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第566話

Author: 藤原 白乃介
俊介の目が一瞬、深く沈んだ。

「どう言ったんだ?」

「ボロが出るのが怖くて……ミルク半分、砂糖半分って言いました」

その一言を聞いた瞬間、俊介は大きく息をついた。

佳奈は昔から鋭い。ほんの些細な違和感でもすぐに気づいてしまう。

もし今日、あのコーヒーがミルク三分、砂糖なしって知られていたら、彼の正体にもっと疑いを持たれていたかもしれない。

俊介は秘書に手を振って、部屋から出るように合図した。

一人椅子に座り、書類に記された佳奈のサインを見つめながら、指先でそっとその名前をなぞった。

声は限界までかすれていた。

「佳奈……俺はお前を守ってるんだ」

佳奈は階段を下りると、すぐに白石に電話をかけた。

相手はすぐに出た。

「佳奈、会談はうまくいったか?」

「順調よ。契約も済んだし、これからは証拠集めね。俊介のことを調べた時、何か変わったことは見つかった?」

白石は少し考えてから答えた。

「二年前、彼は交通事故に遭ったらしい。けっこう重傷だったみたいだけど、しばらく休んだ後に復帰して、それからZEROの社長に就任した。どうした?何か引っかかる?」

「ううん、ただ……なんとなく、どこかで会ったことがあるような気がして」

「気のせいでしょ。あいつは今まで一切表に出たことがない。今回が初めての登場で、会ったのもお前が初めてだ。つまり、何か目的があるってことだ」

「目的なんてどうでもいい。しばらく様子見ね。この案件、いくつかの財閥も絡んでるから、ついでにそっちの腹の中も探れるし」

「気をつけて動けよ。そうだ、高橋グループから招待状が届いた。周年記念パーティーに来てくれって。行くか?」

佳奈の冷ややかな瞳に、一瞬だけ深い光が宿った。

「行くわ」

「でも、智哉も来るわ。お二人を試すつもりかもしれない。下手したら、これは罠だ」

佳奈はふっと笑った。

「浩之は今、高橋グループの大株主よ。あいつが来るのは間違いない。ちょうど会いたいと思ってたところ」

そう言いながら、彼女はハンドルをぎゅっと握りしめた。

二年前、あんなに幸せだった家庭が一瞬で壊されたことを思い出すたび、胸の奥から怒りが湧き上がる。

子どもを失い、父も意識を失ったまま。

幸せだった結婚生活も、全て失った。

そのすべての元凶が浩之だった。彼女は、この悪魔のような男がどんな
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