LOGIN背後から抱き締められ、うなじに唇を押し当てられる。すでに体が熱くなっていた和彦は、たったそれだけの刺激でも、吐息を洩らしてしまう。
「千尋、そろそろベッドに――」「まだダメ」「ダメって、お前……」 千尋の腕が移動し、今度は腰を抱かれる。尻に押し付けられたのは、生々しい欲望だった。無駄だと思いつつ身を捩った和彦だが、やや強引に腰を掴まれて、尻を突き出したような姿勢を取らされると、もう抵抗はできない。「……俺やっぱり、性癖に問題あるかなー。いかにも上品な先生に、こういう格好させると、それだけで感じる」 そんなことを言いながら、千尋が内奥の入り口に熱の塊を押し当ててくる。指でわずかに解されただけの内奥が、凶暴な欲望でこじ開けられるのだ。背後から押し寄せてくる苦しさに和彦は呻き声を洩らし、必死にガラスに両手を突く。 腰を掴む千尋の手の力に容赦はないが、腰の動きそのものは慎重だ。和彦は、こういう形での交わりに少しばかり腹立たしさを感じはするものの、千尋** ひどい車酔いに苛まれながら和彦は、ウィンドーの外に目を向ける。とっくに日が落ちて辺りは闇に包まれてはいるものの、ぽつぽつと点在する街灯と、前後を走行する車のライトのおかげで、かろうじて周囲の景色を見ることはできる。 とはいっても、目に入るのは木々の影ぐらいで、それが巨大な生き物に見えてくるぐらいには、和彦は不安感に支配されていた。 どこに連れて行かれているのかは、すでにわかっている。ただ、なぜその場所なのかはわからない。 後部座席に並んで座る守光は、雪が見たくなったからだと言っていたが、そんな説明を和彦が信じるとは、端から思っていないだろう。和彦の理解と納得など、必要としていないのだ。ただおとなしく運ばれればいいと、それだけを求めている。 木の枝に積もった雪が風でハラハラと散る光景を、視界の隅に捉える。今は止んではいるが、この様子だと少し前までけっこうな勢いで降っていたのかもしれない。道全体が白く染まっている。ただ、運転は慎重ではあるが、移動が困難なほどの積雪にはまだなっていない。 前方を走っていた車が停止し、人が降りる。何をしているのかと見るまでもない。道を塞いでいたガードフェンスを移動させているのだ。和彦も知っている手順だった。 再び車は走り出したものの、それも長い時間ではなく、見覚えのある建物が見えてきた。先に到着している人間がいることを物語るように、駐車場だけではなく、玄関先も照明が灯っており、部屋の窓からも電気の明かりが見える。 総和会が所有している別荘だった。 かつて和彦は、この場所に二度訪れており、そのいずれも同行者は違っていた。前回は五月の連休中で、三田村と中嶋が。さらにその前は、年が明けたばかりの頃、賢吾と千尋が一緒だった。 そして今は――と、和彦はそっと隣の守光を見遣る。駐車場の照明の明かりを受け、一瞬守光の横顔に濃い陰影が浮かぶ。それによってひどく凶悪な相に見えてしまい、和彦は内心震え上がっていた。 ふっとこちらを見た守光が穏やかに微笑む。「大丈夫かね。顔色が悪いようだが」「……少し、車に酔って……」
後ろ髪を掴んでいた手が離れる。両腕でしっかりと抱き締められると、和彦もおずおずと賢吾の背に腕を回す。煙草を吸ったばかりなのか、いつもより強く匂いがする。そんなことを頭の片隅で思いながら、ゆっくりと唇を重ねた。「キスだけ、な」 優しく唇を啄まれながら賢吾に言われ、和彦は頷く。自ら求めて賢吾の唇に舌先を這わせると、あっさりと口腔に招き入れられた。きつく舌を吸われて足元が震える。賢吾にしがみついて体をすり寄せると、痛いほどに抱き締められた。 唇と舌を貪り合いながら、賢吾の髪に指を差し込む。するとうなじを撫で上げられ、後ろ髪を今度は丁寧に梳かれる。和彦が洩らした声はすべて唇で吸い取られた。 蛇のように残酷で執念深いが、一方で、溺れそうになるほどの情愛を注いでくれる、優しい#男__ひと__#。 和彦は、賢吾との濃厚な口づけを堪能しながら、ある覚悟をしっかりと胸に刻み付ける。 自分のせいで、賢吾には何も失ってほしくはなかった。かつての満たされた生活を賢吾に奪われはしたが、そのことはもう、和彦にはどうでもいい。 今、大事なのは――。**** クリニックのスタッフとの忘年会を兼ねた食事会は、ホテルのレストランでのディナービュッフェだった。 早いうちからスタッフの一人が、評判のいいプランが今ならまだ予約が取れると話していたため、一任していたのだが、間違いなかったようだ。 皿の上のローストビーフを眺めながら、素直に和彦は感心する。女性の多い職場なので、美味しい食事とデザートが食べ放題というのは何より魅力的だったのだろう。もちろん、中にはすでに、アルコールを飲んでほんのりと頬を上気させているスタッフもいる。 ここはカクテルも女性好みのものが揃っているらしい。明日は土曜日でクリニックが休みということもあり、多少ハメを外しても心配ないようだ。 一方の和彦は、ノンアルコールビールで口を湿らせていた。あまり食欲がないと思いながらも、スタッフたちの手前、何も手をつけないわけにはいかない。 ローストビーフを一口食べると、なんとなく食欲が湧いてきた気がして、せっかくだからと
