Mag-log in
相良と田畑んトコの孫娘の結婚披露宴を明日に控えた夜、俺は田畑栄蔵を屋敷へ呼び寄せた。「……二人の門出に俺みたいなのがしゃしゃり出て水を差すわけにゃいかねぇ。すまねぇがお前からこれを渡してやってくれねぇか」 言って、俺は用意していた桐箱を田畑の方へスッと差し出す。中には、金細工師に特注させた純金の盃が二つ、一対で収められていた。 縁には松竹梅と鶴亀の意匠を彫らせた。大会社の重役としても見栄えが立つ品だが――俺にとっては裏の契りを思わせる象徴でもある。「盃、ですか」 蓋を開けた田畑が、わずかに目を細める。「筋を通した契りってぇのは、裏でも表でも変わらねぇだろ。……あの二人にゃ相応しい」 そう言って、俺は盃を託した。例え気に入らなかったとしても金としての価値もある。悪くねぇ祝いの品だろ? と思った。 その折だ。 玄関先で慌ただしい気配がした。 使用人が取り次いでいたのは、千崎の女房の雪絵だ。 こちらを不安げに見つめる娘と手を繋ぎ、どこか全てを諦めた顔をして立っていた。 田畑が怪訝そうにこちらへ視線を投げてきたが、俺は軽く首を振った。「気にすんな。祝いの品、頼んだぞ?」 それ以上は語らなかったが、そこは心得たもの。田畑も何も言わずに帰ってくれた。「すみません、来客中だったのですね」 深々と頭を下げた雪絵のまとう影は深かった。 ――今日が目の前の女の誕生日であることを、俺は知っていた。 そういうのを知らねぇ間柄じゃない相手の娘だからこそ、千崎に雪絵を娶るように勧めたのだ。 千崎と所帯を持たせりゃー、俺を守って死なせちまった男の娘も幸せになれると思ってたんだがな。 どうやら俺の見込み違いだったらしい。*** 相良と田畑の孫娘の披露宴当日、俺は千崎を呼び出した。 畳敷の広間へ座らせて、真正面から奴を見据える。「…&hell
ノックのあと、「はーい」という声を聞いて、わたしは【花嫁控室】のドアを静かに開けた。 すぐそばに、芽生の結婚を機にこちらの施設へ転院してもらった奈央子さんがいる。 外には社の者も来賓もいる。せめてこの部屋でくらいは肩の力を抜きたいので、奈央子さんが入ったあと、私はぴっちりと扉を閉ざした。「おじいちゃん、おばあちゃん」 鏡越しにわたしたちの姿を確認したんだろう。真白のドレスに身を包んだ芽生が笑顔で振り向いた。 その様に、奈央子さんと二人して息を呑む。綺麗だ。 それに……。 やはり、目元の下がり方も笑ったときのえくぼも、栄一郎にそっくりだ。栄一郎を産んですぐに亡くなった最愛の妻、澪の面影までもが重なって見えて、私は思わず吐息を落とす。 それと同時、「田畑さん、前にもお話ししましたけどね。私、やっぱり爪の形と口元のラインはどう見ても沙奈だと思うの」 隣にいた奈央子さんが、手にした杖で床をトントンしながらつぶやいた。「いや、栄一郎だ」「いいえ、沙奈」「栄一郎」「沙奈」「え、えっと……」 芽生が困って肩をすくめたので、わたしは咳払いで話題を変えた。 いかん、いかん、せっかくの孫の晴れの日に、ケチをつけるところだった。 奈央子さんと顔を見合わせて〝ひとまず休戦〟と示し合わせると、わたしは芽生ににっこり微笑みかけた。「……ところで、芽生。おじいちゃん、今日は芽生に結婚生活の心得を持ってきたんだよ。十箇条だ」 言いながら、懐から茶封筒を取り出して中身を芽生へ差し出す。昨夜したためたばかりの金言集だ。『第三条:喧嘩はその日のうちに解決せよ』など、我ながら隙がない出来になっていると自負している。「まあ、奇遇ですね! 私も心得を作ってきたの。五箇条だけど厳選版よ、芽生ちゃん」 奈央子さんは手が不自由だが、最近は左手で結構綺麗な字を描けるようになったと言っていた。それもこれも可愛い孫
