「……あの、爽太さん」「ん?」 私は爽太さんの服の袖を掴む。「私、爽太さんがもしいなくなったらって考えたら……きっと不安で耐えきれないかもって思いました」「……紅音」 爽太さんに真っ直ぐ見つめられながら、私は言葉を続けた。「爽太さん、私はずっと、これからもあなたのことを想ってる。……例え後一年しか一緒にいられなくても、私は離婚してもあなたのことをずっと忘れないし、ずっと忘れたくないです。 あなたのこと、すごく愛してるから」 そう言って私は、爽太さんに後ろから抱きついた。「こんな風に思ってしまうのは、あなたにとっては迷惑かもしれないけど……。だけど私は、あなたのことを愛しているんです。……だからこれからもずっと、好きでいさせてほしいです。 離婚した後もずっと、好きなままでいたいの」 こんなことを言ってしまえば、契約結婚なのだから困るということは分かっていた。 だけどその気持ちを抑えることは、私には出来なくて……。こんなにも一緒にいたい人なのに、それも後一年だけなんて、悔しすぎる……。 すごく辛いし、苦しい。「……紅音」「私もう、爽太さん以外の人を好きなんてなれないです……。ずっと一緒にいたい、爽太さんと」 そう言って私は、その背中にギュッとしがみついた。「……俺も紅音のこと、愛してる」「じゃあなんで……? なんで後一年しか、一緒にいられないんですか? どうしてずっと、一緒にいられないの……?」 そうやって問い詰めるようなこと、言うつもりなんてなかった。 だけどこんなに愛しているのに、ずっと一緒にいられないのがイヤで仕方なかった。 たかが契約結婚だけど、私はどうして契約結婚なのか理由すら知らなかった。……だからその理由が知りたかった。「……後一年後、俺は日本を離れるんだ」「え……?」 その理由を、爽太さんは話し始めた。私はその背中から離れて、爽太さんの方を見た。「海外に行かなくちゃならないんだ。……仕事で」 仕事で……海外に? それでニ年なの?だから、ニ年間の結婚生活なの……? そんな、海外に行ってしまうなんて……。それってもう、爽太さんには会えないってこと?「海外って、どこに……?」「イギリスだよ」「イギリス……?」 そんなに遠いところに、行ってしまうの?爽太さんが? そんな、せっかくこうして会えたの
ある日突然、私は期間限定で夫と結婚することになった。しかも二年間という、期限付きで。 それは【離婚を前提とした結婚】であることを示していた。✱ ✱ ✱「爽太(そうた)さん、おはよう」「紅音(あかね)、おはよう」 私と爽太さんと結婚したのは、半年前のこと。 そのきっかけになったのは、父親の借金だった。 父親が多額の借金を作ってしまい、返せなくなった父親は、首を吊って自殺した。 その事実を知ったのは、父親が亡くなったすぐ後のことだった。 まさか私の名前を借りて借金していたとは知らなかった私は、その後すぐに借金を取り立てを受け、地獄を味わうことになった。 毎日借金取りが家にやってきて、金を返せと言われた。 時には金を払えないなら自分の身体で払えと言われて、その日も無理矢理連れて行かれそうになった。 そんな時私助けてくれたのが、私にとってはヒーローである爽太さんだった。「やめてっ、離してよっ……!」「暴れるんじゃねーよ!」「おい。女一人によってたかって何してんだ。イヤがってるだろ?」 それが、私と爽太さんとの出会いだった。そしてその日は、私の25歳の誕生日だった。「コイツの父親が借りた借金返さねぇから、返せって言ってるだけだろ?」「だからって身体で払えなんて、そんなセクハラまがいな発言していい訳ないよな?」「うぜぇ……。何なんだよてめぇは!?」 あの時、そう言って殴りかかる男の拳を受け止めた爽太さんは、その男たちを撃退してくれたのだった。「大丈夫か?」「……ありがとう、ございました。助けて頂いて」 私はあの時、爽太さんに助けてもらったからこそ、こうして恩返しが出来ている気がする。「……お前、借金どのくらいあるんだ?」「え……?」「借金。父親が借金、してるんだろ?」「……500万です」 その言葉の後、爽太さんは「500万? そんなにあるのか、借金」と言って私を見ていた。「……はい。父親が借金してると知ったのは、父親が死んだ後です。 気が付いたら、私が払うことになっていました」 父親の借金を抱えて生きていくのは、とても辛い。毎日こうして取り立てられて、生きてくことに疲れてしまった。「……もう、イヤだ」 父親の借金さえなければ、わたしは今頃幸せになっていた。「……お前、名前は?」「……え?」 その時、爽太さん
