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五十六話:昼休みの屋上

Author: 渡瀬藍兵
last update publish date: 2025-06-05 19:00:00

「美琴たちも、屋上で昼食を?」

 悠斗がそう尋ねると、美琴は小さく頷いた。

「そうですよ。どうしても、澪が屋上で食べたいって言っていて」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、隣から弾けるような声が飛んだ。

「じゃあさ!  俺たちと一緒に食べねー!?」

 春雪が身を乗り出して、両手を広げてみせる。

「えっと……よろしいのでしょうか?」

 美琴が遠慮がちに視線を落としかけたその横で、澪がぱっと顔を輝かせた。

「何言ってんの美琴!  これはお誘いだよ!  えっと、はい!  ぜひ一緒に!」

「隣いいですか!?」

「おう!」

 澪は迷いなく春雪の隣に腰を下ろした。弁当箱を抱えたまま、すでに何か話したくてたまらないという顔をしている。

 そして美琴は、一拍だけ間を置いてから、

「では、失礼しますね」

 と静かに悠斗の横に座った。制服のスカートの裾を丁寧に押さえる指先が、屋上の風にさらされて少しだけ白く見えた。

「先輩たちはなにか盛り上がっていたみたいですけど、なんの話をしてたんです?」

 澪が自分の弁当を膝の上に置きながら、興味深そうに首をかしげる。

「俺たちはね……、幽霊の話をしていたんだよ……」

 春雪がわざとらしく声を低め、いかにもという雰囲気を作ってみせた。

「えぇ!?」

 澪が目を丸くする。春雪はにやりと笑って両手を振った。

「悪いな……。こいつこういう話ばっかするから、怖かったら止めるよ」

「翔太、ノリがわりーよ!」

「いえ!!  むしろ私も怪談とか大好きなんで!  聞かせてください!」

 澪の目がきらりと光った。弁当の蓋を開けかけた手がそのまま止まっている。

「お!?  まじか!  じゃあなにかオススメの怪談でも〜……」

 同類を見つけた春雪の声が一段跳ね上がる。二人はあっという間に頭を寄せ合い、怪談の品評会を始めてしまった。

 悠斗はその様子を横目に見てから、隣の美琴へ視線を移した。

「澪さん、怖い話好きなんだね……。ちょっと意外かも」

「彼女はどちらかというと、彼女の隣にいる先輩のご友人と似た傾向ですね」

 美琴の声に、わずかな呆れと親しみが混じっている。

「そっか。そういえば美琴、体調は大丈夫なの?」

「ええ、私は大丈夫ですよ。心配していただき、ありがとうございます」

 美琴がふっと表情をほころばせた。いつもの落ち着いた顔に、ほんの少しだけ柔らかさが滲む。

「良かった……」

 悠斗の肩から、知らず詰めていた力が抜けた。

「ところで……すみません、盗み聞きするつもりはなかったんですけど、私が作った嘘に関して話してませんでしたか?」

「あはは……。鋭いね。なにやら春雪は君が咄嗟に作った『異常現象研究会』を作るのはどうかってうるさいんだ」

 悠斗は小さくため息をついて、怪談に夢中になっている春雪の背中に目をやった。

「なるほど……。そういうことでしたか」

 美琴が黙り込んだ。視線が足元のコンクリートに落ちて、しばらく動かない。

「どうしたの?」

「あっ、いえ……。実は割とありなんじゃないかって悩んでしまって」

「あれ?  美琴も?」

「ということは先輩も?」

 二人の視線がぶつかった。

「うん。実は、現場に行くのは僕たちで、春雪には情報を集めてもらうのはアリかなって」

「なるほど、確かにそれはすごくいいかもしれませんね」

