INICIAR SESIÓN(心配──?胡桃が?嘘ね。私が誠司と離婚するのを誰よりも、何よりも喜ぶのは胡桃なのに。それなのに心配するなんて……胡桃は私と誠司の離婚を思いとどまって欲しいの……?何のために……?) もみじが考え込んでいる間に、誠司の言葉は続いていた。 何やらずっと喋っているが、もみじの耳には1つも届いていない。 そんなもみじの態度に苛立った誠司は、声を荒らげてもみじの腕を掴んだ。 「──おい!聞いているのか、もみじ!」 「痛っ」 強い力で腕を掴まれたもみじは、痛みに声を漏らした。 その声に反応した誠司が青い顔でもみじの腕からぱっと手を離す。 「わ、悪い──」 誠司が声を発した瞬間。 誠司のスマホの着信音が鳴り、静かな部屋に着信音が軽快に鳴り続ける。 誠司は気まずそうな表情のまま自分のスマホを取り出すと、驚きに目を見開いた。 「──胡桃!?」 「……」 着信は胡桃からのようだった。 誠司は慌てて電話に出る。 「も、もしもし胡桃か!?急にどうしたんだ?」 誠司の声音は、とても優しく甘い。 かつてはもみじに向けられていたそれが、今は胡桃に向いている。 今、誠司は帰国していて胡桃は1人E国に残っている。 その不安が誠司の頭には残っていたのだろう。 胡桃を気遣うような感情が顕著に現れていて、もみじは再び笑ってしまった。 〈誠司……〉 静かな室内だからか、スマホの向こうに居る胡桃の声ももみじには良く聞こえた。 胡桃の声はか細く、誠司に甘えるような響きが現れていた。 「どうした、胡桃?」 〈どうしよう、誠司……凄くお腹が痛いの……〉 「何だって!?」 〈今まで経験した事がないくらい痛くて……心細くて……お仕事で戻ってるのに、こんな事で電話してごめんなさい……〉 胡桃の震える声と、ぐすっと鼻を啜る音がもみじの耳にも届いた。 誠司は胡桃の言葉を受けて顔色を真っ青にすると、電話を続けながら急いで部屋に向かった。 「大丈夫か、胡桃!分かった、今からそっちに戻るから、救急車を呼んでおけ!」 〈でも、海外でお医者様にかかると……〉 「俺が支払うからそんな事を気にするな!いいか、絶対に救急車を呼ぶんだ!搬送された病院が分かったら俺に連絡をするんだぞ!」 誠司はそう叫びながら自分の部屋の扉を開ける。 急いでE国に戻るつもりなのだろう。
タイミングよく鉢合わせてしまったもみじと誠司。 もみじは、誠司に振り向くと離婚届について聞こうと口を開いた。 「誠司、私が昨日渡した離婚届と離婚協議書は?まだサインしてくれていないの?」 「……仕事から帰ってきた夫に対して迎え入れる挨拶もなく、それか。随分と厚かましくなったな、お前も」 誠司は吐き捨てるように言うと、もみじの隣を「退け」と言いながら通り過ぎる。 誠司から軽く手で押されてバランスを崩したもみじは、よろりとふらめきテーブルに軽くぶつかりつつ、それでも誠司に言葉を続ける。 「もうこんな風に生活するのが嫌なのよ。誠司、あなたと一緒に居てもストレスが溜まるばかりで心が休まらないの。だからこんな事は早く終わりにしたいの。私との関係がなくなれば、誠司だって胡桃と一緒になれるからいいじゃない」 「──っ、またお前は胡桃、胡桃と!実の妹に嫉妬するのはやめろ!俺と胡桃はそんな関係じゃないと言っているだろう!」 誠司は叫びながら自分の鞄から昨夜もみじから渡された書類を取り出すと、テーブルに叩き付ける。 「それに、離婚の条件がやはりおかしい!俺には何も望まないなんておかしいだろう!俺と別れたらお前は無一文になるんだぞ!?それなのに、それでもいいから別れたいと言うのはやっぱりおかしい、と胡桃も言って──」 そこまで捲し立てた誠司は、はっとして口を噤む。 誠司の言葉を聞いていたもみじは、険しい表情で口を開いた。 「どうしてそこで胡桃の名前が出てくるの?……まさか、離婚協議書を胡桃にも見せたの?」 「……そうだ。お前の妹なんだし、別に見せても何ら問題は無いだろう」 「専門家に見せて確認してもらうのだったら分かるわ。だけど、それ以外の人間に見せるのは嫌よ。そもそも、胡桃は関係ない人でしょう。どうして胡桃に見せる必要があったの」 まだ、百歩譲ってもみじの両親に確認とアドバイスのために見てもらうのなら分かる。 だが、それだって百歩譲って、だ。 それにも関わらず、何の関係もない自分の妹に大事な公的書類を見せるなんて──。 誠司の対応に、もみじは呆れ果て、開いた口が塞がらない。 「……別に隠す事でも無いだろう」 「ええ、そうね。……それで、胡桃はなんて言ってたのかしら?喜んでた?それとも怪しんでいた?」 「喜ぶ、なんて……!自分の姉が離婚するか
