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第1話

作者: 霜晨月
last update publish date: 2025-12-03 22:44:06

「鳴瀬颯斗。男、二十五歳」

息詰まるほど重苦しい空気が、取調室に澱んでいた。

長身の刑務官が颯斗の眼前にどっかりと腰を下ろし、手元のファイルを広げる。履歴書に目を落としながら、焦らすような口調で読み上げた。

「本籍は岡島県、現住所は東雲市。最終学歴は大卒……A大経営学部卒業、か」

威圧感を放つ黒い制服は皺ひとつなくプレスされ、一番上のボタンまできっちりと留められている。プラチナのカフスには、控えめな金の縁取りが施されていた。黒い手袋からのぞく手の甲は白く、足元は丈の長い軍用ブーツで固めている。

男は、そのすらりと伸びた脚を無遠慮にも取調机の上に投げ出し、組んでみせた。

「以前は二つの会社に勤めていたようだが、いずれも解雇。原因は……どうやら『口は災いの元』といったところか」

男はそう言うと、履歴書から視線を外し、切れ長の目を上げる。気怠げに颯斗を値踏みする様は、さながら物憂げな黒猫だ。

口は災いの元と言えば聞こえはいいが、要するに、不吉を招く口――いわゆる「疫病神」というやつである。

最初の一社は外資系企業だった。颯斗は上司との口論の末、ついカッとなり「クソ野郎、転がり落ちて失せろ」と罵声を浴びせた。

するとその日の退勤時、上司は言葉通りに階段から足を踏み外して転げ落ち、足を骨折したのだ。

そして、二社目の映像制作会社。颯斗が「こんな企画、審査に通るわけないじゃん」とぼやいた翌日、クライアントから審査落ちの連絡が入り、プロジェクトは一時凍結となった。

「面白い……実に、面白い」

男はぱたりとファイルを閉じ、低く笑った。

「……笑ってる場合じゃないでしょう?霧生先生」

もし今、顔中が腫れ上がり、全身傷だらけで起き上がることさえままならぬ状態でなければ、颯斗は机を叩いて立ち上がっていたに違いない。

「一体どういう状況なのか、説明してください」

颯斗は混乱する頭を抱え、言葉を続けた。

「俺はあんたのクリニックに助手として面接に来たんじゃなかったのか?さっきまで面接してただろ?なんで瞬きした途端に刑務所なんかにいるんだよ?

おまけに囚人服まで着せられて。あんただって、いつの間にか刑務官に早変わりしてるし。

それにさっきの巨漢、俺はあいつに恨まれる覚えなんてないのに、なんでいきなり壁際に追い詰められて死ぬほど殴られなきゃならなかったんだ」

「面接、か」

霧生練きりゅう れん――いや、今は霧生刑務官と呼ぶべきか。彼は自慢の長い脚を下ろした。

「そう言えなくもないが、今は少々状況が特殊でな」

颯斗の脳裏に閃くものがあった。

「わかったぞ、これ、『マーダーミステリー』の類いだろ」

練は肯定も否定もせず、無言で颯斗の背後に回り込む。手にした警棒を伸ばして颯斗の顎をくいと持ち上げ、壁一面の姿見にその視線を向けさせた。

「見てみろ。全身傷だらけで、まだ血が流れている」

「な……何をする気だ?」

颯斗が唾を飲み込むのを尻目に、練は警棒で、血の滴る傷口を容赦なく突いた。

颯斗は条件反射で悲鳴を上げる。

「いたたたっ……て、あれ?」

だが、来るはずの激痛は襲ってこない。

「わかったか?痛みを感じないだろう」

練は警棒を離し、わずかに身を乗り出した。鏡の中で呆然とする颯斗を見つめ、その耳元で一言一句、噛んで含めるように囁く。

「なぜならここは、おまえの潜在意識の中だからだ」

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