Share

第7話

Author: 心の底
莉亜も隠す気がなくなりはっきりと言った。「あそこにある結婚証明を取りたいんです」

それを聞いて、朔也は一瞬だけ動きを止め、あの結婚証明を取って何をするのかは尋ねず、椅子を押しのけた。

彼は背が高い。少しつま先立ちしただけで、簡単に手に取った。

朔也は証明書の字に目を通すと、少し驚いて口角を上げたが、微々たる変化なので人には気づかれない。

彼はそれを莉亜に手渡した。「そういうことか」

莉亜はその言葉ははっきりとは聞こえておらず、受け取った後、小声で言った。「ありがとうございます」

彼女の手のひらには冷や汗をかいていて、結婚受理証明書を手にした時には寒気を感じた。

この目障りな証明書がはっきりと、この結婚はただの笑い話だと告げていた。

最初から最後まで、潤が莉亜を愛するふりをしている間、常に美琴という存在もあった。

朔也は視線を下に落とした。

彼と莉亜の身長差はかなりあって、上からはただ彼女のつむじしか見えなかった。彼にとっては彼女が小柄で可愛く見えた。

あの雪のように白い手で証明書をきつく握り締めているせいで、手から血の気がなくなっていた。

「その結婚証明書を取ってどうするの?」朔也の声からは感情が読み取れなかった。

「えっと、持って帰って飾っておきたいんです」莉亜はすぐに適当に嘘をついた。

朔也は彼女を抱きしめたい衝動に駆られ、その瞳は燃えるように熱い感情を宿していたが、実際に行動に移すことはなかった。

その後、彼はただ優雅に袖口のボタンをしっかりと留め、背を向けて去っていった。

莉亜はホッと胸を撫でおろし、冷たい棚に寄りかかった。

太ももはまだ熱く感じた。彼女は急いでスカートを整えると、結婚受理証明書をカバンの中にしまい込み、気持ちを落ち着かせて何事もなかったかのように部屋を出た。

この時、潤は庭で誰かとおしゃべりをしていた。

莉亜は表情一つ変えず、彼の隣にやって来た。

数人の親戚が潤と話していた。

「まったく、朔也君は二日前に帰ってきたらしいけど、今日になってようやく我々に連絡したらしいね」

それを聞いて潤は驚いた。「兄は今日のフライトだったんじゃないんですか?」

「違うよ、彼は確か何かのオークションに参加したらしい。ただの噂だけど、一昨日グランツオークションホールに現れたって」

「きっと違います。その日は私もいましたから。でも、彼を見ませんでしたよ」潤はその言葉を疑っていた。

莉亜は少し動揺していたが、それを顔には出さなかった。

彼女はこの時突然、あの謎の二百十七番個室にいた人物のことが頭に浮かんだのだ。

まさかあの人物が朔也だったのだろうか?

その考えが頭に浮かんで、すぐに消してしまった。

二人は顔を合わせたことがある程度で、ほぼ赤の他人だ。ただ、義妹と義兄の関係でしかない。

いくらなんでも朔也が助けてくれる理由がない。

それにさっき潤が言っていたように、彼でさえも朔也が帰ってくる話を聞いていなかったのに、朔也がオークション会場に現れるわけがない。

莉亜は考えないことにした。

暫くの間互いに世間話をしてから、皆それぞれ帰っていった。

潤は莉亜を連れて、朔也に挨拶に行った。

「母さん、兄さん、俺らはこれで失礼するよ。時間があったら、また家族で食事でもしよう」

朔也は気だるそうに椅子にもたれかかり、頷いた。「最近は買収で忙しい。食事の件は焦らなくていいさ。だが、お前は」

彼は顔を上げて、わずかに目を曇らせた。「不誠実なことはせず、まっとうな事をしろよ」

その言葉は明らかに潤に対する警告だった。

潤は小さい頃からこの兄に牽制されてきた。その言葉を聞くと全身を硬直させたが、その言葉を気にしていないふりをして言った。「そんなことするわけないだろう。会社のことはきちんと管理しているよ。もし信じられないなら、ここ数日時間を作って財務報告書を見てみたらいいよ。兄さんならいつでも調べてくれていいんだから」

「別に会社に限った話をしているわけじゃない」朔也は視線を下に向けて、軽く一口お茶を飲んだ。

莉亜は思わず朔也を見た。そして瞬間的におかしな考えが浮かんだ。

朔也はずっと外国にいるのに、相馬家の事情を手に取るように把握していると潤から聞いたことがある。

それなら、潤が外でどんなことをしていたか、彼は知っているのだろうか?

