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第1話(23)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-10-18 12:00:45

 縫合した傷口を消毒してから、滅菌ガーゼを当ててしっかりテープで押さえる。これで、一通りの手当ては終えた。無事に弾を取り除き、傷ついた腸を縫ったのだ。

 患者の脈拍は少し落ちてはいるが、許容範囲だ。話しかけても意識の混濁も見られず、ひとまず手術は無事に終わったといってもいい。怖いのは、こんな場所で手術したことによる感染症だ。

 そのときはそのときだと自分に言い聞かせ、和彦は大きく息を吐き出す。どれだけ緊張していたのか自覚はなかったが、ワイシャツは汗でぐっしょりと濡れている。それだけでなくテーブルや床も、消毒でさんざん使った生理食塩水で水浸しだ。

 すっかり嫌な記憶が染み付いてしまった血塗れのラテックス手袋を外すと、傍らのバケツに放り込む。

「患者の傷が開くから、慎重にベッドに運んでくれ。裸のままでもいいが、傷の周囲は清潔な布で覆っておくこと。それともちろん、シーツもきれいなものに。準備できたら、点滴をする」

 そう指示を与えると、ふらつく足取りで和彦はキッチンに行き、手を洗う。ワイシャツもところ
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  • 血と束縛と   第33話(5)

     和彦の異変に気づいた二神が気遣わしげに眉をひそめる。それが申し訳なくて、ますます動揺しそうになったところで、すぐ側までやってきた御堂にそっと肩を抱かれた。「佐伯くん、これから時間はあるかな」「えっ……、あっ、はい。ぼくは予定はないので、大丈夫です」 御堂はわずかに目を細めてから、指先で二神を呼び、何事か耳打ちした。 和彦の見ている前で素早く打ち合わせを終えてしまうと、状況がよく呑み込めないまま和彦は、持っていたバッグを、御堂が伴っていた隊員らしき男に預けた。それから、御堂と二人で車に乗り込む。運転はもちろん、二神だ。 今日も御堂の護衛は厳重で、和彦たちが乗った車が走り出すと、ぴたりと背後から、もう一台の車がついてくる。 振り返ってそれを確認した和彦は、緊張しつつシートに身を預ける。自分がついてきてよかったのだろうかと、いまさらながら戸惑っていた。「……御堂さんは、何か用があったんじゃないですか?」 おずおずと問いかけた和彦に対して、隣に座っている御堂が意味ありげな流し目を寄越してくる。「用というほどのものではないよ。うちの隊は、法要の警備には加わらないからね。ひとまず夏の間に、隊としてきちんと体裁を整えて動けるよういろいろ準備をしているけど、動くのは、隊員や清道会の人間だ。隊長のわたしはこの通り、のんびりしたものだ」「清道会……」 綾瀬の顔と、低くしわがれた声を思い出し、つい視線を伏せる。生々しい光景が脳裡に蘇りそうになったが、御堂からの問いかけで意識を引き戻された。「――佐伯くんは、行くんだろう?」「あっ……、はい。いえ、法要のほうではなく、近くの宿まで。長嶺会長や千尋に誘われたんです。宿でゆっくりしていればいいと言われていますが、本当にそうできるかどうか……」「長嶺の男たちのお守は大変だろう」 迂闊に返事もできず和彦が口ごもると、御堂は軽やかな笑い声を洩らした。「素直な反応だなあ」「……相

  • 血と束縛と   第33話(4)

