LOGIN「お前に行動を予測されるなんて、自分が単純だと言われてるようで、軽くショックだ……」
「ひでーよ、先生。俺こそ、どれだけ先生に単純だと思われてるんだよ」 たまらず声を洩らして笑った和彦は、並んでいるマフラーを指さす。「お前の予測だと、ぼくのマフラーを一緒に選ぶ、というのも入ってるのか?」 もちろん、と返事をした千尋が、率先してマフラーを取り上げ、和彦の首元に持ってくる。その状態で、側に置かれた鏡を覗き込んだ和彦は、今度こそ本気で驚いて目を見開く。反射的に振り返ると、そこには、さきほど別れたばかりの澤村が立っていた。 和彦以上に驚いた様子の澤村は、咄嗟に言葉が出ないのか、物言いたげな表情で千尋を指さした。和彦は慌ててマフラーを千尋に押し返し、澤村に歩み寄る。「どうかしたのか、澤村先生。女の子たちを待たせているんじゃないのか」 冗談交じりに言ったつもりだが、動揺して声が上擦ってしまい、ひどく不自然な話し方になってしまう。澤村はようやく我に返ったのか、ぎこちなく頭を動かした。<「あんたは、貴重だ。長嶺の男たちと相性がよく、他の物騒な男たちも上手く手懐けて使っている。荒事が苦手な日和見主義のようでいて、肝が据わっている。だからといって、わしたちのような極道というわけではない。だが、すでに堅気でもない。あんたの存在は、この世界にいるからこそ妖しさが際立つ」 守光の手がさらに深く両足の間に差し込まれ、命じられたわけでもないのに和彦は足を開いていた。 まるで検分するように、スラックスの上から敏感なものを押さえつけられ、唇を引き結ぶ。羞恥はあったが、驚きはなかった。賢吾に強引にオンナされたばかりの頃、怒りと戸惑いを覚えている和彦に、賢吾は車中で何度も体に触れてきた。あれは、賢吾なりの和彦に対する教育だったのだ。 どんな状況であれ、どのように扱われても、受け入れなくてはならないと。それが、ヤクザのオンナになる――されたということだ。 和彦の目を覗き込み、守光は柔らかな笑みを浮かべた。見ていると怖くなるような笑みだが、和彦は目は逸らさなかった。逸らせば、多分食われる。「――忘れるな。あんたに特に価値を感じているのは、長嶺守光という男だ」 守光が囁き終えると同時に、唇が重なってくる。この瞬間、和彦が感じたのは恐怖でも嫌悪感でもなく、純粋な肉の疼きだった。我ながら度し難いと思うが、長嶺の男と相性がいいというのは、戯言では済まないところまできていた。その事実を和彦は、体で実感している。 唇を吸われているうちに、守光の舌が当然のように口腔に侵入してくる。おずおずと舌先を触れ合わせていると、守光の指に敏感なものをまさぐられる。 拒むこともできずうろたえる和彦に、守光が思いがけない問いかけをしてきた。「賢吾に、激しく求められたかね?」 咄嗟に質問の意味が理解できず、和彦は目を見開く。「えっ……」「わしと旅行に行ったことを、感情的に責めるとも思えん。だとしたら賢吾が、あんたに対して取る行動は限られると思ってな」 意味ありげな守光の指の動きでやっと、何を聞かれているのか理解する。数日前の、賢吾との濃厚な交わりが蘇り、和彦の体は熱くなる。そんな和彦を、なぜか守光は満足そうに見つめてい
****「――賢吾が、あんたのための着物をあつらえさせていると聞いた」 守光の言葉に、シートの上で和彦はわずかに身じろぐ。 寛ぐよう言われたが、総和会会長と並んで車の後部座席に座っていて、背筋を伸ばす以外の姿勢を取れるはずもない。やはりどうしても、緊張してしまうのだ。 そんな和彦を見て、守光は口元に淡い笑みを浮かべる。「旅行にも一緒に行ったのに、まだ、わしに慣れんかね?」「いえっ……、突然のことで、驚いているだけで……」 クリニックでの仕事を終え、いつものように護衛の組員が運転する車で帰宅していたのだが、途中、あるビルの地下駐車場に入ったかと思ったら、隣に停まっている車に移るよう言われた。そして、今のこの状況だ。 