Share

第24話

Author: 霜晨月
last update Huling Na-update: 2025-12-25 23:37:41

「たしかに、ネットで漫画を描く人間はまだそう多くなかった。僕自身、はじめは遊び半分で始めたようなものだったからね」

睦弥は当時を懐かしむように目を細め、そう語った。

「記憶では、その頃先生はSNSで熱血系の少年漫画を連載されていましたよね」

「ああ。当時の画力は稚拙なものだったし、キャラクター設定も世界観も、物語も……何もかもがありきたりでね」

星野睦弥という人物を深く知るため、この数日、颯斗はネットで情報を集める傍ら、彼がこれまでに発表した漫画をすべて探し出し、一通り目を通していた。

睦弥本人の言葉を裏付けるように、十年前の筆致は現在の洗練されたものとはほど遠く、物語もまた、勇者が魔王を倒すといった王道のファンタジーに過ぎなかった。

作品の随所には友情、努力、勇気といった、熱血漫画特有の要素が散りばめられている。

当時、そうした作風の漫画は星の数ほど存在したのだ。可もなく不可もない睦弥の作品が、誰の目にも留まらなかったとしても、何ら不思議はなかった。

「……そんな状態が、五年も続いたんだ。僕が、今のマネージャーに出会うまでは」

そこで言葉を切った睦弥は、どこか怯えるように会場を見渡し、客席の反応を窺った。

睦弥の言うマネージャーとは、奏のことだ。

案の定、奏の名が出た途端、会場の空気が一変した。ファンたちの間にさざ波のようなざわめきが広がり、ひそひそと言葉が交わされ始める。

「先生のマネージャーというのは、アシスタントであり、公私にわたるパートナーでもある方ですよね?」

司会者は腐肉を嗅ぎつけたハイエナのごとく、間髪入れずに食らいついた。

「私の知る限り、彼がアシスタントに就いたその翌年に、先生を一躍有名にしたあの『深海少年』が生まれていますね」

「……そうです」

睦弥は頷いたが、隠しきれない緊張を滲ませ、俯きがちにズボンの裾を強く握りしめた。

「王道の少年漫画を描いていらした先生が、当時はまだサブカルチャーの域を出なかったBL漫画へと転向された。一体何が、その作風をかくも劇的に変えさせたのでしょうか?もしかして……それこそが、いわゆる『愛の力』というものでしょうか?」

この司会者は、本気で睦弥を窮地へ追い込むつもりらしい。

奏と睦弥の関係は、今なおファンの間で最も物議を醸す話題の一つであり続けている。奏への評価を巡ってファンは二派に分裂し、日夜激しい論争を繰り
Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App
Locked Chapter

Pinakabagong kabanata

  • 美人上司に甘やかされる毎日が、残業よりつらい   第35話

    「言われてみれば、確かにそうだな」颯斗は辺りを見回した。練の言う通り、目が覚めた瞬間から、彼は自分が森の中にいるという事実を疑いようもなく認識していた。降りしきる豪雨の中にあっても、遠くから響く獣の咆哮を鮮明に聞き取ることができたのだ。そればかりか、雨粒が毛皮を打つ感触、土の匂い、湿った空気の冷たさまでもが、現実以上に明確な輪郭をもって迫ってくる。あたかもこの世界そのものが、五感の深奥を直接撫で上げているかのようだ。心界における感覚は、脳が生み出す幻影にすぎない。だからこそ時に、それは現実よりも過剰に、歪に、そして鮮烈なものとなる。「頭を抱えたいのは、どう考えても俺の方だろう」練は深く長い溜息をついた。「なんでだ?」颯斗が首を傾げる。練は眉を挑発的に吊り上げ、颯斗をちらりと一瞥した。「考えてもみろ。もしこの先の戦闘でお前が怪我をしたらどうなる?」「どうなるって……そりゃあ、お前が治して……」言いかけて、颯斗はふとある可能性に行き当たり、慌てて口を噤んだ。そうだ、練はその身を以て治療を行うのだった。もし今回、以前のように「深層治療」が必要なほどの重傷を負ってしまったら、練は獣と化した自分と……。いかん、いかん。これ以上、あらぬ想像を巡らせるのはよそう。このままでは、鼻から血を噴いてしまいそうだ。幸い、この土砂降りの中では、練の鋭い視力をもってしても、颯斗の表情の微細な変化までは読み取れないようだった。「だから、これからは十二分に気を引き締めろ。絶対にヘマをするなよ」練はそう言って、颯斗の手首をぽんぽんと軽く叩いた。その時になって初めて、颯斗は二人の体格差がいかに歴然としているかを思い知った。自分の背丈は練より遥かに高く、百八十センチ台の練ですら、その魁偉な巨躯の前では影に覆われ、まるで華奢な少女のように見えてしまう。颯斗はごくりと喉を鳴らし、またしても妄想に囚われた。この体格差で、もし万が一にもそういうことになったら、練の身体はもつのだろうか。そこまで考えたところで、毛深い狼の貌は一層の赤味を帯びた。「現在地はこの世界の南東端に位置する森の中。ターゲットの反応は……北西、十一時の方向。直線距離にして約三・五キロ」練の声は淡々としていたが、その双眸の奥では、颯斗には窺い知れぬ情報が絶え間なく流れているのだろう。心界におい

