FAZER LOGIN私は、立花和哉(たちばな かずや)を10年間、愛してきた。 彼はいつも私の目元に優しく口づけをして、愛おしそうに私の名前を呼ぶ。 「愛ちゃん、愛ちゃん」と。 彼が描いた絵には、いつも決まって同じ言葉が添えられていた。 ――「最愛の愛ちゃんへ」。 周囲のa人たちは、私たちを仲睦まじい夫婦だと思い、羨んだ。 けれど、私には分かっていた。 和哉が本当に愛しているのは私ではなく、別の女性だということを。 岩崎愛莉(いわさき あいり)。 和哉の幼なじみで、かつて彼を裏切って名声と将来を選んだ、彼の忘れられない女性。 「愛ちゃん」というのは、愛莉が昔から呼ばれていた愛称だった。 和哉が私と結婚したのは、私の目が愛莉に似ていたから。そして、名前に「愛(あい)」という字が入っていたから。 結婚7周年の記念日。 私は、その日に和哉へ伝えるつもりだった。 ――子どもができた、と。 けれど、私が口を開くより先に、和哉は離婚届と離婚協議書をテーブルの上へ置いた。 「離婚しよう……彼女が帰ってきたんだ」
Ver mais透と付き合って、私が最初にしたことは――彼を塾へ送り、もう一度大学受験をさせることだった。空いた時間には、私が透の勉強を見た。恋の力というものは、案外侮れない。透は驚くほど真面目に勉強した。そして、私もすぐに気づいた。――透は、決して頭が悪いわけじゃない。むしろ、知識を吸収する速さは人並み外れていた。その学習能力は、普通の生徒の何倍もあるんじゃないかと思うほどだった。私が付きっきりで教えたこともあって、透の成績はみるみる伸びていった。先生も目を丸くしていた。「このままもう少し頑張れば、難関大学も十分狙えるぞ。A大学だって、夢じゃない」けれど、透の目標は最初から決まっていた。「俺はA大学に行く。大学では飛び級して、できるだけ早く卒業する」透は私より1つ年上。小学校に入学したとき、私と同じ学年になるために1年留年したことを、本人は今でも人生最大の汚点だと思っているらしい。だから大学では、飛び級してその遅れを取り戻す。そして――彼は本当にやってのけた。けれど、前世で大学の授業をほとんど修了していた私は、二度目の人生でもその知識を失っていなかった。透が飛び級で大学3年に進級した頃には、私はすでに必要な課程をすべて終え、卒業証書まで手にしていた。結局、どれだけ頑張っても、透は私の後輩だった。「愛ってほんと卑怯だな!」透は本気で悔しがっていた。その一方で、私は早いうちから母に頼んで、実家からギャラリーを譲り受けた。前世で培った経験を、今度は最初からギャラリーの経営に生かす。その結果、わずか1年で、前世なら3年かけてようやく辿り着いたところまで事業を成長させることができた。大学を卒業する頃には――私はすでに、誰もが羨むほどの資産を築いていた。そして、そんな私が最後に選んだのは――名家の跡取りとなった透と結婚することだった。私の結婚式で、花嫁姿の私の隣に立ってくれたのは、もちろん綾香。式の途中、私はふと同級生たちの話し声を耳にした。「そういえば、昔のA大学のミスコンで話題になった岩崎愛莉と、芸術学部の立花和哉のこと、知ってる?」「何それ。詳しく聞かせてよ」「愛莉は金持ちの男について海外に行ったらしいけど、向こうで騙されて、金も貢がされたうえにひどい目に遭ったみたい。今じゃ、いかがわしい仕
私は、もう死んでいる。それなのに、透は冥婚の儀式までして私と夫婦になった。家族の反対も一切聞かず、私の位牌を竹内家の仏壇に置いた。「生きてるうちに愛の隣にいられなかったから、せめて死んだ後は一緒にいたい」そう言って、私の両親にも約束した。「これからもずっと、俺にとっては大切なお義母さんとお義父さんです。俺が一生、2人を大切にします」両親は、もう亡くなった私にいつまでも縋るなと透を諭した。けれど、透は聞く耳を持たなかった。民間に伝わる方法をあちこち探し回り、お寺や神社を訪ね、なんとかして「あの世」に渡る手段を探した。もう一度私に会うために。けれど、どれだけ試しても、私に会うことはできなかった。やがて透は、善行を積めば願いが叶うという話を聞いた。それからの彼は、自分の時間のほとんどを慈善活動に費やすようになった。不思議なことに、私の位牌が竹内家の仏壇に置かれてから、魂の力は少しずつ弱まっていった。記憶も、少しずつ薄れていく。どれほど長い時間が過ぎたのか、再び目を開けたとき、私は見覚えのある場所――タイムマシンに立っていた。今日は、A大学に入学した日。――私は、時間を遡ったんだ。目の前には、若々しい笑みを浮かべた同級生たち。透の整った顔立ちにも、隠しきれない興奮が滲んでいる。黒い瞳は、星を散りばめたように輝いていた。そして、目を引く亜麻色の髪。まるで陽だまりそのものみたいなその髪が、私の心に残っていた暗い影まで、少しずつ照らしていく。周りの友人たちが、期待に満ちた目で私を見つめていた。その中でも綾香は、すっかり楽しそうな顔で私たちを見守っている。そして、透の背中をぽんと押した。「ほら、ぐずぐずしてないで!さっさと行ってきなよ。男なら一発で決めて!」透は照れくさそうに笑いながら、両手をこすった。耳が、少し赤い。やがて私の前まで歩いてくると、ポケットから小さな箱を取り出した。中に入っていたのは、一つの指輪。いつもの透らしくない、どこかぎこちない仕草だった。けれど、その瞳には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。その奥には――私にしか分からないほど、かすかな優しさがあった。「ほら、早く!」「透、頑張れ!」「男見せろよ!」周囲から次々と声が飛ぶ。透は意を決したように指輪を取り出
