Share

第7話

Author: おひつじ
甘い時間の裏で、司遠は執拗に私たちをかき乱していた。

スマホの画面には、メッセージ、ライン、着信履歴の通知が溢れかえっている。

一言一言に哀願と懺悔が詰まっていて、崩れ落ちた気持ちと絶望が画面から溢れ出しそうだ。

私は無表情のまま指先でそれを流し、最後には彼のすべての連絡先をブラックした。

ゴミは、ゴミ箱に入っていればいい。

だが、新婚旅行から帰って数日後、司遠は結局ここまで来た。

インターホンに映った彼は、かつての姿とは別人のようにやつれていた。

無精ひげを伸ばし、精気の抜けた顔に、もう「川崎家の御曹司」らしい意気は一片もない。

隣で時雨が必死に彼の腕を引き、焦って何かを訴えている。

私は眉をひそめ、警備員を呼ぼうかと思ったそのとき、蒼唯がいつの間にか背後に立っていた。

画面を一瞥した彼の瞳が、瞬時に冷たくなった。

「僕が行く」短くそう言って、彼が前に出ようとする。

「いいよ」

私は雑誌を置き、立ち上がった。声は静かだったが、動かぬ決意が滲んでいた。「今回は私が行く」

私は深く息を吸って玄関へ向かい、重たい扉を開ける。

鼻を突く酒の匂いが一気に流れ込んで
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 私は婚約者をインターンに譲る   第8話

    三ヶ月後。私は手にしたエコー検査の結果を見つめ、胸の奥がやわらかい感情でいっぱいになっていた。「すべての数値は良好ですよ、浜田奥様。赤ちゃんもとても元気です」「ありがとうございます」私は微笑んで報告書をしまい、そっとお腹に触れる。胸の奥で不思議な感覚が広がっていった。診察室を出た途端、スマホが震える。蒼唯からだ。【検査終わった?今夜は何が食べたい?】返信しようとしたとき、視界の端に二つの見慣れた姿が映る。司遠と時雨だ。司遠の目は血走り、前にマンションの前で見たときよりもさらに疲れ切っていた。時雨はもっと変わっていた。小腹がわずかに膨らみ、司遠を見上げる視線はおどおどとした気遣いと不安に満ちている。二人も私に気づいた。司遠は歩みを止め、私のお腹に視線を落とす。そこにもわずかに膨らみがある。時雨は反射的に司遠の腕を握り、視線をそらす。「社長、早く行って……」だが司遠は、彼女の手を乱暴に振り払う。「触るな!お前の腹の中にいる、その父親の分からないガキを思うだけで吐き気がする!」時雨の顔色が一瞬で真っ青になる。私の幸せそうな姿を見て、ついに抑えきれずに叫ぶ。「あたしを罵る?あんたがどれだけ立派だと思ってんの?あたしはちょっと指を動かすだけで、あんたが八年の感情を全部忘れた。今になって全部あたしのせいにするなんて、男ってほんとクズ!あんたが今みたいに役立たずじゃなければ、あたしがほかの男を探すわけないだろ!あたしに中絶させる?ふざけんな!」まるで犬が噛み合っているようだ。私は眉を上げた。やっぱり浮気をする人間は、いずれ同じ目に遭うものだ。パシン!乾いた音が響いた。司遠が時雨の頬を強く平手打ちした。あまりの力に彼女はその場に崩れ落ち、お腹を押さえて悲鳴をあげる。司遠の顔は憎悪に歪んでいた。「全部お前のせいだ!お前がいなければ、飛鳥と別れることなんてなかった!」二人が犬のように噛み合っている姿を見ながら、胸の奥で複雑な感情が揺れた。けれど、それ以上にあったのは解放感と、ようやく吐き出せる安堵だ。かつてあんなに愛した男が、実はこんなにみっともない人間だなんて。何かあれば自分を省みず、ただ無実な女に怒りをぶつけるだけ……本当に滑稽だ。私の冷たい視線に気づ

