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私の彼氏はちょっとだけ心配性。:006

Penulis: 美木 猫助
last update Tanggal publikasi: 2026-06-14 16:18:35

(本当は続けたかったけど──…)

 葵依は特待生だ。常に学年十位以内を保っていて、一度でも十一位に下がると奨学金が打ち切られてしまう。今まではバイトと学校を両立して上位を保てていたが、葵依には将来の夢を叶える為にどうしても進学したい大学があった。その為、今の勉強量では足りないと思い泣く泣くバイトを夏休み前に退職する事にした。幸い、バイトをしたお金は貯金をしているから生活費には困らないし勉強に専念する事が出来る。

「あれ……? 私が煙草の銘柄を間違えて渡したからじゃないんですか?」

「ん?」

 男は首を傾げるのを見て、葵依も男と同じ向きに首を傾げた。

「私、113番さんに違う煙草を渡していないんですか?」

「113番……」

 煙草の番号で呼ばれた男は呆然と呟いた。ショックに打ちひしがれる姿に気付いていない葵依は、どうやら自分はミスをしていないと知ってホッと胸を撫で下ろした。

「違う煙草を渡しちゃったから、声をかけられたって思いました」

「一度も間違えた事はない。いつも完璧だった」

 そう言われて、葵依ははにかんだ。人に褒められると、素直に嬉しかった。

「ゴッ、ゴホッ、ウッ、ゴッ」

 今度は激しく咳き込んだ男を心配して一歩近付くも「大丈夫だ」と手で制されて葵依は歩みを止めた。

 葵依が一歩近付いたせいで二人の距離が縮まったのだが、咳き込む男が心配でその事は彼女の頭にはなかった。レジ台を挟んでいない息づかいが聞こえる距離で、これはいわゆる恋のアタックチャンスなのだが……。

(まさか煙草の吸い過ぎで肺癌……?)

 咳き込んでる姿がママとそっくり……。

 葵依の母親は、女手一つで娘を立派に育て上げた。朝から晩まで働き詰めで気苦労が多かっただろうに娘の前では一切辛さを表に出さず、笑顔を絶やさない人だった。生活は貧しいながらも笑い声に包まれた楽しい生活──そんな生活の中で葵依の母親が止められなかったのは煙草だ。

 末期の肺癌となった彼女は葵依が中学三年生の冬、十二月に永眠した。兄と甥と娘に囲まれて──…。

 母親を思い出してしまって、目が潤みそうになって葵依は慌てて手の甲を抓った。いつも泣きそうになった時はこうして痛みで誤魔化すのだ。それでも目の前に立つ男が心配で、

「もしかして……肺癌では……? 病院へ早く行かないと手遅れになりますよ」

 ママは体調が悪いのに仕事が忙しくて、自分の身体の事を後回しにしちゃったから……。

(それも全部、私を育てるため……)

 私が居なきゃもっと長生き出来たんじゃないかな……。

「肺癌? 先月の健康診断は健康そのものだったが……?」

 唐突に「肺癌ではないか?」と訊ねられ質問の意図を汲み取ろうと葵依をジッと見下ろした。気のせいか、目が潤んでいるように思え──目を細めて凝視した。

「本当ですか?」

 爪先を上げてグイっと背伸びをした葵依は猫のように大きな目を見開いて男を見上げた。

 葵依の小さくても柔らかい乳房が、フニッと自分の腹筋に触れて男は身体を後ろに引いてゴホっと咳き込んだ。それを見て葵依は青褪める。

「や、やっぱり肺癌」

(私が煙草を渡したからっ)

 仕事なのだから客の要望に応え売るのが仕事で、それをただ全うしただけなのだが……ママと同じ病気に罹った人が目の前に居る、と思ってしまうと考えがそこに及ばない。

「違う。これは照れ隠しだ!」

 男はそう叫んで、スーツの衿を正した。つい口に手の甲を当ててまたも咳払いをしようとしてしまうが、慌てて手を下ろす。

 ゴホゴホと咳き込んだ理由はただ一つ。

 一つ一つの動作が可愛いから思わず抱き締めたい衝動に駆られてしまったのを、咳払いをする事で誤魔化した──である。

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