✱ ✱ ✱「さ、入ってくれ」「お、お邪魔、します……」 うわ、大きいお家だな……。広さどのくらいなのかな……なんて考えてしまうほど、爽太さんのお家は大きかった。 爽太さんの家に招かれた私は、爽太さんから「紅音、これにサインしてくれ」と一枚の紙を渡された。「……あ、はい」 渡されたそれは婚姻届で、私はそれにサインをした。 私の保証人の欄には、職場の人にサインしてもらうことにした。「紅音、君に伝えなければならないことがあるんだ」「え? 伝えなければ、ならないこと……?」 それは何なのだろうか……。まさかまた何か、あるのだろうか……。「この結婚だが……。この結婚は契約結婚だ」「け、契約、結婚……?」 一体どういうことなのだろうか……。契約結婚……?「俺との契約結婚の期間は、明日から二年だ」「二年……?」 私たちは二年間だけの、夫婦ってこと……? 契約結婚……。どうして、契約なのだろうか……?「俺たちは明日、ニ年間の夫婦になる」「ニ年……ですか」「そうだ。 ニ年間の゙期間限定夫婦゙だ」「き、期間限定夫婦……ですか?」 期間限定夫婦って……。結婚にそんなワードはさすがに聞いたことはないけど、まあいいか。「明日、お前の借金も全部俺が返済しておいてやる。そうすればお前は、これから借金取りに追われなくて済むだろう」「……ありがとう、ございます」 そして爽太さんからもう一つ、結婚するための条件を出された。 それは【子供を作らないこと】だ。 ニ年間だけの結婚生活を送る上で、子供は絶対に作らないことを契約された。 私は借金を返済してもらう代わりに、その条件を全て飲んだ。 生きていくための手段として、それを了承したのだ。「……爽太さん。これからニ年間、よろしくお願いします」「ああ。よろしくな」 そしてその日は、偶然かは分からないけど私の誕生日だった。 25歳になったばかりの日に、こんなことになって、正直戸惑ったりもしている。 だけどその日から私は、爽太さんの゙妻゙としてこの小田原家にやってきた。 最初はどうなるのかわからずおどおどしていたが、徐々に小田原家にも慣れていった。 それから半年が過ぎ、私はこうして爽太さんと夫婦として楽しく過ごしている。 爽太さんのおかげで、毎日の生活が楽しくなった気がした。 爽
そして父親はついに闇金から借金をした。 だけどその金額は膨らんでいくばかりで、一切減ることはなかった。 返済するためにお金を借りても、結局返せなくて……。利子ばかり増えてしまって、返すのも間々ならないくらいになってしまった。 ある日、父は母親と私を残して首を吊って自殺した。 父親が死んで悲しむ暇もなく、母親もなんとか借金を返すために毎日朝から晩まで必死で働いた。 それでも借金は少ししか減らなくて……。ついには過労で倒れてそのまま亡くなった。 そして私は一人になり、家族を失った。 なのに今度は、借金取りが私の所へやってきて、もう限界だった。 家賃を払うのが精一杯で、生活なんて出来やしなかった。 それを助けてくれたのは、爽太さんだった。爽太さんが私を地獄から救ってくれた。 だから私は、爽太さんと夫婦になって、少しでもいい思い出を残したいと思っている。 ニ年間という期限付きなら尚更、楽しい思い出をたくさん残して、爽太さんと夫婦だったことを思い出せるようにしたい。 少しでも爽太さんと距離を縮めたい……って、そう思っている。「紅音!」「爽太さん……!」 仕事を早く終えた爽太さんと待ち合わせをした夕方17時半すぎ。爽太さんは私を見つけて慌てて駆け寄ってきた。「すまない。遅くなってしまった」「いえ、大丈夫です」 初めてデートとした時の緊張感みたいなものが、いつもある。「さ、行こうか」「はい」 爽太さんはいつも、どこかに行く時には必ず手を繋いでくれる。 夫婦なら当たり前のことだけれど、それがいつも嬉しく感じるのは、なぜなのだろうか……。 夫婦だからこそ、私たちはこうして夫婦らしいことを出来るのは嬉しい。「紅音、今日メイク変えた?」「え、分かりますか……?」 確かにいつもよりもメイクを少し変えた。デートということもあり、アイメイクを少し濃いめにしたのだけれど……。 まさか気付いてくれるとは思ってなかった。「もちろん。そのメイクも可愛いよ」「……ありがとう、ございます」 【可愛い】と言われると、それこそちょっと照れるけど、やはり嬉しい。「紅音、今日は過ごしやすいな」「そうですね……。過ごしやすいです」 手を繋ぎながらこうして歩くのは、なんだかそれだけでも幸せに感じる。「爽太さんの手……温かいです」「そうか?」 この温