今日は相良さんと芽生ちゃんの結婚披露宴。 このメンバーで唯一〝私だけが堅気〟ということで、二人から招待状が届いた。 本当は、ここにいるみんなを呼びたいんだろうな? と思う。 だけど裏の世界と決別した相良さんに、そんなことは出来ないし、『雄相会』の面々もそれは心得ている。 千崎雄二に、「俺たちの分まで祝ってやってきてくれ」と頼まれた時は、喉元まで出かかった『一人で行けって言うの?』という言葉を寸前のところでグッと飲み込んでにっこり笑顔で「任せて」と言ってしまっていた。 いつもそう。 私は……彼が極道の世界と堅気の世界を天秤に掛けて、堅気の私ではなく、組の息がかかった雪絵さんを結婚相手に選んだ時から、大好きな雄ちゃんに、何一つ本音を言えない女になってしまった。 ――本当は雄ちゃんと結婚したい! そう言いたかったくせに、『日陰の女でいいからそばに居させて?』だなんて都合のいい女を演じて……。 結果的に雄ちゃんの心をいつまでも縛り付けて、雪絵の心を壊す悪女になってしまった。*** 出がけに、『雄相会』のみんなが私に向かって深々と頭を下げてきた。「百合香さん……俺たちの分まで、二人の門出をしっかり見てきてください」 その言葉に、何だか胸が詰まった。 託されたご祝儀袋は、私一人が参列するには多すぎる額面のお金が入っている。きっと、相良さんと芽生ちゃんには、〝みんなからの〟お祝いだって分かるはず。 本来ならみんなの想いを届けるべきなのは『姐さん』と呼ばれる雪絵さんであって、私じゃない。 でも、雪絵さんは私と違って正式な『雄相会』会長・千崎雄二の妻だから……だから今日はこちらの世界とは決別して
まさか相良のやつがタキシードに袖を通す日が来るとは。 (あいつなら紋付羽織袴で和装な結婚式を挙げると思ってた) その方が〝極道〟らしい雰囲気に感じられた。 だが今のあいつは、長いこと私が知っていた相良組組長ではない。 (ホントに大会社の後継者候補になっちまったんだなぁ) 胸の奥に、なんとも言えない感慨が広がっていた。 長年、肩を並べて生きてきた悪友の晴れ姿だ。やたら高そうなヤクザの幹部といった雰囲気のスーツばかり着ていた男が、今日ばかりはどこの御曹司かと見違えるほど堂々として見える。 「ホント、あいつがタキシードとか、成長したもんだよな」 小声で呟いた私に、隣の静月がくすっと笑う。 「もう……将継さん。相良さんが聞いたら〝お前は俺の保護者か〟ってムスッとしますよ?」 神田さんと相良の指輪交換を見守りながら、静月はそっと自分の薬指を撫でていた。銀色に光るペアリング――私たちも互いに交わした、指輪だ。相良たちみたいに式こそ挙げてはいないが、それでも私は彼を唯一無二の伴侶だと思っている。 *** 式後の披露宴。珍しく控えめに酒を口にしている相良に近づいて声をかけた。 「お前も人並みにこんな儀式を受け入れられるようになったか。ホント、神田さんにメロメロだな」 「うるせぇよ。俺だってやりたくてやったわけじゃねぇ」 不貞腐れたように返す相良の横で、神田さんが心配そうに首を傾げる。 「京ちゃん、結婚式……イヤだったの?」 「あ、いや、別にイヤなわけじゃ……」 途端、柄にもなく慌てる相良に、私は思わず笑みがこぼれた。 