ログイン「……なんの、つもりだ……」
「血を見て、体がざわつかないか?」「ぼくは医者だ。毎日見ている」「そうか。だが、俺は違う。案外ヤクザは、そうそう血は見ないものなんだ」 ワイシャツの襟首に賢吾の手がかかり、あっという間に引き裂かれる、ボタンが千切れ飛び、フローリングの床の上に落ちた音がする。和彦は愕然としながら、まばたきも忘れて賢吾を見上げる。「あんた……、息子が男とつき合っていることを、嫌がってたんじゃないのか……」「つき合う相手によるな。手塩にかけて育てた大事な息子が、性質の悪い男に弄ばれて、バカに拍車がかかったら困る。うちの組絡みで、千尋を利用しようとしているのかもしれないしな。だが実際は、千尋がつき合っていたのは悪い男なんかじゃなく、遊び好きの美容外科医だった。しかも、俺たちに協力的な」 それが、今のこの状況にどう繋がるのかと言いたかったが、どんなとんでもないことを言われるのかと思い、和彦はこう言っていた。「……バカだ、バカだと言っているが、千尋は頭が切れる。勘がいいというのかもしれないが」「俺の息子だからな。――俺に似て、男を見る目がある」 引き裂かれたワイシャツの前を大きく開かれて、賢吾が覆い被さってくる。首筋に唇が押し当てられ、怖気立った和彦が顔を背けた先には、二人の様子を無表情で見守っている三田村の姿があった。 一瞬、助けを求めたくなったが、この部屋に来るまでの三田村の説明を思い出して諦めた。三田村が、賢吾の意に沿わないことをするはずがないのだ。「息子とつき合って、その父親とも関係を持つなんて、滅多にできない経験だろ」「……稀有な経験なんて求めてない。特に、ヤクザと関わりがあることは」 すかさず髪を鷲掴まれ、和彦が痛みに呻いたときには、賢吾に唇を塞がれていた。口腔深くを舌で犯されながらベルトに手がかかり、乱暴に緩められる。スラックスと下着をまとめて引き下ろされる頃には、和彦は抵抗をやめていた。 辱めてきたとき**** 時間が緩やかに流れているような夜だった。賢吾も千尋も訪れないし、書斎に閉じこもって書類仕事をする気分でもなく、急患を告げる電話もない。 言い換えるなら、退屈な夜ともいえるが、今のような生活に入る前は、これが当たり前だった。 リビングのソファに腰掛けた和彦は、ミルクがたっぷり入ったコーヒーを啜りながら、ぼんやりとDVDを観ていた。まとめ買いしたまま放置していた映画のDVDを、こういうときに消化すべきだと、妙な義務感に駆られたのだ。 最初はまじめに観ていたのだが、次第に内容が頭に入らなくなる。 外の空気が恋しくなり、マンション近くのホテルのバーに飲みに行こうかと、ちらりと考える。もちろん、考えるだけだ。寒い中、護衛の組員を呼び出してまで飲む気はない。 誰か外に誘い出してくれないだろうかと考えていると、テーブルの上に置いた携帯電話が鳴った。 反射的に携帯電話を取り上げて、表示された名を見る。思わず和彦は、口元に笑みを浮かべていた。「――もしかして、夜遊びのお誘いか」 電話に出た和彦の開口一番の言葉に、電話の向こうから微かな笑い声が聞こえてくる。『なんだか、待ちかねていたような口ぶりですね、先生』「実は、退屈していたんだ」『気をつけてください。非日常が、今の先生にとっての日常ですから。強い刺激に慣れてしまうと、感覚はなかなか元には戻りませんよ』「……嫌なことを言う」 電話の向こうで中嶋が声を洩らして笑っている。すでに酔っているのかと思うほど、機嫌はよさそうだ。『先生が考えた通り、これから〈二人〉で飲みに行かないかと思って、こうして連絡しました。出世したおかげで、夜は人並みに楽しく過ごせるようになりましたから、さっそく満喫しようかと』「それはいい。今のぼくを気軽に誘ってくれる人間なんて、ほとんどいないからな。君が遊び歩けるようになったら、ぼくもありがたい」 三十分後に中嶋が、タクシーでマンション前まで迎えにくることで、あっさり話はまとまる。 電話を切った和彦は、すぐにク