「結構食べたな?」「はい。お腹いっぱいになりました」「美味そうに食べてたもんな、紅音」 そんな爽太さんが向ける笑顔には、少しだけ不思議な気持ちになった。 爽太さんと一緒にいると、とても楽しい。幸せだなと感じる時もある。 こんなこと感じるなんて、あまり良くないのかもしれないけど……。 だけど私は、爽太さんのこととてもいい人だと思っている。こんな私を拾ってくれて、借金を全額返済してくれて……。 ニ年という期間だけど、私は今爽太さんの妻になれて良かったと思っている。 だって爽太さんがいなければ私は、今頃どうなっていたのか分からないから。「……あの、爽太さん」「ん?どうした?」「爽太さん……」 私を見つめる爽太さんのその目に吸い込まれるかのように、私は一歩ずつ爽太さんに近付いていた。 そして爽太さんのその唇に、吸い込まれたかのようにそっと唇を重ね合せていた。「……え?」「あ……!す、すいません! 私っ……!」 わ、私ってば、なんてことを! いきなりキスするなんてっ……! 自分の行動に驚いた私は、そのまま後ずさりしてそのまま下を向いて歩き出してしまった。 「紅音っ……!待てって!」 私の後を追いかけてきた爽太さんに、腕を掴まれた私は、振り返る形で爽太さんとそのまま目が合った。 その瞬間、心臓がバクバクして激しく鼓動が揺れる。ドキドキして、恥ずかしくなりそうだった。「……そ、爽太、さん?」「キスしたいなら、そう言えばいいだろ?」「……え?」 それはどういう意味なのだろうか……。って、私、爽太さんとキスしたいって思われてたの? そ、そんなつもりなかった、はずなのだけど……。いや、もうどうだったのかも分からない。「紅音からキスするなんて、反則だ」「……へ?」 は、反則……とは?「キスは俺からしてやるから」「え、爽っ……んんっ」 その言葉の後、手を握られそのまま爽太さんからキスされた。 私はそのキスを、目を閉じて受け入れていた。「……行くぞ、紅音」「は、はいっ……」 き、キスしてしまった! しかもニ回も。いや、夫婦なのだから当たり前なのだけど……。 だけどなんだか、すごく恥ずかしくて、照れてしまった。✱ ✱ ✱ それから数日後、私は爽太さんと一緒に、爽太さんの家族の元へと来ていた。 爽太さん家はご両親、
沙和さんからそう聞かれた私は、そう答えた。「本当?ならよかった。 お兄ちゃん結構厳しいとこあるから、もしいじめられたりしたらすぐに私に言ってね?」「あ、ありがとうございます」 そんな、いじめられたりなんて……しないよね……?「おい沙和。お前変なこと紅音に吹き込むなよ」「だってお兄ちゃん、好きな人出来たらいじめちゃうタイプでしょ?」 「え、そうなんですか?」 私はその言葉に、思わず隣に座る爽太さんの方を見た。 本当に? 全然、そんな風に見えないのだけれど……。「おい沙和……! 紅音が本気にするからやめろって言ってるだろ……!」「お兄ちゃんダメだよ。紅音さんのことちゃんと大切にしてあげなきゃ」 そんな兄妹の他愛もない会話を聞いているだけで、なんだかほっこりする。 私にもし兄妹がいたら、こんな風に笑ったり出来ていたのかな……。「沙和、お前楽しんでないか?」 そこに言葉を発してきたのは、爽太さんの弟の爽哉(そうや)さんだ。 爽哉さんはクールな感じで、ちょっとミステリアスな雰囲気がある人だった。「そ、そんなことないよ?」「沙和、同い年だからってあんまり兄貴の嫁をからかっちゃダメだぞ? 一応、小田原家長男の奥さんなんだから」「わ、わかってるもん……!」 爽哉さんは本当に大人びているな……。爽太さんとは二つ違いの28歳で、現在は俳優やモデルとしても活躍している小田原家の次男だ。 長男である爽太さんが私と結婚したことで、本人は自分は結婚しなくて済むから楽なんだと言っているらしい。 だけど俳優さんとして活躍している爽哉さんは、今出演中のドラマの撮影をもうすぐでクランクアップした後、休む間もなくすぐに主演映画の撮影に入るらしく、多忙な日々を送っているとのこと。 俳優だけでなく雑誌のモデルの仕事もあるため、その後も仕事が立て続けに入っているらしい。「じゃあ俺、撮影あるからもう出るわ。 紅音さん、ゆっくりしてって」「ありがとうございます。 お仕事、頑張ってください」「ありがとう。じゃあ」「気をつけるのよ、爽哉!」 仕事に出掛ける爽哉さんをみんなで見送った。「爽哉さん、お仕事お忙しそうですね」「アイツはたまに、撮影後も役を引きずって来る時があるけどな」「え、そうなんですか?」 やっぱり俳優さんだから、演じた役ってなかなか抜け
「今日はお邪魔しました。ありがとうございました」 夕方になり、私たちは家に帰るために小田原家を出ることにした。「またいつでも来てね?紅音さん」「はい。ありがとうございます」 今日はとても楽しかったな……。美味しい手作りクッキーまで頂いてしまったし。「行こうか、紅音」「はい。では、失礼します」「気を付けてね!」 小田原家を出ると、爽太さんはわたしの手をギュッと握ってくれていた。 爽太さんのこの手の温もり、本当に好き……。温かくて、優しくて、なんか心地よい。「今日は、とても楽しかったです」「そっか。ならよかったよ」「ありがとうございます。連れてきてくれて」 爽太さんにそう言って微笑むと、爽太さんはすぐに目を逸らしてしまった。「……爽太さん?」 