騙し続けてきた。

結婚して7年。和哉が私を抱いたのは、たった一度だけだった。

その日は珍しく機嫌がよく、酒もかなり飲んでいた。私を抱きしめながら、何度も「愛ちゃん、愛してる」と囁いてくれた。

あの夜だけは、普段の彼からは想像もつかないほどの熱を見せた。

けれど、それ以外の日はいつも、和哉はアトリエに閉じこもっていた。

私は、ただ彼が生まれつき淡白な性格なのだと思っていた。

――けれど。

今夜だけは、もう自分を騙すことができなかった。

胸の奥に、嫌な予感が芽生えていた。その予感は時間が経つほど強くなっていく。

妊娠初期の体調不良も重なり、身体から力を根こそぎ奪われたように、ひどくつらかった。

午前2時、私は何度も和哉に電話をかけた。けれど、何度かけても出ない。

返ってくるのは、無機質な電子音声だけだった。

「おかけになった電話は、電源が入っていないため――」

もう、何もする気力が残っていなかった。

疲労に押し流されるようにスマホの電源を切り、私はソファの上で身体を丸めた。涙が、止めどなく頬を伝っていった。

妊娠してからというもの、ひどく眠くなることが増えていた。いつ眠りに落ちたのか、自分でも分からない。

ただ、夜は何度も悪夢を見た。

最後に見た夢だけは、今でもはっきり覚えている。

和哉が帰ってきた。

彼はソファのそばに立ち、眠っている私をしばらく見つめていた。そして、そっと手を伸ばす。

頬にかかった乱れた髪を、指先で払ってくれた。そのまま私に、毛布を掛け直す。

次の瞬間、和哉の腕が私の身体を包み込んだ。

「ごめん」と、何度も謝った。

そして、最後に額へそっと口づけると、彼は、振り返ることなく私のもとを去っていった。

「……!」

私は飛び起きた。

目を開けると、静まり返った部屋にいるのは、私一人だけ。

ただ、テーブルの上に数枚の書類が置かれていた。

――離婚届と離婚協議書。

部屋の中にはまだ、和哉がまとっていたあの松の香りがかすかに残っている。

夢じゃない。和哉は、本当に帰ってきていた。

震える手でスマホの電源を入れ、和哉とのメッセージ画面を確認した。

そこには、確かに彼からのメッセージが届いていた。

【離婚しよう……彼女が帰ってきたんだ】

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 私が死んだ日、夫は初恋を手にかけた   第19話

    透と付き合って、私が最初にしたことは――彼を塾へ送り、もう一度大学受験をさせることだった。空いた時間には、私が透の勉強を見た。恋の力というものは、案外侮れない。透は驚くほど真面目に勉強した。そして、私もすぐに気づいた。――透は、決して頭が悪いわけじゃない。むしろ、知識を吸収する速さは人並み外れていた。その学習能力は、普通の生徒の何倍もあるんじゃないかと思うほどだった。私が付きっきりで教えたこともあって、透の成績はみるみる伸びていった。先生も目を丸くしていた。「このままもう少し頑張れば、難関大学も十分狙えるぞ。A大学だって、夢じゃない」けれど、透の目標は最初から決まっていた。「俺はA大学に行く。大学では飛び級して、できるだけ早く卒業する」透は私より1つ年上。小学校に入学したとき、私と同じ学年になるために1年留年したことを、本人は今でも人生最大の汚点だと思っているらしい。だから大学では、飛び級してその遅れを取り戻す。そして――彼は本当にやってのけた。けれど、前世で大学の授業をほとんど修了していた私は、二度目の人生でもその知識を失っていなかった。透が飛び級で大学3年に進級した頃には、私はすでに必要な課程をすべて終え、卒業証書まで手にしていた。結局、どれだけ頑張っても、透は私の後輩だった。「愛ってほんと卑怯だな!」透は本気で悔しがっていた。その一方で、私は早いうちから母に頼んで、実家からギャラリーを譲り受けた。前世で培った経験を、今度は最初からギャラリーの経営に生かす。その結果、わずか1年で、前世なら3年かけてようやく辿り着いたところまで事業を成長させることができた。大学を卒業する頃には――私はすでに、誰もが羨むほどの資産を築いていた。そして、そんな私が最後に選んだのは――名家の跡取りとなった透と結婚することだった。私の結婚式で、花嫁姿の私の隣に立ってくれたのは、もちろん綾香。式の途中、私はふと同級生たちの話し声を耳にした。「そういえば、昔のA大学のミスコンで話題になった岩崎愛莉と、芸術学部の立花和哉のこと、知ってる?」「何それ。詳しく聞かせてよ」「愛莉は金持ちの男について海外に行ったらしいけど、向こうで騙されて、金も貢がされたうえにひどい目に遭ったみたい。今じゃ、いかがわしい仕