「ああ……」 こんな生活を送っていれば、知りたくないことは山のようにある。それでも、視界に入り、耳に入るものを塞ぐことはできない。今の生活は、知りたくないことを知りながら、感情と良心に折り合いをつけて成り立っているのだ。 感情はともかく、和彦の良心は確実に磨耗している。そのうち、この世界にいて何を知っても、眉をひそめることはなくなるだろう。 上手く隠してくれという三田村への頼みは、ささやかな足掻きのようなものだ。 スタッフの採用までの流れを、確認を兼ねて打ち合わせする。三田村はクリニック経営に関わることはないが、まったく無関係というわけではない。賢吾以外で、和彦と長嶺組を強く結びつけているのは、三田村なのだ。「組絡みの患者を診るとき、先生を手伝うスタッフについては、安心してくれ。今、うちの人間が動いている。むしろ、人材集めはこっちのほうが手間はかからないかもしれない」「そうなのか?」「先生が思っている以上に、先生のクリニックに期待している人間――組は多い。医者の手伝いができる人間を捜していると言えば、どの組も喜んでツテをあたってくれる」 責任重大だ、と洩らした和彦は、開いたままだったファイルを閉じる。持ち帰って目を通すつもりだった。年明けには、一緒に働くことになる人間を選ぶのだ。履歴書のコピーと報告書を見て、慎重に考えたい。 これで打ち合わせは終わりだ。長居して、三田村の仕事を邪魔するのも悪いので、和彦は帰ることを告げ、立ち上がる。 コートを羽織ってからマフラーを取り上げると、三田村が表情を和らげた。「先生もとうとう、マフラーを巻いて出歩くようになったんだな」「……仕方ないだろ。巻いてないと、寒くないかと聞かれるんだ。こうして巻いておいたら、ぼくより、周りの人間が安心するんだと思うようにした」「先生に、風邪でも引かれたら大変だから、諦めてくれ」 傍らに立った三田村が、首に引っ掛けただけのマフラーを丁寧な手つきで巻いてくれる。こんなことをされると、車に乗っても外せない。「気をつけて帰ってくれ」「ああ」 短く
勤務は日勤のみで、週休二日。給与は、美容外科のスタッフとしては平均的な額。こういった条件を掲載してもらったが、それでもこちらの予想を超えて反応はあった。 好条件で人材を集める必要はなく、日中の、〈表向き〉の業務さえきちんとこなせるなら、それで十分なのだ。長嶺組の人間がチェックして、これだけの人間が問題ないと判断されたのなら、あとは面接を経て、数人を採用することになるだろう。 大事なのはむしろ、組絡みの業務に携わる人材だ。「それで、数日中には書類選考の結果を連絡して、来月中旬には、面接を行いたいと思っている。もちろん、先生には立ち合ってもらうが、組の関係者も同席させたいと思っている」「関係者?」「長嶺組のフロント企業を統括している人間が、こういった席に慣れているから、面接を任せてみたらどうかと組長に提案されたんだ」 話しながら三田村は、気づかうように和彦を見る。何もかも長嶺組主導で決められることに、和彦が気を悪くするのではないかと心配しているのだろう。「ぼくのほうは、それでかまわない。経営のノウハウも何もないんだ。クリニックを持たせてやると言われたときから、何もかも組の意向で決まると思っていた。