Short
私を見捨てた消防士の夫と恩知らずの息子

私を見捨てた消防士の夫と恩知らずの息子

By:  塩梅Completed
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
11Chapters
51views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

家が火事になった。 消防士の夫はまず息子と、初恋が飼っていた子猫を救い出した。 慌てふためく初恋の彼女をなだめるため、夫は急いでその場を離れた。 他の消防隊員が息子に「家にはまだ誰かいるか」と尋ねると、息子はただ私がいる方向を一瞥し、首を振った。 「もう誰もいません」 その後、私は必死に助けを呼び続け、ようやく誰かに気づかれて救出されたが、命は危ぶまれる状態だった。 息子が病床の前で、悔しそうな顔をしていた。 「どうしてお前、焼死しなかったの?お前が死んでいれば、鈴さんが僕のママになれたのに」

View More

Chapter 1

第1話

家が火事になった。

消防士の夫はまず息子と、初恋が飼っていた子猫を救い出した。

慌てふためく初恋の彼女をなだめるため、夫は急いでその場を離れた。

他の消防隊員が息子に「家にはまだ誰かいるか」と尋ねると、息子はただ私がいる方向を一瞥し、首を振った。

「もう誰もいません」

その後、私は必死に助けを呼び続け、ようやく誰かに気づかれて救出されたが、命は危ぶまれる状態だった。

息子が病床の前で、悔しそうな顔をしていた。

「どうしてお前、焼死しなかったの?お前が死んでいれば、鈴さんが僕のママになれたのに」

息子が無邪気な声で、そんな残酷な言葉を言い出した時、私・北川莉楠(きたがわ りな)は思わず震え上がった。

「智司(さとし)、私は母親だよ!どうしてそんなことが言えるの?」

梶哲延(かじてつのぶ)にかなり似ている智司の小さな顔に、一瞬嫌悪の色が浮かんだ。

「母親だって?お前は僕に全然よくしてくれなかった!早く死んでくれれば、パパが鈴さんを娶れるのに」

智司は冷たく鼻を鳴らし、私の下腹部の傷跡を押さえつけた。

五年前、智司を産んだ時、私は胸を引き裂かれるような痛みに耐え、下腹部にうねるような傷跡が残った。

五年後、智司は同じところを強く押さえた。

私の痛みに歪んだ顔を見て、智司は満足そうに笑った。

「これが鈴さんの立場を奪ったことに対する罰だ!

久(ひさ)ちゃんに会いに行く。お前はここで待ってろ、悪い女!」

そう言い残し、智司は背を向けて去った。

空っぽの病室には、また私一人だけが残された。

真っ白な天井を見つめながら、あの傷跡の痛みは今もなお私を苦しめ続けている。

しかし傷口の痛みなど、心の痛みには遠く及ばない。

通りかかる看護師たちのささやき声が聞こえた。

私が可哀想だと言っている。怪我をしたのに、家族はおろか、介護士すらいなく、病床で一人きりで横たわっているのだと。

そう、私は本当に哀れだ。

哲延と結婚したこの7年間、私は一体何を得たというのか?

哲延も、私が苦労して産んだ智司も、御園鈴(みそのすず)の方をずっと大切にしている。

二人の心の中では、私の地位は、鈴の飼い猫よりも低いのだ。

さっきの火災で、智司を守ろうとして、崩れた本棚の下敷きになった。

炎が布地から皮膚へと燃え移った時、消防隊長の哲延は隊員の制止を振り切り、命がけで駆け込んできた。

しかし哲延は私に一瞥もせず、無傷の智司と鈴が預けていた子猫を連れて、振り返りもせず現場を去った。

私は哲延がまた戻ってくると思い、必死に救助を待っていたが、聞こえてきたのは息子の智司と他の消防士たちの会話だけだった。

「智司くん、お父さんは先に子猫を病院に連れて行ったよ。火事場にはまだ誰がいるか教えてね?」

その時、私はもう煙で窒息しそうになっていた。

なのに、なぜか智司の声だけはくっきりと私の耳に届いた。

智司は言った。「もう誰もいません。危険を冒して中に入る必要はありません」

哲延の同僚たちは口々に智司の大人びた態度を称賛した。

だが、まだ火事場に残っていた私の胸中は凍りついた。

どうして誰もいないというのか?