  • 私が死んだ日、夫は初恋を手にかけた   第18話

    私は、もう死んでいる。それなのに、透は冥婚の儀式までして私と夫婦になった。家族の反対も一切聞かず、私の位牌を竹内家の仏壇に置いた。「生きてるうちに愛の隣にいられなかったから、せめて死んだ後は一緒にいたい」そう言って、私の両親にも約束した。「これからもずっと、俺にとっては大切なお義母さんとお義父さんです。俺が一生、2人を大切にします」両親は、もう亡くなった私にいつまでも縋るなと透を諭した。けれど、透は聞く耳を持たなかった。民間に伝わる方法をあちこち探し回り、お寺や神社を訪ね、なんとかして「あの世」に渡る手段を探した。もう一度私に会うために。けれど、どれだけ試しても、私に会うことはできなかった。やがて透は、善行を積めば願いが叶うという話を聞いた。それからの彼は、自分の時間のほとんどを慈善活動に費やすようになった。不思議なことに、私の位牌が竹内家の仏壇に置かれてから、魂の力は少しずつ弱まっていった。記憶も、少しずつ薄れていく。どれほど長い時間が過ぎたのか、再び目を開けたとき、私は見覚えのある場所――タイムマシンに立っていた。今日は、A大学に入学した日。――私は、時間を遡ったんだ。目の前には、若々しい笑みを浮かべた同級生たち。透の整った顔立ちにも、隠しきれない興奮が滲んでいる。黒い瞳は、星を散りばめたように輝いていた。そして、目を引く亜麻色の髪。まるで陽だまりそのものみたいなその髪が、私の心に残っていた暗い影まで、少しずつ照らしていく。周りの友人たちが、期待に満ちた目で私を見つめていた。その中でも綾香は、すっかり楽しそうな顔で私たちを見守っている。そして、透の背中をぽんと押した。「ほら、ぐずぐずしてないで!さっさと行ってきなよ。男なら一発で決めて!」透は照れくさそうに笑いながら、両手をこすった。耳が、少し赤い。やがて私の前まで歩いてくると、ポケットから小さな箱を取り出した。中に入っていたのは、一つの指輪。いつもの透らしくない、どこかぎこちない仕草だった。けれど、その瞳には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。その奥には――私にしか分からないほど、かすかな優しさがあった。「ほら、早く!」「透、頑張れ!」「男見せろよ!」周囲から次々と声が飛ぶ。透は意を決したように指輪を取り出

