Share

第52話 星燦の礫

Penulis: 渡瀬藍兵
last update Terakhir Diperbarui: 2025-06-03 19:00:20

温泉郷での、全てが夢のような出来事から、数週間という月日が静かに過ぎ去っていた。

あの鮮烈な夏の熱気は、まるで嘘のようにすっかりと姿を消し、代わりに、秋がゆっくりと、しかし確実に、森という名の巨大なキャンバスを、鮮やかな色彩で染め上げていた。

燃えるように赤い紅葉が、まるで空を舞う蝶のように、秋風に乗ってひらひらと舞い上がり、そしてまた、力尽きたように、静かに、そして優しく地面へと降り積もっていく。

そんな、どこか物悲しくもあり、それでいて心を揺さぶるような美しい季節の中で、僕は――

人っ子一人いない、ひっそりとした、忘れ去られたように静まり返った神社跡で、美琴と二人きり、最近の日課となっている霊力訓練に、ただひたすらに励んでいた。

「……はぁ……、はぁ……」

額に滲んだ汗を拭い、荒くなった息をどうにかこうにか整える。

僕が今、美琴に教わっているのは、霊眼術のさらなる応用と、まだ不安定な霊力の、より細やかな制御。

その二つを同時に、しかも人並み以上に扱えるようになるには、今の僕の力では、まだまだあまりにも|拙《つたな》く、未熟すぎる。

訓練のたび、自分の無力さと、そして、焦燥感にも似た感情が、じわじわと胸の奥を締め付けてくる。

どうにか、一人でも霊眼術を発動できるようにはなった。

けれど、その力の持続時間は、せいぜい五分が限界だ。

せっかくみ切った青色に輝き始めた瞳も、あっという間にその輝きを失ってしまう。

思うように進まない厳しい修行に、僕はただ、息を切らし、そして、焦っていた。

その、ときだった。

「先輩っ! そんなところで突っ立って、一体何をしているんですか! 休んでる暇はありませんよ! 次は、以前お話した“|礫《つぶて》”の練習です!」

秋の冷たい風を鋭く切り裂くように、凛とした、それでいてどこか楽しげな響きを帯びた、美琴の良く通る声が、背後から僕の鼓膜を揺さぶる。

振り返ると、美琴が、鮮やかな紅葉を背景に、結い上げたポニーテールをぴょこぴょこと楽しげに揺らしながら、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

その透き通るような茶色の瞳は、いつもの穏やかで優しい彼女とはまるで別人かのように、まっすぐで、そして、どこか射抜くような強い光を宿している。

彼女は、日頃の穏やかな姿からは想
Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi
Bab Terkunci

Bab terbaru

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   第56話 美琴の嘘

    あれから、スマートフォンの画面に映る同じニュース動画を何度も再生した。 でも、結果は同じだった。 何度見返しても、あの耳を裂くような絶叫は……確かに、その映像の中に、不気味なノイズのように混じり込んでいた。 しかし、動画のコメント欄やSNSをいくら探しても、誰もそのおかしな声のことには気が付いていない。まるで、僕にしか聞こえない音のような、不気味な現象…。 これは……ただの偶然なんかじゃない。 “何か”が、この映像を通して、僕に何かを必死に訴えてきている。 そんな確信にも似た予感が、背筋を冷たくした。 僕はひとまず、この不可解な現象について美琴にも話を聞いてもらう為に、短いメッセージを送る。 〈お疲れ様。今どこにいる? ちょっと相談したいことがあるんだ〉 その三分後くらいだっただろうか、ほとんど間を置かずに、美琴からすぐに返事が届いた。 〈中庭のベンチにいますよ。どうかしましたか、先輩?〉 彼女らしい、簡潔で落ち着いた文面だ。 〈ありがとう。ちょっと見てほしいものがあって。屋上まで来てもらってもいいかな?〉 〈分かりました。では、今から屋上へ向かいますね〉 その短いやりとりを済ませ、僕はスマートフォンの画面を消し、重い足取りで階段を上がり始める。 胸の奥が、じわじわと嫌な感じでざわついていた。 きっと美琴なら、この現象について何か分かるかもしれない。彼女の知識と力なら……。 そう思って、僕は屋上の錆びついたフェンスにもたれかかり、彼女が来るのを待った。

