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第6話

Auteur: 林 安奈
理恵の家は市の中心部にある一戸建ての高級住宅街にある。見渡す限りの洋館が立ち並んでいる。

車が完全に停まる前に、由依は車窓越しに、夜の闇の中で家の前に立つ人影を見つけた。

椿だ。

相変わらずどこか病弱そうで、見る者の庇護欲をそそるような、可憐で儚げな顔立ちをしている。

雅紀はブレーキを踏み、無意識に由依の方をちらりと見た。

由依が特に反応を示さないのを確認してから、彼はシートベルトを外し、先に車を降りた。

「雅紀!」

椿の甘く柔らかい声が響いた。彼女は小走りで駆け寄ると、ごく自然な動作で雅紀の腕に抱きついた。

雅紀は彼女を見下ろし、眉をひそめた。

「外、冷えるだろ。そんな薄着で出てきたのか」

それは、由依がもうずっと聞いていなかった、親しい身内に向けるような温かい口調だ。

彼が自分に対して、最後にこんな口調で話しかけたのはいつだっただろうか?思い出そうとしても、全く思い出せない。

椿は少し照れたように笑った。

「窓からあなたの車が見えたから、嬉しくて、つい忘れちゃったの」

そう言って、彼女はまた上目遣いで彼を見た。

「私が見当たらなくて、きっと雅紀が心配するんじゃないかと思って」

由依の胸がチクリと痛んだ。

彼女は車のドアを開け、急ぐこともなくゆっくりと歩み寄り、二人の前に立った。

椿は今になってようやく彼女に気づいたかのように微笑んだ。

「由依さん、お久しぶりです」

由依は彼女を無視し、雅紀の腕に絡みついているその手に視線を落とした。

雅紀も気まずさに気づき、腕を抜こうとしたが、椿はかえってさらに強くしがみついた。

「……入ろう」

彼が歩き出すと、椿も自然に引きずられるようにしてついて行った。由依は半歩遅れて歩き、まるで部外者のようだ。

二人のあまりにもお似合いな後ろ姿を見ていると、言葉にならない酸っぱい思いが胸に込み上げてきた。

駐車場から別荘の玄関までは、ほんの数十メートルの距離だ。なのに、由依にはこの道が果てしなく長く感じられた。

椿はずっと何かを話しており、時折軽やかな笑い声を上げた。雅紀はあまり口を開かなかったが、その横顔のラインは、由依に向ける時よりもずっと柔らかい。

玄関に着く直前、由依は突然口を開いた。

「いつ帰国したの?」

椿の笑い声が止まった。振り返った彼女の顔には、あどけなく無害そうな表情がそのまま浮かんでいる。

「半年前には帰ってきましたよ」

彼女は目を瞬かせ、悪びれもせずあっけらかんと答えた。

「雅紀、由依さんに言ってなかったの?」

半年前。

由依は心の中でその時期を繰り返した。ちょうど彼が自分に冷たくなり始めた時期と重なる。

なるほど、そういうことか。

彼女はにこやかに笑って言った。

「ええ、何も聞いてないから、全然知らなかったわ」

椿はすぐに雅紀の腕から手を離し、軽く責めるように言った。

「ほら、やっぱり。ちゃんと先に由依さんに話しておけばよかったのに」

雅紀は眉間を深くしわ寄せ、由依をちらりと見た。

「もうやめろ」

彼はその一言だけを残し、別荘のドアを押し開けて中へ入っていった。

それは自分が理不尽に騒いでいると責めたのか、それとも椿をなだめ、これ以上自分を刺激するなと暗に伝えたのか。

由依は、後者だと感じた。

椿は少し気まずそうにその場に立ち尽くし、由依をちらと見てから、また柔らかい声で口を開いた。

「由依さん、雅紀のこと怒らないでください。彼、ああいう人ですから。本当は……」

「それ、どういう立場で言ってるの?」

由依は彼女の言葉を遮った。口調はあくまで穏やかなままだ。

「どうして彼の代わりに説明するの?」

椿の顔からスッと血の気が引いた。

由依はそれ以上彼女を見ることなく家に入った。

理恵はソファに座っていて、雅紀が入ってくるのを見ると、少しだけまぶたを上げた。

「あら、おかえり」

「ああ」

雅紀は靴を履き替えた。

理恵の視線は彼を通り越し、後ろの由依へと向けられた。一瞬眉をひそめたが、すぐに元の表情に戻った。

「由依さんもね」

由依が口を開くより早く、椿が入ってきて、小走りで理恵の隣に座り、その腕に甘えるように絡みついた。

「私が誘ったのよ。母さんの誕生日なんだから、帰ってこなきゃダメでしょ?」

理恵は彼女を見て笑った。

「本当、気が利くわね」

由依は靴を脱ぐ手を止め、昨日のあのメッセージを思い出した。どうりで自分を実家へ連れて帰ろうとしたわけだ。

椿お嬢様からの命令とあれば、彼も逆らえなかったというわけだ。

椿は立ち上がり、アイランドキッチンの棚をゴソゴソと探って一つのギフトボックスを取り出すと、理恵に手渡した。

開けてみると、手編みのショールが入っている。色合いも上品で落ち着いている。

「自分で編んだの。母さん、冬になると肩が冷えやすいから、一番いいカシミヤ糸を使ったのよ。私、不器用だから、すっごく時間がかかっちゃった」

そして甘えるように笑った。