「兄さん、分かってるよ。莉亜とは仲良く暮らしていくから」潤は笑顔で莉亜の手に自分の指を絡めた。

朔也は一瞬だけ二人が握り合う手に視線を向けると、すぐにその視線を外して微かに首をかしげた。

莉亜は潤との親密な接触はしたくなかったので、無意識に軽く彼の手を振り払った。

次の瞬間、潤は信じられないといった様子で莉亜の顔を見つめ、すぐにまた彼女と手を繋いだ。

莉亜は自分の行動が潤に恥をかかせると分かっていて、朔也にも挨拶をせずに先に歩いていった。

車に乗り込むと、潤はさっきまでの従順な態度をガラリと変え、お坊ちゃんならではの偉そうな態度を取ってきた。

彼はネクタイを緩め、苛立ったように眉間にしわを寄せた。「また年上だからって偉そうにしやがって。小さい頃からずっとこうだ。

海外で成功したからってなんだってんだ?俺だって国内の事業はそこそこうまくやってる。涼ヶ崎じゃ誰も俺に頭が上がらないんだぞ」

潤は思わずタバコを取り出して、火をつけようとしたが、莉亜のほうを見て我慢した。

「ここ数年どこに行ったって、俺の会社の経営が順調にいってるのは、全部あいつの顔を立ててるからだって言われるんだぞ、俺の功績まで奪っていきやがった。

それにお前もだぞ。さっきわざと手を繋がなかっただろう。あいつの前で俺に恥をかかせるためだったんだろ?」

潤の表情はどんどん冷たくなっていき、口調からも彼の機嫌の悪さが聞き取れた。

莉亜はその言葉を聞いて隠すことなく眉間にしわを寄せた。

莉亜は朔也のことを全て理解しているわけではないが、ここ数年、潤の涼ヶ崎での行動は常軌を逸していて、誰をも見下していた。しかし、いつも裏には朔也の存在があったおかげで彼がやって来られたのだ。

彼女はこの兄弟はとても仲が良いと思っていた。それがまさか潤はこのように兄を尊敬しておらず、心の底では朔也に反発する気持ちが大きく膨らんでいたのだ。

他の状況ならともかく、今のこの二人の状況で、彼が仲良さそうに手を握ろうとするのは、本当に必要のない行為だ。

莉亜は結婚受理証明書が入ったカバンを抱きしめ、堪らず口を開いた。「ずっと手なんて繋いでなかったから、なんか慣れなくて」

車内は瞬時に静かになった。

そうだ、二人が最後に親密なスキンシップをしたのはいつだったか、莉亜ですら思い出せない。

潤は眉をひそめ、指先でタバコをへし折った。「何を言ってるんだ?」

莉亜は彼を見つめて落ち着いた声で言った。「今後は、必要のないスキンシップはあまりしないでおきましょ。気分悪くなるし」

彼女がそう言うと、耳に刺さるような急ブレーキの音が突然響き渡った。

車はサッと誰もいない路肩に止まった。

莉亜はその反動で窓に叩きつけられそうになり、呆然とする中、口を開いた。「何してるのよ!頭おかしいんじゃないの!」

潤は莉亜のほうへ迫り、彼女の顎を掴んで不機嫌そうな顔をしていた。

「莉亜、自分が何を言ってるのか分かってるのか?」

彼に掴まれたところが痛み、彼女は滑稽に思えてきて、彼を押しのけようともがいた。

「私、変なこと言った?最後に手を繋いだのはいつだったか、あなたは覚えてるの?」

潤は表情を暗くした。どこか彼の逆鱗に触れてしまったらしい。「お前、分家のあいつの妻同様、朔也に惑わされたんじゃないだろうな?だから、あいつの前で俺が触れたら振り払ったんだろ。俺との関係を終わらせたいと思ってんのかよ」