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   第55話 叫び声

    僕たちは大きな木の根元に腰を下ろし、ほんの少しの間だけ、厳しい訓練を忘れてひと息つくことにした。 秋の柔らかな陽射しが木々の葉を透かし、きらきらと地面に光の|斑点《はんてん》を落としている。 「先輩、これをどうぞ」 不意に、美琴が小さな、丁寧にラッピングされた箱を、どこか得意げな、それでいて少しだけ恥ずかしそうな表情で、僕の目の前に突き出してきた。 「え? これは……何?」 僕は驚いて尋ねる。 「ふふっ、開けてからのお楽しみですっ!」 いたずらっぽく輝く茶色の瞳と、満面の笑みでそう言う美琴に、僕の心臓がまたしても、どきり、と小さく跳ねた。 何だろう、この期待感と、ほんの少しの緊張感は。 僕は、どこかぎこちない手つきで、その箱の蓋をそっと開けた。 目に飛び込んできたのは、色とりどりの、ぎっしりと丁寧に詰められたサンドイッチだった。 鮮やかな黄色のたまご、優しいピンク色のハム、瑞々しい緑色のレタス。シンプルだけど、計算され尽くしたかのようなその完璧な並び方があまりにも美しくて、見た瞬間、思わず 「わぁ……!」という感嘆の声が、僕の口から漏れていた。 自分の目が、きっと子供みたいにキラキラと輝いていたと思う。 どれもこれも、本当に美味しそうで、なんだか秋の日差しを浴びて、それ自体が

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   第54話 櫻井家の家系図

    ふと、数日前に父さんの話した僕は、古い家系図のことを雷に打たれたように思い出した。、 そうだ、あれだ――僕の、そしてもしかしたら巫女の血筋の謎を解く鍵が、そこにあるのかもしれない。 「美琴、ちょっと待ってて!」 急な思いつきに、僕は木の根元に無造作に置いていた自分のバッグへと駆け寄る。ナイロンのチャックを焦るように勢いよく開け、中から大切に持ち帰ってきた古びた桐の筒を慎重に取り出した。 そして、さらにその筒から、何代にもわたる人々の名前が墨で記された、一枚の和紙をゆっくりと引き出した。 「はい、これを……見てほしいんだ」 美琴にその家系図を差し出すと、彼女は少し驚いたように、その大きな茶色の瞳を丸くした。 「これは……櫻井家の……。先輩、このような大切なものを、私が見せていただいても、本当によろしいのですか?」 彼女の声には、少し戸惑いの色が混じっている。でも、もし巫女の血というものが本当に関係しているのなら、これが何かの手がかりになるはずだ。 僕は緊張で乾いた喉をごくりと鳴らしながら、美琴がその古い家系図をじっと見つめるのを、息を詰めて待った。 ――巫女の血の繋がり。僕自身の、力の正体に関わるかもしれない、重要な何か。 美琴は、僕から受け取った和紙を静かに広げ、その繊細な指先で古い文字を辿りながら、ゆっくりと読み始めた。 「……先輩のご先祖で、この家系図の一番初めに記されている方は……櫻井沙耶さ

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   第53話 犠牲者への黙祷

    「ッ……!」 ギリギリまで振り絞った霊力が尽き、僕の身体がぐらりと大きく傾ぐ。視界が急速に白んでいき、平衡感覚がぐにゃりと歪むのを感じた。 そして、まるで糸の切れた人形のように、秋色の落ち葉が降り積もる地面へと、僕は大の字に倒れ込んでいた。 「疲れたぁ……もう、指一本、動かせない……!」 ぜぇぜぇと荒い息が切れ、目の前がチカチカと点滅する。全身から急速に力が抜けていく、あの嫌な脱力感に襲われる。 そんな僕の様子に、美琴が慌てて駆け寄ってくる足音がした。 「先輩、大丈夫ですか!?」 彼女の華奢な手が、僕の肩にそっと触れる。その瞬間、ひんやりとした心地よい冷たさと、同時に、奥底から伝わってくるような確かな温かさが混じり合った不思議な感触が、疲弊しきった僕の身体にじんわりと染み込んできた。 僕はなんとか顔を歪めて、苦笑いを浮かべてみせる。 「あはは……なんとか…。」 「良かった…。」 「今の星燦ノ礫の威力ですが、不意を突けば、弱い霊なら弾き飛ばすくらいは可能そうですね」 美琴が、心底ホッとしたような表情を見せたかと思うと、次の瞬間にはもう、いつもの冷静な調子で、先程僕が放った渾身の一撃の分析を淡々とし始めた。 ……この、全身の血が沸騰するような疲労感で、たったそれだけなのか。 僕は心の中で、小さく落胆の溜息をつく。でも、そんな僕の気持ちを察したのか、美琴はふっと、まるで聖母のように柔らかく微笑んだ。