今なんで、目を逸らされたのだろうか……? え、私何か気に触るようなことでも言ってしまったのかな……?「……どうか、しましたか?」 心なしか、爽太さんの顔が赤くなっているようにも見える気がするのだけど……。気のせい?「……いや、なんでもない」 爽太さんはそれだけ呟いて、また歩き出した。「っ……爽太さん、あの、私っ……!」 爽太さんの背中に、そう思わず口を開いてしまった。「紅音……?」 不思議そうに私を見る爽太さんの表情は、少しだけ困惑しているようにも見えた。「爽太さん、わたしっ……」 自分でも今、爽太さんに何を言おうとしているのか分かる。 だって私は今、言ってはいけないことを言おうとしている。「紅音……」「爽太さんのことが、すっ……」 その言葉の続きは、言えなかった。だって爽太さんの唇が、私の唇を塞いでいるから。 ちょっとだけ乱暴に塞がれたその唇に、私は思わず目を閉じて爽太さんの手を握りしめていた。 さっき私は、爽太さんのことを【好き】だと、そう言おうとした。 無意識だったのかは分からない。 だけどずっと前から溜めていたその気持ちが溢れて、こぼれてしまいそうだった。「……紅音、頼むからそれ以上言うな」 爽太さんからそう言われたのにも関わらず、私は「爽太さん、好きです……」と溢れる想いを告げてしまった。 もう後戻りは、出来ない。……そう思ったからだ。「……好きです。 爽太さんのことが好きなんです」 そのことで爽太さんを困らせてしまうことは、よく
思えば初めて結婚したあの時から、私はずっと爽太さんの人柄に、その優しさに惹かれていたのかもしれない。 最初は無愛想な人だと思っていたけど、全然違っていた。 一緒に生活する中で、私は爽太さんの優しさに気付いては嬉しくなって、ドキドキしたり恥ずかしくなったりしていた。 いつから好きだったのかなんて、分からないけど……。 だけど私は今、夫である爽太さんに惹かれている。好きで好きで、仕方ないんだ。「爽太さん……んっ、っ」 家に帰るとすぐ、爽太さんから激しい口づけを交わされる。 爽太さんは口づけをしながら、そのまま私が着ていたワンピースのチャックを下ろした。「爽太さっ、ダメッ……」 こんなところでなんて、ダメ……。恥ずかしい。「ひょえっ……!? そ、爽太さんっ……!?」「暴れると落ちるぞ」 「は、はいっ」 かと思ったら、いきなり抱き上げられそのままキングサイズのベッドに押し倒される。「そ、爽太さん……?」 爽太さんの目を見つめると、爽太さんは「紅音、俺は今すぐに紅音を抱きたい。……だから今日は黙って、俺に抱かれろよ」と再び唇を奪われた。「……はい」 その日私は、爽太さんの言う通り素直に爽太さんに身を委ねた。「あっ……爽太、さんっ……」「紅音……っ」 爽太さんの熱い体温に溶かされながら、お互いの吐息が混ざり合うこのベッドの中で、私は爽太さんに甘く激しく抱かれた。「んっ、爽太さんっ……」 爽太さんの名前を呼ぶと、爽太さんは私の唇を激しく奪いながら私を身体をゆっくりと揺さぶっていく。「ん……気持ちいい……」 爽太さんに抱かれるのは初めてじゃない。結婚してからは営みとして、何回か身体を重ねていたから。「あっ、あっ……んっ、はあ……」 だけどこんなに愛のある行為に感じたのは、今日が初めてだった。 今までよりもずっと、深い愛を感じて幸せだと感じている。「紅音、大丈夫か……?」「ん、大丈夫……続けて? もっと爽太さんがほしいの」 だけど同時に、その気持ちが大きくなればなるほど私は不安を覚えていく。「紅音……っ、紅音っ」 「爽太さん……んんっ、あっ」 私はあまりの激しさと気持ちよさに、爽太さんの身体にしがみついて、爽太さんをしっかりと受け止めていく。 「好きだ、紅音……」 「私も……好き、ですっ」 期間限定で結
「……あの、爽太さん」「ん?」 私は爽太さんの服の袖を掴む。「私、爽太さんがもしいなくなったらって考えたら……きっと不安で耐えきれないかもって思いました」「……紅音」 爽太さんに真っ直ぐ見つめられながら、私は言葉を続けた。「爽太さん、私はずっと、これからもあなたのことを想ってる。……例え後一年しか一緒にいられなくても、私は離婚してもあなたのことをずっと忘れないし、ずっと忘れたくないです。 あなたのこと、すごく愛してるから」 そう言って私は、爽太さんに後ろから抱きついた。「こんな風に思ってしまうのは、あなたにとっては迷惑かもしれないけど……。だけど私は、あなたのことを愛しているんです。……だからこれからもずっと、好きでいさせてほしいです。 離婚した後もずっと、好きなままでいたいの」 こんなことを言ってしまえば、契約結婚なのだから困るということは分かっていた。 だけどその気持ちを抑えることは、私には出来なくて……。こんなにも一緒にいたい人なのに、それも後一年だけなんて、悔しすぎる……。 すごく辛いし、苦しい。