「以前俺が連絡した内容だが……調べはついたのか?」 「どうして私が調べなきゃならないのかしら?それに、万が一私が情報を持っていたとして、どうしてあなたに教えなきゃいけないの?」 「……俺はNEW ISLANDの社長だぞ?お前の蘭デザインより社員数も多く、会社もうちの方が大きい」 だから持っている情報を教えるのは当たり前だろう? そんな不遜な態度でふんぞり返っている誠司に、蘭は呆れたようにため息を吐き出した。 「会社が大きいからってそれが何だと言うの?そんなに情報が欲しいならご自慢の大きな会社の権力を使って情報を取ればいいじゃない」 「──っ、小賢しい言い訳をするな!俺が欲しているのだから、お前は大人しく情報を渡せばいい!」 「新島社長……あんた、いつからそんな傲慢な人間になっちゃったのよ……」 蘭は目を細め、誠司をじっと見つめる。 昔の誠司を知っているからこそ、蘭は今の誠司の変わりように驚いた。 確かに多少なりとも傲慢な部分があったかもしれない。 だが、誠司がもみじと付き合っている当時を知っている蘭は目の前に居る男の変わりようが信じられなかった。 「……男って本当に駄目ね、付き合う女1つで変わってしまうなんて」 「何を意味の分からない事を……!早く教えてくれ!駅舎について何か情報を掴んでいるんだろう!?」 誠司の大きな声に蘭はため息をつくと、きっぱりと口にした。 「知らないわ」 「──は?何だと……?そんなはずは……」 「私の実家の事を知っていて、アポも取らずに無理やりやって来たんでしょうけど……私は今実家とは距離を置いているの。……勘当されているような物だから、何の伝手もないわよ」 「……っ」 蘭のあっさりとした返答に、誠司は信じられないと言うように目を見開いた。 蘭の情報をあてにしていたのだろう。 だが、実家との確執までは調べていなかった誠司は、完全にあてが外れた、た愕然とした。 「──そんな、それじゃあ……今回俺が戻って来たのは……」 「完全な無駄足だったわね。ご苦労さま」 もういい?と言うように蘭は誠司に向けていた顔をパソコンに戻してしまう。 はっきり誠司の存在を排除してしまった蘭には、これ以上話しかけても無駄だろう。 それに、実家と折り合いのよくない蘭は本当に何も情報を持っていないのかもしれない。
──トントン、と書類を纏めた久保田はもみじに向かって口を開く。 「さて……それでは離婚についてはこの流れで進めて行きましょう」 「はい、お願いします久保田先生」 「こちらこそです、新島さん。絶対に新島さんの条件を相手に飲ませましょうね」 ぐっ、と拳を握って笑顔で声をかけてくれる久保田に、もみじも自然と笑みを浮かべた。 「はい!絶対に夫に条件を飲ませます!ありがとうございました、久保田先生」 「ええ、それではお見送りいたしますね」 もみじと久保田は席から立ち上がり話をしながら出入口に向かう。 久保田に見送られたもみじはエレベーターに乗り込み、事務所を後にした。 「さて、これからどうしようかしら」 事務所を出たもみじは、腕時計で時間を確認しつつ歩き出す。 「あまり早く家に帰って、誠司と顔を合わせるのも嫌だし……あ、でも書類にサインをしてくれたかな?」 もしそうだったら、一刻も早く家に帰り書類を役所に提出しに行きたい。 「誠司が会社に行ってくれていればいいんだけど……」 そして、早くE国に帰ってくれればいいのに。 もみじはそう思ってしまった。 ◇ 「──はあ!?また来たって言うの!?」 蘭デザイン、社長室。 社長室には一ノ瀬 蘭の不機嫌な声が響いた。 