「神田さんの綺麗な花嫁衣装が見れて……幸せでたまりませんって、素直に言えばいい」 「黙れ、長谷川」 「もぉ、将継さん、いい加減にしないと」 静月が困ったような顔をして私の袖を引く。相良を困らせまいとするこの気遣い。ホント可愛いな、静月は。 思わず顔が綻んだ私に、相良がニヤリと笑った。 「なぁ静月ちゃん。静月ちゃんも長谷川と式挙げてぇよな?」 「あ、いや、その……」 戸惑う静月の頬が赤くなる。 途端、相良の陰からひょこっと顔を覗かせた新婦の神田さんがぱっと瞳を
あの頃、俺はそのことを〝自ら選んだ道〟だと信じて疑わなかったが、今振り返ってみれば、ただ、追い詰められた先にひとつだけ残されていた道を歩いただけに過ぎなかったと分かる。 けど――芽生とともに生きていく、と決めた時の決意は違う。 あれは紛れもなく、俺自身が自分自身の意思で、葛西のオヤジの意向に歯向かってでも〝選びたい〟と思った道だ。 *** 「京ちゃん!」 純白のウエディングドレスに身を包んだ芽生が、俺の名を呼んでにっこり笑う。 こんな綺麗な花嫁を、俺は今まで一度も見たことがないし、これからも二度とないはずだ。 「京介」 今、周りに人はいない。 何度訂正してもガキの頃の呼び名をなかなか改められない芽生に、俺はコイツのことをいつの間にか〝子ヤギ〟と呼べなくなっていることに気が付いた。 女として見てはいけないという気持ちの表れのように〝子ヤギ〟と呼んで子ども扱いしていた少女はもういない。 芽生の手には、ピンクのチューリップのブーケが握られていた。本数は九本。 そこでふと、先日掛かってきた懐かしい男――『雄相会』会長・千崎雄二からの電話を思い出す。 『ブーケは九本がお勧めだ』 それだけ言って、すぐに切れた。 (――千崎のやつ、記事で見やがったのか) そうでなきゃ、わざわざあんな不可解な電話はしてこないだろう。 あいつらにだけは見られたくないと思っていたのに、クソッ! と舌打ちしながらも、何となく口元が綻んだ。 意味は分かっている。俺だって調べたからな。九本は「永遠に一緒に」を表す本数だ。 不器用な千崎らしい、恐らくは最後のアドバイスだった。 芽生にそのことを告げると、何も聞かずに「分かった」と頷いてくれた。芽生も、昔馴染みからのアドバイスだと分かっていたんだろう。 視線を巡らせれば、式場を彩る花々の中に、数え切れないほどのピンクのチューリップが紛れ込んでいる。 一本一本数えるのは手間だが、俺は知っている。あれは全部で九十九本だ。――それは「永遠の愛」を表す本数らしい。 そういうことが書いてあるサイト
俺と芽生の結婚披露宴の日取りが決まった。四月の第一日曜日――大安だ。 ……それは、芽生と俺が初めて会った日でもある。 ちょうど葛西のオヤジから母親が死んだと聞かされた頃だった。 生みの親が死んで悲しいとかそういう思いは全然なくて、むしろやっと自由になれたと思ったのを覚えている。 昔世話になった『陽だまり』への寄付を思い付いたのも、そういうきっかけがあったからだ。 長谷川に頼んで、長谷川建設からの寄付という名目で金を何度か送った頃、比田先生から脅迫まがいの連絡が入った。 顔を出さなけりゃ、支援者名簿に俺の名を出すとかバカなことを言ってきた先生に、そんなことをすれば極道と繋がりのある施設だと思われちまうだろ! と、長谷川のボディーガードという名目で渋々顔を出すようになった初回がその日だったのだ。 初めて会ったとき、芽生はまだ十歳くらいの、端々に幼さを残した少女だった。 