「ほら、僕は霊眼術に関してなにも分かってないでしょ?  だから、きっと今後も心霊スポットに行くことが増えると思ったんだ」

「さすがですね。私もそうなると思ってます」

「ありがとう。春雪の情報収集能力は確かだからさ。きっと……」

「でも、この短い時間で彼の人となりを見た上で、現場に出たいと言うのは目に見えているんですけど……」

 悠斗は深く頷いた。春雪の顔が浮かぶ。間違いなくそう言うだろう。

「きっとそうなるだろうね。これをどうするかだな……」

 悠斗は片手で額を押さえ、小さく唸った。

「これは最後の手段ですが……霊能力がない以上、下手に連れていくのは危険です」

 美琴の声のトーンが、わずかに落ちた。

「ですが、そこを理解していただければ、十分なルールなどを設けて入口まで連れていく、ということは可能かもしれません」

「なるほど、そうだね」

 話がひとつの形にまとまりかけた、その時だった。

「おい、聞いてるか悠斗!」

 春雪の声が頭上から降ってきた。振り向くと、怪談の佳境で置いてけぼりにされた語り手が、不満げにこちらを睨んでいる。

「き、聞いてるよ?」

 悠斗は咄嗟に取り繕ったが、隣で美琴が口元に手を当てて小さく肩を震わせているのが見えた。

 その後も春雪の怪談は続いた。澪が時折大げさに驚いてみせるたび、春雪の語りに熱が入る。屋上を渡る夏の風が、四人の笑い声をさらっていった。

 。❀ 𓂃𓈒𓏸 。❀ 𓂃𓈒𓏸 。❀ 𓂃𓈒𓏸

 放課後。

 昼間の刺すような日差しは傾き、教室に差し込む光も幾分やわらかくなっていた。まばらに残った生徒たちの声が廊下に散る中、悠斗は自分の席で春雪と向かい合っていた。

「その、唐突なんだけどさ、お土産なにがいい?」

「お?  なんだ?  どっか行くのか?」

「うん、実は美琴とふたりで夏休みに桜織温泉郷へ行くことになったんだ」

「は??」

 春雪の動きが止まった。

「えっと、だからそのお土産を……」

「……」

 春雪の目の奥に、静かに何かが灯った。

「温泉郷だとぉ!?  美琴ちゃんと!?  二人で!?」

 机ごと身を乗り出す勢いだった。教室に残っていた数人の視線が一斉にこちらを向く。

「そ、そうなんだ。えっと……、静江さんからお礼として宿泊券を二枚貰ってさ」

 悠斗は慌てて手のひらを向けながら、あの日のことを思い返していた。

 。❀ 𓂃𓈒𓏸 。❀ 𓂃𓈒𓏸 。❀ 𓂃𓈒𓏸

「先輩、着きましたよ」

 肩に触れる手のひらの温もりで、意識が浮かび上がった。美琴の声が、まどろみの膜を一枚ずつ剥がしていく。

「ん……あれ……いつの間に僕……」

「きっと疲れていたんですね。よく眠ってましたよ」

 目を擦って見上げると、美琴が穏やかに微笑んでいた。車の窓の向こうには、見慣れた街灯の光が並んでいる。

「ほんとうにここでいいんですか?」

 運転席から竹中が振り返った。

「はい。ここからはお互い家も近いですし、ここでお願いします」

 美琴がそう答えて、先にドアを開けた。降り立つと、夜気がひんやりと肌に触れる。

「さぁ、先輩、降りましょう。——竹中さん、お世話になりました」

 美琴が丁寧に頭を下げた。悠斗も続いて車を降りる。

「よっ……と。竹中さん、ありがとうございました」

「お礼を言うのはこっちだよ。本当に詩織を解放してくれてありがとう」

 竹中の声は穏やかだった。けれどその奥に、言葉にしきれない重さがかすかに滲んでいる。

「それじゃあ、二人ともお元気で!」

 車が走り出す。テールランプが二度、短く瞬いた。まるで手を振るように。

 二人は並んで、その赤い光が夜の道に溶けて消えるまで見送っていた。

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