  • 私が死んだ日、夫は初恋を手にかけた   第17話

    納骨の日。納骨式に来てくれた親族は、両親だけだった。そして、儀式を取り仕切ってくれたのは、親友の綾香。私が大げさな儀式を望まないことを、綾香はよく分かっていた。だから、誘ったのは両親と数人の親しい友人だけ。父は、ほんの数日の間に白髪が目立つようになっていた。母は泣き腫らした目をしている。2人とも、まるで一晩で何歳も老けてしまったようだった。それでも、私ががんを患っていると知ったあの日から、いつか自分たちが、我が子を見送る日が来ることを覚悟していたのだと思う。むしろ、みんなが心配していたのは、透だった。参列した友人たちは次々と透のもとへ行き、声をかけていた。私はそれを見ながら、ふと自分の鈍さに気づいた。……私は、本当に馬鹿だった。誰かを心から好きになれば、その想いは隠しきれるものじゃない。透が私を好きだったことは、きっと誰の目にも明らかだった。ただ一人――当の私だけが、それに気づいていなかった。けれど、そんな周囲の心配とは裏腹に、透は驚くほど冷静だった。その様子を見て、みんなはきっと、透もようやく現実を受け入れたのだと思ったのだろう。納骨式が終わったあと、人の気配が消えた墓地で、透は一人、私の墓前に残っていた。墓石に刻まれた私の名前を、透は長いこと見つめていた。その目には、驚くほど優しい光が宿っている。そこへ、綾香が静かに歩み寄った。「透……後悔してる?」透は答えなかった。綾香は小さく息を吐く。「透は、子供の頃からずっと愛のことが好きだったよね。愛の気を引くために、いろんなことをしてきた。なのに、どうして好きだって、直接伝えなかったの?」透が小さく笑った。その笑顔には、言葉にできない苦さが滲んでいた。「……綾香、覚えてるか?俺たちが5、6歳くらいの頃。石川家で、よくみんなで集まっただろ」「うん。覚えてる」「そのとき、子供たちで知育ゲームみたいな大会をやったのも覚えてるか?」私たちは、幼い頃から家同士の付き合いがあった。親たちは昔から親しい間柄で、仕事でも関係があった。だから、家族ぐるみで集まる機会も多かった。大人たちが話をしている間、子供たちが騒いで邪魔をしないように、家庭教師が子供向けの遊びを用意するのがいつものことだった。その日によって、みんなでゲームをする

  • 私が死んだ日、夫は初恋を手にかけた   第16話

    母が現場に駆けつけて、ようやく透を説得した。それから、私の遺体は火葬されることになった。父も知らせを受けると、夜通し飛行機を乗り継いで帰ってきた。母は綾香と抱き合って泣き崩れ、透は悲しみのあまり意識を失い、そのまま病院へ運ばれた。私は石川家から除籍されている。だから、葬儀を執り行うことになった場所は、郊外にある私の別荘だった。そんなところへ――どこから私の転落死を聞きつけたのか、和哉が狂ったように駆け込んできた。「愛はどこだ!」玄関先で、和哉が取り乱したように叫ぶ。「愛が自殺するはずない!どこに隠したんだ?愛に会わせろ!」そこへ、透が姿を現した。真っ赤に充血した和哉の目を冷たく見下ろし、吐き捨てるように言う。「お前が愛と、そのお腹の子を殺したんだ。彼女に会う資格なんてない」「……お腹の、子……?」その言葉を聞いた瞬間、和哉は雷に打たれたかのように凍りついた。透は答える代わりに、テーブルの上に置いてあった分厚い資料を掴んだ。そして、それを和哉の顔めがけて叩きつける。「岩崎愛莉がこれまでやってきたことだ。愛を陥れた証拠、愛への暴言のすべてもここにある。自分の目でよく確かめろ」和哉は呆然としながら、床に落ちた資料を拾い上げ、一枚ずつ読み進めていく。透は、かなりの時間をかけて愛莉の過去を調べ上げていた。愛莉が海外へ渡ったのは、東山大輔という御曹司がこう約束したからだ。――海外の一流ダンスステージに立たせてやる。世界有数の名家にも人脈を持っているから、そこで人脈を広げさせてやる。そして、国際的なスターにしてやる、と。愛莉はその言葉を信じて、和哉を置いて海外へ渡った。けれど、そこで待っていた現実は、彼女が夢見ていた華やかな舞台とはまるで違っていた。彼女が連れて行かれたのは、富豪や金持ちの男たちが集まる、いかがわしいショーの舞台だった。愛莉はそこで、男たちの欲望を満たすための存在として扱われるようになった。それ以外に与えられた仕事といえば、三流の映画やドラマで端役を演じる程度。華やかなスターになるという夢は、いつの間にか跡形もなく崩れ去っていた。そして、何年か経つ頃には、富豪たちも、もう愛莉に興味を示さなくなった。大輔自身も、とっくに別の金持ちの女性と関係を持っていた。利用価値

