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第16話(31)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-02-16 08:00:26

 ここに来るのは初めてではないという千尋の道案内で、息を弾ませながら和彦は、雪道を歩く。

 一応除雪はされているが、あくまでそれは車のためで、道の端には雪がたっぷり積もったままだ。歩きながら和彦は、ときおり雪に足を取られて転びそうになり、そのたびに、前を歩く千尋の肩に掴まる。

「先生、腕組んで歩く?」

 とうとう千尋が苦笑して、腕を差し出してくる。和彦は断固として拒否した。

「そんなみっともない歩き方、できるか」

「転ぶよりいいじゃん」

 和彦は周囲を見回す。人の姿は見えないが、ときおり車は通りかかるのだ。その車の様子からして、どうやら賢吾たちがいる別荘に向かっているらしい。

 いまさら和彦が見栄を張ってどうにかなるわけではないが、千尋は、見栄もハッタリも必要とする立場だ。その千尋が、男と腕を組んで歩いていたと、他人から悪し様に言われるのは嫌だった。

 千尋は何かを察したのか、妙に大人びた微笑を浮かべる。

「大丈夫だよ。先生の価値を知っている人間なら、誰も
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     何事もなかったように御堂が正面を向く。和彦は困惑しながら、たった今交わされた二人の会話を頭の中で反芻する。具体的なことは何一つわからないが、ただ、ぼんやりと湧き起こるものがあった。 伊勢崎玲という青年は、本当にただの高校生なのだろうかという疑問が。** ホテルのレストランでの朝食の味は、正直よくわからなかった。 同じテーブルについた玲と御堂、そして綾瀬との一見和やかな会話に加わりながら、和彦はさりげなく視線を周囲のテーブルへと向ける。一つのテーブルには、和彦たち三人の移動中からついていた護衛が。別のテーブルには、綾瀬の護衛が座っている。 いまさら、この状況について何か言うつもりはないのだが、護衛に囲まれている自分の立場については、あれこれと思いを巡らせる。 酸味の強いオレンジジュースを一口飲んだところで、吸い寄せられるように玲と目が合った。周囲を、特殊な立場にある大人たちに囲まれながらも、玲は落ち着いて見えた。 地元では護衛はついていないと言っていたが、本当なのだろうかと、今になって疑ってしまう。車内での御堂とのやり取りが、和彦は引っかかっていた。 玲とは、知り合ってほんの数日――数十時間しか経っていない。それで、玲のことを知った気になったのは、体を重ねたからだ。そんな自分のささやかな驕りを突き崩されたようで、知らず知らずのうちに和彦の頬は熱くなる。 自戒も込めて、自身に言い聞かせるのは、玲のことはもう知りたくないし、知ってはいけないということだ。 穏やかな表情で玲に話しかけていた綾瀬が、さりげなく腕時計に視線を落とす。すかさず御堂が声をかけた。「仕事の時間が近いんでしょう? どうぞ、行ってください。みんな、ほぼ食事は終えていますから、誘っておきながら失礼だ、なんて言いません」「そう言って、さっさと俺を追い払いたいんだろう」「そんな薄情なことは思っていませんよ。ただ、気遣っているだけです。いろいろと、忙しいでのでしょう?」 いろいろと、という単語に微妙な含みを感じたのは、和彦だけではなかったようだ。綾瀬は目を眇め、物言いたげな様子で御堂を眺めていたが、ふっと口元を緩めた

  • 血と束縛と   第36話(31)