守光は、ビル内にある料亭で会食を終えたところで、これから別の店に向かうそうだ。そう、守光が決めたのなら、和彦は付き従うしかない。 濃いスモークフィルムが貼られたウィンドーから、外を流れる夕方の街並みはあまりよく見えない。この車は、総和会会長の身を守るための動く要塞だ。見た目からして威圧感に溢れており、その前後を護衛の車が守っている。 こういう状況に身を置いていると、自分は総和会会長のオンナになったのだと、不思議な感慨をもって実感できる。まだ現実味は乏しいのだが、紛れもない事実だ。 ただ、守光が相手だと、どう振る舞えばいいのかいまだにわからない。賢吾と知り合った当初もわけがわからないまま振り回されていたが、そうしているうちに、あの大蛇の化身のような男に慣れていった。 しかし守光は――。 一瞬見ただけでの、九尾の狐の刺青を思い出し、和彦は小さく身震いする。あれは触れてはならないものだと、本能が訴えていた。 身を固くしている和彦の膝の上に、あくまで自然に守光の手が置かれる。「そう、着物の話だ。せっかくだから、わしもあんたに着物を仕立てて贈ろうと思っている。この先、何枚あっても困らんものだ」 遠慮の言葉が咄嗟に口をついて出そうになったが、守光の強い眼差しを向け、そ
「三田村っ……」 思わず声を上げた和彦に対して、三田村がわずかに目元を和らげる。「届けものをしたら、朝メシを食わせてもらったうえに、先生の運転手を任された」 靴べらを差し出され、和彦は慌てて受け取って靴を履く。こうして三田村と会えたのは嬉しいが、頭の片隅では、賢吾なりの意図があるのだろうかと勘ぐってしまう。それは、和彦が抱える後ろめたさ故の感情ともいえた。 三田村に伴われて車の後部座席に乗り込むと、ほっと息を吐き出す。「久しぶりな気がする。こうしてあんたの運転する車に乗ったの。前は、毎日のように行動を共にしていたのに」 和彦が話しかけると、バックミラー越しに三田村がちらりとこちらを見た。「一月ぐらい前だったかな、こうして先生を車に乗せたのは」「……あんたに怒られたんだ。夜、一人でふらふらするなと言って」 あのときの和彦は、思いがけない里見からのメッセージに気持ちが掻き乱されていた。そんな和彦を支えてくれたのが、三田村だったのだ。 それから今日まで、和彦の置かれた状況はまた大きな変化を迎えていた。 自分と守光との関係をすでに知っているのだろうかと、和彦はじっと三田村の後ろ姿を見つめる。三田村は、和彦の何もかもを受け入れる。そうすることで、一時とはいえ和彦との時間を共有できると知っているからだ。 和彦がますます裏の世界から逃れられない立場になったと知って、この男は喜んでくれるのだろうか――。 そんなことを考えてしまうと、三田村に気軽に話しかけられなくなる。後ろ姿を見つめているだけで胸が詰まるのだ。 せっかくこうして二人きりになれたのだから、何か会話を、と思っていた和彦の視界に、ある光景が飛び込んできた。 本宅とマンションを行き来するときに通る並木道には、桜の木が植えられている。冬の間は気にかけることもないのだが、和彦が慌しい日々を過ごしている間にも、ここにも確実な変化が訪れていた。寒々しかった枝は鮮やかな緑の葉をつけ、花は開いてはいないものの蕾もついている。もう何日かするとぽつぽつと開花していくのだろう。「――&hell
賢吾の話を聞きながら、全身の血の気が引いていくようだった。心臓の鼓動も速くなり、背を通してそれが賢吾に伝わりそうで、和彦はそっと体を離す。「……ああ、美味しかった。ちょうど焼きたてが並んでいたから、なおさらそう感じたんだろうな」 そうか、と答えた賢吾に手首を掴まれ、本能的な怯えを感じた和彦は体を強張らせる。有無を言わせず再び布団の上に押し倒され、片足を抱え上げられる。熱をもって蕩けている内奥の入り口に、賢吾の欲望が擦りつけられた。「うっ……」 小さく呻いた和彦は顔を背ける。賢吾が怖いくせに、やはり熱いものが欲しかった。「先生が気に入ったんなら、明日の朝、同じ店で買ってこさせよう。