彼女の秘書である蜂須賀 絢(はちすか あや)は、蘭の声に肩を竦めて困ったように答えた。 「ええ……お断りしているのですが、会ってくれるまで帰らない、と……。どうなさいますか社長?」 「……仕方ないわね。私には協力出来ないって事をきっぱり言って帰ってもらいましょう。いいわ、通して」 「かしこまりました」 蘭の言葉に、蜂須賀は一礼すると部屋を出て行く。 蜂須賀が出て行ってすぐ、再び社長室の扉が開かれた。 開いた扉から入ってきたのは誠司だ。 「……今日はもみじは居ないんだな」 ふん、と鼻を鳴らす誠司の言葉を無視した蘭は、デスクに座ったまま口を開いた。 「新島社長、このようにアポもなく来られては迷惑です。要件をおっしゃってください、そしてすぐにお引き取りください」 「……この会社では、来客にお茶の1つも出さないのか?」 「生憎と新島社長は私がもてなしたいお客様ではございませんので」 冷たい態度の蘭に誠司は鼻を鳴らすと、許可されていないと言うのに、室内にあるソファーに
「──?胡桃が出ないな、どうしたんだ?」 あれから、いくら電話をしても胡桃が誠司の連絡に出る気配がない。 だが、それもそのはず。 時差があるため、こちらが朝の今、E国はまだ夜中だろう。 時差の事を思い出した誠司は、慌てて電話を切るともみじから渡された離婚届と離婚協議書を写真に撮り、胡桃へ送った。 誠司は、もみじがまさかこんな事を言ってくるとは思わなかった。 それに、協議書に記載されている条件がどうしても引っかかる。 そのため、もみじの妹である胡桃の意見も聞いておきたいと思った誠司は細部までしっかり写真に撮り文章を打つと、胡桃に送信する。 「……後は、胡桃から返信があるのを待つのみか。……昨日は一ノ瀬社長に門前払いを食らったが、今日こそは会ってもらって……駅舎の情報を持ち帰らねば……」 全ては、胡桃のために。 「もみじのせいで、胡桃が諦めてきた物を……俺が全部叶えてやるんだ」 誠司は使命感に燃え、拳を強く握った──。 ◇ 久保田法律事務所。 もみじは自分の目の前に出された紅茶を一口飲むと、その紅茶の美味しさにほうっと息を吐いた。 目の前には、弁護士の久保田。 久保田は難しい顔で顎に手を当て、考え込んでいるようだった。 今日は、久保田との約束があったため、もみじは誠司との会話を切り上げてから急いで外出の支度をし、家を出たのだ。 約束の時間ぴったりに事務所に到着し、もみじは誠司との間に起きた事を全て久保田に話していた。 (数日前に久保田弁護士から離婚協議書が送られてきていて本当に良かった。タイミングが良かったわ) もみじがそんな事を考えていると、それまで考え込んでいた久保田が顎から手を離し、顔を上げた。 「……このタイミングで帰国した理由、新島さんは不倫相手のために旦那が仕事を取ろうとしていると予想されていると?」 「ええ、そうだと思います。昨日、デザイン会社を経営している友人と会っている時、その友人に夫からその仕事に関連する連絡がきた、と。そして、その後アポもなく不躾にも突然訪問してきたんです」 「──夫が、ですか?その場で訪問の理由は告げましたか?」 「いいえ、はっきりとは認めていません。だけど、私が居るからその話を切り出さなかったのかと……」 「ならば、新島さんが居ない時にご友人の会社に旦那さんが再び訪問する可能
「不倫──、不倫ですって……?私が……?」 もみじは誠司の言葉を聞いた瞬間、はっと嘲るような声が出てしまう。 よりにも寄って、自分がその言葉を言うのか──。 自分こそ、妻の妹と不倫をしているくせに。 もみじは目の前にいる誠司を何の感情も籠っていない、冷たい目で見据える。 もみじからのそんな視線に、誠司はたじろいだ。 全てを見透かしているようなもみじの目に、誠司は咄嗟に視線を逸らしてしまう。 その行動こそ、疚しい事があるのは正に自分だと言っているような物なのだが、胡桃と関係を持っている事がもみじに知られているとは微塵も思っていない誠司は半ばパニックになっていた。 (どうして俺がもみじにこんな目で見られなきゃならない……!?) もみじは自分との対話から逃げた誠司にため息を零すと「もう良いわ」と呟いた。 