智司はさっき、私に押しのけられたからこそ、本棚に押しつぶされずに済んだのだ。

なぜ智司は嘘をついたのか?

窒息感が強まる中、生き延びたいという本能が私を駆り立て、必死に声を絞り出して助けを求めた。

幸い、誰かが私の存在に気づいた。

ついに救出され、病院に運ばれた。

しかし、私の大切にしていた息子は、私が早く死んでほしいと言っていた。

目尻が少し熱くなった。

死の淵から生還し、私は多くのことに気づいた。

無理に求めるべきではないものは、これ以上求め続ける必要はない。

哲延であれ、智司であれ。

もうどちらも要らない。
Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters
No Comments
11 Chapters
第1話
家が火事になった。消防士の夫はまず息子と、初恋が飼っていた子猫を救い出した。慌てふためく初恋の彼女をなだめるため、夫は急いでその場を離れた。他の消防隊員が息子に「家にはまだ誰かいるか」と尋ねると、息子はただ私がいる方向を一瞥し、首を振った。「もう誰もいません」その後、私は必死に助けを呼び続け、ようやく誰かに気づかれて救出されたが、命は危ぶまれる状態だった。息子が病床の前で、悔しそうな顔をしていた。「どうしてお前、焼死しなかったの?お前が死んでいれば、鈴さんが僕のママになれたのに」息子が無邪気な声で、そんな残酷な言葉を言い出した時、私・北川莉楠(きたがわ りな)は思わず震え上がった。「智司(さとし)、私は母親だよ!どうしてそんなことが言えるの?」梶哲延(かじてつのぶ)にかなり似ている智司の小さな顔に、一瞬嫌悪の色が浮かんだ。「母親だって?お前は僕に全然よくしてくれなかった!早く死んでくれれば、パパが鈴さんを娶れるのに」智司は冷たく鼻を鳴らし、私の下腹部の傷跡を押さえつけた。五年前、智司を産んだ時、私は胸を引き裂かれるような痛みに耐え、下腹部にうねるような傷跡が残った。五年後、智司は同じところを強く押さえた。私の痛みに歪んだ顔を見て、智司は満足そうに笑った。「これが鈴さんの立場を奪ったことに対する罰だ! 久(ひさ)ちゃんに会いに行く。お前はここで待ってろ、悪い女!」そう言い残し、智司は背を向けて去った。空っぽの病室には、また私一人だけが残された。真っ白な天井を見つめながら、あの傷跡の痛みは今もなお私を苦しめ続けている。しかし傷口の痛みなど、心の痛みには遠く及ばない。通りかかる看護師たちのささやき声が聞こえた。私が可哀想だと言っている。怪我をしたのに、家族はおろか、介護士すらいなく、病床で一人きりで横たわっているのだと。そう、私は本当に哀れだ。哲延と結婚したこの7年間、私は一体何を得たというのか?哲延も、私が苦労して産んだ智司も、御園鈴(みそのすず)の方をずっと大切にしている。二人の心の中では、私の地位は、鈴の飼い猫よりも低いのだ。さっきの火災で、智司を守ろうとして、崩れた本棚の下敷きになった。炎が布地から皮膚へと燃え移った時、消防隊長の哲延は隊員の制止を振
Read more
第2話
私は病院に丸一ヶ月入院した。火災現場に閉じ込められすぎて、吸入性肺損傷を負ってしまい、気管挿管で肺を洗浄しなければならなかった。火傷した皮膚の処置は毎回残酷な刑のようだった。一ヶ月という時間は、私にとっては一年にも感じられるほど長かった。しかし、そんな長い間、あの父子は一度も私を見舞いに来たことがなかった。気にしないように努めたが、隣の家族団らんの光景を見るたびに寂しさに襲われた。退院の日、陽の光が私を照らすと、ふとぼんやりとした。哲延との出会いを思い出した。あの日も、今日と同じように晴れていた。私たちは見合い結婚で、両親の友人の紹介で知り合った。彼は消防士、私は小学校教師。彼は一人息子、私は一人娘。彼は静かな環境と読書が好きで、私は家で映画を見たり花を育てたりするのが好きだった。