「……紅音」「私もう、爽太さん以外の人を好きなんてなれないです……。ずっと一緒にいたい、爽太さんと」 そう言って私は、その背中にギュッとしがみついた。「……俺も紅音のこと、愛してる」「じゃあなんで……? なんで後一年しか、一緒にいられないんですか? どうしてずっと、一緒にいられないの……?」 そうやって問い詰めるようなこと、言うつもりなんてなかった。 だけどこんなに愛しているのに、ずっと一緒にいられないのがイヤで仕方なかった。 たかが契約結婚だけど、私はどうして契約結婚なのか理由すら知らなかった。……だからその理由が知りたかった。「……後一年後、俺は日本を離れるんだ」「え……?」 その理由を、爽太さんは話し始めた。私はその背中から離れて、爽太さんの方を見た。「海外に行かなくちゃならないんだ。……仕事で」 仕事で……海外に? それでニ年なの?だから、ニ年間の結婚生活なの……? そんな、海外に行ってしまうなんて……。それってもう、爽太さんには会えないってこと?「海外って、どこに……?」「イギリスだよ」「イギリス……?」 そんなに遠いところに、行ってしまうの?爽太さんが? そんな、せっかくこうして会えたの
「紅音。体、大丈夫か?……傷、まだ傷むか?」 甘く抱き合った後、その姿のまま爽太さんに抱き締められた。「……いえ、大丈夫です」 傷のあるところには、なるべく触れないように抱いてくれたから、大丈夫。 看護師さんも、毎日ケガしている部分を消毒して優しくケアしてくれたし。「そうか。 後で絆創膏、貼り替えないとな」「はい」 私は爽太さんに笑みを向けると、爽太さんは「……疲れたろ? もう休むといい」と言って布団をかけてくれた。「……ありがとうございます。爽太さん」「おやすみ、紅音」「おやすみ、なさい……」 私はそのまま、眠りについた。「……紅音、起きた?」「爽太さん……はい、起きました」 目が覚めたのは、夜19時くらいだった。「おはようじゃないけど、おはよう」 ジョークを交えながらそんなふうに言ってきた爽太さんに、思わずちょっと笑ってしまった。「おはようって言っても、もう夜ですね」「……夕飯作ったんだけど、食えるか?」「え、作ってくれたんですか?」 寝ている間に、夕飯まで……。「ああ。簡単なものだけどな」「……嬉しい。ありがとうございます」 この一週間、私は病院食しか食べていなかったから、家でご飯を食べるのは久しぶりに感じる。「食べれるか?」「はい。 あの、着替えても……?」 そういえば、服を着ていないままだった。着替えたいけど、爽太さんの前で着替えるのは恥ずかしい……。「あ、ああ。すまない。 着替えるよな?扉締めるから」「す、すみません……」 急いで服を着替えてキッチンに行くと、美味しそうな香りがキッチンいっぱいに漂ってきた。「いいニオイ……。美味しそう」 目の前に並べられていたのは、美味しそうなだし巻き卵とお付け物、ほっけの塩焼きにわかめのお味噌汁、ご飯の品数もちょうどいい。 定番の料理だけど、見た目も良くてシンプルだからこそ、こういう時って一番シンプルな料理って食べたくなるんだよね……。「紅音、食べようか」「はい」 二人で一週間ぶりに食卓を囲むと、嬉しくて仕方ない。「……いただきます」 「どうぞ。 あ、卵焼きと漬物、退院したばかりだから少し味薄めにしてみたから」「ありがとうございます。……じゃあ、いただきます」 お味噌汁を一口食べると、わかめの風味が広がってとても美味しかった。味付けもちょ
それから何日か経ち、私はCTやMRIなどを取り異常なしと判断され、一週間ほどで退院した。「退院、おめでとう」 病院の入口で、加古川先生と奥様の美乃里さんが、見送ってくれた。 「ありがとうございます。……色々とお世話に、なりました」「これからも、何かあったらいつでも来てください」「退院、おめでとうございます」 美乃梨さんからも言葉をもらった私は「ありがとうございます」と言葉を返した。「加古川、本当にありがとう。……美乃梨さんも、あの時はありがとう」「ご無事で何よりです」「また何かあったら、連絡してくれ」「ああ。……行こうか、紅音」「はい」 私たちは二人に改めてお礼をしてタクシーに乗り込み、自宅へと帰宅した。「ただいま」「おかえり」 一週間ぶりの自宅は、とても懐かしい感じがした。ディフューザーのいい香りが漂うリビングに来ると、帰ってきたんだなって思う。 その時、後ろからギュッと爽太さんが抱きしめてきた。 「……え?」「寂しかった……紅音がいなくて」 そう言われた私は、「爽太さん……?」と問いかけた。「お前がいなくなったらって思ったら、俺たまらなく不安になったんだ。 お前がこんなにそばにいないだけで、こんなにも不安なるなんて……思わなかった」 爽太さんは私をさっきよりも強く抱きしめた。