納骨の日。納骨式に来てくれた親族は、両親だけだった。そして、儀式を取り仕切ってくれたのは、親友の綾香。私が大げさな儀式を望まないことを、綾香はよく分かっていた。だから、誘ったのは両親と数人の親しい友人だけ。父は、ほんの数日の間に白髪が目立つようになっていた。母は泣き腫らした目をしている。2人とも、まるで一晩で何歳も老けてしまったようだった。それでも、私ががんを患っていると知ったあの日から、いつか自分たちが、我が子を見送る日が来ることを覚悟していたのだと思う。むしろ、みんなが心配していたのは、透だった。参列した友人たちは次々と透のもとへ行き、声をかけていた。私はそれを見ながら、ふと自分の鈍さに気づいた。……私は、本当に馬鹿だった。誰かを心から好きになれば、その想いは隠しきれるものじゃない。透が私を好きだったことは、きっと誰の目にも明らかだった。ただ一人――当の私だけが、それに気づいていなかった。けれど、そんな周囲の心配とは裏腹に、透は驚くほど冷静だった。その様子を見て、みんなはきっと、透もようやく現実を受け入れたのだと思ったのだろう。納骨式が終わったあと、人の気配が消えた墓地で、透は一人、私の墓前に残っていた。墓石に刻まれた私の名前を、透は長いこと見つめていた。その目には、驚くほど優しい光が宿っている。そこへ、綾香が静かに歩み寄った。「透……後悔してる?」透は答えなかった。綾香は小さく息を吐く。「透は、子供の頃からずっと愛のことが好きだったよね。愛の気を引くために、いろんなことをしてきた。なのに、どうして好きだって、直接伝えなかったの?」透が小さく笑った。その笑顔には、言葉にできない苦さが滲んでいた。「……綾香、覚えてるか?俺たちが5、6歳くらいの頃。石川家で、よくみんなで集まっただろ」「うん。覚えてる」「そのとき、子供たちで知育ゲームみたいな大会をやったのも覚えてるか?」私たちは、幼い頃から家同士の付き合いがあった。親たちは昔から親しい間柄で、仕事でも関係があった。だから、家族ぐるみで集まる機会も多かった。大人たちが話をしている間、子供たちが騒いで邪魔をしないように、家庭教師が子供向けの遊びを用意するのがいつものことだった。その日によって、みんなでゲームをする
母が現場に駆けつけて、ようやく透を説得した。それから、私の遺体は火葬されることになった。父も知らせを受けると、夜通し飛行機を乗り継いで帰ってきた。母は綾香と抱き合って泣き崩れ、透は悲しみのあまり意識を失い、そのまま病院へ運ばれた。私は石川家から除籍されている。だから、葬儀を執り行うことになった場所は、郊外にある私の別荘だった。そんなところへ――どこから私の転落死を聞きつけたのか、和哉が狂ったように駆け込んできた。「愛はどこだ!」玄関先で、和哉が取り乱したように叫ぶ。「愛が自殺するはずない!どこに隠したんだ?愛に会わせろ!」そこへ、透が姿を現した。真っ赤に充血した和哉の目を冷たく見下ろし、吐き捨てるように言う。「お前が愛と、そのお腹の子を殺したんだ。彼女に会う資格なんてない」「……お腹の、子……?」その言葉を聞いた瞬間、和哉は雷に打たれたかのように凍りついた。透は答える代わりに、テーブルの上に置いてあった分厚い資料を掴んだ。そして、それを和哉の顔めがけて叩きつける。「岩崎愛莉がこれまでやってきたことだ。愛を陥れた証拠、愛への暴言のすべてもここにある。自分の目でよく確かめろ」和哉は呆然としながら、床に落ちた資料を拾い上げ、一枚ずつ読み進めていく。透は、かなりの時間をかけて愛莉の過去を調べ上げていた。愛莉が海外へ渡ったのは、東山大輔という御曹司がこう約束したからだ。――海外の一流ダンスステージに立たせてやる。世界有数の名家にも人脈を持っているから、そこで人脈を広げさせてやる。そして、国際的なスターにしてやる、と。愛莉はその言葉を信じて、和哉を置いて海外へ渡った。けれど、そこで待っていた現実は、彼女が夢見ていた華やかな舞台とはまるで違っていた。彼女が連れて行かれたのは、富豪や金持ちの男たちが集まる、いかがわしいショーの舞台だった。愛莉はそこで、男たちの欲望を満たすための存在として扱われるようになった。それ以外に与えられた仕事といえば、三流の映画やドラマで端役を演じる程度。華やかなスターになるという夢は、いつの間にか跡形もなく崩れ去っていた。そして、何年か経つ頃には、富豪たちも、もう愛莉に興味を示さなくなった。大輔自身も、とっくに別の金持ちの女性と関係を持っていた。利用価値
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