全てが運命のように思えた。私たちは相性がよくて、話しを始めると、話題が尽きることがないようだった。それで自然の成り行きで恋愛し、結婚した。しかし結婚式当日、私は哲延のLINEに「鈴」というニックネームで登録された人からのメッセージを見つけた。メッセージは以下のようだった。【おめでとう、願いが叶ったね】哲延はそのメッセージをじっと見つめ、長い間呆然としていた。私はその時は気に留めなかった。哲延がそんな虚ろな表情をしているのは、ただ親友の誰かが結婚式に出席できなかったからにすぎないと思った。今年、その「鈴」が海外から帰国した。同窓会に参加してきた哲延が酔っ払って泣き叫びながら、鈴の名前を呼ぶのを見て、自分がどれほど鈍感で、どれほど滑稽なことだったかを悟った。私は狂ったように彼らの過去を調べた。鈴は哲延の初恋だった。二人の恋愛は、まさに波乱万丈と言えるものだった。彼は無口な優等生、彼女はわがままな令嬢。学習実績の面では鈴はクラス最下位。家庭の経済状況の面では哲延は生活保護を受けているくらい貧困だった。趣味も正反対だった。それなのに、こんなにも正反対の二人は、周囲の反対を押し切って高校から大学卒業まで付き合った。鈴が留学の故に別れを告げ、哲延が2年間働いた後、親の縁談で私と出会うまで。鈴が「願いが叶った」と言ったのは、別れの際に哲延が彼女の背中を見つめながら「待たない」と言ったか
Read more
第3話
私は帰宅の車に乗った。帰るのは別のマンションだ。哲延と結婚した時、彼は一室のマンションを持ち、私も一室を持っていた。焼けたのは、哲延のマンションだ。でも、鍵を差し込んでドアを開けたら、そこにいたのは哲延と智司じゃなかった。私のパジャマを着て、この家の奥様のように佇む鈴の姿だった。「哲延が帰ってきたのかと思ったわ」鈴は口をとがらせて呟きながら、私のスリッパを履いたままリビングに戻った。その時初めて気づいた。私が丹念に飾ったり、手入れしたりしてきた我が家が、今やゴミだらけになっていることに。いつもピカピカに掃除していた白いカーペットには、なんと出前の赤い油まで染みつかれた。なぜ鈴がここにいるのかとは、私は聞かなかった。答えは明らかだったからだ。鈴を限界なく持ち上げるあの父子以外、こんなことを許す人はいないだろう?私は黙って、何も言わなかったが、鈴はむしろそのことをひけらかそうとしている。ソファに横たわる鈴は、のんびりしてポテトチップスを食べていた。そのくずをソファの隙間に落としていたが、鈴は平然と見ぬふりをしていた。私は眉をひそめたが、鈴はそれをとても面白がった。「気に入らないの?でもあんたの夫と息子は、私のような気ままなところが一番好きなのよ。莉楠、みんながあんたを何て言ってるか知ってる?まだ三十代前半なのに、まるで古代の人間が蘇ったみたいに堅苦しいって。あんたみたいな性格、そもそも好く人がいるわけないでしょ?今はもっと悲惨よ。あんたの肌、全部焼けただれてるんじゃないの?」そう言いながら、鈴はにこにこと私の服をめくろうとした。私は慌てて身をかわしたが、それでも鈴に一部を見られてしまった。恐ろしいほどの醜い傷跡に、甘やかされて育った鈴は二歩後ずさり、バランスを崩して地面に倒れた。「鈴さん、パパと一緒に久ちゃんを連れて来たよ!」子猫を抱えて外から入ってきた智司が、この光景を見て猫を置き、小さな英雄のように鈴の前に立ち塞がった。「悪い女!また鈴さんをいじめたんだ!」智司の体には猫の毛が付いていた。近づいた途端、私は息苦しさを感じ、急いでバッグから抗アレルギー薬を取り出した。一粒飲もうとした瞬間、智司が飛び上がって薬を奪い取った。「鈴さんに謝らないと、薬はあげないよ
Read more
第4話