「爽太さん……心配させて、ごめんなさい」「紅音……本当に無事で良かった」 私たちは少し見つめ合って、爽太さんからの甘いキスをもらった。 私はそっと目を閉じて、自分から爽太さんの首に手を回した。「……爽太さん、好き……」 この関係でいられるのも、後一年しかない。 後一年しか、ないんだよね……。 後一年で、私たちは離婚して夫婦としての役目を終える。……それまでは、この幸せを噛み締めていたい。 夫婦として生活していく中で、私はもう止められないくらい爽太さんのことを好きになっている。 実際にこうなってみて、さらにその想いが強くなっていくのが分かったんだ。「……私、ずっと一緒にいたい」「紅音……?」「ずっとずっと、爽太さんと一緒にいたい」 そうやって気持ちを伝えるのは、いつも怖い。……だけど言わないまま後悔をしたくないんだ。「……紅音」「こんなこと言って困らせてしまうことは、分かっています。……でも爽太さ
「……んん……。ん……?」 ふと目が覚めると、見えた景色は白い壁に白いカーテン。……そして私の手を握ったままうつ伏せで眠っている姿の、爽太さんだった。 ここって……病院……? え、爽太さん? なんでここに……? あれ、私……なんで病院にいるんだっけ……? ふと自分の姿を見ると、腕にはたくさんのかすり傷があった。そして頭には、包帯らしきものも巻いてあった。 自分のその姿を見て、自分がどういう状況なのかもまだ理解出来ていなかった。 「……爽太、さん……?」「あ……かね? 紅音っ!?お前、目が覚めたのか……!?」 爽太さんは私を見て、驚いたような顔をしている。「ここ、病院ですよね……? なんで私、ここに……?」 自分でもあまり覚えていない。事故に遭ったということだけは、分かるけど……。 だけど薄っすらと覚えているのは、買い物帰りに子供が道路に飛び出していて、咄嗟に体が前に出た……ということだけだ。「紅音……お前、無茶するな。……心配しただろ、バカ」「ごめんなさい……。心配かけて……」 爽太さんはそんな私を見て、泣きそうになっていた。「……良かった。本当に、無事で……良かった」「爽太、さん……私、生きてるんですね……?」「当たり前だろ?……優秀な救命医が、助けてくれたんだ」 優秀な……救命医? それって……加古川先生のこと?「……良かった。私、生きてて良かったっ……」 そう思うだけで、涙がこぼれた。生きてて良かった。……今本当に、そう思う。 こうしてまた爽太さんの顔を見ることが出来て、爽太の声を聞くことが出来たことは、まさに奇跡とさえ感じた。「紅音……。頼むからもう、これからはあまり無茶するな。 お前に何かあったら、俺……不安になるだろ」「はい。……ごめんなさい」 私、どのくらい眠っていたのだろうか……。たくさん爽太さんに迷惑かけちゃったんだな。「でも本当に、良かった。……また紅音にこうやって触れることが出来て、良かった。安心した」 爽太さんは私の頬を撫で、おでこをコツンとくっつけてきた。「……爽太さん、心配かけて、ごめんなさい」「いいんだ。……紅音が生きてさえくれれば、それでいいんだ」 その言葉に嬉しくて、私は爽太さんに抱きついた。「オホン……。イチャついてるとこ悪いが、ちょっと確認
その日も仕事を終えて帰宅する途中だった。 突然俺のスマホの着信音が鳴り響いたのだ。 電話の相手は、医者の知り合いの加古川凜人(かこがわりひと)だ。 俺はアイツから電話なんて珍しいな、なんて思いながら俺は電話に出た。「もしもし、加古川? どうした?」 「小田原、大変だ!お前の嫁が……!」「……え、紅音がどうした……?」 紅音に何かあったのか?なんて思っていた時、次の瞬間に加古川から聞こえてきたのはーーー。「お前の嫁が、車に轢かれて意識不明の重体で救命に運ばれてきたっ……!」 と言う加古川の焦ったような声だった。「……え?」 紅音が、車に轢かれた……? 意識不明の重体……? え、なんだって……!?「早く来い!紅音さんの命が危ない……!」「わかった。……すぐ行くっ!」 俺はそこでタクシーを呼び、すぐに加古川の働く錦総合医療センターへと向かった。 病院に着いた俺は、すぐに加古川のいる救命へと走った。「あの、紅音は……。紅音は……!?」「小田原紅音さんの、ご家族の方ですか?」 そう看護師から聞かれた俺は「はい。そうです……!」と慌てて答えた。「こちらです!」 と案内された場所へと走った。その後すぐ、処置室から加古川が出てきた。「加古川……! 紅音は……紅音はっ……!?」 俺は焦りからか、加古川の服を掴んだ。「落ち着け! 紅音さんは車に轢かれたショックで頭を強く打ち、ショック状態になっている。 脳の中で出血が起こっている可能性が高い」「そんな……」 このまま、紅音は死ぬっていうのか……? そんなの、絶対にイヤだ……! ちゃんと紅音と気持ちが繋がったって言うのに……!「頼む!紅音を助けてくれっ!」「紅音さんは危険な状態だ。すぐに緊急のオペが必要だ。……だけどオペをするには、家族であるお前の同意が必要だ」 そう言われた瞬間、処置室からチラッと見えたのは……。 衣服に血がついていて、腕や頭に傷のある状態の紅音の姿だった。「紅音……」 紅音が死ぬなんて絶対にイヤだ……。「小田原、一刻を争うんだ! すぐにオペをしない と、紅音さんは助からないかもしれない」「……加古川、頼む! 紅音を助けてくれ!なんとしても、助けてくれ!」 俺は加古川にすがりついた。紅音を助けてほしいという気持ちが強かったか
