「奏芽《かなめ》さん、弟さんか妹さん、いるでしょ?」
その思いは半ば確信に近い。
だって、のぶちゃんが私に小さい頃あれこれしてくれていたそれに似てる。「なに、凜子《りんこ》、エスパーか何かなの?」
奏芽さんがクスクス笑って、私も今朝、貴方に同じことを思ったのよ、って思ってつられて笑ってしまった。
「この間の夜、見ただろ。ちっこい女の子」
私の手から学食の紙袋を取り上げると、中身を出して手渡してくれながら、奏芽さんが言う。
「……えっと、和音《かずね》、ちゃん?」
ハンバーガーを受け取りながら言ったら「よく覚えてんじゃん。そう、和音」って言って、「あれ、俺の妹の娘」
何でもないことのようにさらりと付け加えた。「えっ? ……妹さんのっ!?」
ハンバーガーを手にしたまま、驚きのあまり大声でそう叫んで奏芽さんを見つめたら「ちょっ、まさか凜子。和音のこと俺の娘とか思ってたわけじゃ!?」って慌てるの。
ごめんなさい、顔立ちも似てたし……絶対そうだと勝手に思ってました。
「じゃ、あの……和音ちゃんは……その……奏芽さんの姪っ子さんってこと、ですか?」
改めて聞くまでもなく、妹さんのお嬢さんってことはそうなんだけど……彼の口からハッキリ聞きたいって思ってしまったの。
あれは俺の娘じゃない、姪だよ、と。「ああ、そう姪っ子。幼なじみと妹が一緒になってさ。まぁ俺も仕事柄 和音のことは生まれた時から診てる感じだから……そうだな。娘って感覚、ないわけでもねぇわ」
あの日は妹さんと幼なじみさんが月に1度のデートの日だったとかで、和音ちゃんを奏芽さんが預かっていたんだとか。
お寿司が食べたいという姪っ子さんを連れて回転寿司店《あのお店》に来て、たまたま私たちを見つけたらしい。「結婚して8年も経
「何でそんな偉そうなんですか」 苦笑しながら言ったら、「年上だからに決まってんだろ」って……ワー、それ、本気で言ってる?「ハッキリ言って子供みたいです」 思わず本音がポロリ。 でも、私、奏芽《かなめ》さんのそういうところが、多分嫌いじゃない。「それに……ほら、弁当箱。ねぇと困んだろ、明日。迎えはそれ返してやるついでだ」 って……。え、何? お弁当箱は人質なの? 言うことがいちいち小学生男子みたいで、本当にこの人は私よりも14歳も年上の大人の男性なんだろうか?と思ってしまう。「だからっ! それ、自分で持って帰りますってば」 言って奏芽さんの横に置かれた弁当箱の包みに手を伸ばしたら、サッと避けられて、「自分が作ったの、食べられずに処分するのって……何か切ねぇだろ。そういうの、俺、凜子《りんこ》にさせたくねぇんだよ」ってそっぽを向かれた。 この人は本音を言うときにはそっぽを向く気がする。 いつもは傲慢《ごうまん》で、嫌味なくらい斜に構えていて……バカみたいにおちゃらけたところがある人なのに、実は物凄く不器用なのかな?って思ってしまった。 もしかして本当に言いたい言葉はなかなか口にできない人なの? それに……正直いま言われた言葉は、かなりグッときてしまった。 私まで奏芽さんの照れが伝染して頬が熱くなってしまう程度には。「ばっ、バカみたいです、奏芽さん。わ、私、そんなにやわじゃないです」 目一杯虚勢を張って強がってみた言葉も、いつもみたいに〝つんけん〟できなくて、しどろもどろでどこか角が取れたみたいに丸くなってしまった。「強がんなよ。本当は凜子、弁当一人で食うのだって寂しかったんだろ?」 よしよし、って頭を撫でられて、鼻の奥がツンとくる。 それが、情けなくて無性に腹立たしい。 そんなことない!って大声を上げてキッと
「え……?」 奏芽《かなめ》さんが何を言ったのか一瞬理解できなくて、思わず小さく声を落とす。「今すぐ返事しろとは言わねぇよ。凜子《りんこ》にも色々あんだろ。整理しないといけないこと」 言って、「ほら、また食べるの止まってんぞ」とたしなめられる。 でも今、食べるどころじゃないって思わないところが奏芽さんらしいというか。「あ、あの……本気なんですか?」 そもそも奏芽さんは私のこと、何にも知らないのに。 彼が知っている私の情報といったらセレストア《コンビニ》でバイトをしている近くの大学の女子大生で名前が向井凜子《むかいりんこ》ってことぐらい。 おさげで、馬鹿みたいに堅物で気が強くて可愛げがない。 そんな情報しかないはずの私を、どうしてそんな対象として見られるんだろう?