LOGIN今の生活で和彦は、スーツを着る機会はそう多くない。今日は澤村と会うため、無難にスーツを選びはしたが、普段はラフな服装で過ごしている。対照的に、スーツばかり身につけているのは、和彦の〈オトコ〉のほうだ。
地味な色のスーツに合わせて、ワイシャツの色もごくありふれたものばかりを身につけている三田村に、注文をつける気はない。地味ではあっても、いい品を選んでいることを和彦は知っている。 二人が逢瀬に使っている部屋にワイシャツの買い置きがある。その中に、新しく買ったものを紛れ込ませておこうかと思いながら、陳列されているさまざまな色のワイシャツを眺める。「――ワイシャツをお探しですか、お客様」 目移りしている和彦に、そう話しかけてきた人物がいた。その声と口調には覚えがあり、同時に懐かしい。 思わず笑みをこぼした和彦が隣を見ると、スーツ姿の千尋が立っていた。意外な場所での、意外な出会いだ。「その口調を聞くと、お前と初めてカフェで会ったときを思い出すな」「なかなかの好青年っぷりだったろ。今はさらに磨きがかかって―ここで和彦の脳裏に、今朝の鷹津との電話の内容が蘇る。同時に、電話の最中の自分の反応も。 一人でうろたえた和彦は、慌てて思考を切り替える。あの男のことは、今は関係ないはずだ。 気分を変えるため、紅茶でも淹れてこようかと立ち上がろうとしたとき、デスクの引き出しに入れてある携帯電話が鳴った。一瞬、鷹津からかと思ったが、それはありえないことだと、次の瞬間には思い直す。 実際、電話は長嶺組からだった。和彦がクリニックに詰めている時間帯に電話がかかってくるとなると、用件は限られている。 和彦の中に緊張が走る。診察室を出た和彦は廊下を見渡し、スタッフたちがミーティング室にまだ集まっていることを確認してから、素早く仮眠室に移動する。 ドアを閉めると同時に電話に出ると、緊迫した空気が即座に伝わってきた。「何かあったのか?」 和彦の問いかけに、組員がわずかに口ごもった気配がした。『……お仕事中にすみません。先生に連絡していいものか、迷ったのですが――』「今日は夕方まで予約が入っていないから、大丈夫だ。それで?」『実はある組から、緊急で診てもらいたい患者がいると連絡が入りました。最初は、別の医者に診せたそうなのですが、ひどい状態らしくて……』「どうひどいのか、実際に診てみないとわからないが、もしかして、ぼくの手に余る状態かもしれないな」 これまでも、具体的な症状がわからないまま現場に連れて行かれ、想像以上に凄惨な患者の姿を目の当たりにしたことはあった。そのたびに、動揺したあと、逃げ場のない状況で覚悟を決めてきた。これが、自分がこの世界で与えられた義務なのだからと。それと、おこがましいが、医者としての使命感から。「とにかく行ってみよう。もし、患者の治療に手間取るようなら、こちらの予約を断るしかない。状況を見て判断するから、いつものように準備をしておいてくれ。今から――五分後に下りる」 和彦は仮眠室を出ると、その足でミーティング室を覗く。廊下の短い距離を歩く間に、適当な言い訳は考えた。 家族が体調を崩して病院に運ばれたため、付き添ってくる、というものだ
**** 水が撒かれ、葉についた水滴がきらめいている中庭を、和彦はうっとりと眺める。 朝、眠気を完全に払拭できた状態で、出勤するまでのわずかな時間をこうやって過ごせるということは、肉体的にも精神的にも安定している証拠だと思っている。 もう、自分は大丈夫だ――。 確認するように、胸の内で呟く。英俊と会うと決めてから、会ってから、日常に影が差したようで、不安で落ち着かない日々を過ごしていたが、その感覚もずいぶん薄らいだ。和彦にとっての日常が戻ってきたのだ。 長嶺の本宅に滞在し、誰彼となく気遣ってくれる生活は、ある種の癒しだ。ささくれ立った気持ちが和らぐ。だが、癒しも過ぎれば、甘えが出てきそうで、それが和彦は少し怖い。