私の嘲笑を聞いた智司は怒らなかった。むしろじっと私を見つめ、呆けたような表情を浮かべていた。何しろ以前、智司に手を上げるどころか、智司がぶつかったり転んだりしただけでも、私は心配で胸が張り裂けそうだったのだから。「僕を押さえる?どうして僕を押さえられるんだ?」智司の顔には困惑と、そして傷ついたような表情が浮かんでいた。鈴は慌てて袋入りのスナックを取り出した。「そんな人に構わないで、智司君。ほら、スナックを食べて、怒らないで怒らないで」「ふん、やっぱり鈴さんが一番優しい!僕一番好きなのは鈴さんだよ!」智司は鈴の手からスナックを受け取ると、美味しそうに頬張った。 しかし智司の目は、まるで私の反応を待っているかのように、抑えきれずに私の方をちらりと見た。智司は胃腸が弱いので、こうしたジャンクフードはめったに食べさせなかった。だがもう構う気はなかった。冷たく一瞥するだけで、背を向けて立ち去った。玄関に着いたら、ちょうどお菓子や野菜、果物を手に持った哲延とぶつかった。ここで私に出会うとは思わなかったのか、哲延は一瞬呆けた。智司はまるで心の支えを見つけたかのように、哲延に訴えかけた。「パパ、やっと帰ってきたね!さっきドアを開けたら、この女が鈴さんを地面に押し倒したんだ。僕まで押したんだ!もうこの女をママにしたくない。離婚して、鈴さんをママにしてよ」鈴は傍らに立ち、私を見つめ、その目には得意げな光が宿っていた。「莉楠、お前の性格はますます悪くなっているぞ!たとえ火災で怪我をしたとしても、それが何?もう退院したじゃないか。鈴はさらにひどい目にあって、もううつ病になったのに、なぜその鈴を責めるんだ?もう少し優しくできないのか?」哲延の手に抱えた袋に視線を落とした。以前何度も哲延に話したことがある。買い物するとき、一人で持ち帰るのは難しいから、一緒に来てほしいと。でも哲延はいつも断った。仕事が忙しくて時間がないとか、たまに休みが取れても「疲れてて出かけたくない」とか。今思えば、時間がないとか疲れてるとか、そんなわけない。ただ私と一緒に行きたくなかっただけだ。私はまた嘲笑うように口元を歪めた。それが哲延の逆鱗に触れたらしい。哲延の表情が急に険しくなった。「莉楠、鈴に謝れ!」まる
Read more
第5話
彼らは私の家を占拠している。私はまっすぐ警察署へ行き、不法侵入だと訴えた。警察と一緒に駆けつけ、ドアをノックした。出てきたのは智司だった。私だとわかると、智司の小さな顔に「やっぱりな」という表情が浮かんだ。「ふん、やっぱり嘘つきだな。離婚するって言ってたのに、何で戻ってきたんだ?でも戻ってきてちょうどよかった。鈴さんはチキン南蛮が食べたいって言ってたから、作ってあげてよ!」智司は腕を組んで、キッチンに入るのを待っていた。しかし私は、後ろの警察官に向かって言った。「この連中が私の家を占拠しているんです」警官はうなずくと、先に入っていった。小学生である智司は、制服姿の警官を見てすっかりおどろいてしまった。テレビを見ている鈴は、ソファからぴんと跳ね上がった。「莉楠、私と哲延のことをいつも誤解してるとわかるけど、警察まで呼ぶなんて!こんな騒ぎ、哲延に悪影響だよ!」その言葉を聞いて、警官は眉をひそめて私を見た。「この人がお妹さんですか」私は笑った。「違います、夫の愛人ですよ」警官はゴシップを聞いているような顔をした。鈴の顔色もあまり良くなかった。キッチンで忙しくしていた哲延が物音に出てきて、私を厳しく叱った。「莉楠、何をでたらめを言ってるんだ?何度も言っただろう、鈴はうつ病なんだ。ただ少し気にかけているだけだ。余計な嫉妬はよしてくれないか?」哲延の目元に浮かぶ明らかな苛立ちを見て、私はため息をつき、ドアをさらに大きく開けた。近所の人たちにもっとよく聞こえるように。「私が余計な嫉妬をしているのか?これは両親が買ってくれた私の家じゃないの?何の連絡もなくあの女を住ませて、私の主寝室まで使わせて、私をどこに住ませるつもり?火災の時、あんたは息子とあの女の猫だけを救った。残された私が火事に死んじゃうなんて考えた?病院で一ヶ月も入院してたけど、一度も見舞いに来てくれたことある?」胸に溜め込んでいた悔しさが一気に爆発した。私の目頭は真っ赤になり、涙が止まらなかった。私は声を抑えようとはしなかった。近くに住む隣人たちは皆それを聞こえている。みんなは騒ぎに気づき、何事かと次々に見に集まってきた。「莉楠さん、この家もう誰かに貸したのかと思ってたよ」「そうよね、ご主人は、本当に厚か