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   第52話 星燦の礫

    温泉郷での、全てが夢のような出来事から、数週間という月日が静かに過ぎ去っていた。 あの鮮烈な夏の熱気は、まるで嘘のようにすっかりと姿を消し、代わりに、秋がゆっくりと、しかし確実に、森という名の巨大なキャンバスを、鮮やかな色彩で染め上げていた。 燃えるように赤い紅葉が、まるで空を舞う蝶のように、秋風に乗ってひらひらと舞い上がり、そしてまた、力尽きたように、静かに、そして優しく地面へと降り積もっていく。 そんな、どこか物悲しくもあり、それでいて心を揺さぶるような美しい季節の中で、僕は―― 人っ子一人いない、ひっそりとした、忘れ去られたように静まり返った神社跡で、美琴と二人きり、最近の日課となっている霊力訓練に、ただひたすらに励んでいた。 「……はぁ……、はぁ……」 額に滲んだ汗を拭い、荒くなった息をどうにかこうにか整える。 僕が今、美琴に教わっているのは、霊眼術のさらなる応用と、まだ不安定な霊力の、より細やかな制御。 その二つを同時に、しかも人並み以上に扱えるようになるには、今の僕の力では、まだまだあまりにも|拙《つたな》く、未熟すぎる。 訓練のたび、自分の無力さと、そして、焦燥感にも似た感情が、じわじわと胸の奥を締め付けてくる。 どうにか、一人でも霊眼術を発動できるようにはなった。 けれど、その力の持続時間は、せいぜい五分が限界だ。 せっかくみ切った青色に輝き始めた瞳も、あっという間にその輝きを失ってしまう。 思うように進まない厳しい修行に、僕はただ、息を切らし、そして、焦っていた。 その、ときだった。 「先輩っ! そんなところで突っ立って、一体何をしているんですか! 休んでる暇はありませんよ! 次は、以前お話した“|礫《つぶて》”の練習です!」 秋の冷たい風を鋭く切り裂くように、凛とした、それでいてどこか楽しげな響きを帯びた、美琴の良く通る声が、背後から僕の鼓膜を揺さぶる。 振り返ると、美琴が、鮮やかな紅葉を背景に、結い上げたポニーテールをぴょこぴょこと楽しげに揺らしながら、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。 その透き通るような茶色の瞳は、いつもの穏やかで優しい彼女とはまるで別人かのように、まっすぐで、そして、どこか射抜くような強い光を宿している。 彼女は、日頃の穏やかな姿からは想

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   第51話 またいつか

    僕たちが宿の古びた門の前に着くと、陽菜さんはふわりと振り返った。 「陽菜さん、今日は色々と……本当に、ありがとうございました」 僕と美琴は、自然と二人で彼女へと深く頭を下げる。感謝の気持ちでいっぱいだった。 『いやいや、これくらい、いいって! アタイもアンタたちのおかげで、退屈しのぎどころか、腹の底から楽しませてもらったしねぇ!』 陽菜さんは、変わらぬ様子で笑い飛ばす。 「も、もうっ! 陽菜さんったら……!」 美琴が、またしても顔を真っ赤に染めて、潤んだ瞳で陽菜さんを軽く睨む。その反応が、やっぱり可愛らしい。 『ふふふ、ごめんごめん。でも、アタイはもうそろそろ行くよ。夜はこれからが本番だけど、アタイの出番はここまでってね』 そう言うと、陽菜さんは悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。 『じゃあね、二人とも。またいつか、どこかで! おやすみ!』 その言葉を最後に、陽菜さんの黄色い浴衣姿が、まるで陽炎のようにぼんやりと輪郭を失い始め、次の瞬間には、ふぅっと淡い光の粒子となって、夜の闇と周囲の霧の中へと完全に霧散していった。 まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように、あまりにもあっけなく、そして静かに。 「……本当に、不思議な……でも、素敵な人だったな……」 僕は、陽菜さんが消えた空間を見つめながら、ぽつりとそう呟いた。美琴も隣で、静かに、けれど深く頷いているのが気配で分かった。 僕たちは、もう一度顔を見合わせ、どこか名残惜しいような気持ちを胸に、宿の中へと戻っていく。 *** 「あらあら、おかえり!ずいぶんと遅くまでお出かけだったねぇ!」 年季の入った旅館の玄関をくぐると、帳場から顔を出した女将さんが、夕方と同じく優しい笑みを浮かべて僕たちを迎えてくれた。 その声には、どこか親しみが込められている。 「例の慰霊碑は、どうだった? 夜はまた格別な雰囲気だったろう?」 「はい。とても……言葉では言い表せないくらい、素敵で、神秘的な場所でした」 美琴が、まだ少し興奮冷めやらぬといった面持ちで、けれど静かに、そして|敬虔《けいけん》な響きを声に込めて答える。 「そりゃあ良かったねぇ。アタイも、アンタたちに教えた甲斐があったってもんだよ」 女将さんは、満足そうに朗らかに笑いながら、からころ

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status