「ここ何日もずっと隠してて、やっと渡せるわ」

理恵はショールを手に取って手触りを確かめ、心底嬉しそうに笑った。

「うちの椿って本当に思いやりがあるわ。それに引き換え……」

彼女は雅紀を横目で見た。

「雅紀、椿を見習いなさい。毎年、お金を振り込む以外に何かしようと思ったことあるの?」

雅紀は無表情に答えた。

「それが一番好きなんじゃないのか?」

理恵は言葉に詰まり、鼻で冷たく笑って彼を無視すると、まだ玄関に立っている由依の方を向き、少し顎を上げた。

「あなたは?」

椿も興味津々といった様子で彼女を見た。

由依は心の中で冷笑したが、表面上はかすかに微笑み、堂々とした足取りで歩み寄った。

「雅紀が言ってたんです。お義母さんは何一つ不自由していないから、顔を出して一緒に食事をすることが、何よりのプレゼントになるだろうって」

彼女は雅紀の隣に座り、半身をすり寄せるように密着させると、潤んだ瞳で彼を見上げた。

「ねえ、あなた。そうでしょ?」

雅紀は首を向けて彼女を見た。

彼をあからさまに避けるようになってから、彼女はずっと「雅紀」と冷たく呼ぶか、あるいは全く呼ばないかのどちらかだった。

この甘ったるい「あなた」という呼び方に、彼は一瞬だけ虚を突かれ、ただ喉仏を上下させながら「ああ」と短く応えた。

理恵の再婚相手である白石政和(しらいし まさかず)が書斎から出てきて、ちょうど夕食の時間になった。

食卓では、政和が上座に座り、理恵がその隣に座った。雅紀は指示されるまま、由依と椿の間に座った。

お手伝いさんが料理を運んでくると、理恵は真っ先に取り箸を手に取り、椿の好物である鯛の姿煮を彼女の皿に取り分けた。

椿はそれを一口食べると、今度はエビマヨを一つ箸でつまみ、由依の器に入れた。

「由依さん、これ食べてみてください。お手伝いさんの作るエビマヨ、パイナップルが入ってて絶品なんですよ」

彼女は無邪気に笑いながらさらに一言付け加えた。

「雅紀の好物だから、由依さんも絶対に好きだと思って」

由依は器の中の丸々と太ったエビを見つめた。そこには、鮮やかな黄色のパイナップルがくっついている。

彼女は無言のまま器を持ち上げ、それを直接取り皿に流し込んだ。

椿は一瞬ぽかんとした。理恵は即座に眉を吊り上げた。

「ごめんなさい」

由依は顔を上げ、椿を見た。

「私、パイナップルアレルギーなの。食べたら死んじゃうわ」

椿の顔色は青ざめ、小さな声で謝った。

「ごめんなさい私知らなくて。雅紀も、そんなこと一度も言ってなかったから……」

まただ。この忌々しい「言ってなかった」。

まるで二人の間には語り尽くせないほどの話題があるのに、彼女の命に関わるような些細なことだけが、たまたま漏れ落ちていたかのように。

理恵が冷たく鼻を鳴らし、文句を言おうとしたその時、雅紀が口を開いた。

「由依は昔からパイナップルが駄目だ。だから今は俺も食べない」

それを聞くと、椿はうつむいて肩をわずかに震わせ、それ以上何も言わなかった。

雅紀は使い捨ての手袋をはめ、蒸し海老を一つ手に取って、黙々と殻をむき始めた。そして剥き終わったエビをそこまま由依の口元へと運んだ。

「これ、食えよ」

由依の睫毛がかすかに揺れた。彼の指先にある、ほんのり赤みを帯びた海老の身を見つめ、口を開いて受け取った。

一体どういう風の吹き回しなのか、彼女にはさっぱり分からない。

結婚したばかりの頃、実家に帰って食事をした時、食卓には立派な鯛の姿煮が並んでいた。

雅紀が一番柔らかい二切れの肉をほぐしているのを見て、彼女はてっきり自分のためだと思い、思わず皿を差し出しかけた。ところが彼は、それをそのまま椿の器に入れた。

「これ食べな、骨がないから」

当時、彼はそう言った。

食卓にいる全員が、それを当たり前のように受け入れていた。理恵にいたっては、「雅紀は本当に妹思いね」とさえ言った。

由依はただ、「ええ、そうですね」と話を合わせるしかなかった。

その後も一度、カニを食べた時のことだ。彼もまた同じように無言のままズワイガニを丸ごと一杯剥いて、椿の前に差し出した。

由依はすぐ隣に座り、彼が別の女のためにかいがいしく世話を焼くのを見ているしかなかった。

彼女は何度も自分に言い聞かせた。大丈夫、椿は彼の妹だ。体も弱いし、彼はただの責任感と同情からやっているだけだと。

だが、心に刺さったそのトゲは、深くなるばかりだ。

この二年間、彼は一度も彼女のためにこのようなことをしてくれなかった。

昨日の姉の家でもそうだった。由依の食べたカニは、健一が剥いてくれたものだった。

離婚を突きつけられ、椿とのただならぬ関係を見せつけられた今になってようやく、急に甲斐甲斐しい夫の真似事を始めるのだ。

本当に、卑怯な男だ。

由依はエビを噛み締めながら、このエビはあの命に関わるパイナップルよりも、何千倍も強い毒を含んでいると感じた。

そして、これを口にした自分もまた、どうしようもなく愚かだ。
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