    「それはどういう……。玲くんは、普通の高校生ですよね?」「今は、かな」 意味ありげに呟いた御堂が、ポンッと和彦の肩を軽く叩いて立ち上がる。「さて、玲くんも戻ってきたことだし、朝食にしよう。といっても今朝は、外で食べるつもりなんだけど。――綾瀬さんが、お礼も兼ねて、君たちを誘いたいと言ってね」 和彦が目を丸くすると、諦めてくれと言いたげに御堂は首を横に振った。「あの人も忙しい人だし、玲くんも今日の昼にはここを出るから、一緒に食事するとなると、朝食ぐらいしかないんだ。……自分と伊勢崎さんの再会が、殺伐としたものにならなかったのは、君らがいてくれたおかげ、と言いたいんだろう、綾瀬さんは」 一瞬、複雑そうな表情を見せた御堂に対して、どういう意味かとは問えなかった。 せっかくの綾瀬からの誘いを断ることもできず、慌ただしく身支度を整えて玄関に向かうと、困惑顔で玲が待っており、和彦と目が合うなり、こうぼやいた。「俺……、走って戻ってきて、シャワーも浴びてないんですよ。一応着替えて、制汗剤も使ったけど、多分まだ、汗臭いです……」 笑いかけようとした和彦だが、失敗した。明け方まで包まれていた玲の汗の匂いを思い出し、胸の奥が妖しく疼く。いまさらながら、目の前の〈高校生〉と体を重ねたのだという現実に、戦いていた。「大丈夫だよ。この距離でも気にならないんだから。それに、煙草臭いとか、酒臭いとかじゃないんだから、健康的だ」「……男子高校生の醸す男臭さを甘く見ないでくださいね、佐伯さん。体育の後なんて、更衣室の臭さは半端じゃないんですから」「想像はつくよ。ぼくだって高校生だったときはある」 砕けた口調で会話を交わしながらも、互いが相手を意識しているのは、強く感じていた。和彦のほうは微妙に視線を逸らそうとするのだが、対照的に玲は、強い眼差しをまっすぐこちらに向けてくる。 夜が明けたら夢は終わり、何もなかったふりをする――。その約束自体が無理だったのではないかと、すでに和彦は危機感を抱きつ

  • 血と束縛と   第36話(30)

     それだけではなく、俊哉と交わした会話も、和彦の胸を重く塞いでいる。他言するなと釘を刺されたことが、まるで遅効性の毒のようにじわじわと精神を侵食してくるのだ。「一緒に行動していて、ときどきつらそうな顔をしていましたね、佐伯さん」「いままで、べったりした関係でもなかったのに、何かの拍子に思い出して、ああ、これが、胸に穴が空いたという状態なのかなって。君と出歩きながら、その感覚を紛らわせようとしていた」「……その特別な人間って、佐伯さんにとって、どういう意味で特別なんですか?」 難しい質問だなと、和彦は答えに困る。鷹津とは恋人同士ではなかったし、胸が苦しくなるような想いを寄せていたわけでもない。ただ、特殊な生活の中で、少なからず和彦の支えとなってくれ、情も交わした。 とにかく、特別な人間――男だったのだ。「いざ言葉にしようとすると、困るな。どう表現すればいいのか……」「だったら、好きということでいいんじゃないですか。特別嫌いな人間がいなくなっても、あんなふうにつらそうな顔はしないと思います」「……なんだか今は、君のほうが年上みたいだ。すっかり人生相談をしている気分になった」「なら、人生相談の締めとして、言っておきます。どんな理由があったとしても、俺は佐伯さんを嫌いになったりはしません。むしろ俺は、弱っている佐伯さんにつけ込んだと言えるのかも」 そんなことないよと、柔らかな口調で応じた和彦は、玲の背にてのひらを這わせる。ふと思いついたことを口にしていた。「大学生になっても、君にはスポーツは続けてほしいな。せっかく、きれいな筋肉がついているんだし」「もう、鈍りかけてますよ。陸上は続けないかもしれないけど、体は動かし続けたいと思っています。ジムに入ってみようかな」「運動系のサークルに入ってみるのは?」「そうですね……。時間があれば、入ってもいいかも――」 玲が大きくあくびをして、抱きついてくる。つられて和彦もあくびをすると、玲の頭に顔を寄せた。 性欲を満たしたあとに、即、

  • 血と束縛と   第36話(29)

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  • 血と束縛と   第36話(28)

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  • 血と束縛と   第9話(30)

    「俺を潰したいからなんて理由で、こいつに近づくなよ。大事な大事な、俺たちのオンナだ。お前みたいな下衆が近づいていいような、安い人間じゃない」「蛇みたいな男が、薄ら寒くなるようなことを言うな。……お前は、弱みを晒すような男じゃねーだろ。それとも、弱みを隠し切れないほど、そいつに骨抜きにされたか? 俺を失望させるようなことを言うなよ、クズどもの親玉ともあろう男が」「しばらく辛酸を舐めたようだが、相変わらず口汚いな、鷹津。そんなんじゃ、誰にも好かれんだろ。それこそ、女だろうが、男だろうが――」 急に賢吾の腕が肩に回され、抱き寄せら

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