Read more
第6話
鈴と抱き合いながら、智司は極悪非道の悪党を見るような目で私を見ている。私は、やはり鈍くざらついた不快感でいっぱいだ。実は智司も子供の頃、大きくなったらしっかりお母さんのことを守ると言っていた。だが大きくなったら、そのお母さんっていう人は別人になった。そう思っていると、自分が息子のために捧げたことは無駄のことのように思えてきた。「あなたたち、勘違いしているかもしれない。哲延、私は離婚する。もうすぐ夫婦関係は終わる。それに、これは私の家だ。私の許可なしに、誰も住めない」私は離婚届を取り出した。そこにはすでに私の署名が書いてある。哲延の表情が曇った。「こんな些細なことで、本当に俺と離婚するつもりか?」「些細なこと? それはあなたにとってだけだろう。哲延、火事現場に放り込まれたのはあなたじゃないから、当然どうでもいいと思うだろう。今すぐ、私の家から出て行け!」私は食卓を強く叩いた。哲延は一瞬呆然とし、表情を曇らせた。「わかった、わかった!離婚か?なら離婚だ!莉楠、これはお前の策略だとわかっている。だが、脅されるのが一番嫌いだ!後悔するなよ!」哲延は、離婚届にさっさと署名した。そして鈴の腰をがっしり抱き寄せ、挑発するように私を一瞥した。警察官も呆れていた。「さっさとお友達とお子様を連れて、この女性の家から退去していただけませんか?」哲延は鼻で笑った。「鈴、智司、行くぞ!」三人は堂々と立ち去った。これ以上彼らと関わりたくもないのだから、壊された物の賠償金を請求する気もなかった。部屋の片付けに三時間もかかった。めちゃくちゃに荒らされた家がすっかり片付いた。私はようやく疲れ切ってベッドに倒れ込んだ。今夜の眠りはとても安らかだった。窓から差し込んだ日差しに気づくまでは、私はすっかり寝ていた。なんと不在着信が十数件。全て智司からのものだった。昨日鈴が彼に食べさせたスナックのことを思い出したら、私は眉をひそめ、胃腸炎が再発したのかと推測した。電話をかけてみると、案の定だった。智司は昨日怒鳴っていた時の力強さはなく、少し弱々しい声だった。「僕、病気なんだ。病院に連れて行ってくれない?」「鈴と一緒じゃないのか?なんで私を呼ぶの?」電話の向こうで智司が黙り込ん
Read more
第7話
「お前、何してるの?ママなのに、どうして連れて行ってくれないの?」智司はとても悲しそうに、怒っている。いつも智司に優しい私は少しうんざりしてきた。「もうママじゃないって言ってたじゃない?満足したでしょ。今は邪魔だよ」智司がどれほど驚いていようと顧みず、私はパット電話を切った。一人で子供を病院に連れて行くのは、決して楽なことではない。幼い頃の智司はなおさらだ。診察番号を呼ばれるまで智司をずっと抱っこしていた。辛抱強く待たせていた。泣きわめかないように、しっかりなだめていた。左手に目をとめた。息子を抱くことで腱鞘炎になった。少し力を入れると、手がピリピリと痛む。それでも、子供の顔を見かけると、どんなに辛くても耐えられていた。これがお母さんというものの本能なのだろう。でも本当に、本当に疲れた。もう誰かの妻でも、誰かの母親でもいたくない。莉楠というもののままでいたい。離婚は私にとってほとんど影響がなかった。むしろあの父子から離れると、私の生命力を消耗する存在が消えるようになった。顔色は良くなった。夏休みが終わり、学校に戻った。何人かの先生から「何かおめでたいことがあったの?」と尋ねられた。私はただ微笑んだ。