** 今日買ってきた目覚まし時計を箱から取り出したものの、ついぼんやりとしてしまう。 ふと和彦は、自分の頬が火照っていることに気づき、てのひらを押し当てた。入浴してからもうしばらく経っているし、体調が悪いというわけでもない。 体の内で得体の知れない感情がのたうち回り、興奮に近い状態なのかもしれない。そう無理やり、自分を納得させておく。 起床時間をセットしておこうと、もたつきながら操作をしていると、こちらに近づいてくる足音が耳に入る。大きな歩幅で、荒々しい足取りだ。初めて聞く足音ではあったが、誰であるかはすぐにわかった。「――入るぞ」 和彦が応じる間もなく障子が開き、賢吾が姿を現す。帰宅したばかりらしく、ワイシャツ姿だ。 忙しいのだなと思ったあと、なぜ忙しいのかと考えて、ゾクリとした。吾川から言われた言葉が耳元に蘇る。 後ろ手に障子を閉めた賢吾はじっとこちらを見つめたあと、和彦の手元に視線を向けた。「今日買ってきたのか」「……ああ」「スマホも興味津々で眺めていたと聞いたぞ」 やはり、しっかり観察されていたらしい。和彦は苦笑いで返すと、目覚まし時計を置く。「宮森さんの甥っ子から、買ったらどうだと勧められているんだ」「欲しいなら、いつでも準備してやる」 和彦は首を横に振ってから、賢吾に問いかけた。「ぼくに何か用か?」「もう寝ているかと思ってな」「それなのに、あんな、あんたらしくない足音を立ててやって来たのか」 賢吾は一瞬、決まり悪そうな顔をしたあと、すでに延べられている布団に目を遣る。「まだ寝ないのか?」「もう、布団に入るつもりだった。目覚ましをセットしたら……」「そうか。暖かくして寝ろ」 ここで不自然な沈黙が訪れる。珍しく、賢吾が何か言い淀んでいるのだ。その理由には、薄々見当がついていた。 和彦は、吾川から電話があったことを、誰にも知らせていない。帰りの車で一緒だった組員たちは、電話をきっかけに和彦の様子が
「外で話したいから、どこでもいいから車を停めてくれないか」 顔を強張らせている和彦に対して何か言うでもなく、車は速やかに目に入ったコンビニの駐車場へと滑り込む。すかさずシートベルトを外すと、携帯電話を耳に当てたまま車を降りた。吾川との会話を、長嶺組の組員たちに聞かせたくなかったのだ。 数分の間があったにもかかわらず、ようやく応じた和彦に、吾川は気を悪くした様子もなかった。淡々とも穏やかとも言える語り口で、何事もなかったように続けた。『お疲れのところ申し訳ありません。すでにもう帰宅されているとばかり思っていましたが、もしかして、今は外に?』「え、ええ……。でも大丈夫です。何かご用ですか?」 問いかけて、自分の迂闊さを罵りそうになった。守光の側に仕えている吾川からの電話となれば、用件は限られているようなものだ。「本部に来るよう言われている件でしたら――」『本日、本部に長嶺組長が……いえ、賢吾さんが見えられました』 どうしてそんなことをわざわざ電話で、と戸惑ったのは一瞬だった。「ぼくのことで、賢吾さんが何か?」『最初は冷静に話をされていましたが、途中からずいぶん激昂なさっているようでした。それに……長嶺会長だけでなく、総和会全体が憂慮すべき発言もされていたそうです』「あの人が、激昂、ですか? それに、憂慮すべき発言というのは……」 車内からこちらを見ている組員の視線を意識して、和彦は体の向きを変える。『ここのところ続く総和会の傍若無人ぶりが、腹に据えかねていらっしゃるとのことです。対応を改めないのであれば、長嶺組は、総和会での活動を当面休止する考えがあると――……」 それが具体的にどのような行動となるのか、和彦には想像がつかない。一つはっきりしているのは、賢吾の発言が事実だとすれば、一大事になるだろうということだ。 しかし、吾川の言葉はそれだけでは終わらなかった。『長嶺会長の代で、総和会が分裂する事態も念頭に置いていると、そう賢吾さんは仄め