     走り出した車の後部座席で、普段より多い人や車の流れを眺める。せっかくの夏休みを、家族や友人、恋人と過ごす人は多いのだろうなと考えてから、我が身を振り返る。知らず知らずのうちに苦笑が洩れていた。 自分のことを〈オンナ〉にしている男たちのことを、世間ではどう呼ぶのだろうかと、少しだけ皮肉っぽく、そして自虐的に考えてみた。だからといって和彦は、長嶺の男を憎んだり、恨んでいるわけではない。執着され、庇護されるということは、一種の麻薬だ。苦しい反面、とても心地いいし、安堵感すら覚えるようになる。 まるで夏の陽射しだ――。  和彦はウィンドーに顔を寄せ、食い入るように外を見つめる。残念ながらスモークフィルム越しでは、どんなに強烈な陽射しも遮られてしまう。 ふと和彦は、ほんの数日前に味わった汗ばむほど熱い抱擁を思い出し、次に、こう心の中で呟いていた。 鷹津は今ごろ、何をしているだろうか、と。 ハッと我に返り、シートの上で身じろぐ。鷹津のことを気にかけた自分に驚いていた。 番犬として刑事の鷹津を利用し、必要に応じて体を与えるうちに情を通わせるようにはなっていたが、それでも離れてしまえば、心の隅に収納できるだけの冷静さ――分別があった。しかし今の和彦は、ごく自然に、まるで長嶺の男たちを想うように、鷹津を想った。〈オンナ〉という言葉の威力だろうかと、和彦は密かに慄然とする。鷹津とのやり取りが、いまさらながら耳元に蘇っていた。 マンションから本部に向かう途中、こまごまとした買い物を済ませるつもりだったが、そんな気分ではなくなっていた。 黙り込んだままの和彦を乗せ、 車は静かに総和会本部のアプローチを通り、駐車場へと入る。いつもより停まっている車の数が多いのは、明日の法要と関係があるのかもしれない。準備や警備などのため、今日出発する関係者もいるだろう。 ドアが開けられ、車を降りた和彦の傍らから、すかさず手が差し出される。「バッグをお持ちします」「いえ、大丈夫です。重くないですから」 何か言いたげな顔の護衛に対して、和彦は微笑で返す。そのまま歩き出したが、すぐにある光景が視界に入り、結局足を止めていた。 車

  • 血と束縛と   第33話(3)

     それでも、鷹津とのことを知られるわけにはいかなかった。当然、自分から口にするはずもない。 保身のためもあるが、自分のせいで鷹津が何かを失うのは、やはり嫌なのだ。「……何かあった?」 囁きながら千尋がもう一度唇を重ねてくる。和彦は、茶色の髪を優しく指で梳いた。「何も、と言いたいところだが、ここにいると、いろいろあるから……」 千尋の眼差しがスッと鋭さを帯びる。その変化を目の当たりにして和彦はドキリとした。「千尋?」「先生から目を離すと、危ないんだよな。自覚なく、性質の悪い男を引き寄せて、骨抜きにするから。――もしかして最近は、自覚があったりして」 口調は冗談っぽくありながら、千尋の表情は真剣だった。こういうときの千尋は、厄介だ。次の行動が予測できず、とんでもない暴走をしそうなのだ。 和彦の奔放さに対して、嫉妬や独占欲とのつき合い方は上手いと話す千尋は、事実、年齢に見合わない寛大さを示しているといえる。一方で、何かの拍子に激しい感情を発露させることもあるのだ。そうやって千尋は、荒々しい感情のバランスを取っている。とても危うく。 それを受け止めることは、自分の役割であり、義務ですらあると和彦は考えていた。「自覚があったら、ぼくを嫌いになるか?」「悪いオンナ、っていう自覚か……。エロい響き」 バカ、と一言呟いた和彦は、千尋の頭を軽く小突く。すぐに手を引こうとしたが、その手を千尋に掴まれた。子供が甘えてくるように額と額を合わせてきたかと思うと、頬ずりをされ、首筋に顔が寄せられる。肌に触れる息遣いがくすぐったくて、和彦は小さく笑い声を洩らした。「子犬にじゃれつかれているみたいだ」「子犬?」「……別に、可愛いという意味で言ったんじゃないからな」 和彦が念を押すと、千尋が唇を尖らせる。あざといほど子供っぽい仕種だが、和彦には効果的だと、千尋はよくわかっているのだろう。「悪いオンナの周りには、食えない大人の男ばかりだからね。――こういうのも新鮮だろ?」

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  • 血と束縛と   第32話(33)

