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縁語り其の五十二:星燦ノ礫

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-06-03 19:00:20
──人とは、誰しも、守りたいと願う者を持つもの。

そのとき、選ぶ道はさまざまであり、いかなる選択も、正しさと背中合わせにある。

命を賭して守るという誓い──

それは、美しく、そして尊い。

だが、忘れてはならぬ。

その誓いが残された者を、癒えることなき悲しみの淵へと誘うこともあるということを。

想いは力であり、同時に呪いでもある。

……それもまた、人の定め。

***

温泉郷での、全てが夢のようだった出来事から数週間が過ぎていた。

肌を焼くような夏の熱気は姿を消し、森という名のキャンバスは、燃えるような赤や鮮やかな黄色に染め上げられていた。風が吹くたび、紅葉がはらはらと舞い散る。どこか物悲しく、それでいて心を揺さぶる美しい季節。

僕たちは、人っ子一人いない、忘れ去られたように静まり返った神社跡で、日課となった霊力の訓練に励んでいた。

「……はぁ……、はぁ……」

額の汗を拭い、荒くなった息を整える。美琴に教わっているのは、霊眼術の応用と、霊力の細やかな制御。今の僕にはあまりに難しく、訓練のたびに自分の無力さと焦りが胸を締め付ける。どうにか霊眼術を一人で発動できるようになったが、持続時間はせいぜい五分程度だ。

その力が、自分を守るためではなく、美琴を守るためにも必要なのだと思うと、余計に歯がゆかった。

……そう、この力を僕は自分の為だけではなく、彼女の為にも使いたい。

そう思うようになった。

それだけでも、以前とは比べ物にならないくらい成長している……のではないだろうか。

「先輩! そんなところで立って何をしているんですか! 休む暇はありませんよ! 次は“礫《つぶて》”の練習です!」

秋の冷たい空気を切り裂くように、凛とした、それでいてどこか楽しげな声が背後から飛んでくる。

振り返ると、美琴が鮮やかな紅葉を背景に、結い上げたポニーテールを揺らしながらこちらへ歩いてくるところだった。その茶色の瞳は、いつもの穏やかな彼女とは別人のように、射抜くような強い光を宿している。

日頃の姿からは想像もできない、厳しい特訓の時だけに見せる“鬼教官”の顔。それは頼もしく、そして美しかったけれど――正直、かなり圧が強い。

「ちょ、ちょっと待って美琴……! 少し休ませて…!」

情けない声で懇願すると、美琴は一瞬戸惑った顔をしたが、すぐにいつもの穏やか
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