いくらでも甘えればいいだろうと、ここで暮らしている長嶺の男たちは言うだろうが。 不意に、ジャケットのポケットの中で携帯電話が鳴った。こんな時間に誰だろうかと思いながら携帯電話を取り出した和彦は、表示された名を見て、微妙な表情を浮かべる。『――いつまで俺を放っておく気だ』 電話に出た途端、皮肉っぽい口調で言われた。和彦はさりげなく周囲を見回してから応じる。「朝からどうして、あんたの声を聞かないといけないんだ……」『それは、俺が真っ当な勤め人だからだ。一応、お前もな。連絡を取り合うには、一番いい時間帯だと思うぜ』 和彦は露骨にため息をついたが、鷹津は意に介した様子もなく、朝は忙しいとばかりにすぐに本題を切り出した。『で、俺に餌を食わせてくれる気はあるのか?』 とぼける要領のよさがあるはずもなく、和彦は動揺しながら応じる。「朝から話すようなことかっ」『ほお、感心だな。覚えていたか。俺がお前のために働いたことを。役に立っただろ』「……あいにく、あんたが教えてくれた情報を、兄さんに直接ぶつけることはできなかった。ぼくの背後に誰がいるのか、探られるのも嫌だったし。だけど、事情を少しでも知っておいたおかげで、兄さんの話に対して警戒できた」 話しながら、英俊と会
賢吾の腕が肩に回され、ぐいっと引き寄せられる。浴衣越しに、賢吾のてのひらの感触を感じ、千尋との行為の余韻のせいか、体の疼きと後ろめたさが同時に湧き起こる。「……まだ、体が熱いな」 汗で湿った和彦の髪に顔を寄せ、賢吾が官能的なバリトンで囁く。和彦は小さく身震いをしていた。「千尋は、先生を丹念に愛してやったようだ」 和彦はおずおずと賢吾に体を預けると、千尋との行為の最中、ずっと頭の片隅にあったことを口にした。「――……ぼくを慕ってくれる千尋を愛しいとは思うが、ときどき怖くなるときがある。十歳も年上の男と、あいつはずっと一緒にいるつもりでいる。少し前までなら、今だけの情熱で言っているんだと、落ち着いていられたが、刺青を入れ始めたと聞いて、なんだか……怖くなった」「何が怖いんだ」「千尋はもうガキじゃなく、自分で決断できる大人の男になったんだと、痛感させられた。そんな男が、将来、自分だけのものになってくれと言うんだ。もしかして、本気なんじゃないかと――」「本気だと、都合が悪いか?」 パッと顔を上げた和彦は、賢吾を睨みつける。「あんたの息子だろ。将来を憂えるぐらい、したらどうだ」「組を継ぐのが決まっている千尋の将来をか」「だからこそだ。……若いんだから、この先いくらだって出会いはある。将来どころか、ほんの先のことだって、何があるかわからないんだ。ぼくの存在のせいで、千尋の選択の幅を狭めたくない」「あいつはそれほど、バカじゃない。必要とあれば、必要なものを選択する。もちろん、先生をしっかり抱き締めたままな。長嶺の男の執着心と独占欲を舐めるなよ、先生」 賢吾の息遣いが唇に触れる。あっと思ったときには、唇を吸われていた。話の途中だと抗議の声を上げようとした和彦だが、きつく唇を吸われ、熱い舌を口腔に押し込まれると、ほとんど条件反射のように賢吾の口づけに応えてしまう。 賢吾の腕が腰に回され浴衣をたくし上げられた。下着を身につけていないため露わになった尻を揉まれ、さすがに和彦はその手を押し退けよ
** 寝顔だけは無邪気すぎるほどなのだが、と心の中で嘆息した和彦は、隣で眠っている千尋の顔をまじまじと眺める。和彦を貪りつくして満足したのか、大きなあくびを二度、三度としたかと思うと、あっという間に寝息を立て始めたのだ。 無防備な姿を見ていると、自分の部屋に戻れと叩き起こす気にもなれない。 和彦は、千尋の茶色の髪をそっと撫でてから、Tシャツの上から肩に触れる。行為の最中も、千尋は決してTシャツを脱ぎ捨てることはなかったため、背に一体どんな刺青が彫られつつあるのか、片鱗をうかがい知ることすらできなかった。 