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私の彼氏はちょっとだけ心配性。:007

last update Date de publication: 2026-06-14 16:18:41

 俺は──この子に今まで話しかけた事なんぞ一度もない。

 ただ一度だけクレーマーに絡まれている所を助けたが……その後も声をかける事はしなかった。

『昨日は助けてくれてありがとうございました!』

 と頭を下げられ。

 俺はなんと答えたか。

『あぁ』

 だけである。それで会話は終了した。それ以来会話をした事がない。クレーマーの男に掴まれていた右手首はあれから一カ月も経つのに薄らと跡が残っていた。『大丈夫か?』という言葉さえかける事が出来なかった。

 それから数日後。コンビニへ行くと、お礼だと言ってプレゼントを渡された時は、飛び回ってその辺を歩く赤の他人にも自慢をしたいくらい嬉しかった。そのシガレットケースはブランド物だった。

 高校生が他人への礼に買うには高過ぎる代物だ。

『どうも』

 いつも煙草を買う俺に何を贈れば良いか、俺の為に悩んでくれたプレゼント。死ぬほど嬉しいのに俺が言えた言葉はたった三文字だった。嬉しさを言葉に表すのを悩みに悩んだ結果がこれだ。俺はこうして声を掛けるチャンスを不意にした。

 普段は口下手じゃない。それなのに、この子を前にすると態度が悪い客となってしまうのだ。

 彼女を前にすると緊張して「113番」しか出てこない。同僚と一緒なら喋れるかもと思って職場から離れた場所にわざわざ同僚を何度か連れて行ったが──結果は同じだった。むしろ同僚の方が「年いくつなの?」と今まで訊ねられなかった事を訊いていた。「ご苦労さん」「頑張ってね」という労いの言葉をも掛ける──勝手にヤキモチを妬いた俺はこいつと半日口を聞かなかった。

 客が彼女と会話をしている姿を何度も目撃した事だってある。

『今日はいい天気だったわねぇ』

『──ポカポカしてましたね。私、授業中ウトウトしちゃいました』

 ──俺は天気さえも訊く事が出来ない。

 あぁあ、クソ!

『ポカポカ』と『ウトウト』とか可愛すぎだろ……!! なんだよその言い回し!!

『このあと暇?』

『──ご飯を食べてお風呂に入ってから寝ます!』

 ──遊びに誘うなんて以ての外だ。話しかけられない俺が誘えるわけない。

 それにクソサラリーマンが。高校生誘ってんじゃねぇよ。青少年保護育成条例くらい学び直せ。

 でも本人は誘われている事に全く気付いていないがな! ハハハハハハッ!

 って言うかこのクソコンビニ、いくら二十二時まで働かせ良いからって時間通りまで働かせるなよ。二十一時には帰らせて二十二時までには風呂と飯を済ませられるようにしとけ! 夜道は危ねぇんだよ!

 それと高校生を連勤させるな!

 休んだ誰かの代わりに高校生を頼るな!

 頼みやすいから頼んでいるんだろ!

 テスト期間中は働かせるな!

 誕生日くらい休ませろ!

 年末年始も一日くらい休みを与えろよ!

 体調が悪そうなのに無理矢理働かせるな!

 ──と、クソデカ感情を抱きつつも。

(話しかけたい……誕生日おめでとうとか、あけましておめでとう、とか言いたい……)

 と思うだけで、何も言えないまま2年経過した。

 ──113番は激務な仕事の合間を縫って、自宅と職場から離れたコンビニへ車を走らせ、高い駐車料金を払ってまで近くのコインパーキングへ停めて葵依が働くコンビニへ通い続けた。

 葵依が他の男性客と会話をしている姿を横目で見ながら、愛煙している113番の煙草をひたすら買うだけ──それも彼女がバイトの日だけ。忙しい仕事の合間を縫って訪れ、出張の帰りに寄ったり。話しかけず、ただ見守るように。

(俺は別に女慣れしていないわけじゃない)

 壱は、自分の顔の良さを自覚していた。

 女性受けする甘い顔。やや長い前髪をセンターに分け、サイドとバックを刈り上げた髪型はスタイリッシュな雰囲気を醸し出し、それから清潔な身だしなみ。

 遅すぎた初恋のせいなのか、遊びでしか女と向き合ってこなかったからか──深夜帯に働くフリーター中年を使って彼女のシフトを手に入れてまで、葵依に会う為だけにこのコンビニに通い続けたというのに、どう接したら良いか分からず時間だけが過ぎた。