「めでたいことよ、哲延と離婚したの」先生たちは一瞬呆気に取られたが、すぐに理解してくれて、次々と祝福の言葉を。「とっくに離婚すべきだったわ。まったく家庭のことを顧みないご主人なのよね。莉楠さんが一人で子供を育てるなんてことは、どれほど苦労をしたことか」「まったくその通り!でもあの息子も物事が分かってないわよ。前学期の期末試験で、作文のテーマが『お母さんについて』なのに、なんと『おばさん』について書いたよ」「まったく恩知らずだね!」同僚たちは憤りながらも、そっと私の表情を伺った。「莉楠さん、悲しまないで」私は微笑み返した。「悲しくなんてないわ。息子ももう引き取らない。親権は渡したの」「そうよ!それが正しい選択だよ!」「他人のことが好きなら、その人に母親になってもらえばいい」私はうなずき、目元には安堵の色が浮かんでいる。そう、とっくにそうすべきだった。しかし振り返ると、オフィスの入り口に小さな影が見えた。智司だ。
Read more
第8話
智司はどれぐらい聞いていたのかわからなかった。目を大きく見開いて、信じられないという表情で私を見つめていた。夫と息子を命のように愛していた私が、彼らから離れると、打ちのめされるだろうと智司はそう思っているかもしれない。残念ながら、私の心での地位を過大評価しすぎている。それから、私が学校にいる限り、智司が小さな尻尾のように後ろについて回っていた。智司が顔色も青ざめ、服も汚れていて、次第に元気がなくなった。私は冷たい目でそれを見ていた。もともと智司はクラスメイトに人気があった。それは父親同様、端正な顔立ちをしていたからだ。今の子供たちは早熟なので、かなりイケメンの智司はクラスで持ち上げられていた。だが今や服が汚れている智司を見ると、皆は彼を避けて通り過ぎる。高慢な智司が、今の状況を受け入れられるはずがない。ある休み時間、智司が隅っこで一人泣いているのを見た。視線と合った瞬間、智司の目にはかすかな期待が宿っていた。「ママ、僕の服を洗ってくれないか」智司は声を詰まらせ、すぐにうつむいた。とても哀れに見えた。「鈴が洗濯してくれないの?私に何の用?もうあんたのママじゃないんだから」私が背を向けると、智司は私の服を引っ張った。「ママ、本当に僕を捨てるの?ごめんなさい、もう鈴さんをママにしたくない」私は智司の指を一本ずつはがし、冷たく残酷な言葉を吐いた。「あんたが反省したって、私に何の関係があるの?今は私があんたが要らないのよ、智司、洗濯ができないなら自分で習って。あんたに借りなんてない」そう言われると、智司の瞳の輝きがたちまち消えた。離婚した後、智司の生活は楽ではなかったことを聞いたことがある。あの日、離婚届を提出したその場で、哲延は鈴と結婚した。鈴は当然智司の新しい母親になった。だが鈴は子供の世話ができず、むしろ智司と哲延に世話を頼っていた。消防士の仕事はとても忙しいのだ。鈴は、世話をしてくれる人がいなくなると、智司をこき使い始めた。七歳の智司は、もう料理作りを習わなければならなかった。洗濯機の使い方がわからないだけで、鈴に長い間文句を言い続けられていた。結局、鈴は自分の服だけをクリーニング店に出した。智司は長い間、汚れた服を着続けた。智司は理解できなかっ
Read more
第9話
私は相変わらず毎日普通に仕事に出ている。ある日、家庭に事情のあるクラスの子を食堂に連れて行った。その子に丁寧に魚の骨を取っていた。ふと顔を上げると智司が真っ赤な目で私たちを見ていた。隣に座っている小さな女の子が不安そうに席を立とうとしたが、私が引き止めた。「大丈夫、ここで食べていればいい。気にしないで」「でも先生……」「君自身が気まずいなら、別の場所で食べてもいい。でもその子がいるからって気にする必要はないと思うよ」少女はうなずいた。智司をちらりと見た後、少女はうつむいて黙々と食事を続けた。私は智司を完全に無視した。智司も黙ったまま、ただ私の少女に料理を盛る手をじっと見つめていた。