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何で。どうして。 私には用意してくれなかったのに、どうして胡桃には簡単に指輪をプレゼントするの。 それに、どうして誠司は当然のように、左手の薬指に胡桃と揃いの指輪を付けているの──。 そんな言葉が、もみじの頭の中でぐるぐると巡る。 「酷い……こんなのって、酷過ぎるわ……」 もみじの視界が、じわじわと滲んで行く。 もみじが、どれだけ婚約指輪と結婚指輪に強い憧れを抱いているか。 それを誠司は知っているくせに、こうして胡桃には簡単に与えるのだ。 落ちたスマホは、未だに胡桃のストーリーが流れている。 食べきれなかった料理は、なんの躊躇もなく、無惨にもゴミ箱に雑に捨てられて、ストーリーは終わっていた。 ◇ NEW ISLAND。 そう、社名が掲げられた会社が入っているビルの前に、もみじは立っていた。 もみじと誠司が結婚している事は、誠司の会社でもあまり知られていない。 何故なら、誠司がもみじが会社に来る事を嫌がるからだ。 ただ、誠司が結婚している事も、既婚者だと言う事も隠してはいない。 だから彼の会社で働く社員は、誠司が結婚している事も知っている。 ただし、妻がもみじだという事は知らないが──。 誠司の会社で働いている社員達は、皆もみじの義妹である胡桃を誠司の妻だと思っている。 胡桃は度々誠司の会社にやって来るし、誠司が嫌な顔1つ見せずに胡桃を社長室に迎え入れるからだ。 どんなに忙しくても、誠司は胡桃をぞんざいには扱わない。 だから、誠司の会社の社員たちは「社長は愛妻家」だなんてイメージを持っているのだ。 ビルに足を踏み入れたもみじは、会社が入っている階のボタンに手を伸ばし、エレベーターの「閉」ボタンを押した。 すると、押した直後に「乗ります!」と言う男性の声と、急いでいるような足音が聞こえ、もみじは慌てて「開」ボタンを押した。 「すみません!ありがとうございま──」 「いえっ、あっ、きゃあっ!」 エレベーターに駆け込んで来た男性が、エレベーターの入口にいたもみじと正面からぶつかってしまう。 「すみません、大丈夫ですか」 「ご、ごめんなさい。私こそぼうっとしていたから」 「いえ、俺がちゃんと確認せずにエレベーターに駆け込んだから……どこにも怪我はありませんか?」 もみじは、ぶつかってしまった自分の顔を手のひらで軽
【やだー!零しちゃった、ごめんね♡】 【いや、気にしないでくれ。安い料理だ。零れた分は捨てれば良い】 【ふふふっ、優しいわね、大好き♡】 【はいはい、俺も大好きだよ】 もみじのスマホから流れる、聞きなれた男女の声。 顔を見なくたって分かる。 「胡桃と、誠司──?」 もみじは、突然流れだしたストーリーの動画に、驚いて座り込んでいた体勢から何とか立ち上がると、よろよろとスマホが置いてあるテーブルに戻った。 スマホの画面には、胡桃ともう1人の男性──それは、誠司なのだが。 顔は映らないように調整されている。 胡桃と男性が、仲睦まじい様子で料理を食べている様子が映っていた。 「私が……作った料理……」 誠司のために。 2人の記念日のために、ともみじが愛情を込めて作った料理だ。 2人でテーブルを挟んで食べようと思っていた。 それなのに、もみじが作った料理は、動画の中でぞんざいに扱われ、零れたと言う理由で殆ど手をつけていない料理が捨てられていた。 【ねえ、どれが食べたい?私が食べさせてあげる♡】 【うーん、君が食べさせてくれるなら何でもいいよ】 【じゃあ、これかなぁ。はい、あーん♡】 胡桃の甘ったるい声と、誠司の低くて落ち着いた声がスマホから流れる。 胡桃はあろう事か、もみじが作った料理を誠司の口に運んでいる。 誠司も、慣れたように胡桃の手から差し出された料理を口を開いて待ち、食べている。 そんな、傍から見たら仲の良いカップルに見えるだろう2人。 その証拠に、そんな胡桃のストーリーのコメントには、ハートマークが沢山つき、拡散されている。 【可愛い胡桃ちゃんと、優しい彼氏さんは理想のカップルだね】 【いいなぁ、可愛い胡桃ちゃんにあーんって俺もして欲しい】 【胡桃ちゃんの彼氏さんって凄いイケメンっぽいよねぇ、いいなぁ】 などなど、沢山のコメントがついている。 誰も、まさか胡桃の動画に映る男性が既婚者で。 胡桃は、その妻の義妹だなんて知らないだろう。 もみじの目に、とあるコメントが飛び込んできた。 【いいなぁ、彼氏さんとのペアリング】 【しかも、あれってあそこのブランドだよね?入手困難って言われているのに、凄い!】 え、ともみじの思考が止まる──。 「ぺあ、りんぐ……?」 たどたどしく口にした言葉。 一瞬遅れ