「馬鹿な質問するなぁ、凜子。前から聞いてみたかったんだけどさ、逆に凜子は俺のことどんな奴だと思ってんの?」 聞かれて、私も言葉に詰まる。 私が奏芽さんのことで知っていることは鳥飼《とりかい》奏芽《かなめ》というフルネーム。 それから近所の小児科のお医者さんで、幼なじみと結婚している妹さんがいて、姪っ子の名前は和音《かずね》ちゃん。 見た目がチャラくて女性関係も乱れ気味? 基本意地悪でワガママで自分勝手だけど、ふとした時にとても優しくてドキッとさせられる。「――俺様気質の……チャラ男?」 恐る恐る第一印象を話したら「うっわ、ひでぇ」って笑われた。「まぁ、でもそれ、間違いじゃねぇから否定はしないわ」 クスクス笑いながら、 「年齢《とし》は今年33な。凜子よりひと回り以上うえ……になんのか――」 言って、「もしかして凜子、まだ十代かよ」ってつぶやいてから、「年の差はまぁこの際目ぇつぶれ」とか……相変わらず勝手な人。「仕事は知ってるよな? 凜子のバイト先の近くの小児科。あれ、親父が院長やってんだけど、俺は一応そこの、副院長で……周りからは若先生って呼ばれてる」 そこで自嘲気味に笑って
不意打ちの「可愛い」に思わずむせてしまって、ケホケホと咳き込んだ私の背中を、奏芽《かなめ》さんがクスクス笑いながら優しく撫でてくれる。「バカだなぁ、凜子《りんこ》。取ったりしねぇからゆっくり食えよ」 言われて、「そうじゃなくて!」って思ったけど、きっとこれ、分かってて言ってるんだって思って、何も言えなくなる。「なぁ、前に俺、言ったじゃん?」 覚えてるかどうか分かんねぇけど……。そう付け足して奏芽さんが言う。「凜子といると〝あいつ〟といるみたいで安心するっちゅーか……嬉しくなるって」 言われて、そのせいでモヤモヤしたんだって思い出した。 でも、今なら奏芽さんの言う「あいつ」が誰を指しているのか分かる。 あれは彼女さんや想い人や、ましてや奥さんを指していたわけじゃなかったんだ。 そして、私は奏芽さんにとってその人みたいな存在ってことで――。 それはつまり、のぶちゃんの時と一緒ってことなんだよね。 そう思ったら、胸の奥がちくりと痛んで鼻の奥がツン、とした。「あいつってぇのは俺の2つ下の妹――音芽《おとめ》っちゅーんだけどさ、そいつのことだったんだけど……」 ああ、やっぱり。奏芽さん、さっき妹さんと重ねて私を見てたって言ってた、もん……ね。 そこまで言って背中を撫でていた手を止めると、奏芽さんが私の両肩に手を移して私の身体を起こさせると、じっと目を見つめてきて――。 え? ちょっ、何、何、何なの!? 恥ずかしくて思わず目をそらそうとしたら「こっち見ろよ凜子」って低められた声音で命令された。 何故か彼のその声には抗えないような気がして……。でも照れているのは悟られたくなくて、伏せ目がちになってしまう。 と、肩にかけられていた手が顎に移されて……上向けられた顔に、奏芽さんの顔がグッと迫った。 彼のその動きに、私は思
「奏芽《かなめ》さん、弟さんか妹さん、いるでしょ?」 その思いは半ば確信に近い。 だって、のぶちゃんが私に小さい頃あれこれしてくれていたそれに似てる。「なに、凜子《りんこ》、エスパーか何かなの?」 奏芽さんがクスクス笑って、私も今朝、貴方に同じことを思ったのよ、って思ってつられて笑ってしまった。「この間の夜、見ただろ。ちっこい女の子」 私の手から学食の紙袋を取り上げると、中身を出して手渡してくれながら、奏芽さんが言う。「……えっと、和音《かずね》、ちゃん?」 ハンバーガーを受け取りながら言ったら「よく覚えてんじゃん。そう、和音」って言って、「あれ、俺の妹の娘」 何でもないことのようにさらりと付け加えた。「えっ? ……妹さんのっ!?」 ハンバーガーを手にしたまま、驚きのあまり大声でそう叫んで奏芽さんを見つめたら「ちょっ、まさか凜子。和音のこと俺の娘とか思ってたわけじゃ!?」って慌てるの。 ごめんなさい、顔立ちも似てたし……絶対そうだと勝手に思ってました。「じゃ、あの……和音ちゃんは……その……奏芽さんの姪っ子さんってこと、ですか?」 改めて聞くまでもなく、妹さんのお嬢さんってことはそうなんだけど……彼の口からハッキリ聞きたいって思ってしまったの。 あれは俺の娘じゃない、姪だよ、と。「ああ、そう姪っ子。幼なじみと妹が一緒になってさ。まぁ俺も仕事柄 和音のことは生まれた時から診てる感じだから……そうだな。娘って感覚、ないわけでもねぇわ」 あの日は妹さんと幼なじみさんが月に1度のデートの日だったとかで、和音ちゃんを奏芽さんが預かっていたんだとか。 お寿司が食べたいという姪っ子さんを連れて回転寿司店《あのお店》に来て、たまたま私たちを見つけたらしい。「結婚して8年も経
