Masuk半年後、王都の大聖堂は白と金で満ちていた。
花弁の雨が、祝福の雪のように舞い落ちる。 私はいま、白いウェディングドレスに白いベールを被って、この場に立っていた。鐘が鳴る。高く、遠く、どこか鎮魂のように。
私は隣に立つキリル王子の手を取った。王子の掌は温かい。 それだけで涙が出そうになる。ーー報われたのだ、と自分に言い聞かせる。「光の御名において」
祭壇の上、グルナ様が静かに口を開いた。
白い法衣に金糸の刺繍。背後のステンドグラスは、彼女の輪郭を天使のように縁取る。「この結びは世界を照らす灯り。人々よ、見なさい。真のヒロインが、いま誕生します」
ざわめきが起こり、すぐに止む。
私は胸に抱いた白百合の束を抱き直した。花弁が震え、かすかに香りが立つ。 ーー白百合。温室の午後。柔らかな声。 記憶のどこかをかすめる影を、私はそっと追い払う。誓いの言葉が交わされる。
「健やかなる時も」
「病める時も」
口にする度、言葉は輝きを増し、やがて祈りの形になった。
王子が微笑み、静かに頷く。その眼差しの優しさに、胸の奥がほどけていく。「祝福の杯を」
グルナ様が侍者から銀の杯を受け取る。光が底で揺れ、無色の水面が震えた。
私の喉が、ふと乾く。金属の匂いーー気のせい、だろう。「わたくし達の”癒し”を、分かち合いなさい」
杯がまず王子の唇に触れ、次いで私のもとに渡ってくる。
冷たい縁がベールの下の口元に触れた瞬間、背筋に小さな電流が走った。(大丈夫。これは祝福。グルナ様がくださった”光”)
私は目を閉じ、一口だけ含む。
舌の上で、微かな渋みが溶けた。すぐに甘さに変わる。祈りの味だ、と言い聞かせる。鐘が重なる。
グルナ様は両手を広げ、堂内を抱くように言葉を落とす。「神はこの二人を選び、国に幸福を与えられた。見よ、闇は
太陽が斜めに傾き始め、露店通りに長い影が伸びる頃だった。 今日もだいぶ売れた商品を整えながら、私はほっと息をついた。(……こんなに売れるなんて、思わなかったな) 干し果物の箱はもう底が見えているし、干し肉も半分以上無くなっている。 香草袋も、午前は全然出なかったのに、午後に入ると立て続けに そこへーー「……これは、想像以上ですわね」 聞き慣れた、芯のある気品を含んだ声が背中から届いた。「アプリル……!」 振り向くと、淡い旅服の裾を揺らしながら、アプリルが立っていた。 仕事の疲れがあるはずなのに、その赤い瞳は驚きと嬉しさで輝いている。「サフィー、随分と繁盛しているじゃないの。まさか……ここまでとは思いませんでしたわ」「え、えへへ……ちょっと頑張っただけで……」 と言いながらも、褒められて胸がくすぐったい。「サフィーさん! 本当に……すごいです!」 息を弾ませながら、ロータスも駆け寄ってきた。 ワインレッドの髪を揺らし、手には自分の帳簿道具が抱えられている。「見てください、在庫……! もう半分以上減っていますよ!」「う、うん……売れちゃった」「売れちゃった、ではありませんわ。これは立派な”成果”ですわよ」 アプリルは棚の上をざっと確認し、頷く。「商品がなくなり始めたということは、客がついた証です。しかも見てくださいな、通りすがりの人が何度も看板を見ていますわ」 確かに。 看板の前で立ち止まって、覗き込む人が増えている。 午前とは比べ物にならない反応。(すごい……こんなに見られてるんだ)