むしろ、内装から家具選びまで、ぼくの自由にさせてくれたことのほうが意外だったんだ。あとのぼくの仕事は、開業してから患者を診ていくだけだ」「……先生は、察しがいい」「あんたが、わかりやすすぎるんだ。初めて会ったときは、表情がなくて、何を考えているのかわからない男だと思ったが、今は――少しわかりやすすぎるかもな」 驚いたように目を見開いた三田村だが、すぐに微苦笑を浮かべ、自分の頬を撫でた。「自分では、そんなつもりはないんだが……」「だったらぼくが、勘がよくなったのかもな。あんたの些細な変化を見抜けるようになった」「それは……怖いな。先生に隠し事ができない」 和彦は澄ました顔で問いかける。「隠したいことがあるのか?」「――先生に知られたくないことは、いくらでもある。俺は、ヤクザだからな」「だっ
組員に出迎えられて、組事務所に足を踏み入れた和彦は、ほっと息を吐き出す。車での移動とはいえ、わずかな間でも外に出ると寒さが堪えるようになった。 組事務所の中はよく暖房が効いており、応接間に案内されながら、首からマフラーを外す。これまで、マフラーを巻く習慣はなかった和彦だが、出かけるたびに、賢吾を始めとした長嶺組の人間に、首回りが寒くないかと聞かれ、答えるのも面倒になって巻くようになった。 大事にされているのはわかるが、少々過保護ではないかと感じなくもない。ただ、こんなことで抗議の声を上げるほどではない。和彦がマフラーを巻くことで安心するなら、そうするだけだ。 応接間に通されてコートを脱いでいると、コーヒーが運ばれてきてすぐに、今日、ここで会うことになっている人物が姿を見せた。ファイルを小脇に抱えた姿が、ビジネスマンに見えなくもない三田村だ。「寒い中、わざわざ出てきてもらってすまない、先生」 コートを傍らに置いた和彦は、小さく首を横に振る。「とんでもない。仕事なんだから、どこにだって出かける。だいたい、開業したら、ぼくはほぼ毎日、出勤しないといけないんだ」「ああ。開業までに、先生専属の運転手を決めないとな」 和彦が目を丸くすると、三田村は口元に薄い笑みを刻みながら、正面のソファに腰掛ける。仕事の話をするための位置だ。「先生は、クリニックの仕事に集中してくれたらいい。組に関わることや、先生自身の身の安全について考えるのは、俺たちの仕事だ」「……そこは、あんたたちを信用している」 よかった、と小さな声で三田村が呟く。その声があまりに優しくて、和彦の頬は知らず知らずのうちに熱くなる。もしかすると、応接室も暖房が効きすぎているのかもしれない。「そこで今日来てもらったのは、その、クリニックの仕事と、組に関わることだ」 そう言って三田村が、ファイルを差し出してくる。受け取った和彦が開くと、履歴書のコピーと書類が挟んであった。簡単に履歴書のほうに目を通して、和彦は頷く。「ああ、クリニックのスタッフ募集で応募してきた人のものだな」「胡散臭い人間を先生に会わせるわけにはいか
「ここを、鷹津に?」 掠れた声で三田村に問われ、和彦は喘ぎながら頷く。鷹津に対してそうしたように、三田村の手の上に、自分の手を重ねた。 「何度も、弄られた。ぼくの好きな攻められ方を、教えてやった……」 三田村の指が蠢き、ゾクゾクするような感覚が腰に広がる。和彦は首を左右に振りながら、訴えた。 「……あんたのやり方で、愛してくれ……。自分のオトコには、好きなように、扱われたい。あんたの愛し方が、ぼくは好きなんだ」 「なら、あとで舐めたい。先生の感じるところは全部、壊さないよう、丁寧に愛してやりたいんだ」 優しい三田村だが、内奥で息づくものは荒々しく、激しい。