  • 美人上司に甘やかされる毎日が、残業よりつらい   第34話

    「案ずるな。茶に精神を落ち着かせる鎮静剤を少量混ぜただけだ。それに、さっき見ただろう。催眠を施す前に、彼本人から同意を得ている」練はこともなげに言った。「そうは言うが、彼はこれをただの催眠療法だと思っているのだろう。俺たちがこれから彼の『心界』へ入るなど、知る由もないはずだ」「お前も見たはずだ。彼は自分と奏との関係に干渉しようとする者すべてに対し、強い敵意を剝き出しにする。ああいう人間の心理的防衛線は堅固だ。正論を並べ立てて治療を承諾させるのに時間を費やすより、直接『心界』へ侵入し、内側から心の壁を突き崩すほうが手っ取り早い。いずれにせよ、彼にとってこれから起こるすべては、ただの夢に過ぎんのだからな」──ただの夢、か。睦弥の安らかな寝顔を見つめながら、颯斗は物思いに沈んだ。当初、颯斗はこう考えていた。睦弥が電話でDVの事実を認めようとしないのは、奏に洗脳されているか、あるいは奏からの報復を恐れているからだと。だが今日、ネット上での奏への中傷に触れた際の、あの常軌を逸した睦弥の様子を目の当たりにし、颯斗は悟ったのだ。睦弥は心の底から、自分が被害者であるなどとは思っていないのだと。睦弥は奏との関係において、自分が虐げられているなどとは微塵も感じていない。それどころか、奏こそが最も深く傷ついた被害者なのだと、固く信じ込んでいる。かつての颯斗は、世間一般の人々と同様に、「精神病患者」と聞けば、支離滅裂なことを口走り、奇矯な振る舞いをする人間を思い浮かべるのが常であった。だが今日、その偏見がいかに浅薄なものであったかを、颯斗は痛感させられた。睦弥は一見したところ、どこまでも正常だ。他人と滞りなく意思疎通ができ、その言動に矛盾はない。しかし彼は、颯斗たちとは真逆な世界に生きているようだった。彼の言葉に耳を傾けていると、颯斗は己自身を疑わずにはいられなくなる。自分が見聞きしてきたことこそが、果たして真実なのだろうか、と。もし睦弥が狂人でないのなら、狂っているのは間違いなく颯斗自身のほうなのだ。──一体、どうなっている?「そんな陰気な顔をするな」練は颯斗の前に歩み寄ると、その手を掴み、先程のアイマスクを掌へと押し付けた。「表層の人格は人を欺くが、潜在意識は嘘をつけない。真相がどうであるか、彼の『心界』へ入って直接確かめればいい」颯斗は手の