「──ぇ」 もみじの声が、ぽつりと零れる。 どうして胡桃が、誠司から指輪をプレゼントされているのか──。 自分には、婚約指輪だって。結婚指輪だって用意してくれなかったのに。 誠司は、会社が軌道に乗ったら。 もっともっと稼げるようになったら、もみじが驚くほどの結婚式を挙げよう、と言われていた。 それに、指輪も結婚式の時にもみじに喜んで欲しいから、と婚約指輪も、結婚指輪も誠司は用意してくれなかった。 だから、もみじは誠司と結婚して2年も経っていると言うのに、もみじの薬指には指輪ははまっていない。 左右、どちらにも、だ。 「指輪は、特別な証なんじゃないの……?だから、誠司も……指輪はもうちょっと待ってって、言ってたのに……」 それなのに。 もみじの義妹、胡桃にはこうしていとも容易く誠司は指輪をプレゼントするのだ。 もみじがずっと焦がれているものを。 長年、誠司から贈られるその時をもみじが心待ちにしていると、誠司も分かっているはずなのに──。 ガツン、と頭をハンマーで殴られたような衝撃だ。 たった1枚の写真。 されど、そのたった1枚の写真がもみじの心をズタズタに切り裂いた。 もみじが放心している間にも、胡桃からの通知は再び送られてくる。 ──チロン、チロン。 軽快な音を立てて送られてくるのは、SNSの通知。 それは、胡桃がたった今投稿したばかりのお知らせだった。 画像と、ストーリー。 もみじは、何も考えず、無意識にスマホを見てしまう。 そこに映っていた画像に、もみじは再び胸をぐさり、と刺されるような痛みを感じた。 【大好きな人がすっごい豪華な食事を用意してくれた♡】 そんな投稿と共に、見覚えのある料理が胡桃の笑顔と一緒に映っている。 そして、背後には顔は映っていないし、ぼやけていて良く分からないが、男性が映っている。 胸あたりからソファに座っているのか、膝辺りまでが映っており、その男性の腕に着けられている腕時計にも、もみじは見覚えがあった。 「──誠司、まさか……」 もみじは、リビングのテーブルから勢い良く立ち上がると、冷蔵庫に向かった。 急いで扉を開けて中を確認する。 昨夜、もみじが時間をかけ丁寧に作った豪華な食事の数々。 記念日だから、と誠司の好きな物を沢山作った。 日持ちがするように、誠司が帰ってき
翌日。 もみじが起きた時には、既に誠司は会社に行った後だった。 昨日、あれからもみじのスマホには誠司から謝罪も釈明もなく。 ただ最後の通話履歴が残っているだけだった。 「──はあ」 もみじは溜息を零し、のそりとベッドから起き上がり、身支度を始める。 晴れない気持ちのまま、もみじがリビングに向かうと、リビングのテーブルには昨夜は無かった物がどん、と存在感を放ち、置かれていた。 「──えっ、薔薇の花束……?それに、これは……プレゼント……?」 さきほどまで沈んでいたもみじの表情が、少し明るくなる。 家には誠司の姿は既に無い。 だが、誠司ももみじが誕生日だと言う事も。 そして、昨夜が2人の記念日だと言う事も、分かっていたのだ。 それなのに、胡桃の元に行っていた自分の夫に怒りを覚えていたのに。 だが、誠司からのプレゼント一つだけでもみじの気持ちはふわり、と軽くなり表情も明るく変化する。 「誠司……ちゃんと私の誕生日を覚えてくれていたんだ」 薔薇の花束と、プレゼントに添えられたメッセージカードを手にしたもみじは、それに添えられている誠司からの言葉を見て、口元がゆるりと緩む。 「大変、薔薇の花が萎れちゃう。早く花瓶に移してあげないと」 ぱたぱたと急いで薔薇の花を花瓶に移し終えたもみじは、リビングのテーブルに着いて誠司からのプレゼントを開封した。 包装紙を丁寧に剥がし、細長い箱をぱかりと開けると。 そこには華奢なチェーンに繋がれた綺麗なトップの付いたネックレスが入っていた。 「──綺麗」 お洒落で、綺麗で。だけど、普段使いも出来そうなデザインだった。 もみじがそのネックレスを手に取り、うっとりと眺めているとちょうどその時もみじのスマホがブブッ、と振動した。 「もしかして、誠司?」 もみじは、誠司がメッセージを送ってくれたのだろう、と躊躇いもなくその通知をタップしてスマホを開く。 もみじの視線はネックレスに殆ど集中していて、その通知の送信相手を確認していなかった。 だから、そこに書かれている「胡桃」の文字も、もみじの目には入っていなかった。 ネックレスを大事に箱にしまい直し、もみじは誠司からだと思っている連絡を確認しようとスマホに視線を落とした。 すると、そこに書かれていた文字が目に飛び込んで来る。 【私が選んであげたネ