はぁーっともう一度溜め息をついたところで、ふっと自分の上に影がさしたのがわかった。 え、何……? そう思って視線を上向けたら――。「か、奏芽《かなめ》……さんっ!? 何で構内《ここ》に!?」***「……凜子《りんこ》、1人なのか?」 私の驚きなんてどこ吹く風といった調子でこちらの問いかけをスルーすると、奏芽《かなめ》さんが逆に質問を投げかけてきた。 見つめていたヘアゴムを握り締めてうなずきながら、まるでそこに俺がいるのは必然なんだから、そんなこと聞いてくる凜子の方がおかしいんだぞ、とでも言いたげな眼差しに、私の認識がおかしいの?と錯覚してしまいそうになる。 いや、でもっ、そんなことないからっ! 一瞬流されそうになった気持ちを、頭を振ってリセットすると、私は奏芽さんに再度問いかける。「な、何で奏芽さんが学内《ここ》にいるんですか?」 どう考えても奏芽さんはうちの学生ではないし、百歩譲って教授ということもないと思う。 だってうちにはお医者様を講師に招くような学部――医学部とか――はないし。「何で?って……。薄紫の花《アガパンサス》が見える中庭で弁当食うって教えてくれたの凜子じゃん? 俺、凜子がここにいるから来たんだけど、それ以外になんか理由ある?」 って……いや、それ、答えになってません! 頭痛がしてきそう。 でも、何でだろう。 そんなに嫌じゃない。「私が居るからって……部外者が勝手に入ってきちゃダメでしょう!」 言ったら、「いや、でもここの大学、食堂とか一般人でも出入り自由なんだぜ? 知らなかった?」って……。うそ、知らなかった!「凜子、学食行かないって言ってたもんな。そんなこったろうと思ってたぜ」 ニヤリと笑
「間に合って良かったじゃん」 奏芽《かなめ》さんはニヤリと笑ってそう言うと、びっくりするぐらいあっさりと手を振って、一緒に乗ってきたタクシーから一歩も降りることなく私の前から姿を消してしまった。 その態度は本当、拍子抜けしてしまうぐらいに呆気ない。 それって私にとっては願ったり叶ったりだったはずでしょ? なのに一緒に降りるとか妙なわがままを言われて食い下がられなかったことに、逆に妙な違和感を感じて居心地が悪いとか……正気じゃないよ、凜子《りんこ》。 私自身、結局車内であの女の子――和音ちゃん?――のこと、気になってたくせに聞けなかったし……奏芽さん自身からも何の〝弁解〟もなかった。 ん? 弁解? そこまで考えて、何で彼が私にそんなことしないといけないの?ってハッとした。 私、奏芽さんに、そんなことを求めるような間柄じゃない。 付き合おうって軽いノリで言われたけれど、OKしたわけじゃないし、何より私、不倫はしたくない。 彼の私生活に深く踏み込むつもりのない私に、奏芽さんだって自分の対人関係諸々について、あれこれ説明する義務はないはずで。 私、本当にどうしちゃったんだろう。 自分でも自分の思考回路が意味不明過ぎて戸惑ってしまう。 こういう説明のつかない状態、すごく気持ち悪い。 いつの間に私、あの人にこんなに心かき乱されてしまうようになったの?*** せっかく頑張って講義に間に合うように教室に入ったのに。 ちっとも教授の話が頭に入ってこなかった。 お昼休み。 作ってきたお弁当を木陰のベンチに座って食べようと、ベンチ近くの手洗い場でポケットからハンカチを取り出したら、朝タクシーの中で奏芽《かなめ》さんから返されたヘアゴムがハンカチと一緒にまろび出て地面に落ちた。 それを拾い上げながら小さく溜め息をつく。 ふと顔を上げると車内で奏芽さんに話したアガパンサスが目に入った。 私の精神状態がどうであろうと、花は変わらず美しく咲き誇っている。 私もあんな風に凛としていられたら。 そんなことを考えて、名前負けしてるなぁって思ってしまう。 地味子で要領の悪い私は、大学生活スタートから2ヶ月ちょっと経つけれど、一緒にお昼を食べられるようなお友達が出来ていない。 話しかければみんな話してくれるけれど、用がすんだらスーッと私