「おはようございます」 「おはよう、小田原さん」 それから結婚してあっという間に一年ほど経った。相変わらず結婚生活は、何一つ変わらない。 仕事へ出掛ける爽太さんを見送り、私は家事をこなしてから薬局の仕事へと出かける。 朝10時から夕方16時まで勤務し、休憩を一時間を取る。 納品された化粧品や日用品などをチェックし、在庫の確認をする。 その他レジ打ち、お客様への案内、店内の商品の清掃などを日々こなしている。 この仕事についてもう五年になる。今でこそ時短勤務になったけれど、元々はフルタイムで朝から晩で働いていた。 結婚してからは、時短勤務になってしまったけれど、私はこの仕事が大好きだ。「小田原さん、冷蔵と冷凍の温度チェックお願いします」「はい。行ってきます」 ニ時間に一回、冷凍コーナーと冷蔵コーナーの温度チェックを行うのも大事な仕事だ。 規定の温度に保たれているかチェックし、もし温度がプラス・マイナス三度以上ずれていたら、上司に報告しなければならないという義務がある。「佳奈美さん、温度チェックOKです。特に異常なしです」「了解。ありがとう」 上司である佳奈美さんに「はい」と返事をしてから、私は陳列の確認と賞味期限チェックを行う。「小田原、賞味期限チェック入ります」「はい。お願いしまーす」「上原、小田原さんのフォロー入ります」 インカム越しにそう伝え、食品コーナーの確認をする。 日用品だけでなく、食料品も取り扱っているため、食品の賞味期限チェックも忘れてはいけない。 もし期限が近いものや在庫処理をしなければならない時には、なるべくロスを避けるために値引きシールを貼らないといけないのだ。 ロスをなるべく出さないようにするための活動とでも言うのだろうか。「えっと……。今日は野菜とお肉と、ヨーグルトと……後は」 これを一つ一つ確認していくのは、すごく手間がかかるし、大変なのだ。 リストを見ながら一個一個確認しないとならないし、漏れが出てしまったりしたらお客様が間違って購入してしまう可能性もあるので、集中力が必要なのだ。「お待たせ、小田原さん!」「いえ、大丈夫です。 まずは野菜コーナーとお肉コーナーからですね」「じゃあ始めましょうか」「お願いします」 先輩スタッフの上原さんと一緒に、賞味期限チェックをリストを
思えば初めて結婚したあの時から、私はずっと爽太さんの人柄に、その優しさに惹かれていたのかもしれない。 最初は無愛想な人だと思っていたけど、全然違っていた。 一緒に生活する中で、私は爽太さんの優しさに気付いては嬉しくなって、ドキドキしたり恥ずかしくなったりしていた。 いつから好きだったのかなんて、分からないけど……。 だけど私は今、夫である爽太さんに惹かれている。好きで好きで、仕方ないんだ。「爽太さん……んっ、っ」 家に帰るとすぐ、爽太さんから激しい口づけを交わされる。 爽太さんは口づけをしながら、そのまま私が着ていたワンピースのチャックを下ろした。「爽太さっ、ダメッ……」 こんなところでなんて、ダメ……。恥ずかしい。「ひょえっ……!? そ、爽太さんっ……!?」「暴れると落ちるぞ」 「は、はいっ」 かと思ったら、いきなり抱き上げられそのままキングサイズのベッドに押し倒される。「そ、爽太さん……?」 爽太さんの目を見つめると、爽太さんは「紅音、俺は今すぐに紅音を抱きたい。……だから今日は黙って、俺に抱かれろよ」と再び唇を奪われた。「……はい」 その日私は、爽太さんの言う通り素直に爽太さんに身を委ねた。「あっ……爽太、さんっ……」「紅音……っ」 爽太さんの熱い体温に溶かされながら、お互いの吐息が混ざり合うこのベッドの中で、私は爽太さんに甘く激しく抱かれた。「んっ、爽太さんっ……」 爽太さんの名前を呼ぶと、爽太さんは私の唇を激しく奪いながら私を身体をゆっくりと揺さぶっていく。「ん……気持ちいい……」 爽太さんに抱かれるのは初めてじゃない。結婚してからは営みとして、何回か身体を重ねていたから。「あっ、あっ……んっ、はあ……」 だけどこんなに愛のある行為に感じたのは、今日が初めてだった。 今までよりもずっと、深い愛を感じて幸せだと感じている。「紅音、大丈夫か……?」「ん、大丈夫……続けて? もっと爽太さんがほしいの」 だけど同時に、その気持ちが大きくなればなるほど私は不安を覚えていく。「紅音……っ、紅音っ」 「爽太さん……んんっ、あっ」 私はあまりの激しさと気持ちよさに、爽太さんの身体にしがみついて、爽太さんをしっかりと受け止めていく。 「好きだ、紅音……」 「私も……好き、ですっ」 期間限定で結
