Share

第537話

Author: 青葉凛
「あの人に頼れる家族がいなくたって、それはあの人自身の問題でしょう?私たちには関係のないことよ。医者を探して、お金を出してあげる。それだけでも十分すぎるほど手を差し伸べているじゃない!」

琴音には、二人の子どもたちが揃って自分を否定し、真っ向から対立しようとしているようにしか思えなかった。彼女にとって、それはあまりにも理不尽で受け入れがたいことだった。

「お母さん、深く考えすぎよ。この問題はお兄ちゃんが自分でどうにかするって言ってるんだから、私たちはもう彼の恋愛問題に口出しするべきじゃないわ」紫音は少し口調を和らげ、母親を落ち着かせようと努めた。

「時間はかかっても、彼自身で解決させるしかないの。私たちが下手に首を突っ込んだところで、事態が良くなるとも限らないし。お兄ちゃんだって、ずっと塞ぎ込んでいたんだから、今は少し一人で考えさせてあげる時間が必要だと思うわ」

紫音は母親の手を優しく取った。「お母さんだって、もともと体が強いほうじゃないんだから、これ以上無理しないで。お兄ちゃんのことは彼に任せて、自分の体を労わることを一番に考えて。私が怪我をしてから、ずっとつきっきりで看病し
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる   第542話

    「より高度な治療を受けさせるなら、あなたのいる街へ連れて行くのがベストだと思う。でも、あの子は絶対に行かないと意地を張るはずよ。もうあなたとは一切関わりたくないって、前からずっと私にこぼしていたし」そこで鈴香は少しだけ目を伏せた。「それに……本当の病状を話して、あの子が耐えられるかどうかも不安なの。……でもね、有加里は私たちが思っているよりずっと強いところがあるから。これまでがあまりにも過酷だったせいか、病気の宣告すら大したことないって、あっさり受け入れちゃうかもしれない」言葉の端に、親友へのやり場のない憐憫が滲む。「理不尽な苦しみばかりを味わってきたせいで、痛みに麻痺しちゃってるのよ。だから時々、あの子は私たちの誰よりも強いんじゃないかって思うわ」友人である鈴香でさえ、彼女の選択に深く干渉することはできないと分かっていた。どれほど心配しようと、それは有加里自身の人生であり、他人が勝手にレールを敷く権利など誰にもないのだから。州も深く考え込み、重い沈黙に沈んでいた。どう動くのが正解なのか、皆目見当もつかない。一人の女性に背負わせるにはあまりにも残酷すぎる運命を突きつけられ、到底、自分の口からなど告げられそうになかった。――真実を話すことなど、できるはずがない。「君の言うことは痛いほど分かる。俺にも、彼女の人生の決断をどうこうする権利はない」州は乾いた唇を舐め、絞り出すように自らの思いを口にした。「だが、心から愛した女がここまでボロボロになっているのを見て、黙っていられるわけがないだろう。俺は、この現実をどうしても受け入れられないんだ」白くなるほど強く拳を握りしめ、州の瞳に鋭い光が宿る。「だから、何があろうと俺は有加里を諦めない。一刻も早く、あいつを治してみせる。今の医療技術ならなんとかなる道があるはずだ。たとえ末期だと言われようと関係ない。絶対に回復させてみせるさ」決して諦めないと断言する州の揺るぎない態度に、鈴香はふうっと短く息をついた。二人が互いをどれほど深く想い合っているか、痛いほど伝わってくる。だからこそ、どうしても結ばれない彼らの現実がもどかしくてたまらなかった。「……わかったわ。あなたがそこまで腹を括っているなら、私もとことん付き合う」鈴香はまっすぐに州の目を見た。「この数日あなたを見て