「あんたね!何そんな適当なこと言ってんのよ!」莉亜は怒りを爆発させ、力いっぱい彼を押しのけた。「あんたが昔やった不貞な行為を私にまで押し付けようっていうわけ!」

潤は周りからチヤホヤされる朔也にかなり劣等感を感じているらしい。

莉亜がもがけばもがくほど、彼の瞳はどんどん暗くなっていった。

彼は勢いよく下を向き、莉亜の唇をむさぼるように塞いだ。

その瞬間、莉亜は目を大きく見開き、顔を背けてそのキスから逃れようとし、力強く潤の肩を押した。

潤は何度美琴とその唇を重ねてきたことだろうか。莉亜はただただ気持ち悪く、大きく口を開けて彼の唇に噛みついた。

潤はその痛みでやっと我に返り、自分が何をしてしまったのか気づくと、申し訳なさそうに瞳を揺らした。

彼の唇には血が滲んでいた。そしてなりふり構わず莉亜を抱きしめた。「ごめん、莉亜、本当にごめん。莉亜、俺がどうかしてた。さっきは頭に血がのぼってしまって……」

莉亜はすでに全身から力が抜け、助手席で彼に抱きしめられていた。心は凍るような冷たさと嫌悪に満ちていた。

以前彼女はこのように彼から抱擁されることを嬉しく思っていたのに、今ではただ嫌悪感しかない。

「放して」

彼女はかすれた声で言った。「相馬潤、これ以上はあなたに憎しみしか感じなくなるわ」
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 私の代役を愛したことを一生後悔すればいい   第100話

    薫子は話しながら、心の中で愚痴をこぼしていた。ここ数年、家族の中で朔也の結婚を心配していなかったわけではない。以前も、朔也には家柄の釣り合う家の令嬢と政略結婚させようと何人か探してきたのだが、それは朔也に遠回しに断わられてしまったのだ。誰一人として彼のお目にかなう令嬢はいなかった。薫子も彼には結婚の催促を何度もしてきたが、毎回返ってくる言葉は同じだった。朔也はいつも仕事に集中したいと言うのだ。時間が流れ事業はどんどんうなぎ登りによくなっていくものの、恋愛方面については一切動きがなかった。薫子は考えれば考えるほど恐ろしくなってきた。「やっぱり誰か結婚相手の女性を探したほうがよさそうね……最低でもお見合いの席は設けるからね!ずっと恋愛しないで、女性と交流を持っていなかったら、問題が出やすいから!あれはただの弟の女なのよ!それなのにあなたを簡単に利用できるなんて!」朔也はそれを聞いて、眉間を押さえて落ち着いた様子で言った。「母さんは考えすぎなんだよ。昨日は彼女にあんなことをしたんだぞ、そもそもこちらのほうが間違っていたんだ。もし、俺みたいな物事をしっかり見極められる人間がいなければ、昨日の件は言い訳もできないほどのおおごとになっていたに決まっている。その時はどうやって収拾をつけるつもりだったんだ?」昨日自分がした事を思い出し、薫子は後ろめたさを感じたが、すぐにこう言い返した。「過ぎたことなんだから、もういいでしょ……どのみちうちの問題なんだから、あの女がいくら騒ごうとも、世間にばれるようなことはなかったのよ」その言葉に朔也は冷たく鼻を鳴らした。莉亜はもちろん世間にばらすことはないと思った。彼女を閉じ込めたのは相馬家の人間であり、何度も彼女を助けてきたのも相馬家の人間だ。今日、莉亜が何か言おうとして言葉を呑み込んだあのシーンを思い出した。自分への感謝が彼女の顔に書いてあって、朔也は心の底からまた悦が込み上げるのを感じた。薫子は彼を睨みつけながら、頭をフル回転させていた。「もういいわ、余計な事はあまり言わないでおきましょ……これから私のことはきちんと聞いてもらうわよ!そうじゃないと本気であなたを息子だと思わないからね!」朔也は立ち上がった。「お好きにどうぞ。じゃ、まだ忙しいからこれで」翌日、莉亜は目を覚ま

