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第7話

作者: サヨ
克樹はすぐに時乃に鎮静剤を打たせ、厳しく監視するよう命じた。

眩暈から覚めた来幸は、驚きと恐怖がない交ぜになった悲鳴を上げた。

「克樹!あいつ、私を殺そうとしたのよ!」

克樹は優しく彼女の背を撫で、宥める。

「大丈夫だ。俺がしっかり管理する」

死の淵を覗いた恐怖が消えない来幸は、パニック状態で訴え続けた。

「だめよ!時乃はもう克樹の言うことなんて聞かないわ。兄を殺されたのよ?必ず報復に来る!

ねえ克樹、今すぐ彼女を殺して!」

克樹の手がふと止まった。その表情から優しさが消え失せ、瞬時に氷のような冷徹さへと一変した。

「……あいつに触れていいのは、俺だけだ。

来幸。お前の長所は『物分かりの良さ』だったはずだが?忘れたのか?」

来幸はハッと我に返り、すぐに甘えた声色を作って縋り付いた。

「ごめんなさい克樹……ただ、怖かったの。怒らないで……」

克樹の顔色が少し和らぎ、秘書に命じた。

「絢斗の遺体を回収しろ。腐っても時乃の実兄だ、きちんと弔ってやらねばな」

……

闇の中で、時乃は目を開けた。

その瞳は光を失い、ただ虚ろに天井を見つめている。

脳裏には、絢斗が自ら命を絶つ光景が焼き付いて離れない。

「兄さん……必ず仇は討つから」

克樹が自分の裏切りを信じているなら、本当にそうしてやろうじゃないか。

岡山兄妹が兄を殺した。ならば、血の代償を払わせてやる。

時乃の瞳の奥には、狂気じみた憎悪だけが渦巻き、指先が殺意に震えていた。

三日後、克樹が病室を訪れ、何事もなかったかのように優しい顔をした。

「時乃、明日はお前の兄の葬儀だ。見送ってやれ」

時乃は従順に頷き、一言も発さなかった。

彼女が大人しくなったのを見て、克樹は心の底で安堵したようだ。ベッドサイドに歩み寄り、手を挙げて彼女の頭を優しく撫でる。

「最初からそうやって聞き分け良くしていれば、こんなことにはならなかったんだ」

時乃は穏やかな声で言った。

「克樹様。明日の葬儀に輝良様を呼んでいただけませんか?彼から直接、兄に謝罪させてほしいのです……」

やつれた顔と、胸が締め付けられるほどか細い声。

それに絆されたのか、克樹は無意識に頷いていた。

……

翌日。

時乃はシートに身を沈め、顔を横に向けて車窓の外を見やった。

墓地の入り口に車が止まると、克樹と来幸が先に降りた。

その一瞬の隙を突き、時乃は素早く後部座席から運転席へと移動し、ドアロックをかけた。

彼女の視線は、墓地の入り口に立つ男に釘付けになる。場違いな派手なアロハシャツを着て、ヘラヘラと笑っている男――輝良。

長い間溜め込んでいた憎悪が爆発し、全身を駆け巡る。時乃はアクセルを床まで踏み込み、一直線に輝良へ向かって突っ込んだ。

エンジンの咆哮に気づいた輝良が逃げようとした瞬間、車体は猛スピードで彼を跳ね飛ばした。

ドンッ!

輝良が地面に激しく叩きつけられる。

時乃は即座にハンドルを切り、車首を向け直してさらに突撃しようとした。

数台の黒いSUVが慌てて進路を塞ぐが、彼女は躊躇なくアクセルを踏み続け、何度も、何度も衝突を繰り返した。

車のフロントがひしゃげ、自身の額から血が滴り落ちても、止まらなかった……

克樹が部下に命じて無理やりドアをこじ開けさせ、彼女を取り押さえる。

薄れゆく意識の中で、時乃は呪詛のように吐き捨てた。

「……私が生きている限り、一分一秒たりとも……絶対に諦めないから……」

視界が闇に沈む直前、克樹の呟きが聞こえた。

「どうしていつも……俺の期待を裏切るんだ?」

……

次に目が覚めた時、克樹は気怠げにまぶたを上げ、淡々と彼女を見下ろした。

「輝良は肋骨三本と片足を折った。これで気は済んだか?

昨日、絢斗を弔ってやった。この件はこれで終わりだ」

時乃は憎しみを込めて彼を睨みつけた。

「あり得ない」

克樹の瞳が冷たく光る。

「兄を、死んでも安らかに眠らせないつもりか?」

時乃は息を呑み、信じられないという表情で彼を見た。

克樹は読めない瞳で彼女を見つめ、口調を和らげた。

「輝良が退院する日、彼に謝罪しろ。そうすれば、全て水に流してやる。

今後、二度とこの話を蒸し返すな」

輝良が退院した日は、ちょうど克樹の誕生日パーティーの日だった。

豪華客船のデッキは、招待客で溢れかえっている。

時乃は深い青色のドレスを身に纏い、髪を高く結い上げていた。

来幸が近づき、嘲笑を漏らす。

「着飾ればそれなりに見えるじゃない。どうりで克樹の心を繋ぎ止められるわけね!

後でしっかり兄さんに謝りなさいよ。さもないと、絢斗の遺骨を海に撒いて魚の餌にしてやるから!」

時乃は冷ややかに彼女を一瞥したが、何も答えなかった。

宴もたけなわの頃、車椅子に乗った輝良が現れた。時乃は赤ワインのグラスを手に、ゆっくりと彼に近づいていく。

輝良は彼女を見ても慌てる様子はなく、むしろ鼻で笑った。

「お前ごときが俺を殺そうなんて、百年早いんだよ」

時乃は淡々と言った。

「ええ。確かに、車で轢くべきではなかった……」

輝良の背後に回ると、瞬時に髪から金属製のヘアスティックを抜き取り、流れるような動作で輝良の喉に深々と突き立てた。

血が彼女の顔に飛び散る。時乃の唇が、悦びの弧を描いた。

「こうやって、殺すべきだわ」

悲鳴と共に、招待客たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

時乃は手の甲で唇の血をぬぐうと、狂ったように笑い出した。その声は壊れた楽器のように不協和音を奏で、会場の人々を戦慄させた。

彼女の瞳は漆黒の闇に染まり、すべてを飲み込もうとしていた。

ふと、恐怖に引き攣って悲鳴を上げる来幸の姿が目に入った。

瞳の奥に、再び殺意が宿った。

来幸に向かって猛然と突進した。

振り上げたヘアスティックが、来幸の首筋に食い込もうとしたその瞬間――

パンッ!

乾いた銃声が轟いた。

克樹が放った銃弾が、時乃の体を貫いた。

衝撃で彼女の体は木の葉のように宙を舞い、そのまま手すりを越えて、暗い海へと落下していった。

冷たい海水に飲み込まれる瞬間、走馬灯のように七歳の頃の記憶が蘇る。

痩せこけて、野良犬と骨を奪い合っていた自分。

そこへ現れた克樹がフライドチキンを差し出し、優しく尋ねた。

「うちに来るか?」

時乃はゆっくりと目を閉じ、心の奥底でそっと呟いた。

……行かない。

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