  • 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる   第541話

    電話越しの兄を安心させるように、紫音は声を少し明るくした。「お母さんがこれからどう動くつもりなのか、私にもまだ予測がつかないし、正直不安な部分はある。でも安心して。もし両親がお兄ちゃんのところへ乗り込もうとしたら、私が全力で引き止めてみせる。絶対に邪魔なんかさせないから、お兄ちゃんは気にせず、今は向こうでしっかり有加里さんのそばにいてあげて」そして紫音は、今の状況を動かすための現実的な提案を口にした。「ただ、私が思う一番の解決策は……やっぱり彼女をこちらの病院へ連れてくることだと思うの。ここのほうが遥かに医療レベルが高いし、お兄ちゃんが看病するにもずっと身動きが取りやすいでしょう?今の正確な状態も詳細に把握できるはずよ。……もちろん、有加里さんがそれを受け入れてくれるかどうかは分からないし、いつ本当の病状を知ることになるのかも分からないけれど」紫音はもどかしさに唇を噛んだ。自分が自由に動ける体だったなら、すぐにでも有加里のもとへ駆けつけていただろう。もし私が直接会いに行って説得すれば、有加里さんも少しは私の顔を立てて、話に耳を傾けてくれたかもしれないのに……しかし現実は、自身の身の回りのことすらままならないありさまだ。他人の看病はおろか、兄のために動いてやることさえできない。そう思うと、己の無力さに心底頭が痛くなった。紫音の沈黙からその歯痒さを察したのか、電話越しの州が声のトーンをわずかに和らげた。「ありがとな、紫音。お前とこうして話せただけで、随分と肩の荷が下りた気がする。俺の気持ちを理解して、寄り添ってくれる人間が一人でもいるってだけで、今の俺には十分すぎるくらい救いになってるよ。だから、そんなに思い詰めなくていい。……お前をずっと一人にしておくわけにもいかないから、律の奴はすぐにそっちへ帰らせるつもりだ」いつまでも親友である彼を、自分の個人的な問題のために引き留めておくわけにはいかない。州は、律を早く紫音の待つ家へ帰還させるつもりでいた。それに、律の手を借りなければならないような裏の制裁は、すでに全て片がついている。ここから先は有加里の確定診断を待ち、具体的な治療方針を組み立てていく段階だ。これ以上彼をここに残らせて、時間を奪う理由もなかった。紫音との電話を切った直後、鈴香が足早に州の元へやってきた。

  • 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる   第540話

    小さく息を吞む音が聞こえた。「まだ最終的な確定診断は下りていない。でも、医者がああまで言うなら、おそらく間違いないんだろう。だから次の一手を打つために、すでに伝手を使って権威ある専門医をあたっているところだ」州の言葉の端々に、悲壮なほどの決意がこもる。「何があろうと、今回だけはもう絶対にあいつを諦めない。俺があいつを守り抜く。ずっとそばにいるんだ。もし……もし仮に最悪の結果になったとしても、最後の最後まで俺が寄り添うって決めたんだ」自分を鼓舞するかのように、州はわずかに声のトーンを上げた。「でも、今の医療は進歩してるからな。あいつなら絶対に乗り越えてくれると信じてる。これまであんなに苦しんで酷い目に遭わされてきたのに、最終的にこんな結末を迎えるなんて、そんなどうしようもない理不尽を俺は絶対に受け入れられない……」深く愛した女性が、想像を絶する暴力と略奪に晒された挙句、命に関わる病魔にまで見舞われる。まるでこの世のすべての不条理と苦難が、彼女一人に覆いかぶさっているかのようだった。それをただ見ているしかない無力感と絶望を、一体どうすれば受け入れられるというのか。「お兄ちゃん……」紫音の声はかすかに震えていた。有加里に対する同情はもちろん、それ以上に、板挟みになっている兄の痛みが我が事のように胸を締め付けていた。「有加里さんのこと、私もすごく胸が痛いわ。あんなに過酷な思いをして……でも、お兄ちゃん、これからどうするつもりなの?お母さんも有加里さんも、お兄ちゃんにとって世界で一番大切な人たちでしょう。その二人の間で、どうやって折り合いをつけるっていうの……?私だったら絶対に耐えられない。今、動けない自分がもどかしいわ。お兄ちゃんのために、何をしてあげたらいいのかも分からないなんて……!」堪えきれず、紫音の瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた。「どうして急に、こんなことになってしまったの……?お兄ちゃんがこんなに苦しんでボロボロになっているところなんて、もう見たくないよ……」「おいおい、なんで泣くんだよ」電話の向こうで、州が優しく窘めるように笑った。「俺はまだ全てが終わったなんて微塵も思ってないし、悲しんでる暇なんてないんだぞ。俺がここで立ち止まっちまったら、これからの問題を一体誰が解決するんだよ。心配するな、この件は俺が必ずどうにかする。ただ、こ