──ガチャリ。 鍵が開き、玄関の扉が開く。 「もみじ……もみじ、寝てるのか?」 誠司は、真っ暗な玄関とリビングに、溜息を吐いた。 手に抱えていた薔薇の花束ともみじの誕生日プレゼントをリビングのテーブルに置き、そっと寝室に向かう。 ベッドはこんもりと盛り上がっており、もみじが寝ている事を確認した誠司は溜息を零し、リビングに戻った。 ネクタイを緩め、冷蔵庫を開けてビールを取り出す。 綺麗にラップをされたご馳走が冷蔵庫の中に所狭しと収められていて、誠司は流石に申し訳ない事をしたか、と少々反省した。 リビングにある時計を確認してみれば、時刻は夜中の2時。 すぐに帰る、ともみじに伝えたが、結局胡桃が泣いてしまってすぐに帰ってくる事は出来なかった。 「──まあ、誕生日なんてまた来年祝えばいいしな。胡桃が寂しいと言うんだから仕方ない。もみじは胡桃の姉なのだから、少しくらいは我慢してやるべきだ」 うんうん、と誠司は頷きつつ風呂場へ向かう。 「胡桃は素直に甘えて可愛いからな、仕方ない。それに、俺の会社を設立する時に手伝ってくれたのも、胡桃とご両親だ。もみじはただ応援するだけで、何の役にも立っていない」 シャワーを浴びるためにワイシャツを脱ぎ、スラックスをストンと落とす。 「胡桃は、自分で稼いだ金を設立の費用に宛ててくれ、と言ってくれたのに対して……もみじはなぁ……胡桃の健気さを少しでも見習って欲しいものだ」 風呂場のドアを開けて中に入る誠司。 熱めのシャワーを頭から被り、さっぱりとする。 シャワーを浴びる誠司の胸には、至る所に赤い鬱血痕が付けられていた。 風呂場の鏡を見て、誠司はその鬱血痕──胡桃が付けたキスマークを見て、うっとりと目を細める。 「まったく、胡桃は可愛い事をするな……」 でれっと頬を緩めた誠司は、鼻歌を歌いながら体と頭を洗い流し、上機嫌で風呂を出る。 「プレゼントにカードも付けたし……もみじもこれで機嫌が直るだろう」 しかも、今回は誕生日だから薔薇の花束付きだ。 「もみじは感動して咽び泣くかもしれないな」 誠司はリビングに戻ると、冷蔵庫を開けて小腹を満たすためにもみじが作ったサラダを適当につまむ。 「──うん、美味い。もみじは料理だけは昔っから得意だったもんな……。他は何の取り柄もないが、料理だけはピカイチだ。これ
大好きな人から、大好きな夫から「離婚」を切り出されるたびに、もみじの心は傷付いた。 そんな風に簡単に離婚を口にしてしまえるほど、誠司はこの結婚について重く考えていないのでは、ともみじの心にはもやもやとしたものが積もっていくようで。 もみじの手に持ったスマホには、先程から飽きる事なくSNSの通知が届き続けている。 ちろん、ちろん、と軽快な音を奏で、通知を知らせる。 もみじはふ、とスマホに視線を落とす。 「多分、また胡桃よね……」 普段は無視するが、今日は何の気なしに見てみようと気持ちが傾いた。 もみじはスマホを操作し、届いたSNSを開く。 そこには、1枚の写真と共に胡桃の書いた文章が乗せられていた。 【大好きな人と♡】 その文言が書かれた写真は、女性の手が映っている。 ほっそりと白く、しなやかな手。 その奥には、ぼやけているけどスーツを着た男性が胸元まで映り込んでいた。 顔は映っていなくとも、もみじには分かる。 毎日誠司が会社に出社する際、もみじが誠司のワイシャツからスーツ、スラックス、そしてネクタイを用意するのだ。 今日の朝、もみじが選んだネクタイがその画像にははっきりと映り込んでいた。 そして、次の写真には。 【だっさいネクタイをしてたから、私がネクタイをプレゼント♡】 【彼ったら、喜んですぐにプレゼントしたネクタイを付けてくれた♡】 【前のダサいネクタイは、引き出物でもらったんだって】 「──は、はは……っ」 引き出物、引き出物ね、ともみじは呟く。 「このネクタイ……、誠司さんが会社設立した記念にプレゼントしたやつだったのに……。あんなに喜んでくれてたのに……」 数年前誠司は、デザイン会社を設立したのだ。 その設立記念に、もみじがプレゼントしたネクタイ。 当時もみじは、大学生でバイトを掛け持ちして、ブランドのネクタイを彼に贈った。 その時、誠司は涙を流して喜んでくれていたのだ。 このネクタイは、もみじが俺のために大変な思いをしてプレゼントしてくれた、世界で1つだけしかない特別な物だ、と喜んで当時は度々そのネクタイを付けて会社に行っていたものだ。 大事に使い、汚れてしまわないように注意を払い、何年も使ってくれていたネクタイ。 それが、躊躇いもなく、ダサいから。 そんな理由で簡単に胡桃の選んだネクタイを