     早く体を離さなければと危機感を抱きながらも、心の大部分では、今味わっている心地よさを手放せないでいた。それは鷹津も同じらしく、再び緩やかに腰を揺らし始めたかと思うと、内奥に収まっている欲望が熱さと硬さを取り戻していく。まだ、興奮しているのだ。「あぁ――……」 和彦が吐息をこぼすと、鷹津がわずかに唇を緩めた。「まだ俺を、欲しがってるな。お前の尻がいやらしく吸い付いて、締まりまくっている。俺のオンナになれて、そんなに嬉しいか」「……うる、さい……」 内奥深くをぐうっと突き上げられて、喉を反らして尾を引く悦びの声を上げる。露わになった和彦の首筋を舐め上げて、鷹津が囁いてきた。「もう一度犯してやる。俺の汗と精液の匂いがこびりつくほど、たっぷりとな」 和彦が感じたのは恐怖でも嫌悪でもなく、狂おしい肉欲の疼きだった。すでに二度も精を放ったというのに、熱いものが出口を求めて、体の奥でドロドロと渦巻いている。 鷹津の舌先に胸の突起を転がされ、激しく濡れた音を立てて吸われてから、歯を立てられる。痕跡を残すなと、もう言えなかった。 蕩けた和彦を見下ろして、鷹津が真剣な表情で肌にてのひらを這わせてくる。〈オンナ〉となった和彦の存在を確かめるかのような手つきに、鷹津が変わったのか、自分が変わったのか、和彦はひどく感じてしまう。「あっ、やめっ――」 力を失った欲望をてのひらに包み込まれ、上擦った声を洩らす。「今の乱れっぷりなら、空になるほど精液を搾り取れそうだな」 淫らで物騒なことを呟きながら、鷹津の手が柔らかな膨らみにかかる。きつく揉みしだかれて、和彦は腰をくねらせて反応しながら、食い千切らんばかりに内奥で脈打つ欲望を締め付ける。すがるように鷹津を見上げると、どこか恍惚としたような笑みを向けられた。「……忌々しいほど、いいオンナだ。お前は。わかっていても、骨抜きになる。……クソむかつく」 次の瞬間、内奥から欲望が引き抜かれ、和彦の体は乱暴にうつ伏せにされて腰を抱え上げ

  • 血と束縛と   第10話(4)

    「あうっ……」「体に触れられた、というのは、間違ってはないが、正確な表現じゃないな。体の中も触れられたというべきだ」 鷹津の指を受け入れてそれほど時間が経っていないため、和彦の内奥はひどく脆く、感じやすくなっている。無遠慮に指を突き込まれ、クチャクチャと湿った音を立てて掻き回されると、一度は押さえ込もうとした肉欲は簡単に開花し、官能という蜜が溢れ出す。「――鷹津に、ねちっこく弄られたようだな。熱くなって、俺の指をグイグイ締め付けてくる。だが……鷹津のものを咥え込んではない」 付け根まで

    last updateLast Updated : 2026-03-25
  • 血と束縛と   第9話(32)

     鷹津を煽る言葉が、和彦の欲情を煽る。カッと体が熱くなり、触れられないまま紅潮する肌を、ワイシャツのボタンをすべて外し終えた賢吾が確認する。満足したように目を細めた賢吾が、優しい声で唆してきた。「さあ、先生、この下衆な男に見せてやれ。自分がどれだけ、長嶺組の組長を骨抜きにして、惑わせているか」 賢吾の熱い手にいきなり和彦のものは握り締められて、容赦なく扱かれる。呻き声を洩らした和彦は、咄嗟にソファの端を掴んだ。 片手が胸元に這わされ、すでに興奮のため硬く凝った胸の突起をてのひらで転がされる。片足を押し上げるようにして覆い被さってきた賢吾にベロリと舐めら

    last updateLast Updated : 2026-03-25
  • 血と束縛と   第9話(20)

     中嶋のそういう状況を救ったのが、秦なのだ。恩を感じる一方で、そんな相手を自分の利益のために利用するなど、果たして中嶋にできるのだろうか。 その疑問に対する答えを、和彦は持たない。秦も得体が知れないが、ヤクザであるという一点において、中嶋も同じだ。 車の後部座席に乗り込んだ和彦は、すぐにシートにぐったりと体を預ける。縫合手術だけなら普通はこんなに疲れないものだが、長嶺組の代紋を背負わされ、ヤクザに囲まれた状況でこなす手術は特別だ。体力よりも気力を消耗する。 中嶋と会話らしい会話も交わさず、流れる景色を眺めていた和彦だが、すぐに、ある異変に気づいた。

    last updateLast Updated : 2026-03-25
  • 血と束縛と   第8話(41)

     考えるべきことが多すぎる。すっかり映画はどうでもよくなり、顔を伏せた和彦が暗い足元に視線を落としていると、耳元でハスキーな声が囁いた。「先生、気分が悪いなら、外に出るか?」 顔を上げた和彦を、三田村がまっすぐ見つめてくる。思わず頷いていた。 促されるままロビーに出ると、まずイスに座らされる。ロビーにほとんど人の姿がないこともあり、さりげなく三田村に髪を梳かれた。「飲み物を買ってくるから、ちょっと待っててくれ」 こんな日でも、地味な色のスーツを着込んでいる三田村の後ろ姿が、角を曲がって見えなくなる。 それを待ってから

    last updateLast Updated : 2026-03-24
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