今の状態の千尋なら、Tシャツを少し捲ったところで気づかないかもしれないが、それはそれで千尋のプライドを傷つけそうでもあり、疼きそうになる好奇心は抑えておく。 和彦は慎重に起き上がると、肌掛け布団を千尋の体にかけてやる。ドロドロに汚れた状態で眠るわけにもいかず、簡単にシャワーを浴びてこようと、浴衣を引き寄せて着込む。さすがに、枕元に丸まっていた帯を解いていたときは、顔が熱くなった。 覚束ない足取りで寝室を出た和彦は、ギョッとして立ち竦む。「――……帰って、いたのか……」 ようやく和彦が声を発すると、悠然と座椅子に座っている賢吾が、ニヤリと笑いかけてくる。「俺の部屋だからな」 これは当てこすりだなと、さすがに和彦でもわかる。しかも、かなりこちらの分は悪い。襖を開けたままにしていたため、すべての声も、衣擦れの音すら聞かれていただろう。 賢吾がいつからいたのかは知らないが、布団に横になっていると、隣室の座卓はまったく視界に入らないため、気づかなかった。物音でも立ててくれたなら、和彦よりも鋭い千尋が反応していたはずだが、その様子がなかったということは、賢吾もあえて、気配を殺していたということだ。 いろいろと言いたいことはあったが、ここで賢吾を責めては、完全に八つ当たりだ。 よほど苦い顔をしていたらしく、賢吾が機嫌を取るように、和彦に向かって優しい仕種で手招きする。仕方なく和彦は歩み寄り、賢吾の傍らに座り込んだ。「俺の部屋で、俺の息
そう呟いた千尋が上体を伏せ、和彦の胸元をペロリと舐め上げてくる。このとき微妙な角度で内奥を突き上げられ、痺れるような快感が一気に体の奥から湧き起こる。和彦が背を弓形に反らして反応すると、千尋が歓喜に目を輝かせた。「いい? 中が、すげー締まった」 擦りつけるようにして腰を動かしながら、千尋が胸の突起を口腔に含む。その刺激にも和彦は反応し、もどかしく体を揺する。千尋にしがみつきたくて仕方ないのに、両手首を縛められているため、それができない。 穏やかな律動を繰り返されているうちに、和彦の欲望は再び身を起こし、千尋の引き締まった下腹部に擦り上げられるようになる。和彦は伸びやかな悦びの声を溢れさせていた。「あっ、あっ、あっ……ん、ああっ――」「気持ちいい?」 汗を滴らせながら千尋が顔を覗き込んできて、軽く唇を吸い上げてくる。このとき内奥深くを抉るように突かれ、和彦の意識は舞い上がる。「……気持ち、いい……」「俺も。先生が悦んでくれると、もっと気持ちいい」 和彦は思わず顔を背け、ぼそぼそと応じる。「恥ずかしいことを、こういうときに言うな。反応に困るだろ」「嬉しいなら、素直に喜んでくれれば――」「だから、恥ずかしいんだっ」「こんなことしてるのに?」 千尋に両足を抱え直され、繋がっている部分がよく見えるよう腰の位置を高くされる。腰の下に枕を入れられているせいもあり、和彦の目にも、浅ましい部分がよく見える。ひくつきながら、必死に千尋のものを呑み込み、締め付けているのだ。さらに千尋は、和彦に見せ付けるように内奥からわずかに欲望を引き抜き、すぐにまた挿入してくる。 和彦が唇を引き結び、強い視線を向けると、千尋は笑みをこぼした。「いいな。先生にそういう顔されると、ゾクゾクする」「お前、性質が悪い――……」 千尋が再び欲望を引き抜く。今度は完全に引き抜かれ、閉じきれない内奥の入り口が物欲しげに蠢く。あまりに生々しい光景に、和彦は眩暈に襲われる。こんな光景を、和彦