女性が出ていった後、少し様子を見ていた人が話しかけてきた。「さっきの……肩もみ? 結構、気持ちよさそうだったわね」 気になっていたんですね。 この街では、見知らぬ相手にも気軽に声をかける風習があるらしい。「は、はい……良かったら、お試しできますよ」「……今日はやめとくけど、また来るかもね」 女性は行っちゃったけれども、来てくれるのかな。 期待しておこうかな。「すみません、干し葡萄を二袋ください!」「はい、ただいま!」 私は露店の商品を売っていく。 そこからしばらく、商品が売れていく感じになっていた。 まあ、そんな次々と来るわけじゃないですよね。 干し肉を売りながら思いました。 看板を何人かが見ていて、気になっている人が居ない訳じゃないから。 ”気にしてくれている”という事実だけで、胸の奥が温かかった。(うまくいくかも……?) そう思い始めた時だった。「おい、嬢ちゃん。その看板……本気なのか?」 旅人らしい大柄な男性が立ち止まっていた。 結構な装備だから、砂漠を歩いてきたのかな。「はい、ちゃんとやっています!」「昨日の砂漠歩きで肩が死んでいるんだ。ちょっと頼むわ」「どうぞ、こちらへ!」 椅子に案内して、肩に触れた瞬間、固く張り詰めた筋肉が伝わる。 部活でやった時でもここまでは、そう居なかった気がした。「うわ……これは結構……」「おぉ、そこだ! そこが痛ぇんだ……!」 まずは肩をさすって温めたあと、最初の女性よりも強めに揉んでいく。 揉みほぐすたび、旅人の表情がみるみる変わっていく。「&
ギルドの人達が去った後、昨日と同じようにお客さんがやってきて、品物を買っていく。 お客さんは昨日よりも多いような。 ニコラさんが居なかったから悩んで来なかった人も来ているのかもしれない。「あら、この干し葡萄、前より袋が綺麗ね。あなたが詰めたの?」 主婦らしい女性がやってきた。 私が袋詰めした果物を手にして見ていた。「はい、少しでも美味しく見えるようにしてみました!」 これはちょっと工夫してみたもの。 売れるためには、ちょっとだけ工夫した方が良いと思ったから。「そうなのね、じゃあ二袋ちょうだい。手が丁寧だと信頼できるわね」「ありがとうございます!」 この人からそう言われて嬉しく感じる。 様々な人が買ってくれて心が満たされるようだった。「この香草袋、良い香りがするね」 隣のお店の邪魔にならないけれども、この露店の前を通りかかった人達の足を止めるくらいには、この香草からは良い香りが出てくる。 この女性も立ち止まってくれた。「そうなんです! これって癒されるんですよ」「貴女の雰囲気もあって、買いたくなるのよ」「嬉しいです!」 私は微笑みながら買ってくれた女性に感謝する。「嬢ちゃん、干し肉はまだ残っているのか? 昨日買ったのが思ったより旨かったからさ」「ありますよ! 固いですけれど、長旅にはちょうど良いと思います」「そうそう、それそれ。三つ頼む」 私は干し肉を袋に包んで渡す。「お買い上げありがとうございます!」 旅人が旅の準備として買っていったりしてくれる。 あの砂漠を越えたり、別の場所へ向かったりするから。 お昼までこんな調子で時間が過ぎていった。 少しお客さんが少なくなった時間では、在庫整理を行ったり、香草袋を並べ直したりする。「……肩もみ? 頭のマッサージ? へぇ……珍しいわね」
「よし、今日も頑張ろう!」 翌朝、私は昨日と同じ時間に、宿を出た。 露店の布をめくって、木箱を並べながら深呼吸をした。 昨日よりも人が多い気がする。 緊張で喉が渇くけれど、逃げるわけにはいかない。 ニコラさんの代わりに店番をすると言ったのは、他でもない私なのだから。「今日も……頑張ろ」 朝の日差しに、店先の金属製の飾りがきらりと光った。 今日から店先にはもう一つ看板を置いて。 昨日アプリル達の仕事を聞いて、焦ったから置いてみたものだったり。 少しして、最初のお客さんが来た。 干し果物を手に取りながら。「嬢ちゃん、あのお兄さんは今日も居ないのかい?」「はい。用事でしばらく不在だそうです」「へえ、珍しいねえ。