  • 私の代役を愛したことを一生後悔すればいい   第99話

    話している間、薫子はしっかりと朔也の腕をつかんでいた。朔也を連れて行かなければ、絶対にこの手を離すことはないと言わんばかりだった。朔也は仕方ないといった様子で言った。「母さん、先に俺の話を聞いてはくれないのか?」「駄目よ!今すぐ私と一緒に帰るのよ。帰らないと言うのなら……もう私の息子じゃないわ!」薫子がここまで言うのだから、莉亜は立ち上がって言った。「相馬さん、お母様と一緒に帰ってください。それがいいです」朔也へのお礼としてご馳走するのは、また後日約束しても遅くはないのだ。ちょうど莉亜は今日の彼の自分に対する態度に違和感を覚えていた。二人っきりになった時にこの話題を出すべきか迷っていた。莉亜自身も、少し考える時間と余裕が必要だった。薫子はまたぎろりと莉亜を睨みつけた。「相馬家のことはあんたに心配される必要なんてないわ。この女狐め、そんな演技なんてするな!」昨日朔也が莉亜を助けた時、薫子はあまり深く考えていなかった。そもそも自分がしたことは人の道から外れた行為だったからだ。あの時の彼女は、ただどうやって潤の前に立ちふさがっている危機を乗り越えるかだけ考えていた。だから、莉亜を閉じ込めておけばいいと思いついたのだ。それに彼らも別に莉亜を監禁しようとしたわけではない。家では彼女に美味しいものを与えることができたわけだし、ただ莉亜の名前で今回の件は丸く収まったという内容をネットに投稿させようとしただけだ……そして一時の衝動に駆られた気持ちが冷静になってから、薫子は自分のやり方は不適切だったことに気がついた。しかし、今日、朔也と莉亜が二人っきりでいるのを目撃し、彼女はまたすぐに怒りが爆発してしまった。あの二人が去ってから、莉亜はその場で肩をすくめていた。朔也は二度も振り返って彼女に目配せをしてきた。今回の件は絶対にその後何かがあるだろう。しかし、莉亜は朔也とまた食事する約束ができるかどうかは分からない。ちょうどレストランは賑わっていたし、さっき薫子が話す時もそこまで大声で騒いだわけではなかったので、今はそこまで周りから注目されていなかった。莉亜は店員に軽く説明してから、店を離れた。朝早くに秘書の電話で起こされ、それから急いで株主総会に出席して見物し、今はただ眠くてたまらなかった。食事はしなくていい

  • 私の代役を愛したことを一生後悔すればいい   第98話

    三人は車に乗り、秘書が運転し、オンライン会議をする朔也のために、静かな駐車場に車を停めた。朔也はタブレットを取り出すと、その長い指先で画面をタップし、イヤホンをつけた。イヤホンをつけた瞬間、何か思い出したのか、またそれを耳から外して莉亜のほうを向いて尋ねた。「ここで会議して騒がしくないだろうか」莉亜は自分が物音を立てないように、息をひそめてこの会議が終わるまで静かにしていようと考えていたというのに……朔也のほうが彼女がうるさく思わないか心配してきたのだ。莉亜は急いで首を横に振った。「いいえ、大丈夫です。会議を始めてください」朔也は頷いてイヤホンをつけると、暫くして流暢な外国語で話し始めた。彼の声はもともと低音で聞き心地が良い。それが耳に入ると、莉亜はなんだか変な気持ちになるほどその魅力に引き込まれていった。莉亜は耳がくすぐったく感じ、思わず自分の耳をつねった。自分の勘違いかもしれないが、隣で話をしている朔也の声は一瞬だけ止まったように感じた。そしてまた話し始めた時に、その声はさらに小さくなったようだ。会議はおよそ三十分ほど続き、二人がレストランに到着した時には確かにちょうどお昼時だった。莉亜はメニューをめくって見ていた。「このレストランは初めてなので、お店のお勧め料理を注文しましょうか?」朔也から返事はなく、彼女は顔を上げて彼の意見を聞こうとした。しかしその時、彼は真面目な表情で莉亜をじっと見つめていた。その瞬間、心がざわついた。ここ数日、莉亜の心に何度も込み上げてきた、なんともいえないあの直感がこの時最も鮮明になっていた。彼女は前から、朔也が自分に対して特別な気持ちを持っているんじゃないかと薄々気づいていた。しかし、莉亜はそれを確信に変えることはできずにいた。 この二日、朔也が何かあるごとに莉亜を助けてくれていた。それにまたわざわざ重要な会議まで予定を変更して、会社まで赴き、彼女の味方をしてくれたのだ……そこまで考えると、莉亜はメニューを朔也に渡した。「何を食べますか?それとも私が選んだものでも大丈夫ですか?」莉亜がメニューを手渡す時、その手はそのままで引っ込めてはいなかった。細く透き通るような白い指先が朔也の目に飛び込んできた。彼の視線は莉亜のその指先からゆっくりと上に移って