  • 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる   第539話

    実のところ、さっきの「そっちへ行く」という言葉は、琴音自身も怒りのあまり勢いで口走っただけだった。琴音の心の奥底にも、有加里に対する強い罪悪感は確かに存在しているのだ。かつて他人の傷口を容赦なくえぐり、決定的な絶望を与えてしまったのは、間違いなく自分自身なのだから。今さらどんな顔をして会いに行けばいいというのか。「分かったわ。この件については、お父さんとしっかり話し合って解決策を考えることにするわ。でも、州をいつまでもあの場所に残しておくわけにはいかない。とっくに別れを決意した相手なら、ここで完全に縁を断ち切らなきゃダメよ」怒りこそ収まったものの、琴音の根本的な主張は少しも変わっていなかった。何があろうと、息子が再びあの女性と関わることだけは絶対に許さないという強い意志が込められている。この問題は、どう転んでもすぐに決着がつきそうになかった。誰もが自分の信じる正しさを譲らず、決して妥協しようとしないからだ。紫音は内心で深い溜息をついた。両親と兄、その間に挟まれるのは想像以上に息苦しい。それぞれが強い想いを抱えており、相手の立場に立って考えれば、誰の言い分も頭ごなしに間違っているとは言い切れないのだ。だからこそ紫音は、この膠着状態をどう解きほぐせばいいのか、すっかり途方に暮れてしまっていた。「なあ、紫音は今一日中ベッドに寝たきりで、ただでさえ息が詰まる思いをしているんだ。これ以上、この問題で娘に余計な壁や心配を背負わせるのはやめよう。私たち夫婦でゆっくり話し合って、どう解決すべきか考えればいい」そう言って、隆之介は紫音に向かってそっと安心させるような目配せをした。京極家がこれまで調和を保ってこられたのは、隆之介という得難い緩衝材があったからに他ならない。彼は常に落ち着き払っており、琴音が感情的になって我を忘れた時も、そばで優しく宥め、冷静に問題に対処できるよう導いてきた。本来、琴音は情に厚く善良な女性であり、何事においても自分なりの確固たる信念を持っている。それゆえに時として子どもたちの選択に偏見を抱き、強硬な態度に出てしまうが、その根底にあるのは「子どもたちには絶対に幸せな人生を歩んでほしい」という、母親としての純粋すぎるほどの愛情なのだ。二人揃って部屋を出ていくのを見送ってすぐ、枕元のスマートフォンが短く震えた。