俺は、朝は和食なんだが、少し味見させてもらおうか。それと、美味そうにパンを食う先生の顔も堪能したいな」 焦らすようにゆっくりと内奥を押し広げられ、和彦は身悶えながら賢吾の肩にすがりつく。あとはもう、悦びの声を上げることしかできなかった。**** 翌朝、告げられていた通り、賢吾と朝食をともにした和彦だが、正直、焼きたてのパンの味などわからなかった。パンを千切りながらも、賢吾の反応が気になって仕方なかったからだ。 一体何を言われるかとずっと身構えていたが、和彦が食べていたパンを一欠片食べてから、賢吾は頷いただけで、感想らしいことは言わなかった。パンそのものは確かに美味しいのだが、果たして、和彦があえて遠回りをしてまで買い求める価値があったと、納得したのかどうか――。 昨夜の行為の余韻も引きずっている中、賢吾の言動一つ一つに神経を尖らせていると、朝からぐったりしてしまう。 腕時計で時間を確認してから、和彦は急いでコーヒーを飲み干す。クリニックに出勤するにはまだ早いが、一度マンションに戻り、着替えを済ませておきたかった。そのため少し急いでいる。「じゃあ、ぼくはもう行くから」 イスから立ち上がった和彦が声をかけると、新聞を開いていた賢吾が顔を上げる。ニヤリと笑いかけてきた。「働き者だな。体はまだつらいだろ。せめて午後か
「気持ちいいか、先生? 尻が締まりっぱなしだ」 和彦は何も考えられず、夢中で頷く。賢吾の指が、繋がってひくつく部分を擦り上げてくる。それだけで、鳥肌が立ちそうなほど感じていた。「いい顔だ。先生みたいな色男を、尻で感じさせているのが自分かと思ったら、限界まで奮い立っても仕方ねーよな。俺だけじゃない。先生を抱いている他の男も同じだろう」 一度内奥から引き抜かれた欲望が、すぐにまた奥深くまで押し入ってくる。和彦は思いきり仰け反って、頭の中で閃光が走るような感覚を味わう。「また、イッたのか。こんなにすぐイクなら、こいつはもう、縛ったままでいいか?」 賢吾が怖い声で囁きながら、和彦の欲望に手をかけてくる。きつく縛められているせいで、少し感覚が鈍くなってきている。それでも、精を放ちたいという衝動だけは強くなっていた。「い、や……。イ、きたい……。賢吾さん、早く――」 内奥に収まっている欲望は凶暴に育っているというのに、和彦の顔を覗き込んでくる賢吾の表情は冴え冴えとしていた。「――お前は、俺のなんだ?」 突然の質問に、和彦は目を見開く。思わず口ごもると、欲望に食い込む皮紐を指でなぞられる。その感触に背を押されるように、和彦は震える声で答えた。「あんたの、オンナだ……」「俺は、誰だ?」「……長嶺組、組長」 よく言えた、ということか、唇に賢吾のキスが落とされる。「お前は、長嶺組組長のオンナだ。これは、何があっても変わらない。変えるつもりもない」 皮紐の縛めが解かれると同時に、内奥深くを抉るように突かれる。和彦は声も出せないまま絶頂に達し、賢吾が見ている前でたっぷりの精を迸らせた。「――……お前は、大蛇の大事で可愛いオンナだ。しっかりと、この淫奔な体に刻み付けておけよ。どれだけの男と寝ようが、忘れられないぐらいしっかりと」 大蛇の執着は怖くて淫らだ。そんなことを頭の片隅で考えながら和彦は、賢吾にしがみついて何度も頷いた。*
「刺青の前に、先生にはこっちを可愛がってもらおう。美味そうにしゃぶって見せてくれ」 そう命じられ、全身を羞恥で熱くしながら和彦は賢吾を睨みつける。しかし、逆らうことはできなかった。身を屈め、あぐらをかいたままの賢吾の両足の間に顔を埋めた。 浴衣を捲り上げ、反り返ったふてぶてしい欲望に丹念に舌を這わせる。舐め上げるたびに、自分はこの男の〈オンナ〉なのだという想いが強くなる。愛しいという純粋な気持ちからではなく、快感のために尽くしてやりたいという、身を焼かれそうな衝動に突き動かされていた。 口腔に含んだ欲望が瞬く間に逞しさを増していき、力強く脈打つ。賢吾に頭を押さえられて、和彦は喉につくほど深く呑み込む。