表舞台は長谷川に任せ、園庭の片隅で苛立ちまぎれに煙草をふかしていた俺に、恐れた様子もなく「何してるの?」と話しかけてきたのが芽生だったのだ。 キョトンと小首をかしげる様が非力な小動物そのもので、こんな無防備に俺みたいな輩へ声を掛けてきて、この先無事に生き残っていけるんだろうか? と心配になったもんだ。 ちょうどその日、その時たまたま出先で生花店のオープニング記念に、と渡されたチューリップの花を持っていた俺は、それをじっと見つめてくるそのちっこいのに、ホント何の気なし。「やる」 そのまま持っていてもどうせ捨てるだけだしな……と、ぶっきらぼうに差し出した。気を遣って持っていたわけじゃない。ギュッと握っていたせいで、すでに萎れかけてお世辞にも綺麗と言える状態じゃなかった花なのに、その子は一瞬驚いた顔をしてから、ぱぁっと瞳を輝かせた。 軽い自己紹介のあと、「私ね、赤ん坊のときからずっと陽だまり育ちだったの」とあっけらかんと己の生い立ちを話してくれた少女は、「だから私、お花をもらったの、これが
佐山は相良京介の雰囲気に気圧されて、今まで彼の斜め後方にカシラの腹心である千崎雄二が控えていることに気付けないでいたことに軽くショックを受けた。 そうして、いつもならそんなことを言う京介をたしなめるはずの側近中の側近の千崎でさえも、何も言えずに会釈をしてカシラの言うことを了承したことにも驚かされてしまう。「――行くぞ、佐山」 千崎にグイッと腕を引っ張られてその場から引き剥がすように連れ去られながら、佐山は正直ホッとしたのだ。 あの場にこれ以上居続けたら、寿命が数年単位で縮んでしまうよう
「何でそんなこと言うの? 京ちゃんの、バカ!」 手荷物を持つ手にギュッと力を込めると、芽生は京介の返事を待たずに自動ドアを潜り抜ける。「お帰りなさいませ、神田さま、相良さま」 途端、コンシェルジュの女性に礼儀正しく頭を下げられて、芽生はモヤモヤとした気持ちのままマンション内へ足を踏み入れたことを後悔した。「た、ただいま戻りました……」 声に、グチャグチャにかき乱された気持ちが滲まないよう気を付けながら会釈をすると、そんな芽生のすぐ後ろを京介がなにも言わず
「京ちゃん?」 なんとなく違和感を覚えて芽生が京介をじっと見詰めたら、京介は決まり悪そうにそんな芽生から視線をふっと逸らせると「まぁー、その話はあとだ。時間ねぇからもう行くな? ほら。千崎のヤローはあんま待たせっとネチネチうるせぇからな」とか。 京介は絶対に自分に何かを隠していると確信した芽生だったけれど、きっと今は何を聞いてもはぐらかされてしまうと思って「行ってらっしゃい。気を付けてね」と見送るに留めておく。 モヤモヤとしたものはありつつも、玄関先で大好きな人を送り出すことが出来るとか、新婚さんみたい! と思ったら、少しだけ気持ちが晴れた。
「あ……あ、のね、京ちゃっ……私っ……」 思いっきり泣いたせいで、そのつもりはないのにヒクヒクとしゃくり上げてしまう。それをもどかしく感じながら、どう説明しようか考えていたら逆にそれが功を奏したのか、「怖い夢でも見たのか?」と優しく涙を拭われて、芽生は渡りに船とばかりにコクコクとうなずいていた。頬に触れる京介の大きな手から香ってくる煙草のにおいにさえドキドキしてしまうのは、恋心のせいだろうか? それとも京介に嘘をついてしまっている罪悪感からだろうか。 (京ちゃん、嘘つきでごめんなさい) そう心の中で謝りながら、芽生は京介の服