和彦は小さく悲鳴を上げ、三田村の背に両腕を回してすがりつく。汗に濡れた虎にぐっと爪を立てると、三田村は低く呻き声を洩らし、内奥深くで果てた。 熱い体が、ドクッ、ドクッと脈打っている。和彦は恍惚としながら、三田村の体を抱き締め、その力強さをいとおしむ。 「――こうして先生と会える時間が持てるなら、それでいい。そのうえ先生は俺を、自分のオトコだと言ってくれる。恵まれすぎてるぐらいだ、俺は……」 まだ、中から官能を刺激されている和彦は、震えを帯びた吐息を洩らすと、果てたばかりの虎を駆り立てるように、背に指をさまよわせる。 今のような言葉を囁かれてしまっては、いくらでもこの男に快楽を与えたくなる。 「ぼくみたいな人間に、そんなことを言ってくれるんだ。……恵まれすぎているのは、ぼくのほうだ」 吸い寄せられるように三田村と唇を重ね、舌を絡め合いながら、悩ましく腰を揺らす。三田村の腰の動きも同調し、緩やかな律動が始まっていた。 「あっ、あっ――」 両足を抱えて胸に強く押し付けられ、内奥深くを抉るように突かれる。それどころか、円を描くように掻き回されていた。 痺れるような肉の愉悦に、和彦は声を上げて首を左右に振る。 「くぅっ……ん、んうっ、んっ、んあぁっ」 突き上げられるたびに、三田村のものを必死に締め付けてしまう。その収縮を味わうように、三田村はゆっくりと腰を進め、和彦の内奥を押し開いてきた。 喘ぎながら和彦は、三田村の頭を
** 体の内から、三田村に溶かされそうだった。 クリニックから移動する時間も惜しくて、二人が交わるために選んだ場所は、仮眠室だった。窮屈な部屋は、あっという間に熱気と汗の匂いが立ち込め、濃密な空気を作り上げる。 狭いベッドの上で和彦は、身を捩り、悶え、悦びの声を上げる。三田村は、そんな和彦の快感のために、尽くしてくれる。 「んうっ……」 内奥深くを抉るように突き上げてきた逞しい欲望が、次の瞬間にはゆっくりと引き抜かれようとする。和彦の襞と粘膜は、健気とも淫らともいえる必死さで三田村のものに絡みつき、愛されることを望む。 「い、や……だ。三田村、まだ、奥に欲しい……」 恥知らずな言葉で和彦が求めると、三田村は荒い呼吸を繰り返しながらも、ふっと一瞬だけ目元を和らげた。和彦は両腕を伸ばして三田村の頭を引き寄せ、唇を重ねる。三田村の舌を口腔に差し込まれながら、逞しい欲望もしっかりと、内奥深くまで埋め込んでもらう。 快美さに、和彦は体を小刻みに震わせる。三田村が律動を刻むたびに、全身に快感が響き渡るようだ。三田村にも、和彦が貪っている快感の深さが伝わっているのか、熱い吐息を洩らしてから、囁かれた。 「ここが、先生の感じるところだな」 間断なく突き上げられ、そのたびに微妙な角度をつけて襞と粘膜が擦られる。歓喜を知らせるように、和彦の内奥は収縮を繰り返し、三田村の快感にも奉仕する。 「うっ、あぁっ……。んあっ、あっ、あっ、いっ……、そこ、気持ち、いぃ……」 三田村に両足を抱え直され、和彦は上体を捩りながら乱れる。反り返ったものは、中からの刺激によって透明なしずくを滴らせ、突き上げられるたびに揺れる。押し広げられた内奥の入り口は充血し、三田村のものが出し入れされるたびにヒクヒクと震える。 本来であれば隠したいほどの和彦の痴態を、三田村はずっと見下ろしていた。まるで、目に焼き付けようとするかのように。 和彦は快感に押し流されそうになりながらも、ここまで抱えていた不安をそっと口にした。 「――……三田村、ぼくは……変わってないか?」 和彦の問いかけの真意をあっという間に汲み取ったの