結局、和彦が個人で使うために買ったのは、目覚まし時計だった。これぐらいなら、本宅の客間に置いていても何も言われないだろう。 買い物を済ませてフロアを移動していた和彦は、途中で、我ながら恥ずかしくなるような芝居がかった声を上げた。「あー、そうだ」 エスカレーターの先に立つ組員が振り返る。「どうしました、先生?」「えっと……、もうちょっと見ておきたいものがあるんだ。だから、一階で待っていてくれないかな。そこの休憩コーナーで」「気にしないでください。おつき合いしますから」「いやっ、ついてきてもらうほどのものじゃ、ない、んだ。ただ見るだけで、買うつもりはないから、荷物持ちはいらないし……」 話しながら次第に声が小さくなる和彦の様子から、察するものがあったらしい。組員は、自分の職務を忠実に果たすべきか、和彦の希望を叶えるべきかと悩むように、頭を掻く。和彦はすかさず畳みかけた。「ウロウロするわけじゃないから。地下の売り場に用があるんだ」「……必死ですね。先生」 仕方ないと組員が納得してくれたのと、エスカレーターで一階に着いたのは同時だった。その場で再び別れた和彦は、さっそく地下一階の売り場へと向かう。 実は、宮森とケーキを一緒に食べた月曜日の夜から、毎日優也とメールをやり取りしている。前触れもなく、本当はあんたと話すことなんてないけど――と、優也が憎まれ口をメールで送ってきたのだ。 和彦との連絡を楽しみにしていると宮森は言っていたが、とてもそんなふうには読み取れないと苦笑しつつ、和彦は返信したのだが、そこから、なんとなくメールが続いている。 ただ、毎回優也から言われるのは、メールのやり取りは面倒くさいということだ。つまり、チャットアプリでやり取りしたいらしい。 和彦としては意地を張っているつもりはなく、何かと多忙なこの時期、たかが連絡ツールのために、新しい電子機器の使い方を覚える余裕はない。 しかし、気になっているのは確かなのだ。このあたりの心情を、優也や千尋という青年たちに見透かされている気がする
**** 午前中の患者の施術がすべて終わり、手を洗って仮眠室に入った和彦は、窓から外を眺める。灰色の雲で覆われた空は、今にも何かが降ってきそうで、どうせなら雪がいいなと、子供じみたことを考えた。 和彦はダッフルコートを羽織り、財布をポケットに突っ込むと、待合室へと向かう。電話番のスタッフがにこにこしながらメモ用紙を出してきた。寒いとどうしても、昼食をとりに外へ出るのが億劫になるもので、それは和彦も例外ではない。ただ今日はジャンケンで負けてしまい、買い出し担当となったのだ。 メモ用紙にざっと目を通していると、どこからかスタッフの咳き込む声が聞こえてくる。「風邪かな……」 思わず和彦は呟いていた。美容外科クリニックであるため、風邪を引いて駆け込んでくる患者はまずいないのだが、和彦やスタッフから風邪が移ってしまっては大変だ。全員、インフルエンザの予防接種を打ってはいるものの、だからといって完全に防げるものではない。 職業柄、あれこれ心配して眉をひそめていると、スタッフが苦笑しながら教えてくれた。「風邪じゃないんですよ。最近、乾燥がひどいから、喉を痛めたらしくて」「なるほど……」「でも、明日の〈あれ〉は絶対行くって、はりきってましたよ。多少の喉の痛みぐらい平気だって」 クリニックのスタッフたちとの、ささやかな忘年会を兼ねた食事会のことを言っているのだ。「でも確かに、乾燥は気になるな。日に何度も静電気の直撃を受けてるから……」 待合室や診察室、施術室には加湿器を置いてあるのだが、効果は限定的だ。クリニックは部屋数も多いうえに、ドアや扉で仕切っており、空気の流れは期待できない。ときどき換気はしているのだが、肝心の外気が乾燥しきっているのだ。 今年、年が明けてからクリニックを開業したときはどうだっただろうと、和彦は記憶を辿る。慣れない立場にあって、日々の仕事をこなすのに精一杯で、患者には気を配っても、スタッフの労働環境に対しては意識がおざなりだったかもしれないと、今になって反省する。
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう
さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく
「――先生」 呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。 「ひっ、あぁっ」 泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。 「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」 賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する