  • 私は婚約者をインターンに譲る   第7話

    甘い時間の裏で、司遠は執拗に私たちをかき乱していた。スマホの画面には、メッセージ、ライン、着信履歴の通知が溢れかえっている。一言一言に哀願と懺悔が詰まっていて、崩れ落ちた気持ちと絶望が画面から溢れ出しそうだ。私は無表情のまま指先でそれを流し、最後には彼のすべての連絡先をブラックした。ゴミは、ゴミ箱に入っていればいい。だが、新婚旅行から帰って数日後、司遠は結局ここまで来た。インターホンに映った彼は、かつての姿とは別人のようにやつれていた。無精ひげを伸ばし、精気の抜けた顔に、もう「川崎家の御曹司」らしい意気は一片もない。隣で時雨が必死に彼の腕を引き、焦って何かを訴えている。私は眉をひそめ、警備員を呼ぼうかと思ったそのとき、蒼唯がいつの間にか背後に立っていた。画面を一瞥した彼の瞳が、瞬時に冷たくなった。「僕が行く」短くそう言って、彼が前に出ようとする。「いいよ」私は雑誌を置き、立ち上がった。声は静かだったが、動かぬ決意が滲んでいた。「今回は私が行く」私は深く息を吸って玄関へ向かい、重たい扉を開ける。鼻を突く酒の匂いが一気に流れ込んでくる。司遠は私を見るなり目を輝かせて、時雨の手を乱暴に振り払う。「飛鳥、ようやく会ってくれたな!」時雨はよろめき、暗い顔で後ろに立ち尽くす。「川崎司遠」私の声は氷を溶かしたように冷たく澄んでいた。「その人を連れて、帰って」「帰らねぇ!」彼は希望を掴むように、扉の枠にしがみついた。指の関節が力を込めて白くなる。「飛鳥、もう一度だけチャンスをくれ。君がいなきゃ、生きられない……」私は眉をわずかに上げ、冷たい笑みを浮かべ、見知らぬ人を見る目つきで言う。「私がいなきゃ生きられない?性欲を抑えられないのも、婚姻届の私の名前を別の女の名前にすり替えたのも、私のウェディングドレスを彼女に試着させたのも、結婚式の直前にあんたの愛人に頭を下げさせたのも、全部あんたがやっとことだ!あんたが、いわゆる『家』を、私が焼き払わざるを得なかったゴミ捨て場に変えたんだ!」その一言一言が、鋭い刃のように、彼の膿んだ傷を真っ直ぐに突き刺した。司遠の顔は一瞬で青ざめていく。私は彼を見下ろす視線をそらし、時雨へ向けて静かに言う。「朝倉さん、あなたも見て。これが、あなたがや

  • 私は婚約者をインターンに譲る   第6話

    彼は私を抱き上げ、数歩で主寝室に入った。闇が一気に降りて、感覚が研ぎ澄まされていく。どれくらい経ったのかも分からなく、指先ひとつ動かしたくないほど疲れ切って、意識がぼやけていった。蒼唯の腕はまだ私の腰に絡みついたまま、重く感じられる。暗闇の中、彼が不意に口を開く。声はかすれたが、やけに鮮明だ。「承諾したのは、あの土地のためだけじゃない」心臓の鼓動が一瞬で止まる。この男は八年前と同じように、狂気と危うさを持った。意識が闇に沈む直前、私はSNSを開き、婚姻届受理証明書の写真をアップした。添えた言葉は、ただ一言だ。【既婚@浜田蒼唯】司遠がその投稿を見た後、狂ってしまった。暗闇の中でスマホが光っていて、彼の歪んだ顔を照らす。傍らの時雨がその様子を見て、怯えたように彼の腕を掴んで言う。「社長、怒らないで。あなたと一緒に飛鳥さんにちゃんと説明しに行っていいよ。あたしたちは潔白だって。昔、彼女に傷つけられたけど、あなたのためなら、あたしは……」「どけっ!」司遠は彼女の腕を乱暴に振り払った。その勢いで時雨はローテーブルの角にぶつかり、悲鳴を漏らす。彼の目は血走り、何も聞こえなかったようだ。頭の中を占めていたのは、ただ一つの思いだ。全部は飛鳥の駆け引きだ。全部、自分を試してるだけだ。飛鳥はきっと、家で自分の謝りを待っている。そう信じて、彼は怒ったライオンのように玄関を飛び出した。残された時雨は驚きの表情で地面に座り込んだ。彼はスピード違反で車を飛ばし、別荘に戻る。けれど、そこには予想通りの暖かい灯りはない。目に映るのは、ただ焼け落ちた廃墟だ。司遠はよろけながら車から降り、膝が笑って倒れそうになる。街灯の光を頼りに、彼は中を覗き込む。崩れた壁、散らばった残骸だけがある。彼はふらつく足で中へ入り、慌てて見渡して、いたずらに過去の痕跡を探した。その時、何かを見つけたように、彼は飛びついて狂ったように濡れた灰の中を素手でかき分ける。掌が切れて血が滲んでも止まらない。やがて、彼は一番下に押し付けられた数枚の写真を見つけた。それは彼と私の写真ではない。写っていたのは、時雨だ。その一枚一枚は、かつて彼が宝物のように書斎へ大切にしまっていたものだ。今では、それらもこ