(仕事が忙しくて、毎日通えなかったが……やっている事はストーカーと変わらねぇ)

 仕事が激務じゃなければ、彼女がシフトの度に通っていた自信はある。ただ、顔が良いからストーカーには見られにくいだろう。

 この男、葵依の誕生日を中年フリーターには訊かず自分で調べ上げた程である。

 そんな密かに片想いを抱いている子が、中年フリーターから葵依がバイトを辞めると聞いて焦った。このままでは接点がない俺らは二度と会う事はないだろう──そこで、最後のバイトの日、コンビニから出たところで声をかけた……ところまで良かったが、近くに寄ると柔軟剤の良い香りがするし、顔が小さくて、目は大きくて……言葉が上手く出ず、それでも気持ちが先に来て「抱き締めたい」「近くで匂いを嗅ぎたい」とかいう雑念を消す為に、取り敢えずは咳払いをして誤魔化したのだ。

 まさかそれが肺癌と誤解されるなんて思いもしなかった。

 

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    「これを聞いて、既成事実を作るのは嫌になっちゃいました……?」 壱は無表情のまま首を横に振る。その様子を見て葵依の表情は少しだけ和らいだ。「この歳になってもまだ初潮を迎えていない子供だって……大人になりきれてない、って思っちゃいますよね。私も困ってて……えっと、生理がないせいで嫌いなプールの授業の出席率が私だけ100%なんです。出席率は良いのに、カナヅチだから水泳の単位だけは取れなくて。休んでいる子よりも成績悪くて……腑に落ちないです」  えへへ、と笑ったが壱の表情は変わらない。 このまま、喋り続けていいのか悩んだが「葵依の声が好き」と言っていた事を葵依は思い出す。だから葵依はこのまま自分の決意を喋り続ける事にした。壱の言葉は本心から言った言葉だが、葵依は人の話を疑わずに信じてしまう節がある。勉強ばかりして世間に疎い事が大きな要因だが、本当にここまで貞操を守れたのは彼女が鈍過ぎたお陰だ。「話がズレちゃいました。あの、わたし……だからですね……何を言いたいかって──避妊をしなくても、妊娠しないんです」「だから」とゆっくりと呟いて、「最後まで、してもだいじょうぶです」「ま……待ってくれ」 壱は口や額、眉を擦りながら「あー」「うー」と唸った。思い悩んだ様子の壱を葵依は見上げて、もしかして気が変わったのかと勘違いをした葵依の顔に影が差す。この歳になって初潮を迎えていないなんて、大人になりきれていない証拠だ。自分では気にした事がない幼い外見通りで、身体まで未熟だと思われてしまったかもしれない。「初潮がまだだから、引いちゃいました……?」「違う、違うんだ。そういうんじゃない」  きっぱりと否定した言葉に、葵依は少しだけ表情を明るくする。それでも、思い悩んだ壱の表情を見て、すぐに曇ってしまった。「妊娠しないんだったら避妊せずに生でやっ

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    (本当は続けたかったけど──…)  葵依は特待生だ。常に学年十位以内を保っていて、一度でも十一位に下がると奨学金が打ち切られてしまう。今まではバイトと学校を両立して上位を保てていたが、葵依には将来の夢を叶える為にどうしても進学したい大学があった。その為、今の勉強量では足りないと思い泣く泣くバイトを夏休み前に退職する事にした。幸い、バイトをしたお金は貯金をしているから生活費には困らないし勉強に専念する事が出来る。 「あれ……? 私が煙草の銘柄を間違えて渡したからじゃないんですか?」 「ん?」  男は首を傾げるのを見て、葵依も男と同じ向きに首を傾げた。 「私、113番さんに違

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     113番というのはコンビニで売られているタバコの番号だ。葵依を呼び止めた男は113番の銘柄をいつも買う常連の男で、葵依は彼がいつも買う銘柄の番号で呼んだ。番号で呼ばれた男は目を見開いた後不機嫌そうに口を曲げた事に葵依は気付かない。ぺこりと頭を下げたからだ。頭を上げると、そこには女のような成り立ちの甘い顔があった。 「どうされましたか? もしかして、私……違う煙草を渡しちゃいました?」  葵依の問いが聞こえているのかいないのか……113番は無言のまま葵依を見下ろした。  葵依がバイトを始めた頃、この113番は葵依がレジでクレーマーに絡まれている所を助けている。  それは二年前に遡る。

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