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第8話

Author: 心の底
潤は体をこわばらせ、そっと莉亜を掴む手を離した。力がかなり入っていたらしく、関節部分は血の気がなく白くなっていた。

彼は皮肉な笑みを漏らしたが、何を思っているのかは読み取れない。

「莉亜、お前は大したもんだよ」次の瞬間、彼はアクセルを踏み込んだ。

その途中、どちらも言葉を発することはなかった。

家に帰ると、潤はすぐシャワーを浴びた。

莉亜は結婚受理証明書の入ったカバンを手に、二階に上がろうとし、一歩踏み出した瞬間後ろから携帯の呼び出し音が響いた。

彼女は足を止め、その携帯を取りに行った。

携帯画面には、ただイニシャルの「M」だけが映っている。

莉亜はそれを見て目を細めた。女の勘が告げている。

その相手は絶対に美琴だ。

莉亜は携帯画面をタップし、その電話に出た。

すると携帯越しに甘えた声が聞こえてきた。

「あ・な・た~、私寂しいわ。

ちょっと潤、なんで何も言わないのよ?」

それを聞いた莉亜はバカバカしくなり、冷ややかに皮肉の言葉を吐き出した。「生田さん、タイミングが悪かったですね。潤なら今シャワーを浴びてますから、ちょっと待っててください。今彼を呼んで来ますので」

電話の向こうの美琴はギクリとした。「なんであなたが出るんですか?」

莉亜はそのまま二階へ上がっていった。

すると、潤が焦った様子でバスローブをまとって出てきた。鍛えあげられた胸板にはまだ水滴が残っている。

彼は少し慌てていて、莉亜が携帯を手に持っているのを見ると、驚いた。

「莉亜……」

「生田さんからよ」

莉亜は眉を吊り上げて、携帯を彼に渡した。

潤は居心地が悪そうにその携帯を受け取ると、すぐに上の階にある部屋に行って電話に出ようとした。

その後ろから、ゆったりと彼を呼ぶ莉亜の声が聞こえてきた。「どうして私に隠れてコソコソ電話するわけ?」

潤は全身を硬直させ、彼女の前に立ち止まった。「そんなことないさ。うるさいかなって思って」

「そんなことないわよ。スピーカーモードにしたらいいじゃない。私も彼女がこんな夜遅くに何の用なのか知りたいし。さっき、電話に出たらすぐに『あ・な・た~』とか叫んでたわよ」

莉亜は階段の手すりに寄りかかり、落ち着いた様子で腕を組んで見ていた。

潤は体の動きをピタリと止め、すぐに言った。「きっと俺と旦那さんを間違えて電話しちゃったんだろ」

彼は携帯の向こうにいる美琴に、不機嫌そうに距離感のある口調で言った。「生田さん、今度電話する時は、かける相手を間違えないようにしてくれよ。誤解を招くからな」

そう言うと、潤は冷たくその電話を切り、莉亜のほうを向いて、おそるおそる彼女の顔をうかがった。

「莉亜、彼女はかけ間違えただけだから、誤解しないでくれ。彼女も夫がいるんだ、俺とはどんな関係もないんだよ」

莉亜は何も言わずに彼の横を通り過ぎた。

彼女はシャワーを浴びて横になっていた。そしてその後、潤が部屋に入ってきた。

莉亜はまだ完全には眠りについておらず、潤がベッドの端に座り彼女に布団をかけ直すのを感じた。

すると、潤は携帯を手に取り誰かに返信していた。

その携帯画面の明りが、莉亜の目に突き刺さるようだった。

彼女は目を細め、潤の携帯に映るチャット画面を見た。

それは潤が持つ、もう片方のLINEアカウントだ。

美琴の名前は最近見た、あの「ハニー」だ。

美琴が尋ねた。【潤、どうしてあなたの携帯に彼女が出たの?びっくりしちゃったじゃないの】

潤はそれに返信した。【美琴、これからはこの携帯に電話をかけないようにして。何かあるなら東堂を通して俺に連絡するんだ】

東堂海斗(とうどう かいと)。

それは潤の秘書の名前だ。

莉亜は布団の下で、ゆっくりと拳を握りしめていた。

海斗は昔、小鳥遊グループに勤める人間だった。莉亜の父親の腹心とも呼べる人物の息子で、彼女との関係も良好だった。

小鳥遊家が没落した後、海斗の小鳥遊グループで働く人生設計は白紙となってしまった。

海斗の父親の頼みで、数年前に潤が莉亜の気持ちを取り戻そうと必死になっていた頃、条件を出して海斗を相馬家が経営する会社に引き入れてもらったのだ。

莉亜はその時、海斗は信頼できる人物だと思い込んでいて、潤に裏切られた傷を交換条件にして彼を会社に入れたわけだ。

しかし、海斗は表面上は莉亜に忠実なように見せておいて、裏では潤と美琴の関係を知りながらその事実を隠ぺいする手助けをしていた。

気分が最高に悪い。

莉亜はうまく呼吸ができなくなっていた。そしてまた潤が美琴に返信する内容を確認した。【彼女はもう寝てしまったから、今から行くよ。あのヒラヒラの可愛いスカートを着て待っててね】
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