  • 私は婚約者をインターンに譲る   第5話

    「うそでしょ、新郎が変わってる?」「これはドラマ撮影なの?」川崎家の親族たちの顔色が一瞬で変わり、互いに信じられないように視線を交わす。あの男が私の隣に立ち、当然のように腕を差し出す。私は一瞬の迷いもなく、その腕に手を添える。彼は本当に来たんだ。胸の奥に残っていた最後の不安が、静かに消えていった。司会者は明らかに混乱していたが、無理やり笑みを作って声を張る。「皆さま、ご静粛に!ただいまより、結婚式を開始いたします!」ウェディングマーチが鳴り響き、ざわめきを覆い隠した。無数の驚きの視線が私たちを見つめる中、私は隣の男の腕を取り、一歩ずつ誓いの場所へ進んでいく。問いかけ、誓い、そして応答した。最後に、神父が微笑み、「では、新郎新婦、指輪を交換してください」と告げた。男が優しく笑い、私の左手を取る。指輪を私の薬指にはめようとするその時。「ドンッ!」という音とともに、教会の扉が勢いよく開いた。ある人が現れた。その人は司遠だ。彼の髪は乱れ、高価なスーツがどこかに消え、白いシャツの襟ぐりが大きく開いて、しわしわと身につけられる。「やめろ!」信じられない雰囲気が一瞬で最高潮に達し、空気が凍りついた。司遠はふらつきながら駆け寄り、血走った目で私を睨む。「飛鳥、こいつは誰だ?なんでここにいる?俺、婚姻届出し直せって言ったよな?なんで行ってねぇんだ?」彼の詰問が教会中に響き渡る。私は振り返り、無実で困ったような表情で一字ずつ言う。「あら、ごめんね、私のドジだね。新郎を間違えちゃった。また今度、いい?」司遠は結局、警備員に「丁寧に」外へ連れ出された。結婚式が終わったあと、浜田家の運転手が私たちを都心の高層マンションまで送ってくれた。部屋に入った瞬間、全身の力が抜けるように疲労感が押し寄せた。背後で、カチリと鍵の音がした。私は背を向けたまま、かすれた声で言う。「川崎グループと浜田グループ、今、東原の土地を取り合ってるんだよね?だから『新郎』として現れたのも、私が渡したナイフが、ちょうど川崎司遠の心臓を刺せるから。そうでしょ?」ゆっくり振り向くと、彼の底の見えない瞳と正面からぶつかる。浜田蒼唯(はまだ あおい)はふっと笑い、突然腕を伸ばし、私の腰を強く引き寄せた。抵抗す