「私は、配偶者がいるのに不貞行為を働くなんて恥ずかしい真似はしていない。私が不倫していると言うなら、確たる証拠を持ってきて。そうしたら、法廷で争いましょう。そうじゃないなら、早く書類にサインをして」 「なっ、なん……っ、俺はお前と離婚するつもりなんてないぞ……!」 「……それなら、お互い弁護士を立てる事になるけど、それでもいいの?誠司は大事にしたくないんじゃないの?」 「──〜っ、い、1度内容をしっかり確認する!」 誠司はそれだけを言うと、離婚届と離婚協議書を慌ててファイルにしまい込み、自分の寝室に向かってしまった。 バタン!と大きな音がして、鍵の閉まる音が聞こえる。 誠司の行動を目で追っていたもみじは、まさか誠司が離婚に応じてくれない事に驚いていた。 ひとつ返事で喜んで署名してくれると思っていたのだ。 サインさえしてくれれば、後は役所に提出してしまえば誠司ともみじは他人に戻れる。 誠司だって、胡桃と再婚する事が出来るではないか。 自分の会社の社員に胡桃が妻だと堂々と言えるじゃないか。 それなのに、離婚を渋る意味がもみじには分からなかった。 「……意味が分からないけど、私が外出から戻った時にはきっとサインしてくれているわよね」 もみじはそう言葉を零すと、自分の部屋に戻り外出の支度をした。 ◇ 自分の部屋に逃げて来た誠司は、未だ動揺していた。 手にはもみじから渡された離婚届と離婚協議書が握られていて、誠司はそれらに目を
「しゃ、社長?どうなさったんですか?」 「どうもこうも……!」 誠司は自分の秘書に妻を探せ、と命令をしようとしたがそこで言葉に詰まる。 目の前の秘書、田島は誠司の妻は胡桃だと思っている。 そして、誠司は田島が胡桃の事を「奥様」と呼ぶのを訂正した事は無いのだ。 本当は胡桃が妻ではなく、他の女性──しかも、昼間に追い払った女性が本当の妻だと知ったら。 田島が他の社員に言いふらす事はないだろうとは思うが、田島が胡桃の事をどう思うか。 それだけが、誠司は心配だった。 だが、誠司1人ではもみじを探し出す事は難しい。 人を使って調べさせようにも、もみじの事を妻だと告げねばならないのだ
そして、そんな声はもみじ以外の耳にも、当然入っていた。 それは、近くを歩いていた看護師の耳にも入っていたようで。 「いいなぁ、あそこの個室の奥さん。凄い格好いい旦那さんが、凄く心配して、精密検査やら何やら手配したのよ?」 「ええ?」 「どうやら、奥さん気絶しちゃったみたいで。多分低血圧とか、そう言う類だと思うんだけど、突然気を失ったって血相変えて来たんだから!」 「それ本当!?奥さん、旦那さんに凄く愛されているのね!」 「凄かったわよー、救急車に同乗して、奥さんがストレッチャーで運ばれてる間もぴったり横に寄り添って凄かったんだから!」 きゃいきゃい、と興奮気味に話す看護師の言
「新島さん、降りられそうですか?」 車が病院の駐車場に到着し。 男性──髙野辺 聖が運転席から降りてきて、もみじの乗る助手席のドアを開けてくれた。 「はい、大丈夫です……」 「ゆっくり、ゆっくりで大丈夫ですよ」 「──ぅっ」 ずっと座っていたから忘れていたのだが、もみじの足首の腫れは、悪化していた。 車から降りようと足を動かした途端、鋭い痛みが足首に走り、もみじの顔が痛みに歪む。 そんなもみじの状態を見て、髙野辺は心配そうな表情を浮かべると、痛みに震えるもみじに口を開いた。 「やっぱり無理に動かすと、痛みが酷いですよね。悪化したら大変です。……すみません、また触れますね?
どさり、ともみじの体が倒れ込んだ先は、男性の腕の中だった。 ふわり、と香る男性の香水。 鼻に届いたのは、どこか刺激的だけど爽やかでもあって、もみじは急いで男性から離れようとした。 「すみませ……っ、ありがとうございます」 ぐっ、ともみじが男性の胸を押すと、素直に男性はもみじの体を離した。 だが、離れた事でもみじの顔が良く見えるようになり、そこでもみじの額を流れる血を見て更に慌てたように声を出した。 「額から血も出ていま