苦しさに耐えながら吸引していると、手荒く髪を撫でてから掴まれた。無言の求めに応じてゆっくりと頭を上下に動かしながら、欲望に舌を絡め、唇で締め付ける。 和彦の口淫をじっくり堪能してから、賢吾は口腔で達した。放たれた精を舌で受け止めて嚥下すると、次の瞬間には和彦は、浴衣を剥ぎ取られて布団の上に突き飛ばされる。賢吾も浴衣を脱ぎ捨てて、のしかかってきた。「あっ……」 両足を抱えるようにして大きく左右に広げられ、賢吾が顔を埋めてくる。和彦のものはいきなり熱い口腔に含まれたかと思うと、容赦ない愛撫に晒される。痛いほど強く吸引され、舌先で先端を攻められたかと思うと、括れを唇で締め付けられる。「うあっ、あっ、もう少し、優しく、してくれ――」 和彦は震えを帯びた声で訴えるが、賢吾は聞き入れる気はないようだった。それどころか、加虐的なものを刺激されたのか、先端に歯列を擦りつけてくる。和彦は、感じすぎるからこそ、この攻められ方が苦手だ。 反射的に腰を揺らして愛撫から逃れようとしたが、執拗に先端を攻められると、もう体が動かない。まるで大蛇が牙を突き立てているようだと思った。牙から毒は出てこないが、反対に、和彦の先端から透明なしずくが滲み出てくる。大蛇は嬉々として舌で舐め取り、もっと出せといわんばかりに攻め立ててくるのだ。 和彦の体から力が抜け、愛撫に身を任せるのを見計らっていたように、賢吾が動く。枕の下から何か取り出したのは見えたが、それがな
もっともそれは、夜道を歩いていて、背後を気にする程度のものだが――。 背後から誰もついてきていないことを確認して、和彦は足早にマンションのアーチをくぐる。エントランスのロックを解除しようと、操作盤に触れたそのときだった。こちらに近づいてくる足音に気づく。 マンションの住人だろうかと、顔を上げた和彦は、そっと息を呑む。悠然とした足取りでやってくるのは、鷹津だった。 アーチから正面玄関にかけて、照明によって明るく照らされているのだが、黒のソリッドシャツにジーンズという見覚えのある格好をした鷹津の姿は、やけに不気味に見える。 無精ひげを生やした
「被害者である先生が謝らないでください。下手をしたら、俺は長嶺組長の前で、落とし前をつけなきゃいけない」 中嶋は自己嫌悪に陥っているようだが、もしかすると演技かもしれない。そんな穿った見方をする自分に、和彦のほうが自己嫌悪に陥りそうだ。 中嶋の肩をポンポンと叩き、声を潜めて話しかけた。「やましいことはしてないんだから、別に話す必要はない。君は秦静馬という男のことが知りたくて、ぼくは少しだけ彼のことを知っているから教えた。――それだけだ」 顔を上げた中嶋が苦笑する。「どうして、この間まで堅気だった先生が物騒な男たちに大事にされるの
靴を履いてから、三田村が玄関のドアを開けてくれるのを待っていると、何かを思い出したように動きを止め、和彦を見た。「三田村?」「――絶対、パーティーの最中でも、秦と二人きりにはならないでくれ。さすがにパーティーをしている店の中にまで、組の人間がついていくわけにはいかないからな。何かあればすぐに、外で待機している人間に連絡するか、店から抜け出すこと」 箱入り娘か深窓の令嬢扱いだなと、苦笑を洩らしかけた和彦だが、真剣な三田村の様子から、寸前で唇を引き結ぶ。 和彦も警戒はしているのだが、三田村を見ていると、まだまだ足りないらしい。「秦
「番犬? ぼくは、サソリに刺されたんだ。それに、三田村以外の番犬はいらない」「三田村も、惚れられたもんだな。あいつはあいつで、先生にゾッコンだ。今夜のことを知ったら、先生のところに駆けつけたかったはずだが……、二日続けて事務所に詰めていたから、帰って休むよう命令した。そのあと、先生から電話がかかってきた」 和彦はそっと眉をひそめる。「……正直、三田村が来なくてよかった。あの優しい男に、心配をかけたくない」「あとで話を聞いたら、どちらにしろ心配すると思うがな」 賢吾の口調には