  • 私は婚約者をインターンに譲る   第4話

    私は最後まで一言も発さず、ただ黙って彼女の芝居を見ていた。この時、私は見慣れたはずなのに、今は他人のように感じられる司遠の顔を見つめながら、心の奥は不思議なほど静かだ。そして私は立ち上がり、お茶を注ぎ直すと、何のためらいもなく時雨の顔にぶちまける。「よく見て。これが本当に私のしたことよ」甲高い悲鳴が響き渡る。私は無表情のまま、湯のみを放り投げ、その場を立ち去った。司遠は、まさか私がそんな行動をとるとは思わなかったように、止めることさえ忘れていた。私は最後まで、一度も振り返らなかった。別荘に戻った時、出迎えてくれたのは真っ暗な闇だけだ。かつて「家」と呼んでいたこの場所は、今や冷たい墓穴のように感じられる。灯りを点けず、私は真っ直ぐ司遠の書斎へ向かった。時雨が会社に入ってから、司遠は二度と私にこの部屋に近づかせなかった。心臓がじんじんと痺れるように鼓動し、まるで何かに突き動かされるように、私はずっと前からわかっていたが、認めたくなかった真実へ歩き出す。重い扉を押し開け、カチリとシーリングライトのスイッチをつける。眩しく白い光が一気に降り注ぎ、部屋の隅々まで照らし出す。その光の中で、壁に、書棚に、机の上に、無数の写真が現れる。すべてが時雨だ。あまりにも多すぎる。あまりにも親密すぎる。それはもはや上司と部下の関係を遥かに逸脱していた。どの写真の時雨も、眩しいほどに笑っている。その笑みは針の束のように、容赦なく私の目に突き刺さる。胃の奥が激しく捻れ、私はふらつきながら冷たい机の端を掴んでやっと立てる。指先が机の上に触ると、紙のような触感がある。俯いて見ると、そこには二枚の「間違えた」婚姻届受理証明書がある。真紅の印章が、光の下でまるで凝り固まった血のようだ。すべてが露わになる。これまでの私の感情がどれだけ愚かだと嘲笑うかのように、残酷に突きつけられる。彼の優しさも、信頼も、法律上の配偶者という立場さえも、何ひとつ、私のものじゃない。それから十日間、司遠は一度も帰ってこなかった。電話すらかけなかった。私に属するものは、一つずつ段ボールに詰め込まれていく。結婚式の前夜、私は書斎の扉の前に立ち、壁と机を覆い尽くす無数の写真を見ながら、手にしたライターを点ける。小さな炎が落ち、

  • 私は婚約者をインターンに譲る   第3話

    テーブルには真っ白なクロスが敷かれ、ローソクの炎がゆらめいている。時雨の瞳はとろりと潤み、頬を赤らめている。その視線の端がふとこちらをかすめた瞬間、目尻にかすかな得意げな笑みが浮かぶ。彼女が身にまとっているのは、ついさっき私が試着したウェディングドレスだ。これが彼が言った「用事がある」っていうのか。このフレンチレストランは、毎年私たちの記念日に必ず訪れていた店だ。清潔で、雰囲気もロマンチックだ。でも今は、このレストランも、あのドレスも、ただ汚らわしく感じる。司遠も同じように汚らわしい。夜風が落ち葉を巻き上げ、気温がちょっと低い。私はコートをぎゅっと掻き寄せ、背後の濃い闇に身を溶かした。その夜、司遠は帰ってこなかった。残されたのは【残業で遅くなる】というぞんざいなメッセージだけ。翌朝、私は一人でホテルに行き、披露宴のメニューを確認することにした。けれど到着すると、司遠はすでにメニューを選んでいて、その隣には花のような笑顔を浮かべる時雨の姿があった。「君はこの魚の煮付けが好きだったな。それに、このクリスピーチキンも……」彼の声には、馴れきった親しみが滲んでいて、時雨の好みを細かく並べ立てていた。ねぎは嫌い、生姜は苦手、エビはアレルギー……ウェイターがペンを走らせ、彼女の好みを記録していく。私の胸の奥は、一気に氷のように冷えた。やがて司遠がメニューをめくり、きのこスープの写真を指さす。「これも良さそうだ。スープの出汁が濃くて、きっと君も好きだろ?」その瞬間、もう我慢の限界だ。私は冷たい声で割って入る。「司遠、私、きのこアレルギーよ」彼は顔を上げたが、少しの動揺もなく、「来たのか」とだけ言った。時雨がすぐに口を開く。「飛鳥さん、社長だって覚えてるよ。ただみんなに楽しんでもらおうと思っただけだよ。その料理、あなたは食べなくていいよ」笑わせる。これは私の結婚式なのに。その時、司遠のスマホが鳴る。彼は立ち上がって電話に出る。「ちょっと出る」そう言って彼は離れて、ウェイターも理由をつけて出ていった。残されたのは、私と時雨だけだ。彼女の顔から無垢な笑みが消え、ゆったりと自分にお茶を注ぐ。「飛鳥さん」彼女は湯のみを手に取ったが、お茶を飲まず、声を低くして、私だけが聞こ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status