五分ほど立っていると、智司の顔色はますます青ざめ、目の前が真っ暗になって気を失った。智司が再び目を開けたら、私はそばに寄り添っている。智司が喜ぶように見えた。医者が私を叱りつけている。「母親としてどうしているんですか!子供が胃腸が弱いのに、いつもお菓子を食べさせているなんて!熱が39度もあるのに、まったく気を遣わないですか?!」智司は自分の額に触れた。案の定、熱く燃えるように熱かった。熱だけだったのか。死ぬのかと思ったのにと智司は思った。やっぱり、お母さんは心のどこかで自分のことを思っているんだろう。そうでなきゃ、わざわざ付き添って来たりしないよね。智司は密かに嬉しく思った。しかし私は淡々と言った。「私は彼の母親ではありません。学校の先生に過ぎません。ご両親には連絡します」息子のことを知り、哲延はようやく休暇を取って消防隊から戻ってきた。病室の外にいる私を見たら、哲延は複雑な表情を浮かべた。「ありがとう」「どういたしまして。たとえ見知らぬ人が私の目の前で倒れても、助けるでしょうから」そう言い切ると、私は立ち去ろうとした。だが哲延は、私の行く手を阻んだ。「この間、元気だったか?それにお前の傷は、跡は残ったか?皮膚科の知り合いが何人かいるんだが、もしよければ……」私は哲延の言葉を遮った。「結構よ、ありがとう。哲延、私たちの関係に世間話は不要だと思う。わかる?」哲延はまた呆然とした。再び口を開いた声はかすれていた。「そうか…」長い沈黙の後、哲延は突然こう言っ
Read more
第10話
哲延は青ざめた顔で、信じられないという表情で私を見つめた。哲延は智司とは違い、別れた後、私と接することはなかった。今のような、私の態度のきつさは哲延によっては初めてだ。私の言葉は鋭い刃のように、哲延の恥を突き破った。「哲延、あんたは誰のことも愛していない。愛しているのは自分だけだ。さっさと息子のところへ行ってあげなさい。さようなら」私は自分の家に戻った。整然と片付いた塵一つない部屋を見たら、ふと安堵の息をついた。幸い、幸いにも両親は私を十分に愛してくれていて、逃げ場を与えてくれた。そうでなければ、ゼロからやり直すのにどれほどの覚悟が必要か、本当にわからなかっただろう。あの家で、あんなに自己中心的な二人と一緒にいるのなら、遅かれ早かれ、私の血も骨髄も吸い尽くされていくだろう。鈴のような同じ自己中心的な人間こそ、二人にぴったりなのだ。智司のクラスを担当していた同僚がこそこそと近づいてきた。噂話を持ちかけてきた。「莉楠さん、知ってる?哲延とあの鈴って人が離婚したんだって!」私は少し驚いた。でもあの日、病院に一度も姿を見せなかった鈴のことや、あれこれとんでもない話をした哲延のことを考えると、全く不思議でもなかった。同僚は感慨深げに言った。「莉楠さんを捨ててあの鈴を選んだくせに、結局離婚という始末で、そんなに愛してなかったんだね!二人は大げんかして、あの女が消防署で刃物を使って何人か傷つけたらしいよ。双極性障害があって、自分をコントロールできずに暴れたんだって。でも診断書を求められても出せなくて、医者が調べたら何の病気もないって。ちぇっ、哲延は顔面蒼白で、その場で離婚を申し出したんだ。その日はたまたま訓練日で、上司が怒って哲延を停職処分にしたらしい!自業自得だよ、クズ男はそういう末路をたどるべきだ!」同僚の話を聞きながら、私はうなずいた。ただ、まさかその夜、仕事から帰ると、家のドアの外に、哀れそうにしゃがみ込んでいる大人と子供の姿が見えるとは思わなかった。「ママ」智司が顔を上げて私を見た。鈴に殴られたのか、小さな顔にはいくつもの引っかき傷があった。私を見ると、智司の涙が止まらなくなった。「ママ、すごく痛いよ!」哲延は智司のそばに座り、うつむいて落ち込んだ様子だ。「莉
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status