「今日はお邪魔しました。ありがとうございました」 夕方になり、私たちは家に帰るために小田原家を出ることにした。「またいつでも来てね?紅音さん」「はい。ありがとうございます」 今日はとても楽しかったな……。美味しい手作りクッキーまで頂いてしまったし。「行こうか、紅音」「はい。では、失礼します」「気を付けてね!」 小田原家を出ると、爽太さんはわたしの手をギュッと握ってくれていた。 爽太さんのこの手の温もり、本当に好き……。温かくて、優しくて、なんか心地よい。「今日は、とても楽しかったです」「そっか。ならよかったよ」「ありがとうございます。連れてきてくれて」 爽太さんにそう言って微笑むと、爽太さんはすぐに目を逸らしてしまった。「……爽太さん?」 今なんで、目を逸らされたのだろうか……? え、私何か気に触るようなことでも言ってしまったのかな……?「……どうか、しましたか?」 心なしか、爽太さんの顔が赤くなっているようにも見える気がするのだけど……。気のせい?「……いや、なんでもない」 爽太さんはそれだけ呟いて、また歩き出した。「っ……爽太さん、あの、私っ……!」 爽太さんの背中に、そう思わず口を開いてしまった。「紅音……?」 不思議そうに私を見る爽太さんの表情は、少しだけ困惑しているようにも見えた。「爽太さん、わたしっ……」 自分でも今、爽太さんに何を言おうとしているのか分かる。 だって私は今、言ってはいけないことを言おうとしている。「紅音……」「爽太さんのことが、すっ……」 その言葉の続きは、言えなかった。だって爽太さんの唇が、私の唇を塞いでいるから。 ちょっとだけ乱暴に塞がれたその唇に、私は思わず目を閉じて爽太さんの手を握りしめていた。 さっき私は、爽太さんのことを【好き】だと、そう言おうとした。 無意識だったのかは分からない。 だけどずっと前から溜めていたその気持ちが溢れて、こぼれてしまいそうだった。「……紅音、頼むからそれ以上言うな」 爽太さんからそう言われたのにも関わらず、私は「爽太さん、好きです……」と溢れる想いを告げてしまった。 もう後戻りは、出来ない。……そう思ったからだ。「……好きです。 爽太さんのことが好きなんです」 そのことで爽太さんを困らせてしまうことは、よく
沙和さんからそう聞かれた私は、そう答えた。「本当?ならよかった。 お兄ちゃん結構厳しいとこあるから、もしいじめられたりしたらすぐに私に言ってね?」「あ、ありがとうございます」 そんな、いじめられたりなんて……しないよね……?「おい沙和。お前変なこと紅音に吹き込むなよ」「だってお兄ちゃん、好きな人出来たらいじめちゃうタイプでしょ?」 「え、そうなんですか?」 私はその言葉に、思わず隣に座る爽太さんの方を見た。 本当に? 全然、そんな風に見えないのだけれど……。「おい沙和……! 紅音が本気にするからやめろって言ってるだろ……!」「お兄ちゃんダメだよ。紅音さんのことちゃんと大切にしてあげなきゃ」 そんな兄妹の他愛もない会話を聞いているだけで、なんだかほっこりする。 私にもし兄妹がいたら、こんな風に笑ったり出来ていたのかな……。「沙和、お前楽しんでないか?」 そこに言葉を発してきたのは、爽太さんの弟の爽哉(そうや)さんだ。 爽哉さんはクールな感じで、ちょっとミステリアスな雰囲気がある人だった。「そ、そんなことないよ?」「沙和、同い年だからってあんまり兄貴の嫁をからかっちゃダメだぞ? 一応、小田原家長男の奥さんなんだから」「わ、わかってるもん……!」 爽哉さんは本当に大人びているな……。爽太さんとは二つ違いの28歳で、現在は俳優やモデルとしても活躍している小田原家の次男だ。 長男である爽太さんが私と結婚したことで、本人は自分は結婚しなくて済むから楽なんだと言っているらしい。 だけど俳優さんとして活躍している爽哉さんは、今出演中のドラマの撮影をもうすぐでクランクアップした後、休む間もなくすぐに主演映画の撮影に入るらしく、多忙な日々を送っているとのこと。 俳優だけでなく雑誌のモデルの仕事もあるため、その後も仕事が立て続けに入っているらしい。「じゃあ俺、撮影あるからもう出るわ。 紅音さん、ゆっくりしてって」「ありがとうございます。 お仕事、頑張ってください」「ありがとう。じゃあ」「気をつけるのよ、爽哉!」 仕事に出掛ける爽哉さんをみんなで見送った。「爽哉さん、お仕事お忙しそうですね」「アイツはたまに、撮影後も役を引きずって来る時があるけどな」「え、そうなんですか?」 やっぱり俳優さんだから、演じた役ってなかなか抜け