まあいいや、これ三つちょうだい」 思ったより自然に返事が出来て、自分でも驚いた。 どこか、胸の中があたたかい気分になる。 でもその安堵を破る出来事は、突然やってきた。「失礼。商業ギルドの者だ」 影を刺すように、青い外套の男が三人。 胸には商業ギルドの紋章が光っている。 彼らを見た露店街のざわめきがすっと引いた。(……ギルド!? こんな早く来るの!?) 喉の奥がひゅっと縮む。 客だったおじさんが気まずそうに離れていく。「この店の主は?」「えっ……えっと……私が今、代わりを……!」「代理? では”代理人承認書”を見せてもらおう」 承認書なんて……そんなの、もらってない。 ニコラさん、何も言っていなかった。 胸がぎゅっと痛む。「あ、あの……書類は……」「まさか無許可の店番ではない
日が昇るにつれて、客も増えていった。「この干し果物、試食出来るのかい?」「はい、どうぞ!」「お、うまいじゃないか! 二袋くれ!」 毎回おどおどしていたけれど、少しずつ慣れていくのが分かった。 子供が駆け寄ってきて、売り物の石を手にしていた。「このキラキラした石、きれい! いくら?」「それは……えっと……これくらいだよ」「おこづかいで買える!」 そう言って笑った子供に、私の胸も温かくなった。 ーーああ。 断罪とか、破滅とか、あの舞台の冬みたいな世界とは全然違う。 ここではただ人と話、人と笑い、人から必要にされている。 それだけで、夢が救われていくようだった。「どう? ちゃんと出来ていますの?」 夕方、店仕舞いの準備をしていると、アプリルが仕事終わりに様子を見に来た。「うん……午前はちょっと失敗しちゃったけれど、でも、ちゃんと売れたよ!」「そう。よく頑張ったわね」 アプリルは珍しく、ほんの少し目を細めて微笑んだ。「サフィー、貴女……”誰かのために動いて、誰かに認められる”ことが好きなのね」「え……?」 まるで私のことが分かるみたいに、話していた。「学院ではあれほど空回りしていたのに、今日はとても自然に見えるもの」 胸がくすぐったくなり、思わず目をそらした。「う、うん……だって、嬉しいんだもの。誰かが笑ってくれるのって……」「ええ。その気持ち、大切にしなさい」 アプリルの声は、砂漠の夜の風よりも柔らかかった。 今日の店番は何とか終わった。「ふぅ……ちょっと疲れたね」 宿に戻り、ベッドに腰を
翌朝、まだ街が動き始める前。 私は少し早めに宿を出た。 石畳には朝露が残り、空気はひんやりとして気持ちが良い。 緊張で胸がざわついていたけれど、なんとか足は前へ進んだ。「ここ……だよね」 昨日、ニコラさんと話した露店。 布で作られた簡易的な天幕に、木箱がいくつも並んでいる。 乾燥果物、香辛料、小さな工芸品…… いかにも”旅の商人”という感じの品揃えだ。「えっと……札を出すんだっけ」 昨日教えてもらった通り、”臨時店番中”の小さな木札を看板の隣にかける。 朝の光が差し込んで、文字が浮かび上がる。「よし……」 少し深呼吸して、店の前に立った。 気分は少しだけ文化祭に出ている模擬店のようだった。「おや、この店は……ニコラのところじゃないかい?」 最初に来たのは、小柄な老婆だった。「あ……はい! ニコラさんが不在で、今日から私が店番を……」 この方は私が王国で破滅した事を知らない。 やっぱり隣国までは届かないのかな。 だから安心出来るかな。この国で働いていたら。「へぇ……若い子なのに大変だね。じゃあ、この香辛料をーー」 そう言われて、私は慌てて香辛料の袋を取り出した。 けれどーー。「……あれ? 値段、いくつだっけ……」 昨日、ニコラさんに『これはこれね』って説明されたけれど…… 緊張で全部飛んでしまっていた。「あの、ごめんなさい! こっちが……えっと……」 焦る私を見て