  • 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる   第538話

    「紫音、お母さんは最近ずっと精神的にも肉体的にも無理が続いていて、体調が万全じゃないんだ。それなのに、どうしてお母さんをそんなに追い詰めるようなことを言うんだ?何かあるなら、声を荒らげずにきちんと話し合いなさい。……で、一体何があったんだ?」隆之介はなだめるように言いながら、二人の間を取り裁こうと歩み寄った。紫音は小さく深呼吸をすると、父に対し、兄の失踪の真相や有加里の現状、そして彼女が白血病の疑いで入院していることまで、全てを包み隠さず説明した。話を聞き終えた隆之介の顔には、深い憂いの影が落ちていた。彼はしばらく黙り込んだ後、静かに口を開く。「……紫音、お母さんをあまり責めないでやってくれ。お母さんが反対するのも、すべてはお前たちのためを思ってのことなんだから。親として、自分の子供がそんな過酷な運命を背負った相手と関わりを持って、苦労する姿なんて見たくないだろう。お母さんの根底にあるのは愛情なんだ。ただ、少し心配が強すぎて周りが見えなくなっているだけだよ」隆之介は妻の肩を優しく抱き寄せながら、娘にも向かって穏やかに語りかけた。「揉め事があるなら、感情的にならずにみんなで座って話し合うべきだ。州が頑なになっているなら、それも含めてどうすればいいか、家族全員で知恵を出し合えばいい。何があっても、私たち家族は心を一つにして、外の問題に立ち向かっていくべきじゃないか」隆之介は冷静に事態を分析していく。「お前たちの言い分も分かる。だが、お母さんの言うことだって一理あるんだ。人を助ける方法は一つじゃないし、州が這いつくばってそばにいることが、必ずしも相手にとって一番の助けになるとは限らない」その落ち着いた声は、感情的になっていた母と娘の心を少しずつ鎮めていく。「それに、あの有加里という子は、とっくの昔に州と完全に縁を切る覚悟を決めているんだろう?だったら、今さら州が付きっきりで面倒を見たところで、向こうはそれを素直に受け入れられるだろうか。かえって、彼女の心の負担になる可能性だってある。だからこそ、私たちがここでいがみ合うのではなく、どうすればあの子を追い詰めずに支援できるか、みんなで一番良い解決策を話し合うべきなんだよ」隆之介の言葉は理路整然としており、何より家族全員の幸せを第一に考えた上でのものだった。その温かくも説得力のある諭しを聞いて、紫音

  • 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる   第537話

    「あの人に頼れる家族がいなくたって、それはあの人自身の問題でしょう?私たちには関係のないことよ。医者を探して、お金を出してあげる。それだけでも十分すぎるほど手を差し伸べているじゃない!」琴音には、二人の子どもたちが揃って自分を否定し、真っ向から対立しようとしているようにしか思えなかった。彼女にとって、それはあまりにも理不尽で受け入れがたいことだった。「お母さん、深く考えすぎよ。この問題はお兄ちゃんが自分でどうにかするって言ってるんだから、私たちはもう彼の恋愛問題に口出しするべきじゃないわ」紫音は少し口調を和らげ、母親を落ち着かせようと努めた。「時間はかかっても、彼自身で解決させるしかないの。私たちが下手に首を突っ込んだところで、事態が良くなるとも限らないし。お兄ちゃんだって、ずっと塞ぎ込んでいたんだから、今は少し一人で考えさせてあげる時間が必要だと思うわ」紫音は母親の手を優しく取った。「お母さんだって、もともと体が強いほうじゃないんだから、これ以上無理しないで。お兄ちゃんのことは彼に任せて、自分の体を労わることを一番に考えて。私が怪我をしてから、ずっとつきっきりで看病してくれて疲れてるでしょう?私はお母さんに元気でいてほしいの」紫音は、兄の精神状態も気がかりだったが、同じくらい目の前で疲弊しきっている母親の体調も心配だった。なんとか宥めて、これ以上事を荒立てないようにしたかった。しかし、琴音の瞳にはかつてないほどの強固な意志が宿っていた。「駄目よ。この件だけは絶対に引けないわ。あの子が今日中に帰ってこないなら、私がお父さんと一緒にそっちへ行くから」「紫音、どうかお母さんを恨まないで。律くんがここ二、三日はあなたにつきっきりで面倒を見てくれるそうだから、私が少し家を空けても心配ないわ。今日のうちに、州と直接会って決着をつけなきゃダメなの」琴音はきっぱりと言い切った。その表情には、一切の妥協を許さない冷酷さすら滲んでいた。「どうしてもあの子の看病が必要だっていうなら、私が代わりにしてあげる。でも、州だけは……絶対に連れ戻すわ!」その決断は唐突でありながら、誰の言葉であっても覆すことのできないほどの強い執念に満ちていた。「お母さん、それじゃああんまりよ!お母さんが向こうに行って看病するなんて、一体どういう名目で行くつもり?だいたい、向こ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status