  • 私の代役を愛したことを一生後悔すればいい   第97話

    潤の青ざめていた顔色がますます悪くなっていった。朔也が自分のためにスカッとする言葉を言ってくれたおかげで、莉亜の気分もだいぶ良くなった。会議室を出てからは、他人の議論や憶測など一切頭から捨てさった。莉亜は深呼吸して、緊張状態だった肩の荷が少しおりたように気持ちが楽になった。「スッキリしたかな?」傍にいる朔也がこの時突然口を開いた。莉亜はハッと、傍にこの大物がいたことを思い出し、微笑んで言った。「ええ、とってもスカッとしました。あなたが言っていた面白い事ってこれだったんですね。分かっていたら、早くからここに来て見る準備をしておいたのに」ただ一つ残念に思うのは、さっき美琴がさっさとあの場を退場してしまったことだ。莉亜は本来、美琴と潤が会議室で互いに庇い合い愛情を見せつけようとするシーンでも見てやろうと思っていたのだ。朔也は低い声で笑い、ちらりと腕時計で時間を確認した。「今日は君のためにあの場をセッティングしたんだけど、その礼に食事でもご馳走してもらえるかな?」莉亜は彼に言われる前からその気持ちがあった。これはこれ、それはそれだ。家と株の件はすでにあれで解決しているから、今日の事は莉亜も朔也にはしっかりお礼をしようと思った。彼女はニコリと笑った。「ちょうどお昼時ですもんね、何を食べたいですか?あなたが決めてください」莉亜がこのように積極的な姿勢を見せるので、朔也は少し意外だった。瞳を微かにキラリと光らせ、彼は真面目に答えた。「この付近に新しいレストランがオープンしたらしい。その評判もなかなかだ。そこに行ってみないか?」朔也はまた腕時計を一目見て、腕を彼女の前に伸ばして見せた。「今から行きますか?到着して注文していたら、昼の時間になりますね」莉亜もさっきの会議がここまで長引くとは思っていなかった。行く前は普通の株主総会だと思っていたのだ。それがまさか、潤があの大切な妻のために、会社で社員たちの前で自分と公然と争う姿勢を見せるとは思っていなかった。相馬潤という男は私生活は乱れているが、仕事においては野心を持った人間だと思っていた。しかし、今日の出来事によって、彼をよく見せてくれていたそのフィルターが完全に剥がれ落ちてしまった。それを考え、莉亜はまた感謝して朔也のほうを見た。「本当にありがと