  • 美人上司に甘やかされる毎日が、残業よりつらい   第33話

    睦弥と会う約束を取り付けたのは、水曜日のことだった。その日、東雲市では七月に入って初めての雨が降り、長く続いた猛暑に火照る街へ、束の間の涼を運んできた。約束の時間きっかりに、睦弥は煎餅の紙箱を提げて診療所の入り口に姿を見せた。聞けば、煎餅専門の老舗の品で、一時間もの行列に並んでようやく手に入れたのだという。応接室に腰を下ろした三人は、早速その煎餅をつまみ、傍らの猫を撫でながら、和やかに談笑を始めた。「この嵯峨乃焼、甘すぎず、それでいて風味豊か。この歯触りもいい。実に絶品だな」お世辞を言う柄でもない練が、睦弥の持参した嵯峨乃焼をいたく気に入り、賛辞を惜しまなかった。練という男は理系出身の気質からか、物言いは常に率直で、是々非々を明確にする、良くも悪くも裏表のない人間だ。そのため、颯斗の手料理に対しても、当然のごとく辛辣な評価を下すのが常だった。その練がここまで褒めるのだから、よほど美味いのだろう。颯斗は好奇心をそそられ、一枚つまんで口に運んだ。なるほど、練の賛辞は決して社交辞令ではなかったらしい。「涙が出るほど美味い」とは、まさにこのことか。「嵯峨乃焼といえば、確か京都の名物ですよね。昔、学生寮に京都出身の同級生がいまして、よく土産に持ってきてくれたんです」颯斗は一枚を食べ終えるや、早くも次のものへと手を伸ばしながら言った。「そうなんですか。奇遇ですね、実は奏も京都の出身なんですよ」睦弥はぱっと目を輝かせ、嬉しそうに微笑んだ。「さっき話した老舗も、奏の行きつけの店でして。彼と一緒になって初めて、この世にこんなに美味しいお菓子があるのだと知りました。そんなわけで、今ではすっかり彼の影響を受けて、僕も嵯峨乃焼が大好きになってしまったんです」奏の名を口にするとき、睦弥の表情はひときわ柔らかくなり、その口元には自然と甘い笑みが浮かぶ。「仲睦まじいのだな」練は何かを探るように目を細め、睦弥を見つめた。「ええ、まあ……」睦弥ははにかむように微笑むと、照れを隠すかのように、指先でそっと前髪を梳いた。先ほどから、颯斗は睦弥の表情を注意深く観察し、何か不審な兆候を見つけ出そうとしていた。しかし今のところ、彼の表情から読み取れるものは何一つなかった。「すみません、これではまるで惚気話ですね」ふと我に返ったように、睦弥は少し気まずげな表情で二人の顔を

  • 美人上司に甘やかされる毎日が、残業よりつらい   第32話

    「彼には言わないでほしい」「え?誰に?」振り返った颯斗は、訝しげに問い返した。「練だよ」テツは両手を組んだまま、言葉を続けた。「彼には伝えないでくれ。俺がここにいることを」颯斗は愕然とした。頭の奥で、何かが弾ける音が響く。まさか、この教会も、テツという存在さえも、練本人は知らないというのか?はっと意識が現実へと引き戻される。颯斗は弾かれたようにアイマスクを外した。視界に飛び込んできたのは、リクライニングチェアに深く身を預けた練の姿だった。わずかに首を傾げ、瞼を閉ざしている。微睡んでいるかのような、安らかな寝顔だった。「霧生さん?霧生さん!」颯斗は身を乗り出して、練の肩を揺さぶった。練の睫毛が震え、薄い唇が微かに動いた。「……何を見た?」「俺は……」颯斗は一瞬、言葉に詰まる。意識が戻る直前、テツに告げられた言葉が脳裏をよぎった。と、その時。練がゆっくりと瞼を上げ、澄み切った瞳と真正面から視線がぶつかった。刹那、様々な思考が脳内を駆け巡る。以前、練が口にした言葉が蘇った。潜在意識とは、人の心の中で最も陽の当たらない、決して表に出すことのできない領域なのだと。そして、あの教会でテツが告げた言葉も。練はこれまで、誰一人としてあの場所に足を踏み入れさせたことはない。それどころか、教会も、テツという男の存在さえも、練自身にとって未知の領域なのだ。どれほど相手を信頼すれば、自分自身でさえ把握しきれていない領域を、こうも無防備にさらけ出せるのだろう。たとえ、見せたのが氷山の一角に過ぎないとしても。自分に、果たしてそれだけの勇気があるだろうか。「……教会が見えた。中に男が一人座っていて、名はテツだと」颯斗は練の瞳をじっと見据え、一言一句を噛みしめるように告げた。「テツ」。その名を聞いた瞬間、練の表情が微かに強張った。内心を見透かされたような動揺が、その表情に一瞬よぎる。だが、それも刹那のこと。練はすぐにいつもの平静を取り戻した。「他には?」「いえ、それだけ。部屋を出ようとした途端、意識が戻ったので」颯斗は真剣な面持ちで首を横に振った。練の表情が幾分か和らぐ。「SPである俺の誘導がなければ、心界ではまともに動くことさえできないのが普通だからな」「SP?」「サポーター(Supporter)、つまり支援者のことだ」練は上体を起こしなが

