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第565話

Author: 藤原 白乃介
翌日。

佳奈はZEROグループの社長室で俊介と顔を合わせた。

彼女がドアをノックして中に入ると、目に飛び込んできたのは、背の高い男のシルエットだった。彼は大きな窓の前に立ち、白いシャツにグレーのスラックス姿で、気怠そうに手にしたタバコを一口吸っていた。

佳奈が入ってきたのを見ると、その深く澄んだ瞳に一瞬だけ光が宿った……が、それもすぐに消えた。

彼はタバコの火を消し、佳奈の方へと歩み寄ってきた。口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。

「藤崎弁護士、お噂はかねがね」

声は穏やかだが、少ししゃがれていた。

佳奈は礼儀正しく手を差し出し、微笑みながらうなずいた。

「田森坊ちゃん、お目にかかれて光栄です」

だが、二人の手が触れた瞬間、佳奈の指先に何かが刺さったような感覚が走った。

まるで微弱な電流が指先から全身に走ったような、くすぐったくて痺れるような感覚。

それは、懐かしくもあり、どこか遠い記憶のようでもあった。

智哉と別れてからというもの、こんな感覚を覚えたことは一度もなかった。

佳奈は黒く輝く瞳で俊介を見つめた。整った顔立ちに気品ある雰囲気、くっきりとした二重まぶたに、美しく流れる目尻のライン。

その立体的で端正な顔立ちは、一度見たら忘れられない。

初めて見る顔なのに、なぜか懐かしさを感じる。

佳奈は俊介の顔をじっと見つめながら、口を開いた。

「田森坊ちゃん、私たち……以前どこかでお会いしたこと、ありますか?」

握手したときの不思議な感覚、そしてこの顔の既視感。どうしても初対面だとは思えなかった。

俊介はふっと微笑んだ。

「それって……藤崎弁護士が俺に一目惚れしたってことで、いいのかな?」

佳奈は思わず指先を軽く丸め、口元に淡い笑みを浮かべた。

「田森坊ちゃんから受けた第一印象は、確かに特別でした。今回の協力がうまくいくことを願っています」

「そうかい?藤崎弁護士に良い印象を持ってもらえたなんて、光栄の極みだよ。前から聞いてたんだ、法曹界に咲く高嶺の花ってね。腕もあるし、美人だって。今日会ってみて、噂に違わぬお方だ」

こんな褒め言葉には、佳奈はもう慣れていた。

彼女は軽く唇を曲げて笑い、バッグから書類を取り出して俊介に差し出した。

「田森坊ちゃん、この案件、私が引き受けます。ただし、他の人間は一切関与させないこと。調
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