  • 私の代役を愛したことを一生後悔すればいい   第96話

    美琴の誰が見ても憐れを誘うような顔を莉亜は目にしてから、彼女は瞳を冷ややかに細めさせた。そして、潤は黙って美琴をちらりと見た。目の前のこの状況をどうすることもできない無力感が漂っている。美琴は我慢できずにすすり泣きを始め、みんなの前で涙を流した。「わ……私はずっと仕事には誠実で努力してきました。会社に悪い影響を与えるようなことは一度もしていません。仕事には責任を持ってやってきたんです。私はただ……」そこまで言うと、自分の口を押さえた。「もういいです。こういう話はするべきじゃないし……」彼女は顔を手で覆って、そのまま駆けだした。この時、会議室は静まりかえっていた。今ここに座っているのは、発言権のある株主たちばかりだが、今彼らは他の人物の顔を立てなければならない。朔也だけが、他人の顔色をうかがうような必要はない。彼はペンを指先でくるりと回し、優雅にその場にいる全員を見ていた。「他に何か、話し合うようなことがありますか?」朔也が口を開いた瞬間、周りの株主たちはまた、沈黙した。彼らは心の中で疑問を抱いていた。相馬朔也という人物を前にして、誰が発言できるというのだろうか。この時、潤はさっき美琴が去っていったシーンを何度も思い返していた。彼女のことをすぐにでも追いかけたかったが、朔也と莉亜を見た瞬間、体が動かなかった。彼は石にでもなったかのように、その場に立ち尽くしていた。会議室には暫くの間口を開く人間はいなかった。そして莉亜がようやくどうでもよくなって言った。「みなさんもどうせご存じなので、この場をお借りして説明させてください。私が持っていた株は全て譲渡することにしました。そしてそれを購入したのはここにいる相馬朔也さんです。今日から彼がこの会社の株主の一人になります。つまり私の今までのポジションが彼にかわったということです。今後、このような会議には私はもう参加しません」そう言い終わると、彼女は立ち上がり、全員に向かってお辞儀した。「今まで、ご協力とみなさんのご支持に感謝いたします」最後の最後まで、莉亜は体面を保った。そう言い、彼女はヒールの靴をコツコツと鳴らしてその場を離れようとした。呆然としている潤の横を通り過ぎる時、彼は突然ハッと我に返り、莉亜の腕を強くつかんだ。「莉亜、何度もお前に言っただろう。

  • 私の代役を愛したことを一生後悔すればいい   第95話

    莉亜が上司のセクハラを受けていた秘書を助けてあげてから、何か社内で怪しい動きがあると、この秘書がほぼ莉亜に教えてくれるようになった……思い返してみれば、昔この秘書もこっそりと何度か潤と美琴があまりに親密だと教えてくれたことがある。しかし、過去の莉亜はそれを信じようとしなかった。これを思い出し、莉亜の口調はかなり優しくなった。「教えてくれてどうもありがとう。だけど、たぶん私は出席しなくてもいいわ」彼女は今、全くもって潤と美琴の二人に会いたくなかった。この日、彼らが臨時の株主総会を開くのは、莉亜と潤に関係しているのかもしれない。しかし、持っていた株はすでに他の人に譲渡したので、莉亜はこれ以上彼らと揉めるのは面倒だった。「とりあえず行かない。もし何か突発的な状況があれば、またこっそり教えてね」秘書がそれに理解を示し、電話を切った後、莉亜の携帯に朔也からのLINEメッセージが届いた。【やっぱり来てくれないかな。君が興味のあることが起こるかもしれないと思うんだよ】そのメッセージを見ると、眠気が一気に消えてしまった。朔也のこの意味は、つまり行けば何か面白いものが見られるということだろうか。莉亜は口角を上げ、思わず顔をにやつかせた。そして秘書にやはり株主総会に出席すると送っておいた。彼女は起きて顔を洗い黒いスーツスカートを着用して、ロングヘアを一つにまとめあげた。完全にできる女といった様子だ。会社の会議室にて。潤は慰めるように隣に座る女を見つめ、テーブルの下で彼女の手を優しく引っぱった。まるで無言の慰めのようだ。忘年会での事があってからこの数日間、美琴はずっと緊張しっぱなしだった。彼女は優しく潤の手を触っていた。もちろん、近くにいる莉亜はこの二人のコソコソした動きを見逃さなかった。彼女は心の底で冷たく笑っていた。周りを見まわしてみたが、朔也の姿はなかった。それが莉亜の心に懐疑心を生じさせた……そしてちょうどこの時、朔也が会議室の扉を開けた。朔也の姿を見た瞬間、潤はすぐに立ち上がった。「兄さん、どうしてここにいるんだ?」朔也は自分の会社を持っている。普段、潤の会社などに構うことはほとんどない。この会社が成立してからもう長い。朔也が帰ってきたのは指で数えられる程度だが、その数回というのが、

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status