  • 美人上司に甘やかされる毎日が、残業よりつらい   第31話

    再び目を開けると、颯斗は自分が見渡す限りの草原にいることに気づいた。薫風が微かな暖かさを運び、足元では野花が揺れている。颯斗は辺りを見回したが、この広大な草原にいるのは自分一人だけのようだ。そして前後左右の四方向には、それぞれ扉が一つずつ、草原の上に唐突にそびえ立っていた。「ここはどこだ?」颯斗は訳が分からないといった様子だ。「俺は……霧生さんの心界に入ったのか?」自分の心界は監獄だというのに、練のそれは、あまりにものどかな大草原だった。両者の対比が強烈すぎて、颯斗は思わず気恥ずかしさを感じてしまった。「霧生さんー!」颯斗は大声で練の名を呼んでみた。しかし荒野には、自分の声が虚しくこだまするだけで、何の応答もなかった。それにしても、練も変わった男だ。自分から颯斗を心界へ招き入れておきながら、いざ入ってみれば本人は影も形もない。一体何のトレーニングだというのか。あまりにも無責任ではないか。仕方なく、颯斗は歩き出し、四つの扉のうちの一つへと向かった。どうせ周囲には四つの扉以外何もないのだ、とりあえず進んでみるしかないだろう。そういえば、以前自分の心界にいた時、練はあの奇妙なサングラスをかけることで、意識を通わせて会話ができるようになっていたはずだ。しかし今回は、いくら叫んでも応答がない。もしかして練の身に何かが起き、サングラスをかけられない状況にあるのではないだろうか。あれこれと考えを巡らせながら、颯斗はある扉の前へと辿り着いた。それはゴシック様式の尖頭アーチ扉で、四つの中で最も存在感を放っていた。近づいて手をかけ、軽く押してみると、扉の隙間から微かな光が漏れ出した。「うわっ

  • 美人上司に甘やかされる毎日が、残業よりつらい   第30話

    颯斗は一瞬、何を言われたのか呑み込めず、一拍置いてからおずおずと自らを指差した。「……俺が?お前の心界に、入るだと?」「その通りだ。D.I.A.を介して、な」練は片手でこめかみを支え、もったいぶるようにゆっくりと告げた。「初回はテストも兼ねる。お前の共感力がどこまで通用するか、この俺が直々に見極めてやる。前回は俺がお前の『中』に入ったが、今回はお前が俺の『中』に入る番だ」その言葉を耳にした途端、颯斗の脳裏にあの日の記憶――自分の心界で、練と交わした破廉恥な行為の数々――が鮮やかに蘇り、羞恥に顔を真っ赤に染め上げた。「なっ……!何が『俺がお前の中に入って、お前が俺の中に入る』だ!もっとまともな言い方ができねえのかよ!」「事実だろう。俺は何か間違ったことでも言ったか?」練はそう言いながら、いつの間にか音もなく颯斗の手に触れ、その指を絡めとっていた。「前にも言ったはずだ。潜在意識は人によって千差万別。単純な思考回路の人間ほど、心界への侵入は容易い。……例えば、お前のような、な」颯斗は言葉を失い、改めてリクライニングチェアと物々しい装置全体を見回す。その間にも、練は颯斗の指にさらに深く己の指を絡ませてくる。その感触に、颯斗は一瞬、息を詰めた。「おい、話があるなら口頭で済ませろよ。何でそうベタベタ触ってくるんだ」「手ずから教えてやっているんだ。俺の心界への侵入は、そう容易いことではない。ましてやお前は、右も左も分からぬ素人なのだからな」練が不意に腕を引いたため、颯斗は体勢を崩し、その

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status