  • 私が死んだ日、夫は初恋を手にかけた   第15話

    透の声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。「愛、いったい何やってるんだよ。和哉はもう自分を諦めてるのに、どうしてお前が尻拭いまでしてやるんだ?こうやって自分を苦しめる必要なんてどこにある?」私は静かに答えた。「別に理由なんてない。ただ、和哉が好きだから」その日、透は珍しく、それ以上私を責めなかった。ただ、じっと私を見つめていた。その瞳は、底の見えない井戸のようで、中に隠された感情など、少しも見えなかった。透は何か言いかけて、唇を動かした。けれど、結局その言葉が口から出ることはなかった。しばらくして、透はどこか寂しそうに言った。「……それがお前の選んだ道なら、俺は応援するよ」それだけ言うと、透はすぐに背を向けた。まるで――私に自分の顔を見られたくないかのように。その日を境に、透は長いこと私の前に姿を見せなくなった。和哉の世話に追われ、私は大学生活のほとんどを彼のために費やした。でも、もともとの成績が悪かったわけではないので、何とか卒業できる。しかし和哉は、最終試験を通過できそうにない。考えた末、私は顔立ちも体格も、和哉によく似た学生を探し出した。そして、彼に和哉の代わりに試験を受けてもらえないかと頼んだ。当然、最初は断られた。けれど私は、彼の母親が高額な手術費を必要としていることを知っている。その手術費を代わりに支払いすると告げると、彼は自分の将来を賭けて、私の依頼を受けた。試験当日。幸い、替え玉は誰にも気づかれなかった。和哉は無事に卒業に必要な試験を終え、卒業証書を手にすることができた。けれど――ここまで来れば、私と和哉が一緒に暮らしていることを、いつまでも隠し通すことはできなかった。ついに、両親が私のもとへやって来た。家族を取るのか、それとも和哉を取るのか。父と母から選択を迫られた私は、迷わず和哉を選んだ。そこまで振り返り、私は思考を現実へ戻した。ふと空を見上げると、いつの間にか夕暮れ時になっていた。空一面に広がる夕焼けは、燃え上がる炎のように鮮やかだった。それは、10年前のあの日と同じだった。A大学の門をくぐった私は、自信に満ちていて、これから始まる大学生活への期待を胸いっぱい抱いていた。けれど――10年経った今、私はもう、あの頃のような無垢な少女

  • 私が死んだ日、夫は初恋を手にかけた   第14話

    和哉は、そのことを愛莉の両親に伝えた。愛莉の両親は学校まで来たものの、愛莉の彼氏――東山大輔(ひがしやま だいすけ)という御曹司に言いくるめられてしまった。2人は愛莉を止めるどころか、「せっかくの機会なんだから、早く中退の手続きを済ませて、彼について海外へ行きなさい」と、娘を後押しした。和哉は、愛莉をこのまま行かせることができなかった。彼女を追って空港まで向かい、引き留めようとした。その際、愛莉が和哉に何かひどいことを言ったのだろう、空港から戻ってきた和哉は、まるで別人のように変わっていた。大学にも来なくなり、キャンパスの外に借りたアパートに閉じこもって、酒ばかり飲むようになった。昼も夜も関係なく酒をあおり、何もかも忘れようとするように、ただ日々をやり過ごしていた。私は、そんな和哉をどう慰めればいいのか分からなかった。それでも、放っておくことはできず、彼の世話をした。そうしているうち、私の成績は再び落ちていった。学年5位以内を維持していたのに、気づけばクラス20位まで下がっていた。両親は、そんな私の変化を気にも留めなかった。まさか私が、自分には一切振り向かない男に夢中になっているなんて、知るはずもない。大学に入って遊びに夢中になっているだけだと、そう思っていた。どうせ私は、いずれ家に戻って家業を継ぎ、相応な相手と政略結婚をするのだから。そんな私を、何度も気にかけてくれたのが透だった。透は何度も私のところへ来て、和哉のことを諦めるよう説得した。和哉にそこまで尽くす価値はない。彼が好きなのは、愛莉だけだと。しかし私は、その言葉を聞くたびに腹が立ち、とうとう透と大喧嘩までした。「もう、和哉の悪口を二度と言わないで!」最後には、冷たい声でそう言い切った。「一言でも和哉のことを悪く言ったら――私、透とは絶交するから」透はしばらく私をじっと見つめていたが、結局何も言わずに背を向けた。それから数日後。私は試験を控え、深夜まで机に向かっていた。その日は和哉のところへ行かなかった。夜になって、スマホに和哉からメッセージが届いた。【石川さん、今までありがとう。僕……もう疲れた、ここを離れようと思う。このまま生きていても、何もいいことなんてないから】メッセージを読んだ瞬間、血の気が引いた。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status