すべてを見透かしたような千尋の目で見つめられ、和彦は露骨に顔をしかめる。「そんな厄介な性質、ぼくは持ってない」「えー、本当に?」 返事を避ける和彦の顔を、おもしろがった千尋が覗き込んでくる。ムキになって顔を背けようとしたが、その前に千尋に唇を塞がれていた。 油断すると、すぐに千尋の背に両腕を回しそうになる。我に返って自重しようとするが、口づけが熱を帯びると、つい腕が動いてしまう。それを二度、三度と繰り返したところで、千尋が悪戯っぽい表情で提案してきた。「手、縛ってあげようか?」「……聞くまでもなく、すでにやる気満々だろ」 そう答えた次の瞬間には、和彦の体はひっくり返され、浴衣の帯で後ろ手に縛られる。すぐにまた仰向けにされると、いきなり両足を抱え上げられ、腰の下に枕を突っ込まれた。「千尋っ……」 制止する間もなく、両足を左右に大きく開かされ、千尋が顔を埋めてくる。内腿に熱い息遣いを感じ、和彦は身を竦めた。 羞恥を感じる部分をじっくりと千尋に観察され、それだけで体が熱くなってくる。千尋は、和彦の反応を楽しむように、欲望にフッと息を吹きかけてきた。反射的に和彦は腰を震わせるが、しっかりと両膝を掴まれているため、足を閉じることもできない。当然、縛められている両手も動かせない。 相手が千尋であるせいか、怖さはない。むしろ緩やかな拘束は、官能を高める刺激となっている。「反応いいね、先生」 そう言って千尋が、身を起こしかけている和彦の欲望に唇を這わせ始める。先端を舌先でくすぐるように舐められてから、括れを唇で締め付けられる。欲望の付け根から指の輪で扱き上げられながら、欲望を口腔深くまで呑み込まれていた。「うっ、うっ……。あっ、い、ぃ――」 浅ましく腰が揺れる。もっと興奮しろと言わんばかりに、千尋の片手が柔らかな膨らみにかかり、優しい手つきで揉みしだかれる。和彦は上体を仰け反らせて反応していたが、そんな和彦の反応に煽られたように、千尋の愛撫が激しさを増す。「うあっ」 柔らかな膨らみにも舌が這
** 文庫を開いたまま畳に伏せて、片腕ずつ動かす。うつ伏せで、枕を抱えるような姿勢でずっと本を読んでいたため、背と腕が痛い。 そろそろ寝ようかと思いながら和彦は、仰向けとなる。枕元のライトだけでは、美しい木目の天井を照らすことができず、まるで怪物のような闇が張り付いている。 耳を澄ませば、微かながら人の話し声や物音が聞こえてくる。それに、中庭に吹き込んでくる風の音も。 常に人が出入りする長嶺の本宅を気忙しいと最初は感じていたものだが、慣れてしまえば、これはこれで居心地のいい空間だと思えてきた。本当に一人で落ち着いて過ごし
執拗に内奥を擦られて、熱くなって震えるものの先端から、透明なしずくを滴らせる。その様子を、鷹津はまばたきもせず凝視していた。「……なるほど。最初にお前を抱いたときにわかったつもりだったが、今日また、実感した。お前は――いい〈オンナ〉だ。とことん男を悦ばせて、狂わせてくれる」 片足だけを抱え上げられて、指で綻ばされた内奥の入り口に、鷹津の欲望が擦りつけられる。「うあっ……」 性急に押し入ってきた鷹津のものを、意識しないまま和彦の内奥は締め付ける。すぐに鷹津は腰を使い始め、苦しさに喘ぎな
「そんなことだろうと思った」「迷惑かけついでに、すみませんが、俺を慰めてくれませんか」 本気で言っているのだろうかと、和彦は隣に座った中嶋の顔をまじまじと見つめる。中嶋は、ヤクザらしくふてぶてしい笑みを浮かべていた。もしかしてからかわれているのだろうかと思ったぐらいだが、気弱な表情を見せられるよりはいいかもしれない。 和彦はもう一口お茶を飲んでから、ふっと息を吐き出す。「――彼なりに、君を気づかっているんじゃないか。自分は集団で襲われて、そのトラブル処理のために、長嶺組に後ろ盾になってもらった。多分、長嶺組長に何か弱みを握られたんだろ。一方
濡れた体のままようやくバスタブから連れ出されると、和彦はバスタオルを取り上げる。しかし、体を拭く前に部屋へと引きずられ、ベッドに突き飛ばされた。 のしかかってきた鷹津に、いきなり膝を掴まれて足を大きく左右に開かれる。片手にバスタオルを握り締めたまま、和彦は声を上げた。「何をするっ……」「お前相手なら、試せるかと思ってな。……暴れるなよ。噛み千切られたくなかったらな」 物騒なことを呟いた鷹津が、開いた両足の間に顔を埋める。身を起こしかけた和彦のものが、濡れた感触にベロリと舐め上げられた